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統計不正の背景にある"デジタル軽視"の罪

プレジデントオンライン / 2019年2月5日 9時15分

2019年2月1日、賃金構造基本統計の不正の報告が遅れた理由について、記者会見で説明する厚生労働省の担当者。(写真=時事通信フォト)

■「毎勤はわが国の宝」と指摘される重要統計

わが国の経済統計の中で屈指の重要性を持つ、毎月勤労統計調査を厚生労働省がこれまで不適切に実施してきたことが発覚した。厚労省は長い間、その実態を組織的かつ長期的に放置してきた。それは、統計制度への不信感を高めるだけでなく、過去の景気判断への疑義を生じさせるとても深刻な問題だ。

世界的に見ても、毎月勤労統計調査ほど詳細に全国および都道府県レベルで給与、労働時間、雇用者数などの推移を示す統計データは珍しい。常用労働者を5人以上雇用する事業所に関しては、厚生労働省が抽出して調査を行ってきた。また、500人以上規模の事業所に関しては、抽出調査ではなく全数調査(対象すべてを調査する)することとされてきた。

この特徴ゆえに、多くの経済の専門家が毎月勤労統計調査を重視してきた。「毎勤はわが国の宝」と指摘する経済の専門家もいるほどだ。

背景には、官僚組織において“ガバナンス”が機能してこなかったことがある。この問題は、可及的速やかに是正されなければならない。政府は統計調査の運営方法を見直し、ガバナンスが機能する組織体制を整備すべきだ。それは、政府への信用を左右するだろう。

■2013年に認識するも、厚労省は復元せずに放置

厚生労働省が毎月勤労統計調査(毎勤)の不適切な実施を続けてきた原因は、ガバナンスの欠如にある。以前から、毎勤に収録されている現金給与総額などに関して、「過大に推計されているのではないか」「どうもおかしい」と考えるエコノミストはいた。

今回明らかになった不適切な統計調査は次の通りだ。まず、2004年から東京都の500人以上規模の事業所の調査が全数調査ではなく、抽出調査に切り替えられていた。東京都にある500人以上規模の事業所数は約1500だ。本来であれば、1500件の事業所すべてに調査を実施しなければならない。しかし、実際には500件程度しか調査されてこなかった。東京都には大企業の拠点が多く、賃金水準は高い。抽出調査が実施されたことによって、一定期間、給与水準が実態よりも低く報告されてきたと考えられる。

2013年ごろ、厚労省幹部はデータの復元(抽出調査を全数調査に近づける統計処理)が行われていないことを認識したとみられる。しかし、厚労省は復元せず、放置した。復元されたデータは2018年以降のものだ。

■厚労省は組織ぐるみで隠蔽してきた

このため、昨年に入ってから「毎勤のデータはおかしいのではないか」との疑義が呈されてきたのである。結果的に、専門家の指摘の通り、統計がおかしかった。

企業では考えられないずさんな業務実態だ。企業の場合、業務が内規や法令を遵守しているか、内部監査による客観的な検査が行われる。それでも、自動車メーカーの不適切検査などが明るみに出る。それを受けて、内部統制の実施体制をはじめ、企業統治=コーポレート・ガバナンスの強化に取り組む企業は増えている。

これに対して、厚労省は不適切な統計調査業務の実態を、組織ぐるみで隠蔽してきたといわれても仕方ないだろう。長期間にわたって不適切な統計が放置され、データが専門家などに使われてきたことを考えると、同省はガバナンスの意義を理解してこなかった。

■政府の景気判断にも疑義を生じている

統計データは、経済の状況を映す鏡だ。統計調査が適切に実施されたか否かは、景気判断の信頼性や政策の正当性にかかわる。統計の信頼性が揺らぐことは、景気判断そのものに疑義を生じさせる。明確な根拠なしに統計調査の手法を変更することはあり得ない。

調査段階におけるミスや不適切な処理が発覚した際には、統計データを修正しなければならない。過去のデータも適切に管理し、必要に応じて利用できるようにすることが欠かせない。しかし、厚労省は2004年から11年までの毎勤の基礎資料を廃棄・紛失している。政府は毎勤データの補正を行うとしているが、事実上データ補正は困難だ。

毎勤のデータは、内閣府が作成する国民経済計算の基礎統計に使われている。すでに内閣府は毎勤が再集計されたことを受けて平成29年度の国民経済計算年次推計(フロー編)を再推計した。内閣府が公表した資料を見ると、雇用者報酬、家計貯蓄率が上方修正された。

■“賃金構造基本統計”でも不適切な調査を放置

国民経済計算は、経済の全体像を把握し、国際的な比較を行うことを目指している。基礎データの不適切な集計によって国民経済計算が再推計されたという事実は、雇用・所得環境の把握が難しくなったことと言い換えられる。

また、国民経済計算は、わが国の経済の実力を見極め、必要な政策を進めるための基礎材料だ。それが改定されたということは、経済に関する政府の判断(景気判断)が正しかったかという疑義を生じさせる。それは、政策の立案と運営に関する政府の判断が正当であったかという不信感を高める問題といっても過言ではない。

厚労省は、毎勤だけでなく“賃金構造基本統計”に関しても不適切な調査を放置してきた。総務省が所管する小売物価統計調査においても、大阪府で店舗訪問が行われず、過去の価格が報告され続けるという不適切な業務実態が明らかになった。こうした実態の発覚には、言葉を失う。公的な統計制度そのものに対する不信感が高まっている。

■民間企業のノウハウを積極的に活用すべき

わが国の統計制度は、危機的状況に直面していると考えるべきだ。過去から現在まで、すべての統計調査が適切に行われていたか、政府は迅速に調査を進めなければならない。その上で、統計の信頼回復に取り組む必要がある。

政府は、この問題に真剣に取り組まなければならない。特に、経済分析のうえで欠かせない毎勤が不適切な調査に基づいていたことは、外国人投資家や各国政府の政策担当者にかなりのショックを与えた。

政府に求められるのは、ガバナンスの確立だ。統計をはじめ、政府の業務が適切に行われているかをモニターし、より良い成果を目指すためにガバナンスが働くようにしなければならない。

そのためには、統計制度の運用に関する政府の認識を、根本的に改める必要がある。まず、民間企業のノウハウを積極的に活用すべきだ。政府内の限られた統計担当者を中心に問題の解決にあたることが信頼回復につながるとは考えづらい。外部の視点から、客観的にこれまでの統計調査が適切かつ効率的に行われていたかを確認する必要がある。民間シンクタンクに統計調査を委託することも積極的に検討すべきだ。

■当たり前の「デジタル化」を政府は遠ざけてきた

デジタル技術の活用も重要だろう。小売物価統計調査のように企業などへの訪問が必要な統計調査は多い。アンケート調査を行うウェブサイトを構築すれば、調査側にも回答する者にとっても負担は軽減できる。

紙ベースでアンケート調査などを行うことに比べ、データの保管や不正の発見も容易になる。デジタル化は統計データの利便性向上にもつながる。そうした当たり前のことを、政府は取り入れてこなかった。

不適切な統計調査の発覚を受けて、安倍政権は景気判断を変えないとの見解を示している。一方、ガバナンスをどう機能させるかについては、具体的なプランが示されていない。政府が、今回の問題の深刻さをどの程度理解しているのか、気がかりだ。

統計不正の問題は、政府の信用を左右する。政府は統計制度に関するガバナンスを確立し、これまでの景気判断と政策運営が正当であったか否かを明らかにする必要がある。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)

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