1日プラス1000円で介護放棄を防ぐ! 介護サービス利用法
プレジデントオンライン / 2015年12月21日 14時15分
自宅で看るか、施設ならどこに頼るか。介護パターンの選び方によって、家族のお金と心の負担に大差がつく。実例を通して「わが家のベスト」な選択を考えよう。
同居している家族が要介護状態になったとき、まず家族が考えることは「自分たちでなんとかしよう」ということである。当たり前と言えば当たり前の反応だが、こうした頑張りがかえって裏目に出てしまうケースが多いという。
■【ケース1】要介護5の母親と暮らす長女が介護不能に
82歳になる母親は、70代の後半から寝たきり状態になっている。父親はすでに他界していたため、同居していた長女(59歳)が介護をすることになった。長女は「自分の家族は自分で面倒を見るべきだ」という意識が非常に強かったため、介護保険サービスは週1回の訪問入浴サービスしか利用していなかった。
長女自身、年を重ねるごとに体力が低下していくのを感じてはいたが、家の中に他人が入り込んでくるのが嫌だったので、無理をして母親の介護を続けていた。
そんなある日、母親のおむつを交換するために前かがみになって母親の体位を変えようとした瞬間、腰に激痛が走った。ギックリ腰になってしまったのである。数日間は、長女自身が動けない。夫は会社勤めをしている。介護は1日たりとも休むことができない……。
長女は仕方なく、1日3回の訪問介護サービス受けることにし、排泄介助と昼食の介助などをホームヘルパーに任せることにしたのである。
その結果、自身の負担だけでなく、家族全体の負担が劇的に軽減することになった。長女が母親にかかり切りだった分、夫や子供たちが家事を分担していたのだ。
また、定期的におむつ交換をしなくてもよくなったため、家事やテレビを中断することが少なくなって、精神的にもかなりゆとりが生まれるようになった。
このケースで増えた介護費用は1日3回(合計2時間)の訪問介護の利用料金で、1日当たり約1100円(東京23区、自己負担1割の場合)。訪問入浴を含めた月額費用の合計は約3万8000円である。
なぜ、同居している家族が介護保険サービスの利用を躊躇しがちかというと、必ずしも「自分たちで面倒を見るべきだ」という意識のせいばかりではないと訪問介護サービスの専門業者、ケアリッツ・アンド・パートナーズの宮本剛宏社長は言う。
「1番多いのは、介護費用の実態をご存じないということです。ケース1でおわかりのように1日3回の排泄介助サービスを受けても、1日当たり1000円程度で済んでしまうのです。しかし、多くの人がそんなに安くやってもらえるとは思っていないのが実情です」
もうひとつの原因は、家族が介護したほうが被介護者にとって快適であるという思い込みだ。
「特に娘さんが同居している場合、ヘルパーのやり方に対して、『私のやり方と違う』という印象をお持ちになる場合が多いですね。それでヘルパーさんと揉めてしまって、結局、自分で介護をすることになってしまうのです。しかし、ヘルパーは訓練を受けたプロです。多少やり方が違っても、ヘルパーが誤ったやり方をすることはまずありません」
■【ケース2】要介護3で認知症が悪化
介護保険サービスの利用は家族の負担を軽減するだけでなく、被介護者を守る場合もある……。
埼玉県でひとり暮らしをしていた85歳の母親の認知症が悪化したため、都内で暮らしていた60代の長男夫婦が同居をすることになった。最初は懸命に母親の世話を焼いていた長男だったが、度重なる失踪に業を煮やして、同居して3カ月が経過した頃から母親に暴力を振るうようになった。やがて、介護を放棄するようになり、おむつ交換を怠るようになった。ヘルパーが入浴介助のために週1回訪問していたが、1週間に1度もおむつを交換していなかったこともあり、ネグレクト(介護放棄)の状態に陥っていたのである。
そこでケアマネージャーが行政と家族の三者で話し合う場を設け、1日2回の訪問介護と週2回の通所サービス(デイサービス)を利用することを提案した。それまでに利用していた介護保険サービスは週1回の入浴介助だけだったので、月額費用は約2000円だった。そこに1日2回の訪問介護と週2回の通所サービスを上乗せしたので、介護費用は約3万3000円にアップしたが、家族の負担が大幅に減り、長男の精神的な負担も軽減されたため母親に対する暴力はなくなった。
なぜ、実の親に暴力を振るうようになってしまうのか。原因は心身の疲労だけではない。
「老いて介護を必要としている親に暴力を振るうなんて信じられないと思いますが、子供にとって親はいくつになっても親なんです。だから、その親が認知症になったりすると、子供は精神的に強いショックを受けてしまう。そして、何でこんなことができないんだと、憐みよりも苛立ちや怒りを感じてしまうことが多いのです」
実の子供ならではの濃密で複雑な感情が原因で、親に暴力を振るったり、ネグレクトしたりしてしまうわけだ。逆に言えば、赤の他人であるヘルパーならば、そうした感情を抱く可能性は少ないということになる。そういう意味でも、介護に家族以外の第三者を介入させることは、プラスの面が大きいのである。
同居で介護保険サービスを利用する場合のポイントを、宮本社長にまとめてもらおう。
「同居家族がいる場合は生活援助サービス(買い物など)は受けることができませんから、そこはどうしても家族がやらなくてはなりません。一方で、入浴介助にせよ排泄介助にせよ、専門的な訓練を受けていない人がやるとどうしても時間がかかってしまいます。ですから同居の場合、身体介護に関しては可能な限り介護保険サービスを利用して、プロに任せてしまったほうがいいと思いますね」
なぜかといえば、家族が限界まで頑張って、そこからこぼれた部分を介護サービスで補うという考え方では、生活にまったく余裕がなくなってしまうからである。
最低限の介護サービスを依頼するのではなく、プラスαのサービスを依頼するぐらいの積もりでいたほうが、被介護者のためにもなる。その理由は、とりも直さずヘルパーはプロだからだ。家族が「これが快適なはずだ」という思い込みでやっている介護が、むしろ被介護者の心身の状況を悪化させてしまうケースがよくあるのだ。
月に3万~4万円程度の出費で家族も被介護者もハッピーになれるのなら安いものである。まずは、いくら払えばどのような介護保険サービスを受けられるかを知ることからスタートすべきだろう。
(ノンフィクションライター 山田 清機 小倉和徳=撮影)
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