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間接部門の働きを数値化、全職員に経営感覚 -甲賀病院

プレジデントオンライン / 2015年3月19日 16時15分

甲賀病院長 冨永芳徳氏。朝6:30に出勤し、全病棟を回るのが日課。

京セラ発のフィロソフィと部門別採算制度という2大稲盛メソッドを国内外のあらゆる企業・団体が採用している。加速度的にコストが下がり、飛躍的に業績が上がる奇跡の現場に密着。

「通用するはずない、と思いました。モノづくりの経営のシステムが、患者さんを相手にする病院に合うわけがないって」

滋賀県・公立甲賀病院のキャリア20年以上のベテラン看護師長、井原憲子は当時を語った。

当時とは2009年、稲盛和夫が考案したアメーバ経営を病院向けにアレンジした「京セラ式病院原価管理手法(以下、京セラ式)」が同病院に導入されたときのことだ。井原は京セラ式に反発感情のようなものを持ったが、ほどなく、それも消えてなくなった……。

いま、この「病院版アメーバ経営」が注目を浴びている。

アメーバ経営は、主に中小の製造業や上場企業などが導入する経営手法だが、数年前からは医療機関にも「稲盛信者」が登場し始めた。30施設以上がすでに導入済みという。甲賀病院長の冨永芳徳が経緯を語る。

■「病院版アメーバ」で即V字回復!

「私が院長に就任したのは1991年のこと。以来、ほぼ継続的に黒字経営を続けましたが、その後、診療報酬のマイナス改定などによって年々経営が厳しさを増しました。08年度にはついに赤字に陥りました。しかし09年末に京セラ式を採用し、10年度には4億円以上、11年度にも3億円以上の経常利益を出すことができたのです」

いま公立・民間とも、経営に苦しむ病院は数多い。その原因は冨永が語った通り、診療報酬の低下による影響が大だが、景気悪化で人々が受診を抑えたことや、リニューアルした周囲の病院に患者を奪われるといったことも要因としてあげられる。

2013年春、甲賀病院に待望の新病院が完成。患者を増やすまたとないチャンスだが、その一方で新病院建設費の負担分、数十億円の返済という重荷も負う。

だからこそ院長・冨永は、不採算部門を担うなど公立病院の公共性を重視するとともに、赤字化した病院経営を一刻も早く健全化したかったのだ。「私立病院に負けない効率性と高い質の医療を提供したい」(冨永)。

では、京セラ式とは、具体的にはどんな経営手法なのか。

簡単にいえば、病院内の診療科、病棟、薬剤科、放射線科といった各組織が、それぞれ収入と支出を把握して、部門運営を行う仕組みだ。従来も病院は、内科・外科など診療科別の収支計算はしていたが、これで判明するのは診療科ごとの黒字・赤字だけ。看護師などコメディカルと呼ばれる医師以外の医療従事者が、どんな成果をあげているか知ることはできない。

通常、病院で働く人のうち、医師が占めるのはわずか1割。9割はコメディカル部門や事務系だ。つまり大多数が自分の仕事の収支はどうか、病院経営にどれほど貢献をしているかがわからない状態にあることになる。

「現役医師として日々現場に出ている私は、甲賀病院の職員は使命感が強く熱心に仕事することを知っています。ただ、経済性を発揮しながら働く、という意識が薄かったんですね。職員の経営意識を高めるため、各自が属する部門の採算度合いをわかるようにしたかった」(冨永)

そうやって改革に挑んだ冨永の頼みの綱が京セラ式の「院内協力対価」という独自のノウハウだ。病院の「収入」は医療行為によって発生する。当然それらは診療科の収入となるのだが、実際の医療では看護師などもサポートしている。そこで、協力してもらった対価を診療科が各部門へ支払うことにするのだ。その結果、「無収入」だった看護師などにも帳簿上、収入が発生することになる。

ナースステーションに掲示した「時間あたりの付加価値」グラフをチェックする看護師長の井原憲子さん。 

この「収入」と、組織ごとの「経費」や勤務した「時間」によって、「時間あたり付加価値」を算出する。その式は、(収入-経費)÷時間であり、財務会計など専門知識がなくても理解できる。家計簿感覚で自分の組織の経営状況を把握できるのだ。

「目標設定した“時間あたり付加価値”とその結果が月ごとにわかるので、組織が一丸となって目標をクリアしよう、付加価値の数値を少しでも上げようというやる気に満ち溢れました。特に高まったのは時短意識です。同じ手術でも医師と他スタッフとの連携がよくムダな時間を省けば、所要時間を2分の1にすることもできたんです」(冨永)

遅くても早くても手術費は同じゆえ、早くたくさんの手術をしたほうが、その分、収益は2~3倍と向上することになる。

■整理、整頓、清潔、清掃、そして?

京セラ式には、「5S」と呼ばれる取り組みもある。すなわち、整理、整頓、清潔、清掃、しつけである。効率的に仕事をするために、例えば、ナースステーションなどをシンプルにすること、余計なものを入れ込まないことなどが徹底された。看護師長の藤本雅子はこう語る。

現場リーダーの看護師長・藤本雅子さん(中央)

「モノを紛失しないことで私たち看護師部門の“付加価値”を上げられるんです。体温計など医療機器は皆小さくて、なくなりやすい。指にはさんで体内の酸素量を測る機器もそうです。小さいからどこかへ置き忘れることが多いし、電池の部分も壊れやすい。修理するだけでも2万~3万円もかかって、経費になってしまうから、時間あたりの付加価値も当然下がってしまうんです。それが悔しいから、『なぜ、なくなるのか』を徹底的に看護師で議論して、夜勤・日勤とも置く場所の定位置と機器の定数をしっかり確認するようになりました」

また以前はモノの配置に脈絡がなかったが、注射などの作業で使うことの多い材料をひとまとめに置くことで、モノを探しまわる手間と時間を省き、紛失のリスクを低くしたそうだ。

さらに、整理整頓することで、ふだんあまり使っていない衛生材料などがナースステーションに置かれるなど“死蔵在庫”を防ぐようにできたという。いわば家計簿でいう使途不明金が限りなくゼロになっていくのだ。

医療器具を大切に扱うため価格が書かれている。

興味深いのは必死の取り組みで“付加価値”が高まっても、給料に直結するとは限らないのに、職員はなおも数値をよくする努力を怠らないことだ。

「残業時間を戦略的に減らすことで、自分の休み時間や日数が増えます。プライベートの時間が充実するので、より仕事に集中できるようになる」(藤本)

病院の最大の務めは金儲けではなく、患者へのケアだ。そのことを把握したうえで、前出のもう一人の看護師長・井原は収入とコストを意識する働き方が楽しいと、笑顔でこう語るのだ。

「最初は懐疑的だった京セラ式ですが、いまでは私のやる気スイッチです。以前は空きベッドがあまり気にならず、むしろ(患者が少なくて)ラクだなって。でもいまは、入院患者一人平均4万円の“収入”が失われてもったいないな、と思う。時間あたりの付加価値なんて初めはまるでピンとこなかったけれど、グラフなどで可視化されると面白くって。何より紛失ゼロで効率よく働くことが患者さんのためにもなると信じています」

(フリーランス編集者/ライター 大塚 常好 堀 隆弘=撮影)

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