北方謙三氏『黄昏のために』インタビュー「その場面で選ぶべき1つしかない言葉を選ぶことが小説を書く行為の根源にある」
NEWSポストセブン / 2024年6月23日 7時15分
何だろう、この胸の奥がザワザワとする感覚は。北方謙三氏の14年ぶりのハードボイルド小説『黄昏のために』。主人公は50代も半ばの男性画家〈私〉。毎日をひたすら創作に費やし、むろん飯は食い、友や女にも会うが、特に深入りはしない日々の描写がなぜか深く心に迫り、〈表現はすべて嘘であり、同時にほんとうなのだ〉、〈言葉にできる絵に、どれほどの意味があるのか〉などと自問する姿は、著者の自画像のようでもある。
「あえてそう読めるように、私小説風に書いたんです。読んでくれる人は皆、私がこんなに苦しんで書いてるとは思わないからさ(笑)。ただし表現者というのは押しなべてそういうもので、その点は小説家も音楽家も画家も同じだと思います」
冒頭の「声」以降、「予め1話15枚と、枚数を決めて書いた」というこの連作集は、まずは『岳飛伝』(2012~2016年・全17巻)と『チンギス紀』(2018~2023年・全17巻)の間に6篇が書かれ、残る12篇は『チンギス紀』完結後に断続的に書かれていった。
「長編と長編の間に、余剰を極力削ぎ、書く必然性のある言葉だけを使った、15枚の掌編を書くわけです。文体を締めるために」
その徹底した姿勢を映す計18篇では、余白や行間にこそ多くのものが描かれ、それらが放つ熱や静謐さに息がつまるよう。まだまだ自身は黄昏とは無縁らしい。
昨年夏に『チンギス紀』全17巻を完走し、今はまた今秋連載開始予定の大作の準備中だという北方氏。
「本当は長編と長編の間は何をやってもいいんだけどね。今回はコロナもあって海外には行きにくかったのと、おそらく最後の作品になるんです、次の長編が。長いものを書いていると、同じ表現を何度も使ったり、どうしても言葉が甘くなる。でも本来はその場面で選ぶべき言葉は1つしかなく、そうとしか言いようのない小説の言葉を選ぶことが、私は小説を書く行為の根源にある気がするんです。
そうやって文体を絞りに絞って身に着けると長編を書いても乱れないし、常々私は1500枚の作品なら原稿用紙を1500枚しか使わないくらい加えることも削ることもしないんだけど、今作でも途中から今までになく緊密な15枚を一発勝負で書きたい、破棄してたまるかって、意地になってきちゃってさ(笑)。バカげてるけどな。でもそのバカげた中にバカげていないものが、意外と潜んでいるものなんです」
例えば冒頭で人形を描き、〈無機〉を描き得なかった私は思う。〈人形は、椅子に置いてある。キャンバスの中の人形と同じ姿だが、こちらは無機である。キャンバスの中に私が描き出した人形は、生きている〉〈命のないものを、なぜ命がないように描けないのか〉と。
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