「経済学の父」アダム・スミスが教える21世紀にも役立つ「生きるヒント」
プレジデントオンライン / 2016年4月23日 18時15分
■心理学、哲学と行動経済学を融合
タイトルと表紙のサングラスをかけた人物を見て、「道徳のスミス先生って誰だ?」と突っ込みが入りそうだが、誰あろう近代経済学の父と言われるアダム・スミスのことである。その名前は、おそらく誰でも知っているだろう。しかし、彼が道徳に関する著書を遺したことは、さほど知られていないのではないだろうか。
アダム・スミスが経済学の古典的名著とされる『国富論』を書いたのが1776年。本書が取り上げた『道徳感情論』は、これに先立つ59年に発行され、亡くなった90年までに第6版まで版を重ねた。あまりに有名な『国富論』の陰に隠れているが、はるかに手塩にかけられた名著なのである。
『道徳感情論』は、人間に対する洞察を通して、人はどう生きるべきか、どう行動すべきかをテーマとした、心理学と哲学、行動経済学を融合した内容といえる。
著者は米スタンフォード大学で経済学を研究する人物。大学で教鞭をとり、自ら主宰するポッドキャストで、ミルトン・フリードマン、ジョセフ・スティグリッツなどもゲストに迎え、週1回1時間のインタビューを行っている。
著者は経済学のエッセンスを一般の人々に伝える活動に情熱を注いでいるが、30年前に購入したという『道徳感情論』を初めて通読したのは、ポッドキャストのゲストがインタビューのテーマとして指定したため。この経験を境に、人間、特に自分を見る目が変わったという。こうして生まれた本書は、アダム・スミスの著作を現代的視点を交えながら読み解いていく構成となっている。
『国富論』では人間が各自の利益を追求することが、社会の富を増大させると説く。しばしば誤解されるが、自己の利益を追求することは他人を顧みず、自分勝手に行動するという意味ではない、とアダム・スミスは釘を刺す。
■自己欺瞞が経済政策に問題をもたらす
アダム・スミスは、人間が自分の行動を決める際には「中立な観察者」とのやり取りを経る、としている。つまり、自分を客観視することである。室町時代に能を大成した世阿弥が言った、舞台で演じる自分を見ている自分を意味する「離見の見」とも共通する考え方だといえるだろう。
しかし、アダム・スミスは言う。自己の利益が絡んでいるときに客観的になるのは難しいと。己を欺こうとする自己欺瞞があるためで、現代用語ではこの自己欺瞞は「確証バイアス」と言われる。自分の先入観を通して現実を見る際に、自分にとって都合のいい情報、自分の価値観と一致する情報ばかりを集める傾向を意味する。自分にとって好ましいストーリーを作りあげてしまい、残りの点は無視することで自己満足に陥るというわけだ。
著者は、「確証バイアス」は自分の専門分野である経済学においては重大な問題となる、と指摘する。ケインジアンはオバマ政権の緊急経済対策によって数百万の雇用が創出されたことを、データと分析結果が裏付けているため知っている。一方で懐疑論者は、オバマの施策はたいした効果はなかったと主張する。彼らが持つデータも分析結果も、同様に主張を裏付けているためだ。
政策の精度はさておき、日本でもアベノミクス絡みで見られる構図のような気もするが、人間の本質を透視していない経済学は、何度となくその限界を指摘されてきた。
アダム・スミスは、「自分を知るためには」「愛されるに値する人になるためには」といったテーマについて、回答を提示していく。変化の激しい時代に生きる我々にとって、普遍的なものの見方、考え方が求められるのではないだろうか。
(ジャーナリスト 山口 邦夫)
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