【独占手記】柔道・瀬戸がメダリストと語り合った! 教員として伝えたい生き様
パラサポWEB / 2022年4月11日 16時33分
東京2020パラリンピックで銅メダルを獲得した柔道・瀬戸勇次郎選手。特別支援学校教諭になるため、この3月に卒業した福岡教育大学で研究に励んでいる。教壇に立つとはどういうことか、競技との両立は――。疑問に思っていることを晴らすべく、先輩パラリンピアンから学ぶシリーズ『瀬戸勇次郎の教職武者修行』を企画した。第1回はリオパラリンピック銀メダルの廣瀬誠さんと対談。そこで得たものや感じたことを、瀬戸選手本人がつづった。
* * *
私が教壇に立ったとき、子どもたちのために何ができるだろうか。教職経験のあるパラリンピアンならば、その答えに近づくためのヒントを与えてくれるはず。私と同じ柔道で4度パラリンピックに出場し、2つの銀メダルを獲得した現役盲学校教諭の廣瀬誠さん。全日本視覚障害者柔道大会で対戦したこともある大先輩に質問をぶつけました。
職業選択の自由がほしかった現在、名古屋盲学校の理療科で教壇に立つ廣瀬さん。まず初めに教職に就くまでの経緯を伺いました。
廣瀬さんは最初は教員になるつもりは全くなかったのだといいます。
「僕、中途で視覚障がいになって、そのときに病院で盲学校を勧められて。盲学校でマッサージや鍼灸の免許を取ることが目標になって」
当時は社会全体の障がいへの理解が少なく、鍼師や灸師の免許を取らなければ経済的に自立できないと言われたとのことで、危機感から免許取得を目指して盲学校に通ったそうです。盲学校では熱心に勉強し成績も優秀だったという廣瀬さん。しかし心中は悶々としていたといいます。
「職業選択の自由がないなかでマッサージ師になって、自分の生涯の仕事として自信を持ってやっていけるのか。とにかく、職業の選択をしたかった」
そんなとき、盲学校の職員さんから教えてもらったのが、盲学校の先生になるという選択肢でした。
「教員になって何かをしたいっていうわけじゃなくて、選択肢が欲しいっていう感じで、最初のきっかけはそんな感じ」で東京にある教員養成の学校を受験し、合格したそうです。
「職業の選択をしたい」という廣瀬さんの言葉は、私にはとても衝撃的でした。私の認識では職業の選択は当たり前にできることでした。障がいゆえに選択できない職はあったけれど、私は数えきれないほどの選択肢のなかから教職を選んだと自覚しています。しかしこれは、時代や環境に恵まれていたからこそできたことなのかもしれません。盲学校では職業訓練も行われています。廣瀬さんに教職という選択肢を教えてくれた職員の方のように、生徒たちの職業の選択肢を広げることも教員の大切な仕事のひとつだと思いました。
その後、廣瀬さんは教員免許を取得しますが、教職には就かず鍼灸・マッサージの治療院に就職します。
「鍼灸・マッサージを好きじゃない自分が逃げて教員になって、免許を取りたいと入ってくる生徒に『この仕事は素晴らしいですよ』っていうふうにやってる自分が、果たしてこの仕事を楽しんでやれるのか不安になって。まず鍼灸やマッサージの免許を活かして現場で働こうと思って4年ぐらい働いたんだよね。実際現場で働いてみたら、患者さんに感謝されたり、患者さんの症状が良くなったりで、『この仕事も悪くないな』って思えるようになって。これならこの仕事でもやっていけるし、教員という仕事とどっちにしようかなと思えるようになった」
廣瀬さんは度々「自己実現」という言葉を口にしていました。廣瀬さんが教員になるまでの道のりはまさに自己実現の過程だったのだろうと感じました。
仕事と競技の両立に悩んで次に仕事と競技の両立について聞きました。やはり一番の問題は時間。
「柔道で結果を出したいという思いがある一方、給料をもらっているのは教員という仕事で、教員を中途半端にやりながら柔道に専念するのも、ちょっと自分の中では腑に落ちないというか。それでいいのか、人として、みたいな」
盲学校の職業科は中途の視覚障がいの方も入ってくるので、高校生だけではなく、30代、40代や60代の人までいます。その人たちからしたら、廣瀬さんはあくまでも盲学校の先生です。廣瀬さんがパラリンピックを目指していることはどうでもよいことであり、わかりやすい授業で生徒たちを国家試験に合格させる先生が良い先生なのでは、との思いが、廣瀬さんの中に、当時も、そして今もあるのだと言います。
名古屋盲学校の理療科で教壇に立つパラリンピック銀メダリストの廣瀬誠さん ※写真は本人提供ところが、仕事も柔道も中途半端になっているのではないかと、モヤモヤとした気持ちでいたとき、ある40代ぐらいの生徒さんの一言がそのモヤモヤを取り払うきっかけをくれたそうです。
「『廣瀬先生は僕たちと同じ視覚障がいがあるけど、自分の好きなことを一生懸命やってる。その姿がすごく励みになる。悩んでるようだけど、若いんだからみんなに頼って、生徒のことも気にせず、割り切ってしっかり練習してきなよ』みたいなこと言ってくれて」
この言葉をきっかけに時間と気持ちとにメリハリがつけられるようになったといいます。
「教員に限らず社会人として、やれることをやって周りの理解を得ていくしかないのかなと思って」
練習に励む傍ら、試合が近くないときには率先して仕事に取り組み、他の人の仕事を引き受けることもあったそうです。
廣瀬さんの好きな言葉のひとつに『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』というものがあるそうです。
「良い行いも悪い行いも誰かが見ている。自分が良いことして見ていてほしいなって思っても誰も見てないことはあるかもしれないけど、常にそういう想いでやってることが自分のためには大事だし、そう思ってやってると誰かが見ててくれて、支えてくれたり応援してくれたりするのかなって思う」
廣瀬さんの話を聞いていると、仕事にも柔道にも誠実で一生懸命なことが伝わってきます。そうした姿勢が周りの人々を惹きつけ、自然と廣瀬さんを応援したくなるのでしょう。私もそんな選手になれるよう、常に誰かに見られているかもしれないという気持ちを忘れずにいたいです。
瀬戸は柔道を続けながら教員を目指して勉強中 もっと多くの人に自分の思いや経験を伝えたい限られた時間で稽古を重ね4度のパラリンピックに出場した廣瀬さん。パラリンピックを経験して新たな想いが生まれたそうです。
「視覚障がいに限らずいろんな障がいのある人にパラリンピックを知ってもらったり、パラリンピックやスポーツじゃなくても何か好きなことを見つけることで、その人の生活の質も上がるし人生を楽しめるっていうことをもっと広く伝えたい。これは障がい者に限らず、小学生でも年配の人でもいいんだけど。一度きりの人生、年寄りも若い人も障がい者も健常者も、楽しむってとこでは一緒だと思うんで、そういうのをもっと伝えたいって思いが強くなって。でも普段の勤務時間のある日は自由に動けなくて、講演とかの依頼をお断りすることもあって。引退してからそういう活動をもっとしたいなって想いが強くなってる分、引退前より仕事の時間的拘束がつらいなって思う(笑)」
パラアスリートが教壇に立つ意義のひとつはここにあるのかもしれません。少なくとも生徒たちにはこの想いをしっかりと伝えることができます。私も廣瀬さんのこの想いに強く共感しています。今後機会がある限り、私も想いや考えをたくさんの人に伝えていきたいと思っています。
「僕は今、教員という仕事をやりがいを持って、楽しくやらせてもらってます。そのときはイヤだなと思われても言わなきゃいけないこともあるし、それを言うのが僕らだと思うんです。(教員としての評価は)周りの人が決めることですが、いつか退職するときに、あの人が教員で良かったなとか、あの先生で私の人生が変わったなとか、思ってもらえるような仕事がしたいですね」
どんな先生に出会うかで生徒の将来は大きく変わる可能性があります。私も、そのときはたとえ嫌われても、数十年後にあの先生に出会えて良かったなと思われるような教員になりたいなと思いました。
自国開催の東京パラリンピックで銅メダルを獲得した瀬戸 photo by Jun Tsukida最後に廣瀬さんは私にメッセージをくれました。
「障がいのあるなしとか関係なく、瀬戸くんは、生き様を見せることで、それを見た人たちの人生を少しずつ変えていく存在なのかなと思う。いろいろ悩んだりすると思うけれど、悩みながらも自分で決断して、その時々の最善を尽くしていってもらえるといいと思う」
それはきっと教職に限った話ではないのだろうし、仕事や柔道だけに言えることでもないのだと思いました。私自身がどうありたいのか、どうなりたいのかを、常に考え、行動し、努力する。それを積み重ねることで人生はより豊かになり、それが私の『生き様』となって周りの人たちの人生を変えていく。この先出会う人たちに私の想いを『生き様』で示せるよう、柔道にも学業にも最大限の努力を続けていきたいと思います。
誠さん、ありがとうございました!
edited by Asuka Senaga
photo by Haruo Wanibe
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