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「米国なき世界」のリーダーは中国なのか

プレジデントオンライン / 2017年10月31日 9時15分

写真=ZUMA Press/アフロ

トランプ大統領の就任で米国が漂流を始めている。だが、これはアメリカ帝国の「終わりの始まり」にすぎない。次に訪れるのは「アメリカなき世界」だ。そのとき台頭する超大国・中国と日本はどう付き合えばいいのか。京都大学名誉教授の中西輝政氏は「もう親米保守は成り立たない」と喝破する――。

■アメリカ帝国の「終わりの始まり」とは

アメリカのトランプ政権が誕生してから9カ月余りが過ぎました。私の率直な感想を述べれば、アメリカは多くの人の予想を越えて大きく「漂流し出している」ということです。当初、日本国内の一部、主に保守的なスタンスを取る識者の中にはトランプ大統領を歓迎するムードがありました。例えば、北朝鮮への対応にしても「オバマ政権よりも強く出てくれるのではないか」といった期待感があったわけです。それは核ミサイル危機のつづく今もあるでしょう。しかし、トランプのアメリカを本当に信頼できるでしょうか。

4月にはアメリカの原子力空母「カール・ヴィンソン」が北朝鮮付近の海域へ向かって北上するというニュースが流れました。「アメリカが北朝鮮を攻撃する」という情報が取り沙汰され、東京では北朝鮮のミサイル発射情報に地下鉄が止まったほどです。この状況は「4月危機」という言葉がピッタリでした。

ところが5月になると、どこか憑き物が落ちたようにパタリと静かになったのです。そして、いきなり対話路線が浮上したのですから、早過ぎる戦略の転換と言わざるをえません。やはり、外交には我慢、忍耐がなければだめです。トランプ大統領は金正恩氏に足元を見られてしまい、いまのアメリ軍の態勢では北朝鮮を攻撃しないし、とてもできないということを露呈してしまいました。そのことが、7月のICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射につながったと言っていいでしょう。そうすると、8月以後、またアメリカの対北攻撃が迫っているというニュースが日本中をかけ回っています。

このトランプ政権の下で、米朝の戦争が起きるのも大変ですが、実は結局、アメリカが北朝鮮との対話に入って日本を見捨てにかかるという可能性も大いに懸念されます。我々はずっと以前から少しでも自立できる国になっておくべきだったのです。

しかし、もっと大事なことがさらに深い変化として起こっています。就任直後からトランプ大統領がくり出してきた政策は、冷戦後、世界で唯一の覇権国だったアメリカが進めてきた「自由貿易」や「開かれた社会」をことごとくひっくり返すものでした。私はこれを、自由主義を掲げ世界に覇権を広げてきたアメリカ帝国の「終わりの始まり」だと捉えています。そして、この衰亡のプロセスはここに来て意外に早く進みそうな様相が見えてきました。それは2030年代、遅くとも40年頃には現実のものとなっていくに違いありません。

冷戦終焉後のアメリカが推進してきた政策はとりわけ、「新自由主義」とグローバルな「覇権主義」を力で推進しようとするものでした。これは、自由な市場経済を一切の制約なく発展させれば、おのずから公平な社会が実現するであろうという楽観的なもので、「市場原理主義」とも呼ばれるものです。そしてアメリカは、金融市場やITにおいて、まさしく世界を席巻しました。

■習近平総書記に見切られたトランプ大統領

しかし、アメリカが一番の強みとしていたこれら2つが、ここに来て陰りを見せています。まずITですが、数年前に元CIA(米中央情報局)職員のスノーデンが告発したようにアメリカの情報機関NSA(米国家安全保障局)がフェイスブックなどSNS企業と秘密裏に個人情報収集を行っていることが大きな問題となり、世界を揺るがせ、アメリカへの信頼を失墜させました。

その後の報道によると、NSAはアップル、グーグル、マイクロソフトなども含め、アメリカの大手IT企業が提供するネットサービスに直接アクセスして、自らの情報収集に利用していたそうです。これを見て、中国や欧州、ロシアやインドでも一挙に対策が進みました。「ビッグデータを盗み取るビッグブラザーに気をつけろ」というわけです。

一方、金融面では2008年、国際的な金融危機の引き金となったリーマン・ショックから、アメリカは表面とは異なり、実のところ依然として立ち直っていません。発端は金融工学を駆使して証券化したサブプライム・ローンでした。これは信用度の低い人を対象にした高金利の住宅担保貸付が住宅バブル崩壊で不良債権化し、アメリカ第4位の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した金融崩壊でしたが、今また同じことがくり返されようとしています。私はこのくり返しが、アメリカ衰退のきっかけとなるとつとに言ってきました(拙著『覇権の終焉』PHP研究所、2008年参照)。そして、実際、アメリカの国際金融面での影響力は今も回復していません。

その意味で、アメリカの力は徐々に、あるいは急速に削がれているのです。今回のトランプ氏を大統領に押し上げた“トランプ現象”は、こうしたアメリカの衰退がさらに進むのではないかと心配し、かつてなく多くの人々が格差の拡大や失業の恐怖に悲鳴を上げ、それを投票行動に移した結果でしょう。けれども、冒頭にも記しましたが、早くもその前途は危ぶまれているのです。

しかし、日本の立場を考えると、トランプ大統領の下で進むアメリカのリーダーシップの凋落は対米外交を見直す絶好の機会かもしれません。これまで日本はソ連の脅威がなくなった冷戦後の時代も、基本的に親米保守というスタンスでした。しかし、本当はこの25年くらいの間にもっと自立できる力をつけておくべきだったのですが、そうならなかったのはオバマ大統領までの歴代大統領は温度の差こそあれ、日米両国の国益を安全保障や貿易面から理性的に追求してきたからです。けれど「アメリカ・ファースト」を掲げているトランプ政権は、北朝鮮危機をテコにして経済交渉や防衛費負担などで今後、大変な無理難題を吹っかけてくるでしょう。

そんなトランプ政権には、はっきりものを言い、もっと日本の自立をめざす確固たる姿勢を見せる必要があります。そうすればアメリカはもう少し日本の立場を尊重するようになります。また今後は、そうでないと健全な日米関係は保つことができません。これまではアメリカに極端なまでに追随的だった日本ですが、トランプの迷走ぶりを目の当たりにすると、いざというときに日本側に立った行動をとるかどうかは大いに未知数です。例えば尖閣諸島にしても、たしかにアメリカは尖閣も「日米安保の適用範囲内だ」と言いました。しかし、中国が本格的な攻勢をかけてきたら、アメリカは日本と一緒に戦うかどうかわかりません。

その中国は10月の党大会が終わると、トランプのアメリカを完全に見切って徐々に対抗姿勢を強めてゆく気配があります。習近平総書記は4月6日、トランプ大統領との最初の首脳会談をフロリダで行いました。その時点では、中国はまだトランプ政権の本質を把握できておらず、その強圧的な姿勢を警戒していたようです。北朝鮮制裁の協力にも肯定的な対応をしてきました。

ところが、7月になるとドイツのハンブルグで開催されたG20サミットでの米中首脳会談では、習近平総書記が終始うわてに出ている感じがうかがえるようになりました。実際、地元ドイツでの報道もそうした米中関係の変化を伝える内容でした。そして、9月の国連での対北朝鮮制裁でも、中国はアメリカの圧力を明確にはね返しています。この傾向は今後より強まるでしょう。

■中国は世界の覇権を握ることはできない

世界のバランス・オブ・パワーを考えると、アメリカはもとより、中国を無視することはできません。中国は今、急速に世界への影響力を強めていて、その勢いを止めることはもはやできない段階に来ています。これまでは「中国はいずれ崩壊する」とタカをくくっていた多くの日本人も、今や現実を直視するしかないのです。

ただ、中国が早期にアメリカに取って代わり、世界の覇権を握るかと言えば、それはないでしょう。20世紀にアメリカが達成したようなグローバルな国力の展開は、圧倒的な国内経済と技術の基盤がないとできないからです。目下の可能性としてあるとすれば、中国による東アジアの地域覇権です。習近平総書記の提唱する経済圏構想としての“一帯一路”によると、陸では中国と中央アジア、一部欧州まで、海なら中国沿岸と南シナ海、インド洋を経て地中海と連なるエリアに影響力をおよぼすはずです。しかし、これは長い時間を要する大きな枠組みでの話です。

中国には越えなければならない大きなハードルがあります。その最たるものが、民主化です。今の中国が世界から警戒され、時に非難される問題の多くは、中国が今も共産党の独裁体制であることに起因しています。ノーベル平和賞受賞者を軟禁し、その死に際しても不当な扱いをし、自国に都合の悪いニュースは国民に届かないようにしています。国内でこれほど自由や民主主義がないがしろにされたままでは、中国は国際社会での政治的、精神的なリーダーシップを得ることは難しいでしょう。

それと懸念されるのが、やや停滞し始めた中国経済の行方です。もちろん、成長が急激に止まることはなく、2桁だった成長率がたとえ5%なり4%に落ち込んでも、2040年頃にはアメリカのGDPを追い越します。だが、それはもはや高度経済成長とは言い難いものでしょう。日本が、1970年代の初めに2度のオイルショックを乗り越え、戦後では第2弾となる高度成長を果たしたような離れ業ができるかどうかです。

今のままの中国では、日本には同盟を組むという選択肢はあまりせん。しかし、これから約20年後、アメリカを凌ぐ超大国となっている中国と日本は永久に対峙していかなければならないのかと言えば、必ずしもそうとは限らないでしょう。私は、中国のゆるやかな「民主化への支援」が日本のなすべき仕事だと思っています。

ちなみに、イギリスが離脱を決めたEUは、今後も紆余曲折はあるでしょうが、やがては地域ローカルな「関税同盟」になると考えます。貨幣のユーロは維持されるでしょうが、ドイツのメルケル首相が呼びかけている政治統合はとても無理です。私はイギリスに長く滞在したのでわかるのですが、欧州は異なる民族と言語が存在することから、統合を進めるべきという動きはなくならないでしょうが、ひとつになろうとしても決してなれません。むしろ、国別に分かれているからこそ、欧州全体としてあれだけの活力があるとも言えるわけです。

世界史をみれば、どんな大国でも必ず興亡の道をたどることがわかります。また、それによって国際情勢も時々刻々と変化していくわけです。その象徴的な例が、1991年のソビエト崩壊による冷戦終結でしょう。結果として、アメリカの「一極覇権主義の時代」が到来したのですが、今度はそのアメリカが衰亡の危機に向かわざるを得ない流れになってきました。そして、そのあとに訪れるのは、中国とアメリカ、欧州とロシア、インドなどが入り乱れる多極化の世界です。

■日本が生き残る「未来図」を描けるか

国の興亡の歴史をひも解けば、国家が隆盛するときには国民の精神に「モラル」と「モラール」の双方で活力が満ちている時代が続く場合が多い。倫理や道徳を意味する英語のモラルと、志気や気力を示すフランス語のモラールは、ともにラテン語の「モーレス」が語源になっています。この2つが国民の心の健康、つまり時代精神の活力を表現する言葉から派生しているということは、いつの時代においても社会を維持し、発展させるものが本質的には人々の精神的なエネルギーや国民の冒険心などだということを教えています。

『アメリカ帝国衰亡論・序説』(中西輝政著・幻冬舎刊)

一般国民はもとより、国家の指導者である政治家や経済界のトップには、そうした資質がより高く求められることは言うまでもありません。ところが残念なことに、今の日本のリーダーからは、そうした前向きの、思い切ったスピリットを感じることができないのが、この平成という時代の現実です。これでは、政府がどんなに理性的かつ合理的な政策を実行したとしても国力が浮揚していくことはないと思います。

今、世界の潮流は変化をいっそう加速させています。だからこそ私は、日本の国家としての生きる道を指し示せる「未来への大きな構想」をきちんと描くことが重要だと言いたいのです。それが容易ではないことは確かですが、しかし、それをしないかぎり時代を変革するエネルギーは生まれません。かつての日本は、明治の開花期、戦後の復興期など重要な歴史の転換点で、まず大きな未来像と国民の目的意識を取り戻すことで、その底力を発揮してきました。今こそ、この原点に戻り、新たな日本の立ち位置を見いだす努力をすべきでしょう。

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中西輝政(なかにし・てるまさ)
京都大学名誉教授。1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授、京都大学大学院教授を歴任。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『大英帝国衰亡史』『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』『帝国としての中国』『アメリカ外交の魂』など多数。近著に『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎)がある。

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(京都大学名誉教授 中西 輝政 取材・構成=岡村繁雄 写真=ZUMA Press/アフロ)

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