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実験で証明!「知識や技能が低い人ほど自己評価が高い」

プレジデントオンライン / 2017年2月24日 9時15分

※写真はイメージです

■イグ・ノーベル賞を受賞した実験

2017年1月に日本語版が発刊された『クラウド時代の思考術』(ウィリアム・パウンドストーン著・青土社)の第1部は、なんともマヌケな銀行強盗のエピソードから始まっている。

彼は真っ昼間に二つの銀行を襲ったが、マスクをしていなかったため、監視カメラに素顔がバッチリと撮影されていたのだ。

警察はカメラの映像をニュースで流し、程なく通報があって容疑者宅で逮捕。容疑者は信じられない様子で、警察に次のように話したという。

「おかしいな、ジュースを塗ったんだが」

どうやら彼は、レモンジュースを見えないインクと勘違いしていたようだ。あなたも小学生のときに、レモン汁を絞って「あぶりだし」の実験をしたことがあるはずだ。レモン汁で書いた文字は、火であぶると浮かび上がってくる。それを知っていた銀行強盗は、レモンジュースを顔に塗れば、監視カメラに顔が映らないと考えた。

彼は「刑務所に入り、世界でもっともばかな犯罪者たちの犯罪史にも名を連ねた」。そりゃそうだろう。

が、このエピソードには続きがある。

コーネル大学の心理学教授デヴィッド・ダニングは、このマヌケな犯罪のなかに、普遍的な教訓があるのではないかと考えた。それは、知識や技能が低い人間ほど、自己評価が高い、というものだ。

この洞察を確かめるために、ダニング教授は、大学院生のジャスティン・クルーガーとともに、心理学を学ぶ学生たちに、文法や論法、ジョークなどのテストを実施し、各自の得点予想や他の学生たちに比べてどのくらいできたのかを自己評価するよう求めた。

結果は予想通り、いや予想以上だった。少々長いが、引用しよう。

<一番低い得点を獲得した学生は、どれほど自分がよくできたかを大げさに吹聴した。(中略)最下位に近い得点を取った学生たちは、自分の技量を他の三分の二の学生たちより、一段とすぐれていると予測した。
さらにやはり予想していたことだが、高い得点を獲得した学生たちは、自分の能力をより正確に認識していた。が、(聞いて驚かないでほしいのだが)もっとも高い得点を取ったグループは、他の者たちに比べて、自分の能力を若干低く見積もっていた>

未熟な人間ほど自己評価が高くなる。二人の研究が示したこの逆説は、「ダニング=クルーガー効果」という名前で広く知られるようになり、2000年には、世の中を笑わせ、考えさせてくれる研究に贈られるイグ・ノーベル賞を受賞した。

■古代ギリシアの哲人も「無知の無知」を喝破

前置きが長くなったが、この本が発する警告の一つは、インターネットによって、ダニング=クルーガー効果が世界を覆いつつあるということだ。あちこちで指摘されているように、インターネットの世界に耽溺すると、人は自分の見たい情報にしかアクセスしない傾向が強まっていく。

<それはまた、その他のあらゆるものに割く時間と、それに注ぐ注意をわずかなものにした。ここで見られる大きなリスクは、インターネットが、われわれの知識を乏しいものにしていたり、あるいは誤った知識をさえ与えているということではない。それはインターネットがわれわれを「メタ・イグノラント」(超無知)にしていることだった――つまり、われわれが知らないことに、自分でほとんど気がついていないということなのだ>

著者の言う「超無知」とは、ソクラテスの「無知の知」をもじっていえば「無知の無知」ということだろう。そう、知らないことさえ知らない状態だ。

それはまた、ソクラテスが当時の知恵者とされる人物たちに下した評価でもあった。

ソクラテスはじつに不思議な哲学者だ。あるとき、彼の友人がお節介にも、デルポイの神殿で「ソクラテスより知恵のある者はいないか」と尋ねた。すると、神殿にいた巫女の答えは「誰もいない」。巫女の口から出た言葉は神託、つまり神のお告げなのだから、神が「ソクラテスはいちばんの知恵者」だと請け負ったことになる。

友人からこのことを聞いたソクラテスは当惑した。自分は知恵なんかないと自覚している。なのになぜ、神は自分を指して、いちばん知恵があるなんて言うのか。その後の発想がとんでもなくユニークだ。

<そして、まったくやっとのことで、その意味を、つぎのような仕方で、たずねてみることにしたのです。それは、だれか知恵があると思われている者の一人を訪ねることだったのです。ほかはとにかく、そこへ行けば、神託を反駁して、ほら、この者のほうがわたしよりも知恵があるのです、それだのにあなたは、わたしを知者だと言われた、というふうに、託宣に向かってはっきり言うことができるだろうというわけなのです>(プラトン『ソクラテスの弁明』、田中美知太郎訳、中公クラシックス)

なんと彼は、神のお告げは間違っていることを証明するために、知恵者として知られる人物を訪ねて、問答するのだ。

ところが期待に反して、その人物は自分で知恵があると思い込んでいるけれど、そうではないことがソクラテスにはわかった。

<この男は、知らないのに何か知っているように思っているが、わたしは、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている>(『ソクラテスの弁明』)

勘のいい読者はもうお気づきだろう。ソクラテスがここで言っていることは、「ダニング=クルーガー効果」と、とてもよく似ている。あのマヌケな犯罪者も「知らないのに何か知っているように思っていた」のだから。

それでもソクラテスはあきらめず、自分より知恵のある人物がいることを確かめるために、政治家や作家を次々に訪ね、問答を繰り返したものの、結果は同じだった。

■「無知の無知」という病は根深い

ソクラテスが最後に訪ねたのは「手に技能をもった人たち」だ。

彼らが、技術について自分よりもすぐれた知恵をもっていることを、ソクラテスは認める。しかし「技術的な仕上げをうまくやれるからというので、めいめい、それ以外の大切なことがらについても、当然、自分が最高の知者だと考えているのでして、彼らのそういう不調法が、せっかくの彼らの知恵をおおい隠すようになっていたのです」(『ソクラテスの弁明』)。

まあ、ソクラテスの鋭いこと。狭い分野の専門家が、世の中全般を知ったかぶってコメントする姿は昔も今も変わらない。見たいものしか見ないネットの世界にも、そんなプチ専門家がゴマンといる。彼は、専門バカの傲慢さについても、とっくの昔にお見通しだったのだ。

問題はここからだ。

僕らは、「ダニング=クルーガー効果」のような話を聞きかじったり、「無知の知」を知ったりすると、自分は「無知の無知」からは免れていると考えたくなる。僕だってそう思いたい。

でも、そうではない。「無知の無知」という病はもっと根深く、ほとんどすべての人間に程度の差こそあれ巣くっている。そこで次回は、現代の哲学者にご登場願って、「無知の無知」の厄介さについて考えてみたい。

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斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。人文思想系、社会科学系の編集・取材・構成、書評を数多く手がける。監修・編集に『哲学用語図鑑』(田中正人著・プレジデント社)、『現代思想入門』(仲正昌樹ほか著・PHP)、著書に『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)、『使える新書』(共著、WAVE出版)など。原稿構成を手がけた本に『大国の掟』(佐藤優著、NHK出版新書)、『おとなの教養』(池上彰著、同)、『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』(光文社新書)』ほか多数。「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ)サブパーソナリティーとして出演中。

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(編集者・ライター 斎藤 哲也)

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