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"見て盗まれる技術は技術じゃない"の真意

プレジデントオンライン / 2018年11月15日 9時15分

眼鏡以外の構成比を8割に●眼鏡部品の製造が9割以上だったが、HPで設備、加工方法を公開してから異業種に参入。現在では大手電機、自動車メーカーなど眼鏡以外の構成比が約8割に。

眼鏡の町、福井県鯖江。日本の眼鏡フレームのおよそ95%が作られる。しかし、全盛期に1000社に及んだ同地域の関連企業も、中国の台頭などで現在は500社にまで減少。

今回取り上げるのは、その鯖江でチタン微細部品を製造する西村金属の「3代目」が立ち上げて急成長する西村プレシジョン。商材は「ペーパーグラス」。折りたたむと薄さ2ミリになる老眼鏡だ。1万5000円という価格にもかかわらず、2012年の発売以来、累計販売本数は3万本を超え、注文が殺到している。

苦境に立たされた家業の業績を回復させ、新事業に乗り出して「第二創業」を成功させた要因はどこにあるのか。早稲田大学ビジネススクール入山章栄准教授が解説する。

▼KEYWORD 第三創業

私はこの連載で、「第二創業」をテーマにしています。それは中小企業が、異色の若い経営者への世代交代を機に、自社の強みを活かしながらビジネスを変化させ、急成長することを指しています。私が西村プレシジョンの西村昭宏社長にそんな説明をすると、「西村金属の経営再建はまさに第二創業で、西村プレシジョンは『第三創業』ですね」とおっしゃっていました。彼は10年余りで2度の革新を起こし、いまは第三創業の最中です。変革のポイントを経営学の視点から3つ紹介します。

■あえて工場の設備をネットで公開

1つ目は「情報の非対称性の解消」です。西村社長のお父様が創業した西村金属は、旋盤を使って眼鏡の極小ネジや丁番などチタン部品の製造を生業にしています。西村社長は大学を卒業後、東京のIT会社に就職しますが、1年後の03年に、低迷していた西村金属の経営再建のため呼び戻されます。

常務に就任した西村社長は、まず自社の設備をインターネットで公開することを主張しました。自社の持っている旋盤機械などの設備や、加工法、できる製品を公開し、眼鏡業だけでなくほかの業界からも受注をとろうとしたのです。

地方の中小企業は、地域や業界内、自社内といった狭いコミュニティに閉じこもりがちで、情報がなかなか外部から見えません。情報が非対称なのです。西村社長はHPに設備情報を載せることで、この状況を解消しようとしました。

■大事なのは言語化できないノウハウ

しかし、この提案は先代社長や古参社員に反対されます。設備は会社の機密情報であり、仕事を盗まれるから隠すべきだと言われたのです。当時の製造業は秘密主義で、工場の設備を公開している会社などほとんどありませんでした。

すると西村社長はこう説得したそうです。

見て盗まれる技術など技術じゃない。大事なのは言語化できないノウハウであって、それは決してウェブには載らない。西村金属には他社には盗めないノウハウがある」

顧客のことを思えば、会社にどんな設備があって、何ができるのかわからなかったら、相談のしようがない。眼鏡以外の航空宇宙部品や半導体、医療用機器などのメーカーは、軽くて強くて、錆びないチタンの加工技術を求めているはずだ」

そこで、HPには設備に加えて、同社が加工できる技術を大量に書き込み、検索エンジンで上位に来るよう対策をしていきます。

■技術の追求より「顧客ニーズ」を考える

これが2つ目の成功要因「顧客思考」です。西村社長は、職人気質の残る鯖江において、珍しいほどにお客さん目線の施策を展開しました。中小の製造業では、自社の技術を突き詰め、その技術がよくなれば売り上げが上がる、という発想をする企業が多くみられます。一方、西村社長は常に、どこにお客さんのニーズがあるのかを考えます。

西村プレシジョン社長 西村昭宏氏

結果、西村社長の主張したとおり、同社にはそれまで関係のなかった業種や企業から、試作や加工の案件が急増。新規受注の5割を眼鏡以外の業種が占めるようになり、業績はV字回復を果たします。

その後、西村社長の「顧客思考」は眼鏡業界全体へと向けられるようになります。00年以降市場は縮小を続け、鯖江の眼鏡関連企業の衰退が続きます。次のニーズはないか。そこで西村社長が目を付けたのが老眼鏡でした。

「高齢化で、老眼鏡のニーズは高まるはずなのに市場は伸びていない。老眼鏡は持ち運びや掛けはずしが多いのに、それに適した商品がないからだ。鯖江の精細な技術を使えば作れるのではないか」

このお客の潜在的なニーズを追求することで、栞(しおり)の代わりに本に挟んだり、胸ポケットや帯、長財布のなかにしまうことさえできる「ペーパーグラス」を誕生させたのです。

■東京の帝国ホテル内に直営店をつくった

順調なストーリーに聞こえますが、実はこの事業も当初は社内の誰からも相手にしてもらえなかったそうです。「高い老眼鏡を作っても売れるはずがない」と。そこで、西村社長はたった1人で事業を始めたのです。

人を新たに採用し、直営店で販売を開始。メディア出身のスタッフも雇い、新聞や雑誌、テレビといった媒体へ売り込みをかけます。また展示会やコンテストなどにも応募。13年にはグッドデザイン賞を受賞します。さらに、福井駅近くを皮切りに、東京の帝国ホテル内に直営店をつくり、販売実績を上げていきます。

■小さく結果を出し、少しずつ理解を得る

これが3つ目の成功要因、他者を巻き込む「センスメーキング」です。新しいことを起こすときにはビジョンを語って、それを周囲に納得(センスメーク)してもらい、巻き込むことが重要、と経営学では主張されます。しかし、西村社長はこう話します。「言葉で全員を動かすのは不可能。私の考えに近い人を小さく動かして、小さく実績を出し、少しずつ社内の理解を得ていきました」。西村社長の場合は言葉ではなく、まずは小さくても結果を出すことで、徐々に周囲を巻き込んだのです。

西村社長は、「これからは鯖江ブランドに頼って下請けで満足していては駄目。スイスの時計ブランドのように、鯖江のなかに独自の眼鏡ブランドがいくつも生まれていくべき」と言います。西村社長が目指すのはペーパーグラスの成功だけではありません。鯖江という街が眼鏡で大復興することなのです。

同じ厚さでフラットに折りたためるため、本に挟んだり、胸ポケットや長財布に入れることもできるという。
2mmにたためる「ペーパーグラス」
●本社所在地:福井県鯖江市
●従業員数:10名
●社長:西村昭宏(1978年生まれ。大阪の大学卒業後、東京のIT企業を経て西村金属へ入社)
●沿革:2013年にインターネット通販サイトをオープンし、15年1月に直営の福井店をオープン。16年5月には帝国ホテル東京内に、7月には台湾・台北に直営店をオープンした。16年9月期の売り上げは2億3000万円、前年比125%。18年9月期には5億円を目指す。

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入山章栄
早稲田大学ビジネススクール准教授
三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.取得。2008年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授を務め、13年より現職。専門は経営戦略論および国際経営論。近著に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』。

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(早稲田大学大学院経営管理研究科教授 入山 章栄 構成・撮影=嶺 竜一)

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