「ウサギが跳んだ日」 旅作家 小林希の島日和
OVO [オーヴォ] / 2024年4月26日 8時0分
「おや、今日はウサギが跳んどる」
「ほんまや。風が強いけん、午後の船は欠航やろか」
穏やかな瀬戸内海を眺めながら、島のおばあちゃんたちがしゃべっている。海にウサギ? どこにもいないけれど。なぜ欠航?
後にウサギの正体は、風によって現れては消える無数の白波のことだと知った。
なんてかわいらしい表現。これならば、たとえ船が欠航しても許せてしまう気がした。昔から日本人は、豊かな想像力を発揮し、万事さまざまな苦楽を穏やかにやり過ごしてきたのかもしれない。
知り合いに以前、この話をすると「映画『この世界の片隅に』で、主人公が瀬戸内海の白波を白いウサギが跳んでいる姿に見立てて描いていた場面があったよ」と言った。その映画の時代は先の大戦が舞台なので、戦前には既にこのような表現があったのだろう。
私は、想像力を日常生活に生かしてみることにした。例えば原稿を書いている時に、家の外で工事が始まったとする。当然、うるさくて不快になる。そこで発想を変え、「工事は、(私が大好きな)ネコたちがしている」とその姿に置き換えて想像する。安全第一と書かれたヘルメットをかぶるネコたち。すぐ居眠りを始めて、工事が進まないだろう。ふふふ。
イライラをニヤニヤに変えるすべは、島旅で見つけた素敵(すてき)な知恵だ。
私が本格的に島を訪ね始めたのは、2014年の初夏。ネコが多いと聞いた瀬戸内海の島々を旅しようと、香川県の塩飽(しわく)諸島へ向かった。はじめは「塩飽」の読み方すらも分からず、現地情報もほとんど得られなかった。
塩飽諸島の中で最も広大な広島(ひろしま)(同県丸亀市)に着いて、島の人が「塩飽の海は潮流が早くて潮が湧いて見える。それが地名になったんよ。ここは塩飽水軍の島やったけん」と誇らしげに教えてくれた。
瀬戸内海は古来、海上交通の大動脈であった。潮流の早い塩飽諸島には、航海術と造船術に優れた船方衆がいて、常に時の権力者に重宝されてきたという。封建社会の江戸時代には唯一、水夫が島を自治することが許された特別な地域でもあった。
島旅は、教科書では学べない日本という国を知り、日本人であるアイデンティティーを確かなものへと形成していくような時間であると感じている。今、私は胸を張り、島の人へ声をかける。
「今日は沖にウサギが跳んでますね!」
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 14からの転載】
小林希(こばやし・のぞみ)/1982年生まれ。出版社を退社し2011年末から世界放浪の旅を始め、14年作家デビュー。香川県の離島「広島」で住民たちと「島プロジェクト」を立ち上げ、古民家を再生しゲストハウスをつくるなど、島の活性化にも取り組む。19年日本旅客船協会の船旅アンバサダー、22年島の宝観光連盟の島旅アンバサダー、本州四国連絡高速道路会社主催のせとうちアンバサダー。新刊「もっと!週末海外」(ワニブックス)など著書多数。
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