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アマゾン無敵の源は"マケプレの預り金"だ

プレジデントオンライン / 2018年9月26日 9時15分

全世界で拡大を続けるアマゾン。利益の薄い小売業なのに、年1兆円超という巨額の設備投資を続けられるのは、なぜなのか。元マイクロソフト社長の成毛眞氏は、アマゾン以外の業者でも出品できる「マーケットプレイス」の売り上げ処理の仕組みに、強さの秘密が隠されていると指摘する――。

※本稿は成毛眞『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)の一部を抜粋・再編集したものです。

■アマゾンのキャッシュフローを読み解く

次の図を見てほしい。これは、アマゾンの「純利益」「営業キャッシュフロー」「フリーキャッシュフロー」「売上高」などをまとめたものだ。この4つの点から見れば、その企業が読み解ける。

まず見るのは、営業キャッシュフローだ。営業キャッシュフローとは、単純に売上から仕入れを引いた値だ。ここから、本業が生み出す現金がいくらなのかがわかる。つまり、アマゾンは、右肩上がりに成長しているし、本業がきちんと現金を生み出している。

フリーキャッシュフローとは、営業キャッシュフローから、事業拡大に必要な設備投資などの投資を引いた数値である。つまり、これがその会社がこれから自由に使えるお金だ。借金の返済、社債の償還(しょうかん)、株主への配当など、必要なものを払ったあとのお金のことだ。企業が自由に使えるお金のことだからフリーキャッシュフローと名付けられた。

アマゾンは、フリーキャッシュフローも2009年度までは営業キャッシュフローに比例して伸びているが、注目すべきは2010年度から12年度にかけて減少している点である。もちろん営業キャッシュフローは伸びているのに、2012年度にフリーキャッシュフローは、激減している。

つまり、この時期にアマゾンは、本業で稼いだ営業キャッシュフローのほとんどを投資に回しているということだ。その金額は日本円で数千億円規模と、小売業にしては想像を絶する金額である。

たとえば、純利益が赤字になっている2012年度は、投資キャッシュフローは35億9000万ドルのマイナスだ(表は設備投資にあてた額だから少し数字が違う)。前年度が19億3000万ドルマイナスだから、大幅に上回っている。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kasinv)

投資キャッシュフローとは、キャッシュフロー計算書の項目のひとつで、設備や株(有価証券)などに投資したり、売却したりした額のことだから、基本的にはマイナスの方がいい。ここがマイナスだと、好調の企業であると捉えられる。積極的に投資しているということだからだ。もし、これが反対にプラスならば、経営が不振で資産を売却して現金化しているということで、手元の現金が不足している可能性が高い。

しかし、いくら投資キャッシュフローがマイナスの方がいいと言っても、思い切りがよすぎる。通常だと考えられない。積極投資はその後も続いており、2017年度は280億ドルもマイナスだ。

ちなみに、この姿勢は、設備への投資に集中して見られる。設備は、2015年度に約45億ドル、2017年度には約100億ドルを投資している。つまりアマゾンは、信じられないくらいの額のキャッシュを持っており、ここ数年、日本円にして、年4500億円から1兆円の超大型の設備投資を続けているのである。

■「物が売れる前から入金」がある強み

では、こうした巨額投資がなぜ可能なのだろうか。もちろん、EC(電子商取引)サイトやその他の事業の売上が好調なのはある。しかし、それだけでは説明ができない額でもある。その謎を解く鍵となるのが「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」である。

聞き慣れない言葉だろうが、CCCとは仕入れた商品を販売し、何日間で現金化されるかを示したものである。このCCCは、小さければ現金を回収できるサイクルが短いということで、手元にキャッシュを長い時間持つことができる。つまり、CCCは小さければ小さいほどよい。

たとえば、小売世界最大手のウォルマート・ストアーズの場合、CCCはプラス約12日である。商品を仕入れて販売して、代金を回収するまでに約12日を要するということだ。小売業界の一般的なCCCはプラス10~20日程度である。

通常、売上代金を受け取るまでの運転資金は、銀行からの借入などで用意する必要がある。プラス12日で回収できるといえども、売上が大きくなればなるほど、1日に必要な運転資金も大きくなる。売上高が年間5000億ドル規模のウォルマートであれば、その12日間は、決して軽い負担ではない。日本円にして年間60兆円の売上の12日分は2兆円である。ウォルマートは、この2兆円を自己資金か借入金などで捻出しなければならないのだ。

一方、アマゾンのCCCはマイナスだ。つまり、物が売れる前から入金されているのだ。じつは、マイナスなのは、そんなに珍しいことではない。身近なところでは、その場でお金が受け取れる飲食業などで、CCCはマイナスである。材料や人件費などの支払いが後になるためだ。日本の若者がラーメン屋に新規参入しやすいのも、先にお金が入り、開店時の資金が他に比べて多く必要ない点にある。

たとえば、CCCがマイナス10日だとしよう。その場合、銀行からの借入などもちろん必要なく、10日の間、販売代金を自由に使える。製品を作る前からお金が入っている状態なのだ。

■成長の持続を達成しやすい構造

ちなみに、CCCがマイナスであることが、いかに有利なのかを示す例がある。縮小傾向にある出版業界と、勢いのあるウェブメディアの違いだ。

成毛眞(著)『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)

日本の出版社のCCCは、一般的にプラス180日だ。日本の出版社では、卸を通して、だいたい出版から6カ月後に入金されるのが慣例だ。しかし、ネットメディアはCCCがマイナス、もしくはプラスでもかなり短い。まず、会員サイトの場合、会員費は前払いなので、その分マイナスになる。また、事前に広告を取ってくるとこれもマイナスだ。あるいはウェブ広告がクリックされたらその瞬間(遅くても平均15日後くらい)に入金される。広告自体も、クライアントが作ってくれるから、こちらの費用はゼロである。

ネットメディアの方が、活動するためのキャッシュが構造的に早く入ってくるのだ。ウェブメディアがあっという間に拡大した理由がわかるだろう。

ちなみに、米アップルのCCCは、経営危機に陥った1993年度から1996年度まではプラス70日程度だった。しかし、復帰したスティーブ・ジョブズが経営の実権を握ると、CCCは改善傾向をたどり、現在はマイナスで推移している。

アップルのCCCの劇的な改善の背景には、在庫の削減や商品の絞り込み、また、アップルに部品を供給するサプライヤーとの取引条件の変更の可能性が高い。在庫がなくなればお金になるということだから、通常、CCCをマイナスにするには、在庫管理の見直し、あるいは商品の絞り込みをする。アップルは、これを徹底し、2001年度以降はおおむねマイナス20日前後を維持している。

CCCがマイナスで推移するということは、製品を作る前から入っている資金を「iPhone」などの開発や販促につぎこむことができるということで、成長の持続が達成しやすい。

アマゾンの場合、このCCCがマイナス28・5日、約30日前後で推移しているのだ。極論すれば、物流倉庫にある商品が販売される30日前にすでに現金になっているということになる。CCCのマイナスが大きいことこそ、アマゾンが巨額の投資や新たな事業を次々と展開できる源泉なのである。大量のキャッシュが動いていれば決算書の赤字など、どうでも良いことだ。

■無利子で運用できる「預り金」

しかし、アマゾンは具体的にどうやってCCCをマイナスにしているのだろうか。アップルのように、在庫管理の見直しでは、マイナス30日の実現はさすがに難しいと予想される。

アマゾンのCCCマイナスのからくりは、もちろんこれも公表していないので全貌は定かではないが、その大きなひとつは間違いなく「マーケットプレイス」だろう。第1章で説明したとおり、マーケットプレイスは、アマゾン以外の業者でも出品できる仕組みだ。このマーケットプレイスでは、消費者からの支払いはアマゾンが一括して受けている。その売上から、手数料を数%差し引いて、数週間後に出品者に返しているのだ。

マーケットプレイスの売上の全額が、まずアマゾンに入金され、それが日を置いて返されるのがポイントだ。この一時の入金を「預かり金」という。アマゾンのCCCマイナスは、「預かり金マジック」が大きいだろう。

公表されていないが、手数料は大きな額ではないだろう。たとえば、マーケットプレイスで出品業者が1000円の商品を販売すると、アマゾンが手数料として10%とっていたとする。最終的に手にするのは100円程度だ。だが、一時的に、アマゾンの手元に1000円が入る。つまり、売上からアマゾンの手数料を引いた「預かり金」を出品者に支払うまでの期間はアマゾンにとって無利子で運用可能な資金になるのだ。

2013年時点での試算だが、ある米在住流通コンサルタント(*注1)の仮説では、預かり金でアマゾンが無利子で自由に運用できる額は19億ドルに達すると指摘している。これは、支払いまでの期間を2週間と仮定して計算をした場合の数字だ。マーケットプレイスの流通総額を550億ドルと試算し、総額の約9割を2週間後に業者に支払ったとして計算すると、550億ドル×0.9÷1年(365日)×14日=19億ドル。アマゾンはマーケットプレイスを運営することで、日本円にして、常時2000億円程度の自由に扱えるキャッシュを手にしていることになる。

これはあくまでも2013年時点の推論だ。マーケットプレイスが当時より拡大を続けている現在では、この金額はさらに増えているだろう。

じつは、これはアマゾンのみの専売特許ではなく、他のグローバル企業もこの「打ち出の小槌」を持っている。米アップルの「App Store」や米グーグルの「Google Play」などのアプリも同じような仕組みだ。とはいえ、2017年のApp Storeの売上は約265億ドルなので、2013年時点のアマゾンの半分以下である。アマゾンに比べてぐんと規模が小さい。

■キャッシュ先取りで積極投資

ウォルマートも遅ればせながらマーケットプレイスを開設している。これもアマゾンのからくりに気づいたからであろう。ちなみに、楽天をはじめ日本企業はやっていない。日本企業が、馬鹿正直に良い物を作り、設備投資に回してまた良い物を作っている間に、海外の大企業はこのような仕組みでキャッシュを手に入れているのだ。

また、アマゾンのCCCがマイナスの理由としてよく聞く仮説が、アマゾンが圧倒的な商品購買力を盾に、直販分の仕入れ先への代金の支払いの期間をかなり先に設定しているのではというものである。当然その間にキャッシュが使えるというわけだ。しかし、「いくらアマゾンでも、すべての取引先にそこまで飲ませられるか」とも思う。

アマゾンはCCCのマイナスの要因については一切語っていないが、マーケットプレイスに積極投資を可能にした金脈があることは間違いなさそうだ。

(*注1)『ダイヤモンド・チェーンストア』、鈴木敏仁「アメリカ小売業大全2013」(2013年10月15日号)

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成毛眞(なるけ・まこと)
書評サイト HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大商学部卒。マイクロソフト社長を経て投資コンサルティング会社インスパイアを創業。書評家としても活躍。著書に『黄金のアウトプット術 インプットした情報を「お金」に変える』『成毛流「接待」の教科書 乾杯までに9割決まる』『AI時代の子育て戦略』など。

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(書評サイト HONZ代表 成毛 眞 写真=iStock.com)

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