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学生時代から変わらない安倍首相の頭の中

プレジデントオンライン / 2018年5月23日 9時15分

5月10日、首相官邸に入る安倍晋三首相(写真=時事通信フォト)

「安倍晋三首相の発言は、辻褄が合わないことばかり。支持勢力みんなの要求をいびつにブレンドしているだけで、哲学やイデオロギーが感じられない」。政治学者の片山杜秀氏がそう分析すれば、作家の佐藤優氏は「20歳前後に完成した人格はずっと変わらない。安倍氏は20歳前後のとき、成蹊大学でお友達に囲まれながら、恵まれた学生生活を送っていた。だからお友達は大切にするが、そこに一貫性や思想性はない」とみる。安倍首相とはいかなる政治家なのか。佐藤氏と片山氏の対談をお届けする――。(第3回)

※本稿は、佐藤優、片山杜秀『平成史』(小学館)の第6章「帰ってきた安倍晋三、そして戦後70年 平成25年→27年」の一部を再編集したものです。

■二大政党制論の不信感が「安倍一強」をもたらした

【佐藤】2012年12月の衆院選で自民党が大勝し、第二次安倍政権が発足しました。これまで話してきた格差社会も新自由主義も第二次安倍政権になってから加速しました。

第二次安倍政権とは何なのか。まずは誕生の経緯から追っていきましょう。

鳩山政権が倒れたあと、菅内閣も野田内閣も当初は50%を超える支持率はありました。しかし野田首相は「解散の約束を破って嘘つきと言われたくない」と自爆的に負ける選挙に突っ込みました。潔いとか正直だとかいうよりも、野田も橋下徹と同じで本当にやりたいことがない政治家だったといえます。

実現したいことがあれば、黒いピーナッツと呼ばれようが、闇将軍と言われようが、権力の座にしがみつき、影響力を及ぼせる地位を確保しようとする。それが私が考える本来の政治家の姿です。でも野田には、政治家としてもっとも必要な資質が欠けていた。

【片山】民主党から自民党への政権交代は、90年代から続いた二大政党制が幻影に終わった現実を突き付けてきました。二大政党制なんて絵に描いた餅だったことが明らかになった。だから誰も野党を信じられなくなったわけでしょう。

問題なのは、その不信感を払拭できず、立ち直れないまま現在にいたっていること。結局保守二大政党論がもたらしたものは、安倍一強というソフトファシズムだけだった。

■民主党政権への幻滅が生み出したニヒリズム

【佐藤】この状況を分析しているのが、ニクラス・ルーマンです。

複雑系の社会を成り立たせるためには何が必要なのか。ルーマンは著書『信頼』で、社会の複雑性を縮減しなければならないと指摘して、そこでもっとも有効なのは信頼だと結論付けています。

要するに私たちは、こちら側が青信号のときはクルマが突っ込んでこないと信頼しているから道路を渡る。そしていったん信頼が確立すると、多少裏切られても信頼は維持される。とはいっても、信頼の持続にも限界がある。何度も事故が起きる交差点は青信号でも用心する。あまりに事故が多ければ、その交差点を使わなくなるかもしれない。それと同じで限度を超えて裏切り続ければ、今度は何をやっても信頼は取り戻せない。

これまで見てきたように沖縄問題や尖閣諸島漁船衝突事件、そして東日本大震災の対応を見た国民のガマンが限界に達した。失われた3年で民主党は、国民の信頼を完全に失ってしまったのだと思うのです。

【片山】当初は民主党政権に対する期待が大きかった。その反動で、期待が幻滅に変わってしまった。幻滅は何を生みだしたのか──それがニヒリズムです。

何をやっても意味がない。何が起きても何も変わらない。現在の安倍一強を支えているのは、民主党政権以後に社会に広まったニヒリズムの空気でしょう。それだけ政治に対する幻滅が大きかったといえるのではないでしょうか。

佐藤優、片山杜秀『平成史』(小学館)

【佐藤】その見方に賛成します。

一度政権を投げ出した安倍が再びトップに立ち、しかも長期政権を運営している。改めて考えてみると、その要因は二つだけです。一つは野党の弱体化。もう一つが辞任の原因となった潰瘍性大腸炎の新薬の開発。政治手法が変わったとか、過去を反省したとかもっともらしく擁護する人がいますが、まったく関係ないと思います。

【片山】(苦笑)。弱い野党と新薬のおかげの長期政権というのは、とてもシンプルで分かりやすい。安倍内閣の本質を端的に表現しています。

■発言に哲学やイデオロギーが感じられない

【佐藤】インテリジェンスの世界で人物を調べるときには20歳前後を徹底的に調べます。この時期に人格が完成する。20歳で女ったらしは50歳になっても女好き。20歳でウソつきは50歳になってもウソをつく……。死ぬような大病をしたり、投獄されたりしない限り、人格は変わらない。ちなみに、彼の20歳前後は、成蹊大学でお友達に囲まれながら、恵まれた学生生活を送っていた。だから安倍が50歳を超えて変わるということはない。人間としては、第一次政権時から何も変わっていないんですよ。

片山さんは安倍首相をどのように見ていますか?

【片山】私には無思想なオポチュニスト(日和見主義者)に見えてしまうのですが。彼の発言に哲学やイデオロギーは感じられない。部分部分には思想も歴史観もあるのですが、そして支持する人も反対する人もその部分部分に反応して、すばらしいとかけしからんとか言い合うのですが、全体を見ると辻褄が合わないことばかりで。外交なら日本独自路線と対米従属路線と多極化路線が混在しているし、経済でもケインズ主義なのかハイエク主義なのかマネタリズムなのか、やはり混在しているし、文化的にも都合次第で開国的だったり鎖国的だったりする。

憲法改正でも何を変えたいのか、こだわりに乏しいし、教育や医療や高齢化社会対策でも、民間任せ・自己責任路線と福祉国家の継続路線とが適度にないまぜになっていて、支持勢力みんなの要求をいびつにブレンドして矛盾にも無頓着なように思われるのです。

アベノミクスの三本の矢にしても、結局どれがどうなっているのか、評価が定まらないうちに、「一億総活躍」とか次の話をはじめるでしょう。

経済成長に行き詰まった今の先進資本主義国家に特効薬となる経済政策なんてないんですから、三本の矢という話自体がどこまで本気だったのか、私にはよくわからないのですが、それでもあれだけ掲げていたからには、納得のいく評価をして、それについての論戦がないといけない。それが政策というものでしょうが、「道半ば」という決まり文句と、複雑化する経済現象をますます複雑にして煙に巻くような数字を並べて、アベノミクスが成功しているのか失敗しているのかについてのかみ合った議論が展開されない具合になっている。

逆説的にいえば、ある程度の思想性と一貫性があって結果に対する評価も容易な経済政策に取り組んでも現今の資本主義の状況では失敗率が高く、責任を取ると明言していたらたちまち政権は終わってしまう。そこで安倍政権ははなから一貫性を放棄している。それが長期政権に結びついているのではないでしょうか。曖昧性と刹那性の組み合わせでできていて、批判者が政権に思想的実体があると思って拳を振り上げても、霧みたいなもので叩けない。

作家の佐藤優氏(左)と慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏(右)

■裏表がなく、誠実ではあるが……

【佐藤】一方で、状況の変化には非常に強いともいえますね。よく言えば柔軟に、悪く言えば場当たり的に対応をしてきて変化を乗り切ってきた。片山さんが指摘するように、そこに一貫性や思想はない。強いて言うならばポストモダニズムを体現した政治家です。

【片山】それも平成的だと言えるでしょうね。よく言えば、臨機応変だから誰も安倍政権を倒せない。言葉に中身がない上、発言がころころ変わるから追及もできない。

佐藤さんの安倍晋三評はいかがですか。

【佐藤】基本的にいい人なのではないですか。京都的に言うと「ええ人、ええ人、どうでもええ人」ということになる。いい人で情に篤いからお友達を大切にして意見に耳を傾ける。あとは裏表がない。発言に対する誠実性も基本的にはある。

けれども、安倍首相は実証性と客観性を無視して、自分が欲するように世界を理解する反知性主義者です。だから政治家は知識を蓄えれば蓄えるほど悪人になるわけですが、彼はいい人のままでいられるのでしょう。彼に国家戦略や安全保障、経済政策を求めるのは、魚屋にアスパラガスを買いに行くのと一緒のように思えます。

■5年間もごまかしがきいている「アベノミクス」

【片山】「デフレからの脱却」「富の拡大」を声高に繰り返し続けるアベノミクスがまさにそう。トリクルダウンがないという結果は出ていると思うのですが、いまだに撤回しない。しかも安倍を含めた閣僚の誰もが後始末のことを考えていない。それなのにまともな抵抗勢力もない。本当にひどい話です。

とはいえアベノミクスは、12年の第二次安倍政権発足から5年間もごまかしがきいているのですから、ある意味ではすごいスローガンではありますが。

【佐藤】成果がほとんど出ていないにもかかわらず、いまだに連呼していますからね。アベノミクスが何をもたらすのか。確かに富裕層は一層豊かになっています。しかし、圧倒的多数の国民にとって、どのような経済政策なのか、伝わっていません。安倍自身も理解していないのかもしれません。

とんでもないのが、アベノミクスから派生した労働政策です。安倍政権になってから官製春闘が行われるようになったでしょう。

【片山】官製春闘の話を聞いたとき、私も本当に信じられない世の中になったと思いました。法的な根拠もなく国家が企業に給料を上げろというわけですからね。訳が分からない。狂っていると言ってもいいほどです。この国家体制はなんなのか。頭を抱えてしまいました。

明らかに異常事態のはずですが、メディアはアベノミクスに対して無批判でしょう。いえ、無批判ならまだしも好意的に報じている。これも大きな問題です。

【佐藤】安倍首相がマルクス経済学も近代経済学も学んでこなかった強みですよね。マルクス経済学では賃金論は生産論に属し、分配論ではありません。ところが彼は分配論だと思っている。分配は資本家間、もしくは資本家と地方の間で行われる。賃金は労働力を再生産するために必要な物やサービスを購入する対価によって構成されるので、労働者と資本家の交渉で決められるというのが資本主義の基本だったはずです。しかし国家の介入により、労働者の賃金を変えられると信じている。これはファシズムの賃金論です。

首相自らメーデーに参加したり、企業の内部留保をはき出すように要請したりする。これはイタリアファシズムを主導したムッソリーニを想起するやり方です。

昔マルクス経済学者の宇野弘蔵は、ファシズムの特徴は無理論だと語っていました。つまり理論がないから、理論に拘束されない。

■矛盾を気にせず放置する「無の政治」

【片山】安倍政権を保守、右と解釈するから実態が見えてこないんでしょうね。安倍政権には理論も筋もない。やはりここに尽きるでしょう。だって、日本会議の支援を受けて、公明党と連立を組むなんてありえません。どう考えても筋が通らない。国民も理解できていないはずです。それでもある種のリアリズムによって、その構図が成立している。

日本会議の納得すること、公明党の納得することの両方を適度に実行する。矛盾は矛盾として赤裸々になっても気にしないで放置するので、そんなものかと思ってしまっているうちに、また違うことを言い出すので、びっくりして、前の矛盾を忘れてしまう。これは「無の政治」かもしれない。やはりすごい政権ともいえます。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家
1960年、東京都生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館などを経て、外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。主な著書に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅賞)などがある。
片山 杜秀(かたやま・もりひで)
慶應義塾大学法学部教授
1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』などがある。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、慶應義塾大学法学部教授 片山 杜秀 写真=時事通信フォト)

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