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中国成長の心臓部「深圳」を襲う初の試練

プレジデントオンライン / 2018年12月14日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/yorkfoto)

1980年に経済特別区に指定された中国の都市・深圳(シンセン)は、いまベンチャー企業を育成・輩出する中国最強のイノベーション都市に変貌しつつある。深圳に集まる「ヒト」「モノ」「カネ」は圧倒的スケールを誇る。だが米中貿易戦争のあおりを受け「部品」が手に入らず、成長にブレーキがかかっているという。現地の様子をリポートしよう――。

■日本とはベンチャー支援のスケールがあまりに違う

イノベーション都市・深圳が内外から注目を浴びている。日本からもこのところ関連企業を中心に深圳への視察団がひっきりなしである。米中貿易戦争の行方を見極めるためにも、深圳を見ておく必要がある。というわけで、この夏に日中関係学会視察団の一員として、現地を訪れた。

視察団メンバーはいずれも日中ビジネスに数十年もかかわってきた経歴を持っている。そのベテランたちが、深圳の変貌ぶりをみて一様に驚きの声を挙げた。イノベーション都市として機能するには、ヒト(若手人材)、モノ(部品供給)、カネ(資金提供)が不可欠だが、深圳はそのいずれをも十分に兼ね備えているうえ、ベンチャー支援の様々な仕組みも整っている。日本にもベンチャー支援の取り組みはあるが、スケールがあまりに違っていたからだ。

ここにきて米中貿易戦争のあおりを受けて米国からの部品供給に支障が出たり、製品の対米輸出が鈍化したりするなどの影響が出ているのは確かだ。それでも深圳のいまの勢いからすれば、困難を乗り越えるだけの力は備えつつある。深圳はすでに香港を抜き、今後は華南経済圏の中心に発展していくのではなかろうか。

■「海亀族」や「脱台者」も多数流入

深圳への「ヒト」の流入は活発である。深圳はもともと人口3万人ほどのさびれた漁村だったが、1970年代末から鄧小平氏の陣頭指揮のもとでスタートした改革開放政策を機に、発展の軌道に乗った。1980年には経済特別区に指定され、各種の優遇措置が進出企業に与えられた。対外開放の窓口となった深圳には、国内各地から多くの若者が流入してきた。

2016年当時の人口は1191万人だが、そのほとんどは深圳の外からやってきた技術者や労働者である。平均年齢は32.5歳というから、すこぶる若い。こうした流入者の一部は深圳の戸籍を取得したが、ほとんどは取得できないままだ。1191万人のうち、7割近くは非戸籍人口なのである。

「ヒト」は海外からも入ってくる。深圳市には「海亀族」と呼ばれる海外からの帰国留学生が8万人もいる。従来は海外留学すると、圧倒的多数はそのまま現地に住み着いてしまったが、最近は中国への帰国者が増えている。中国国内にも、深圳のように魅力的な働く場が増えているからだ。このほか「脱北者」ならぬ「脱台者」、つまり台湾からの流入者も増えているという。

■1日50万人が来る「華強北」部品市場

「モノ」の供給もふんだんにある。深圳の周辺には、広州、仏山、東莞など経済特区になってから発展した労働集約型産業の集積がある。今となっては賃金高騰から、かつての勢いはみられないが、それに代わってイノベーション都市・深圳への部品供給基地としての役割を担うようになっている。

深圳市の中心部には「華強北」と呼ばれる部品供給の市場がある。このスケールが桁外れに大きい。店舗数は日本の秋葉原の30倍と言われている。ある10階建てのビルをのぞいてみると、小さな多くの売り場が密集していて、パソコン、スマホ、ゲームなど、あらゆる電子機器の部品を売っている。1階から10階までに3000店舗あるという。このようなビルが深圳には28あり、全体の来場者は一日50万人に達するのだという。

電子部品のデパート「華強北」

このマーケットの周辺には、インキュベーター(メーカースペーズ)と呼ばれるベンチャー製品を製造するスペースが250カ所もある。近くの「華強北」から部品を購入してきて、このインキュベーターに持ち込めば、簡単に製品化できてしまう。現地で聞いた話だが、スマホの部品を1台200元で買い集めて製品にし、それをeコマースでアフリカに1台400元で売って大儲けした者がいたという。

■財政豊富な深圳市が多額の補助金

もう一つの「カネ」もふんだんにある。大きく分ければ、資金には(1)補助金(中央政府、深圳政府)、(2)ベンチャーキャピタル、(3)成功したベンチャー企業による投資、という三つのソースがある。

補助金は中央政府からもあるが、それよりも深圳市からの補助金の規模の大きさに驚かされた。とにかく深圳市は市民の年齢が若いので、社会保障にそれほど予算を回さないで済む。しかも成功したベンチャー企業が続々現れているので、税収は増える一方。つまり中国の中では、飛び抜けて財政資金に余裕がある。

理工系でトップの清華大学(北京)が深圳に分校(大学院のみ)を持っていて、現在の在校生は3027人(修士2683人、博士344人)である。これまでに累計1万1000人(修士1万人、博士1000人)を卒業生として送り出している。ここには年3億元(約50億円)の科学研究費が与えられている。ちなみに日本の東京工業大学は、本校全体で45億円である。

ベンチャーキャピタルも多額の資金を投入している。中国全体のベンチャーキャピタル(2017年)は、日本円にして約4兆5000億円で、米国のほぼ半分。しかしいまの伸び率から言えば、数年後には米国を抜く勢いである。日本はわずかに2700億円余りなので、いかに少ないかが分かろう。

深圳は中国全体の約2~3割を占めているので、深圳だけで日本の4~5倍のベンチャーキャピタルがあることになる。深圳には著名なベンチャーキャピタルが約100社もあるという。

もうひとつ特徴的なのは、大きく成長したベンチャー企業、例えばSNSを提供するテンセントとか、通信機器を製造するファーウェイ(華為技術)などが新たなベンチャー企業に活発な投資を行っていることである。こうした投資の循環は、日本にはない。日本の大企業は巨額の内部留保を持っているが、なかなかベンチャー企業には投資しないのが現状である。

■ユニコーン企業が相次いで登場

ベンチャー企業は「A」「B」「C」「D」の4段階に分けられている。生まれたてのベンチャー企業は「A」以前である。どこかから融資を受けられるようになって初めて「A」段階となる。実際に製品を販売し始めると「B」段階、そして利益を上げ始めると「C」段階になる。さらに発展して上場も近くなってくると「D」段階である。さらに「D」段階を卒業してユニコーン企業(企業としての評価額が10億ドル以上)となるベンチャー企業もいくつか出てきている。

もっとも多くは「A」以前の段階で消えていき、最後までたどり着くのは宝くじに当たるよりも難しい。

業種としては、ネット関係の多いことが特徴であろう。ファーウェイ、OPPO、VIVO、ZTE(中興通訊)といったスマホ携帯の会社は、ネット関係の代表である。世界の順位はファーウェイがアップル、サムソンに次いで3位、OPPO、VIVOがそれぞれ4位、5位を占めている。

このほかBYDは新エネ車のトップメーカーとして名が知られている。DJIは2006年創業からわずか12年で、世界シェア70%を有するドローン製造の企業にまで急成長した。台湾系の富士康(鴻海系)も工場は深圳が主力である。

■中核部品は海外依存の体質

ユニコーン企業に成長したロボットの「UBTEC」社

イノベーション都市として急成長してきた深圳を襲ったのが、米中貿易戦争である。最大の標的は、ハイテク企業だ。米上下両院は今年8月、「2019年度米国防権限法(NDAA2019)」を超党派の賛成で可決した。その中には米政府機関が中国のハイテク企業5社の製品などの調達を禁止する内容が盛り込まれている。この5社のうち3社は深圳の企業、すなわちZTE、ファーウェイ、それにハイテラ(海能達通信)である。

ZTEは主力部品を米国に依存していたが、今春にその部品供給を止められて、一時生産中止に追い込まれた。年末にはファーウェイの副会長が米国当局の要請を受けて、カナダで逮捕されるという事件が発生した。ファーウェイの創設者である任正非氏は軍の出身なだけに、米国もかねてから目を光らせていた。

このほか、ネットサービス大手のテンセントは、中国政府が中核事業であるゲーム産業への規制を強化したことから株価が急落している。米中貿易戦争による先行き不安も下げの一因となっているようだ。

米国からの相次ぐ追加関税措置で、輸出にも影響が出始めている。深圳市の1~8月の輸出入額は1兆8600億元で、前年同期比9.6%の伸びにとどまった。とりわけ輸出は9861億元で、前年同期比で2.6%のマイナスとなった。深圳市は対米向け輸出企業が多いので、米中貿易戦争のあおりをまともに受けた格好だ。

中国企業の弱点は、先端技術を欧米日本など海外に依存していることだが、特に深圳の企業はそうした傾向が強い。ベンチャー向けの資金は豊富なのだが、それらの資金は基本的な技術開発にはあまり振り向けられない。

部品の海外依存はZTEだけではない。OPPOはCPU、ディスプレイこそ自前だが、メモリーやOSは海外からの調達に頼っている。BYDもエンジンは日本企業から手当てしている。ファーウェイも半分近くの部品は米国など海外からである。

■成功したベンチャー企業が基本技術に投資

中国政府は自前の技術の開発を最近になって盛んに呼び掛けているが、そう簡単に方向を変えられるものではない。したがって当面は、苦しい展開が続きそうだ。

とりあえずはなんとか米国との通商交渉をまとめられるように必死に外交を展開するだろう。トランプ政権内にも穏健派がいるので、こうした勢力への働きかけが交渉のポイントとなってくる。

また米国内のスマホ部品を供給しているメーカーの中には、トランプ政権の政策と自分たちの商売とは別だと考えるところもある。 実際にある深圳のスマホメーカーは「わが社も米国から部品の提供を受けているが、関係は良好で、部品供給がストップすることはなかろう」と語っている。それでも安全のために、米国以外の日本や欧州に部品供給先を変えていく動きも出てこよう。

自前の技術開発も中長期で見れば、それなりに進んでいく可能性が強い。とにかく深圳には「ヒト」「モノ」「カネ」が揃っているので、その気になれば、自前の技術開発は出来ないわけではない。 とりわけ成功したベンチャー企業の動きが注目される。すでにテンセントやファーウェイは、基本技術への投資を増やす動きに出ている。その成果はいずれ出てこよう。

■深圳は「大湾岸経済圏」の中核に

GDPで香港を抜いた深圳が「大湾岸経済圏」の中核に

中国政府はいま、「大湾岸経済圏」構想を打ち出している。深圳、香港、広州、東莞、中山などを含む大規模な経済区の建設を目指していて、つい最近も習近平国家主席が現地を見て回っている。この 「大湾岸経済圏」の中心に位置づけられているのが深圳だ。

いまや香港のGDPは深圳に追い抜かれており、香港は金融機能に特化していかざるを得ない。広州、東莞、中山などは産業集積が進んでいるものの、労賃高騰から一時ほどの勢いはない。そこでイノベーションが急激に進む深圳を中核に据え、経済圏の一体化を図っていくというのが、今後の発展方向となろう。そのためにも、日米貿易戦争の影響を出来るだけ軽微にとどめられるように、中央政府も深圳市も全力を注ぐことになろう。

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藤村幸義(ふじむら・たかよし)
拓殖大学名誉教授
1944年生まれ、1967年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。北京特派員を経て、87年に北京支局長となる。93年に日本経済新聞論説委員に就任。その後、2001年に拓殖大学国際学部教授。08年から国際学部長。主な著書に『老いはじめた中国』(アスキー新書)、『中国デスク日記』(桜美林大学北東アジア総合研究所)など

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(拓殖大学名誉教授 藤村 幸義 写真=iStock.com)

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