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若手医師を奴隷化する"新専門医制度"の闇

プレジデントオンライン / 2019年1月31日 9時15分

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/sh22)

2018年度から始まった「新専門医制度」では、研修医が地方を転々とすることになった。その狙いは医師の都市偏在の解消だというが、医師の坂根みち子氏は「新制度は若い医師の人生を管理し、『奴隷化』するものだ。女性医師の出産や子育てへの配慮もない。これでは医療現場は崩壊してしまう」と警鐘を鳴らす――。

■「専門医制度」はひとごとではない

まず、国民の皆さんに知ってほしいのです。専門医制度の問題は皆さんが日々診療を受ける医療機関に医師がいなくなるという問題につながることを。

2018年度から専門医の質を担保するために、日本専門医機構による専門医制度(新専門医制度)が始まっています。専門医は法律に基づくものではなく、これまでは各学会が専門医を認定する業務を行っていました。しかし、専門医の質のばらつきが問題になったことから、専門医の認定を統一的に行う第三者機関である、日本専門医機構が設立されたのです。

昨年末には2019年度の専門医研修の希望が締め切られ、大勢が判明しました。傾向はほぼ1年目と同様であったため、この先の展望が固まりつつあります。この制度により国民と若手の医師たちがどれほどの影響を受けるのか、少しでもわかりやすくお伝えしてみようと思います。

現在、医師国家試験合格後2年間の初期研修を終えた医師たちの約9割が、専門医制度の研修に入っています。例えば、内科の場合なら、専門医研修医(=専攻医)として3年ほど内科全体の研修を受けた後に、循環器内科や呼吸器内科、消化器内科等、「サブスペシャリティ」と呼ばれるさらに専門領域の研修へと進むといった内容です。

■内科、外科、産婦人科、小児科を選ぶ人が減っている

しかし、この制度には大きな問題があります。内科や外科、産婦人科や小児科など、なくてはならない科を選ぶ人が減っているのです。2019年度の内科の専攻医希望者は、山梨県・福井県・高知県においては、各県たったの9名しかいませんでした。2019年度の内科全体の志望者は、2678名(前年2670名)と横ばいでしたが、制度開始1年目の2018年度の時点ですでに、内科の希望者はそれまでに比べて15%ほど減少しています。希望者の研修先は東京都が521名で、東京一極集中の構図が固定化しつつあります。

外科の専攻医はどうでしょう。今年の希望者は、少ない方から、高知県・佐賀県1名、和歌山県・宮崎県2名、山梨県・山口県・徳島県3名、福井県・島根県・大分県4名、滋賀県・鳥取県・沖縄県5名、香川県6名という、誠に心もとない状況で、全体では788名(前年805名)でした。

県全体で毎年数名の専攻医しかいないところは、一体どうなってしまうのでしょう。この先これらの県では、必要な手術を県内で受けられなくなるかもしれません。また緊急時には命に関わる事態になることも想定されます。

■産婦人科希望者が0人の県も

次は産婦人科医です。産婦人科がなければ子供を産むことができません。産科医は過重労働と訴訟の多さから敬遠される傾向が続いており、産みたくても産める環境がないことが、すでに全国的な問題になっています。

さて、産婦人科専攻医の数です。なんと島根県・香川県・佐賀県では専攻医希望者がひとりもいませんでした。他にも秋田県・群馬県・和歌山県1名、福島県・山梨県・三重県・滋賀県・徳島県・高知県・長崎県・大分県2名と壊滅的な状況が続く県が多く、希望者全体で419名と、前年の441名からさらに大幅に減りました。

そして子育てに必須な小児科の希望者も全体で535名と、前年度の573名から大幅に減っています。高知県は希望者なし、島根県1名、石川県・鳥取県・山口県・徳島県2名、群馬県・福井県・山梨県・佐賀県・宮崎県・愛媛県3名と続きます。

医療を維持するためになくてはならない科への希望者が、特に地方を中心に減り続けているのです。この状態が数年続けば、上記に名前が挙がった県では、高齢の医師による高齢者の診療、つまり「老々医療」となり、早晩医療システムの維持は不可能になります。

■医師の偏在対策を兼ねたのが誤り

なぜこんなことになってしまったのでしょうか。

まず第1に、専門医制度が「循環型」プログラム制を採用したことがあります。循環型とは、基幹施設(主に大学病院)を中心にいくつかの連携病院が一つのグループを作り、専攻医はグループ内を循環して研修するというものです。そのグループは専攻医の負担を考え、近接する地域を想定しているとのことでしたが、いつの間にか「偏在対策のために」遠隔地も含むようになり、各地を転々としなければいけなくなりました。

専門医機構が当初目指したアメリカの制度では、単独の施設による研修が90%以上ですので、「循環型」研修はこの制度の目的である「専門医の質」とは全く関係がありません。大学病院を中心に据え、関連病院に専攻医を出す形にしたかった人たちが、システムの基本設計を大きく歪めてしまったことがわかります。結果として、専攻医は負担の大きい科を選ばなくなってしまいました(参考:厚労省HP 平成31年度専攻医一次募集の応募状況について(平成30年度の採用数との比較))。

■専門医になれるのは「最短でも30歳過ぎ」

第2にプログラム制の問題があります。今まではカリキュラム制でしたので、何年かかろうと決められた研修を修了すれば専門医への道が開けました。これに対してプログラム制では、決められた年限内に研修を終えなければなりません。日本は医学部が6年制で、その後2年の初期研修が必修化されています。そのため、最短でも専攻医となるのは26歳です。

例えば内科の場合なら、26歳から基本領域(基本的な19の診療科)の研修を始め、29歳でようやく2段階目である循環器内科等のサブスペシャリティの研修に入ります。専門医になれるのは、最短でも30歳過ぎです。

融通が利かないシステムで、決められた医療機関を長きにわたり転々としなければいけないのですから、結婚や子育て、親の介護等、家族の問題を考えたときに二の足を踏むのは当然です。他人の人生を「管理する」ことにもっと慎重であるべきですが、制度設計側が配慮した形跡は見当たりません。

■プログラム制なのに勤務地が未定

しかも、このプログラム制、2年目では全体の38.5%(うち未定は19.0%)、3年目では同じく54.6%(同26.2%)の専攻医が「勤務地について未定または無回答」であることも分かりました。「東京都に基幹病院があるプログラム」の専攻医についても、2年目では25.6%、3年目では46.9%が「勤務地、無回答」という状況だそうです(参考:メディ・ウォッチ「新専門医制度、プログラム制の研修にも関わらず2・3年目の勤務地「未定」が散見される―医師専門研修部会」2018年12月11日)

「循環型研修」は、近隣地域での研修であったはずですが、例えば東京都の専門研修プログラムは、1年目こそ東京で研修できますが、その後は地方での研修となり、しかもその詳細が決まっていないというのです。厚労省の発表した資料「例」では、1年目が東京と福島、2年目が栃木、3年目が神奈川となっています。

専門医の質の担保には、プログラムの質の検証が不可欠です。どのようなプログラムを提供しているのか、指導医のレベルは保たれているのか、指導体制はどうか、決められたプログラムに沿って教育をしているのか、それにより専攻医に力がついているのか。そういったところをチェックするのが機構の本来の仕事なのです。それが整ったところだけが専攻医の受け入れに手を挙げられるはずです。

ところが、機構にはその検証能力が全くなく、プログラムの詳細も決まっていないのにプログラムが認められていたのです。一体何のためにこの制度は開始されたのでしょうか。プログラムの検証こそ、この制度の生命線だったはずです。さらに驚くべきことに、厚労省と専門医機構は検証なきプログラムについては放置したまま、地域貢献率なるものを計算し、専門医の質の担保より偏在対策を優先させたのです。

■医学部入試問題と同じ構造がある

柔軟性のない今回のプログラム制は、若い医師たちの人生を管理し、奴隷化してしまいます。この制度では、数カ月ごとの異動が30歳を超えて続く可能性があります。この間多くの人は結婚し子供を持つでしょう。

一体、どのタイミングで子供を持てるのか、数カ月しかいない研修医の妊娠出産を受け入れられる医療機関がどれほどあるのか、どうやって夫婦とも働いて、転々とする研修生活で保育園を確保できるのか、小一の壁は誰がカバーするのか等々、医師にも当たり前の人生があるということに対する想像力が欠如した制度です。医学部の入学試験で、365日24時間働ける現役の男性医師を欲したのと同じ構造がここにもあります。

これに対して機構は、妊娠出産等に対応するために「カリキュラム制」も整備していると言っています。しかし、1年目の2018年はカリキュラム制を選択する人がほとんどいませんでした(内科、外科、産婦人科、脳外科、眼科、皮膚科全て0)。機構の今村聡副理事長は、カリキュラム制をもっと周知させていくと言っていますが、事の本質はそういうことではありません。

■子育て中の女性医師の門前払いも発生

結婚、妊娠、出産、子育ては、若手の医師全てに関わってくることであり、最初から、「妊娠するからカリキュラム制」などと分けられるものではないのです。プログラム制であっても柔軟性がなければ、そして働き方改革とセットでなければなりません。さもないと、今以上に女性医師は子供を持つ選択肢が奪われた状態でキャリアを目指して邁進するか、専門医になるのを諦めてしまうのかの二者択一になってしまうでしょう。子育てに積極的に関わりたい男性医師にとっても同様です。必要なのは多様な選択肢です。

残念なことに、極めて重要なこの点に関して機構の理事の方々が問題点として捉えていたかどうかさえ疑問です。現在、機構には理事が25人いますが、女性は元宇宙飛行士で心臓血管外科医だった向井千秋さんただ一人です。理事は2年ごとに大幅に入れ替わっていますが、毎回ご自分の子育ては妻に任せっきりだったと思われる同質の男性集団であり、子育てしながらキャリアを積むことについて、想像力を持って具体的な制度設計をしてきたとは思えません(言いすぎでしたら反論をお待ちしています)。

また受け入れ側の基幹病院も同様な背景を持つ方々が率いている(主に大学病院の教授)ので、子育てしながらプログラム制を希望した女性医師の門前払いという、憂えるべき事態がすでに報告されています。それにも関わらず、機構はそれを放置しているのです。このように幾重にもわたり若い人たちの芽をつぶす深刻な事態を招いているのが実情です(参考:「Vol.108 医療崩壊を招く専門医制度 ~日本専門医機構の欺瞞 ある女性医師の事例~」)

■医師の「偏在対策」は別の問題

第3の理由は、この制度に医師の「偏在対策」を入れてしまったことです。繰り返しますが、専門医の「質」の問題と偏在対策は全く別物であり、機構がここに手を出すべきではありませんでした。今の機構の事務処理能力で偏在対策まで担うのも無理でした。その挙げ句が、現在の散々な結果です。

影響の大きい制度改革でありながら、なぜこのような稚拙な進め方をしたのか。それは要所要所で厚労省がお墨付きを与えてきたからです。循環型プログラム制、専門医の種類を基本19領域にすることなど、どれも変えられない憲法のように扱われています。いずれも厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」で決められたからこそ、金科玉条のように扱われてしまいました。

そして医療界の手に余るとわかると国の関与が強まる、という悪循環です。世間知らずの医療人とでもいいましょうか。医療界が多様性を排除してきた当然の帰結かもしれません。

■専門医制度は本来の立ち位置に戻るべき

混迷を深める機構の理事長を引き受け、「あえて火中の栗を拾った」とおっしゃる寺本民生理事長と専門医機構の仕事は「良いプログラムを認定し、それを増やしていく」ことのみのはずです。この期に及んで小手先の改革をしても、傷を深くするだけです。専門医制度は、本来の立ち位置に戻るべきです。

機構はなぜ、「循環型」研修だけでなく、単独研修施設も認めてほしいという要望にゼロ回答なのでしょうか。循環型にこだわる必要などないはずです。そして、偏在対策からはきっぱり手を引いてください。中途半端な関与が、国民の医療を受ける権利にまで影響を及ぼし始めています。

機構には拙速な制度開始により借金を抱えてしまったという問題があります。そのため、早いうちに専門医制度を軌道に乗せて認定料が欲しいのです。でも全体を俯瞰して考えれば、各学会や日本医師会はその赤字をかぶってでも一旦立ち止まるべきでしょう。

それができないのなら、良識ある学会は機構から退会し、機構を解体させてください。この制度の開始により今まで各学会が独自に進めていた専門医制度と比べて、何か一つでもプラスになっていることがあるのでしょうか? 専門医の質に関しては、学会がやっていることを追認しているだけです。それ以外の弊害が大きすぎます。

医療界のエスタブリッシュメントは聞く耳を持つのか、厚労省はどうするのか、正念場だと思っています。

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坂根 みち子(さかね・みちこ)
医療法人櫻坂 坂根Mクリニック院長
筑波大学医学専門学群卒。MD,PhD,循環器専門医。
循環器内科医として約20年勤務ののち、2010年10月つくば市に開業。モットーは必要な人に必要な医療を。開業半年後に東日本大震災被災。これをきっかけに医療問題を発信するようになる。2014年4月1日「現場の医療を守る会」世話人代表。2014年日本医療法人協会 現場からの医療事故調GL検討委員会委員長。

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(医療法人櫻坂 坂根Mクリニック院長 坂根 みち子 写真=iStock.com)

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