刑務所では治せない「万引き依存」の強さ
プレジデントオンライン / 2018年9月28日 9時15分
※本稿は、斉藤章佳『万引き依存症』(イースト・プレス)の第2章「被害者が見えづらい深刻な犯罪」を再編集したものです。
■万引き犯も驚く、初検挙時の処分の軽さ
「逮捕されなければずっと続けていましたか?」
これは当クリニックに通院する万引き依存症の人たちに対し、私が初診時に必ず投げかける質問です。彼らは決まって「はい」と言います。これはほかの、犯罪行為になる依存症にも共通する現象です。薬物も痴漢もほとんどの人が同じことを言います。
自分ではもうやめられない。家族や店舗の人の言葉でやめられるなら、とっくにやめている。薬物に依存していたある著名人が逮捕されたとき「(逮捕に)来てもらって、ありがとう」と言ったと報道されましたが、同じ心境だったと打ち明ける依存症者は多数います。もうどうしていいのかわからないまま犯行を重ね、それがやっと逮捕という形で止まる。そのことにほっと安心するのだそうです。
万引きという、他者への加害行為をしておきながら、「ありがとう」も「ほっとする」も、ずいぶん身勝手な考えです。けれど、これが彼らの本音なのです。
■意志の強さは関係ない
万引き依存症に陥ると、毎日のように盗みます。日常のなかで、盗んだものを目にしない日はありません。そんななかで「これまでの自分から変わる」というのはとてもむずかしいことで、意志が弱いとか強いとかはほとんど関係ありません。
まずはずっと続いてきたその日常を断ち切ること。それが彼らを「盗んでいた毎日」から「盗まない毎日」へと変容していく第一歩です。
ではここで、全件通報をして漏らさず逮捕することは、有効かどうかを考えてみましょう。逮捕されないかぎり万引きを繰り返す人たちがいることを鑑みると、全件通報は有力な策のひとつだと思います。しかし店舗側の負担を考慮すると、現実的にはむずかしいでしょう。
そして、全件通報したところで、逮捕、起訴までいかなければ、現状ではあまり意味がないとも感じます。〈図1〉の調査では、はじめて検挙されたときの処分に対し、どの世代も「意外と軽かった」、「なんとも思わなかった」を合わせると半数以上を占めていることが明らかになっています。クリニックでヒアリングしても、だいたいの人が最初の裁判でも必ず執行猶予がつくことを知ったうえでやっています。
そこでやみくもに厳罰化を考えてもやはり現実味がないので、私は「早期発見・早期治療」を提案します。まるでがん治療のようですが、まったく同じ考えです。はじめて検挙された人は、相応の処分と治療とをセットにして言い渡す、というものです。本人たちですら「意外と軽い」と思う処分を下すだけだと、ますます常習化するだけです。
なるべく早い段階で治療につなげ、「盗らない」方法を身につけることができれば、そこからの回復は早いと思われます。
しかし依存症のむずかしさは、「逮捕されなければ変われない」一方で、「逮捕だけでは変われない」点にあります。
それは万引きの再犯の多さにも表れています。
「平成26年版 犯罪白書」はサブタイトルに「窃盗事犯者と再犯」とあり、万引きをはじめとする窃盗における再犯がさまざまな角度から考えられています。再犯とは、一度検挙された者が再び罪を犯して検挙されることをいいます。このなかでは、「前科のない万引き事犯者」の再犯についての分析が重ねられます。
全体の約4分の1――これが万引き事犯者の再犯率です。とても高いです。その他の犯罪もわずかに含まれますが、ほとんどが窃盗で再犯しています。
■女性は年齢があがるほど再犯率もあがる
窃盗にはさまざまな手口がありますが、同調査では「前科のない万引き事犯者のうち窃盗再犯を行った者」136人中、9割以上が万引きで再犯していることも明らかになっています。万引きの罪を犯した人は、次も万引きで再犯する傾向があるとわかりました。
年齢別に見ると男性の40~49歳、女性の65歳以上が特に高く、女性は全体として年齢があがるほど再犯率もあがります。
注目してほしいのは、窃盗の「前歴」があるかないか、ある場合はその回数別に見た再犯率です。一瞥して、前歴が多いほど再犯率も高いことが見て取れます。
犯罪白書では「万引き事犯者」と大きなくくりで調査しているため、その背景にあるものは見えてきません。たとえばこのなかには摂食障害の問題を抱えている人や、認知症から万引きしている人、依存症になって万引きしている人がいるはずですが、それは数字には表れません。
しかし、生活状況について調査した項目はあります。男性の場合は生活に困窮している人ほど再犯しやすい傾向が見て取れますが、女性は生活状況が再犯に影響することはあまりないようです。生活困窮から万引きをした人の割合はそもそも男性のほうが高い傾向にあるので、そのことも影響しているのでしょう。
就労状況別に再犯率を見たときも同様のことが言えます。男性は安定した職業に就いているか、不安定な職業なのか、はたまた無職なのかで、再犯率にはっきりとした差が出ていますが、女性の場合はそれには左右されないようです。
一方で経済状況別再犯率を見ると、男性は収入が上がるほど再犯率が下がります。これはある意味わかりやすく、買えるお金があるのであれば盗まないということです。しかし女性は収入が増えるのと反比例して再犯率が増えます。女性が万引きする理由も再犯する理由も、「お金」ではなく別のところにあるのだろうということが見えてきます。
■何度服役しても、出所後すぐ盗みたくなる
服役したあと社会に戻ったところで、経済状況は改善されないことがほとんどです。悲しいかな、前科があれば就労は困難な現状があり、社会復帰できず経済的にさらに厳しくなることも考えられます。そうなれば服役以前に生活のために万引きをしていた人は、再び同じ理由から万引きせざるをえないでしょう。そうならないための支援、治療環境づくりが必要です。
同じことが、別の問題を抱えている人にも言えます。刑務所は罪を犯した人が「反省」をし、みずからの犯した罪と向き合って、更生する場所です。けれど、その人の持つ問題を解決してくれる場所ではありません。依存症を治療する場所でもありません。
刑務所にいるあいだは万引きできません。それが本人の自信になることもあります。これは服役経験のある薬物依存症の人からもよく聞く話です。
彼らはこれを「無力化された」と表現します。自分のなかにいた、薬物への悪魔のような渇望が力を失うのです。刑務所のなかでは薬物は手に入れることも使うこともできませんから、当然のことです。
そして「自分はこれで真人間になった」、「依存症が治った」と思い込むのです。憑き物が落ちたような気分になり、「出所したあとは、もうそんな気は起きないはずだ」という自信までわいてくる……のですが、それは偽りの自信でしかありません。
逆説的ですが、彼らにとって刑務所ほど安全な環境はありません。そこから社会に戻ったとき、彼らが薬物に耽溺するに至った根本的な問題が解決しておらず、薬物が入手できる環境にあれば、出所時の「もう二度と手を出さないぞ!」という固い決意が破られるのは時間の問題です。一度依存症になると、意志の力ではどうにもならないのです。
万引きに依存していた人たちも、「これでもう盗らない自分になれる」と思うそうです。ですが、スーパーもコンビニもないところで得た自信は、いわゆるシャバに戻ったときにほとんど意味をなしません。
出所してから再犯するまでにかかる時間を調査した結果、ほとんどの人が1年以内に再犯しています。ですがこれは検挙された万引きであって、出所してからそれまでのあいだにどれほどの盗みを重ねてきたかは、決して表に出てきません。「お店で捕捉されたけど警察に通報されなかった」「お店の人に見つかってすらいない」だと、それは再犯にカウントされないからです。
■罰を与えるだけでは止められない
元々が真面目な性格の人たちなので、刑務所では模範囚。でもそれで「盗まない自分」になったわけではありません。社会に戻り、盗める環境になったから盗んだ。刑務所のなかで依存症はよくも悪くもなっていなかった……というシンプルなお話です。
元裁判官という経歴をもつ知り合いの弁護士から、「この人を刑務所に行かせても、出たらまたやるんだろうなぁ」と思いながら有罪判決を下していた、という話を聞いたことがあります。おそらく、検察官や弁護士など、窃盗の裁判に関わる人みんなが同じことを思っているでしょう。
いまの日本の司法にはそれ以外の選択肢がありません。万引きがやめられない人たちと接している人ほど、「罰を与えるだけでは、彼らを止められない」ことをよく知っています。
罪を犯した人が、裁判で判決を受け、その刑に服する。それ自体はとても重要なことです。けれど、それだけでは不十分なのです。万引きによる社会的損失は止められませんし、盗んでいる本人たちもやめられずに苦しいままです。
アメリカでは薬物事犯者を、通常の裁判ではなくドラッグコート(薬物裁判所)といわれるところで扱います。処罰ではなく、プログラムを受けさせることで依存状態を改善し、再犯を防ぐことを目的とした司法システムで、近年では、治療的司法(TJ:Therapeutic Justice)といわれるものです。
「DUI(Driving Under the Influence=飲酒や麻薬の影響下での運転)コート」もあります。アルコールの問題がある人による飲酒運転が社会問題となっている国のいくつかでは、処罰ではなく半年から1年のプログラムを強制的に受けさせることを義務づけています。
ドラッグ、アルコール……物質依存の代表選手です。万引きは、行為・プロセス依存のなかでもこれから増えていくに違いない依存症の代表格です。この治療的司法を応用できることは間違いがありません。
■万引き依存症には専門教育プログラムがない
とはいえ、いまの日本社会にそのシステムが根づいていないことは厳然たる事実です。刑務所の中にも外にも、治療と教育を長期間、継続的に受けられる仕組みがありません。
性犯罪や薬物犯罪には、刑務所内で特別改善処遇といわれる教育プログラムがあります。それがどこまで徹底されていて、効果を出しているかという議論はさておき、プログラムがあるということは、「ここを出たら同じことをしないように」というメッセージを発していることにもなります。
万引きを繰り返す人たちには、どこにおいてもそういう専門的な教育プログラムがほとんどない。であれば、社会のなかで行うことが求められます。刑務所を出たあとの彼らは、社会のなかで生きていく存在だからです。
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精神保健福祉士・社会福祉士大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)などがある。
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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)
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