日本は"天皇の上"にアメリカを戴いている
プレジデントオンライン / 2018年5月14日 9時15分
■「日本を愛してくれるアメリカ」という幻想
――まず『国体論 菊と星条旗』というタイトルが衝撃でした。ふだん「国体」について考えていない日本人が多いと思います。なぜこのタイトルを。
ごく一般的に「国体」といえば、万世一系の皇統のことですよね。「国体」を護持するために命を捧げよ、という価値観に戦前の日本社会が覆われていたのは周知のとおり。敗戦をはさんで、戦後の日本では「国体」は死語同然となった。しかし、「国体」が本当に棄却されたなら死語で構わないのですが、じつは形を変えて存在する。これが重要なのです。占領をきっかけにアメリカが「国体」システムの中に入り込むことで「国体」は生き延び、今やアメリカが「天皇制」の頂点に立つものとなっている。<菊>を頂点としていた「国体」は、<星条旗>を戴いて戦後も生きているのです。
その結果が、世界に類を見ない特殊な対米従属です。日米関係において「思いやり予算」「トモダチ作戦」などエモーショナルな用語が繰り返し使われるように、「日本を愛してくれるアメリカ」という幻想がふりまかれてきました。それらは、支配の現実を否認するための方便なのです。
この「支配の否認」というゆがんだ心理構造の起源は、戦前の「国体」の概念を考察することで見えてきます。それによれば、天皇と臣民の関係は親密な「家族」であり、そこに支配は存在しない。そのように、支配の現実を否認させたのが戦前の「国体」ですが、戦前に作られた日本人のゆがんだ心理構造が横滑りするかのように、アメリカを頂点とする「戦後の国体」においても働いていて、それが日米関係を不健全なものとしているのです。
その影響は対外関係にとどまりません。支配を否認している限りは、自由への希求も、抵抗する知恵も生まれてこない。つまり、「国体」のなかに生きる人間は「自己満足した愚かな奴隷」になるわけで、このような国民がまっとうな社会を作れるわけがありません。経済にせよ、政治にせよ、今の日本の末期的状態の根本原因はここにある。だからこそ、今、「国体」を問う意味があるのです。
――天皇の上にアメリカがいるという構図には、なるほどとうなりました。
アメリカを頂点にいただく天皇制が「戦後の国体」であるという、この構図を導く際に示唆を与えてくれたのは、政治学者・豊下楢彦さんの「安保体制が戦後の国体になった」という分析です。「天皇とアメリカは代替関係にある」と主張する社会学者の吉見俊哉さんの議論からも多くを学びました。このふたつの視点をいれないと「戦後の国体」の姿は決して見えてこない。こうした先行研究を踏まえつつ、『永続敗戦論』以来思考を重ねたこの『国体論』では、現代日本の問題の本丸がどこにあるかを示しえたと考えています。
■「唯一の被爆国」なのに核軍縮を拒む矛楯
――戦前と戦後の「国体」の歴史を相似形として描いていますね。
明治維新を起点として「国体」、つまり近代の天皇制は形成され、いったんは安定をみた(大正デモクラシー)ものの、昭和初期になると日本を破滅的な戦争という破局に導いていった。「戦後の国体」も、それと同じような三つの段階を踏んでいると考えます。今年明治維新150周年で、まもなく平成も終わりますが、2022年には戦前(維新~敗戦)と戦後(敗戦~現在)の長さが同じになります。
それぞれの歴史を見てみると、明治の国体が「天皇の国民」であったのと同じように、戦後日本は占領された状態、「アメリカの日本」として始まる。しかし、その条件を利用して復興を果たし、経済大国へと成長する。それは「アメリカなき日本」の時代であり、戦前では大正デモクラシーの「天皇なき国民」というつかの間現れた天皇制の支配が緩んだ時代と重なります。
ところが、戦前はその後、天皇制支配のハードな時代になる。戦後もアメリカの支配を相対化できていたはずなのに、悲惨な見苦しい対米従属の国になった。それが現代です。
なぜそうなったのか。戦前のファシズム期には「国民の天皇」という観念が現れますが、同様に、「日本のアメリカ」という不条理な観念を無意識に持つようになってきているからだと考えられます。
そのことがいま一番鮮やかに表れているのが核兵器に対する日本政府のスタンスの取り方です。「日本は唯一の被爆国」と繰り返してきたのに、反核平和団体がノーベル平和賞を取ったら全然相手にしない。アメリカが核軍縮をしようとすると「お止めください」と言う。つまり、ここには「《日本のアメリカ》の核兵器は日本の核兵器だ」という観念がある。
――ふだん「国体」についてあまり考えたことのなかったという人にどう読んでもらいたいですか。
自由を求めて自立する生き方ということを考えてほしいのですが、その出発点として、アメリカ崇拝がどれだけわれわれの無意識に入り込み、卑屈さを生んでいるのかについて自覚が生まれないといけない。例えば大リーグの優勝決定戦。あれはワールドシリーズと言います。全米一決定戦なのに、世界一決定戦を自称している。そのことのおかしさを日本人は全然意識していない。本当なら世界一決定戦を太平洋の間でヤレというのがスジというもの。アメリカは応じないだろうけれど(笑)。でも、それでも言い続けるのが気概というものです。
――日本は日本としての自立を模索する必要があるということですね。
国家主権は常に相対的なものです。しかし、日本がアメリカに従属しているとしても、可能な限り少しでも自由でありたいと願うのが、生き物としての本能。その本能を取り戻せるかどうか、ということが問われています。
一昨年、ロシアのプーチン大統領が来日する前に、インタビューで痛烈なことを語っていました。「日本は日米同盟に縛られている。それはわかるが、独立国家でありたいという気持ちを少しでももっているのかね。どうやらもってないみたいだけど、そういう国とは真面目な話はできない。中国は独立国家たらんとしている。そういう国とは真面目に話す」と。その証拠に、動く、動くと言われていた北方領土の返還交渉は1ミリも動かない。それどころか、返すと言っていたはずの二つの島で、アメリカと提携して発電所を造ると言っている。
■人々を愚鈍にするシステムを150年続けてきた
――最近の北朝鮮の核をめぐる東アジア情勢の劇的な変化などみていると、日本は一人、取り残されているのが露呈しています。
まったくのみそっかす。こんなバカな国には国際情勢の重大な次元に関わらせるべきでないというのが現実です。
なぜ、日本がここまで堕ちていったのかというと、「国体」という人々を愚鈍にするシステムを150年続けてきたからです。支配を否認させるのが、「国体」ですが、さっきも言ったように、支配と向き合い、抵抗するところからしか、知性は生まれない。支配を否認させる「国体」のせいで、幼稚で愚かな状態に落ち込んでしまったのです。
――近代の歴史を知らねばならないということですね。『国体論』では大きな歴史の見取り図が描かれています。
大きな見取り図から見ないと、歴史の因果関係がわからないのです。大きな“風呂敷”でくるむように捉えることで現実の見え方が違ってくると思います。
アメリカを頂点とする「国体」による弊害は、政治や社会のあらゆる場面でひずみとなって表出している。「この先の日本に待っているのは2度目の破局かもれしない」と白井は言う。それを回避するのは、品位のある知性しかない。それには近代の歴史を知り、学ぶことだと強調する。「国体」の抱える欠陥と向き合うことは、日本のこれからを切り開くための鍵なのだ。
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政治学者、京都精華大学人文学部専任講師
1977年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。『永続敗戦論 戦後日本の核心』で、石橋湛山賞、角川財団学芸賞、いける本大賞を受賞。近著に『国体論』(集英社新書)がある。
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(政治学者、京都精華大学人文学部専任講師 白井 聡 取材・構成=高瀬毅 ノンフィクション作家)
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