茂木健一郎「凡人が目指すべきは、専門バカより雑学王」
プレジデントオンライン / 2015年5月1日 9時15分
時間の経つのも忘れるほど何かに夢中になっている状態を指す。このとき、脳と体は最もパフォーマンスを発揮する。スポーツ選手がすごい記録を出すときは、高度のフロー状態に入っているという。瞬時にフロー状態に持っていくためには、集中力を司るDLPFC(背外側前頭前皮質)を鍛えること。筋トレと同じく、使えば使うほどこの回路も強くなるので、意識して集中する訓練を繰り返し行っていると、自然にできるようになる。
勉強に限界を感じている人、必読! 脳を活かした最新の勉強法を、茂木健一郎氏が伝授する。
「凡人が秀才に勝てるわけない」
私たちはこう思い込んでいる。しかし社会人になってからの勉強次第では、高卒が東大出をさしおいてビジネスで成功するのも夢ではない。
凡人が逆転勝利を収めるには、次の3つが不可欠だ。(1)脳の特性を知ること。(2)まだスマートフォンを持っていない人はすみやかに入手すること。(3)誰かに強制されなくても自分の意思で勉強するという“志”を持つこと。
まずは脳の特性について説明しよう。社会人の大半は「時間がないから勉強できない」と思っている。しかしそれは思い込みにすぎない。大事なのはいかに長時間勉強するかではなく、いかに深く集中するかなのだ。
人間は最高に集中すると雑音も聞こえなくなり、まったく疲れを感じない「没我」の状態になる。このようにリラックスしていながら、なおかつ集中している状態のことを、脳科学では「フロー状態」という。このフロー状態に自分を持っていくのが、多忙な社会人が勉強するときのポイントだ。
脳の中には「集中しろ」という命令を出す「DLPFC(DORSOLATERAL PREFRONTAL CORTEX:背外側前頭前皮質)」という司令塔のような部位がある。筋トレと同じで、この神経経路は繰り返し負荷をかけることによって太くなる。つまり1日に何度も集中しようと心がけることで、フロー状態になりやすくなるのである。
それにうってつけなのが、スキマ時間を使った勉強法だ。通勤電車の中で、あるいは信号待ちをしながら、あるいは注文した料理が出てくるまでの数分間でも、集中して知識を吸収しようと努めるのだ。ほんの2~3分でも、累積すればかなりのものになる。また、このようなスキマ時間の集中勉強法は、脳の特性にマッチした学習法でもある。なぜならインターバルをあけて何度もインプットを繰り返すことで、学んだことが記憶として定着しやすくなるからだ。「まとまった時間がなければ勉強できない」というのは幻想にすぎない。僕はいま、朝から晩までわずかな時間の隙間を縫って何かしら勉強するようにしているが、その結果、いまや瞬間的にフロー状態に入れるようになった。意識の切り替えが素早くできるおかげでストレスとも無縁である。
さて、こんなふうにスキマ時間を使った勉強法の強い味方がスマホである。せっかくスマホを持っているのに、フェイスブックばかりしているのは実にもったいない。スマホを持つということは、自分の掌中にインターネットという小宇宙があるのと同じだ。
日本では「インターネットで勉強する」という発想があまりないが、本気で学びたい人にとっては宝の山である。試しにカントの『純粋理性批判』やダーウィンの『種の起源』を検索してみてほしい。原文がすべて無料で読めることに驚くだろう。あるいはグーグルの「GOOGLE SCHOLAR」で検索すれば、興味のあるキーワードを入れるだけで論文がPDFファイルで読めるようになっている。ということは、勉強したい気持ちがあるなら、もはや大学へ行く必要はない。僕はインターネットだけで勉強してノーベル賞をとる人も、いずれ現れると思っている。
そういうわけで、僕はiPadも持っているが、ほとんど持ち歩かなくなってしまった。iPhoneで十分だ。この小さなデバイスのなかに、一昔前のデスクトップパソコンよりもはるかに多い容量が収まっている。もはや勉強は机の上でする時代ではない。
たとえば僕はエスカレーターに乗ったら、必ず左側に立つ。つまり急ぐ人のために片側を開けておき、自分は動かない。歩いて上っても十数秒しか違わないから、その間iPhoneを立ち上げる。
いまは「i読書 青空文庫」というアプリで夏目漱石の『三四郎』を読んでいるので、これを数ページ読み進める。あるいは「ビッグデータ」という言葉を最近よく耳にするなと思ったら、ウィキペディアで意味を調べることもある。電車やバスを待つまでの間はもちろん、トイレに腰掛けているほんの数十秒でもスマホを活用することは、フロー状態に入るためのトレーニングになるのだ。
インターネットの閲覧以外にも、できることはまだまだある。僕はツイッターのアカウントを2つ持っているが、そのうち英語で書いているほうでは、国際政治や、最新テクノロジー、新商品など気になるニュースをクリッピングして配信している。これは僕のアカウントをフォローしている人との情報共有という意味もあるが、自分専用のスクラップブックをつくるという目的もある。
いま大流行中のLINEも、ただの若者向け無料通話アプリだと思ったら大間違いで、仲間同士でうまく使えば密度の濃い議論をスピーディーに繰り広げることができる。ベンチャー企業の経営者たちには、40~50代でもLINEを使いこなしている人がたくさんいる。最先端の場所に身を置かなければイノベーションは起こせないということを知っているのだろう。
実際、学校の勉強ができることと、イノベーションが起こせるかどうかはまた別の話だ。イノベーションに必要なのは、どちらかというと雑学である。学校の勉強ができるだけの「専門バカ」はもうコモディティ化してしまっている。「そういう人はお金を払って雇えばいい」という感覚だ。したがってスマホで勉強するときも、ひとつのことを掘り下げるよりは、雑多な知識の引き出しを増やそうとすべきだ。僕が「この人は仕事ができる」と思う人は、学生時代に成績がよかった秀才というよりも、「この人、なんでこんなこと知ってるの?」と思うような雑学系に強い人が多い。
日本人で初めてMIT(マサチューセッツ工科大学)のメディアラボ所長になった伊藤穰一は、大学を2度中退している。だから学歴としては高卒だ。だが博覧強記で、ニューヨークタイムズの取締役も務めているし、今度はソニーの社外取締役にもなる。彼くらいになると、もはや学歴など何の意味も持たない。
いま日本では「裕福な親の子供しか、いい教育を受けられない」という教育格差が話題になっている。しかしインターネットは万人が平等にアクセスできるものだ。ということは、勉強するかどうかは本人のやる気次第。勉強しようという“志”があるかどうかである。「凡人が秀才に勝つ条件」の3つめとして、“志”を挙げたゆえんだ。
最後にひとつだけ注意しておきたい。スマホは手軽に知への扉を開いてくれるが、同時に「単なる暇つぶしの娯楽を提供する」という麻薬のような側面も持っている。たとえばいま流行のオンラインゲーム「パズドラ(パズル&ドラゴンズ)」をダウンロードすれば、いくらでも暇をつぶせてしまう。いわばパチンコ屋的な刺激を与えてくれるものでもあるのだ。
だからこそ、1台のスマホをハーバード大学にするか、ただのパチンコ店にするかは、あなたの“志”にかかっているのである。
(脳科学者 茂木 健一郎 長山清子=構成 的野弘路=撮影 PIXTA=写真)
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