鎌倉発ベンチャーはサイコロで給料決まる
プレジデントオンライン / 2019年3月11日 9時15分
■ただ“面白い会社”をつくりたい
【田原】柳澤さんは、お生まれはどこですか?
【柳澤】父の仕事の関係で、香港で生まれました。当時は日本人が3000人くらいしかいませんでした。小学校中学年のときに、東京に戻ってきました。
【田原】学校は慶応ですね。
【柳澤】高校からです。大学は、当時3期目だった湘南藤沢キャンパス。卒業後は、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社しました。
【田原】どうしてその会社に?
【柳澤】当時はゲームもあったし、音楽、雑誌からぜんぶあって、何やら面白そうだなと。ソニー本体にも話を聞きに行ったのですが、カルチャーに惹かれた関連会社を選びました。
【田原】ソニーには2年いらっしゃって、1998年に独立した。起業はいつから考えていたのですか?
【柳澤】大学のころからですね。
【田原】柳澤さんの著書『鎌倉資本主義』を読みました。起業するにあたって、何をするかは決めていなくて、まず誰とするかを考えたと書いてあった。これはどういうことですか?
【柳澤】高校の同級生1人と、大学で出会ったもう1人、そして私の3人で、「この仲間で面白い会社をつくろう」ということだけ決めていたんです。何をやるかはまったくの白紙でした。
【田原】普通はやりたいことがあって、その賛同者が仲間になる。やることが決まっていないのに、どうして一緒にやろうと思えたのかな?
【柳澤】不思議ですよね。一緒にやりたいということが、なんかまとまったんです。
【田原】3人とも一回は就職したのですか?
【柳澤】就職したのは僕だけです。3人の進路はあみだくじで決めました。僕は就職、1人は大学院、もう1人は放浪です。じつは僕も大学院に合格してニューラルコンピューティングの研究をする予定だったのですが、くじで決まったからサラリーマンになりました。
【田原】ほかの2人は2年間、何をしていたの?
【柳澤】放浪に決まった友人はアメリカに行って、中国人と組んで絨毯を売っていたそうです。2年間連絡がつかなくて、起業する約束を忘れているんじゃないかと思ったころに「戻ります」と連絡がきました。もう1人は、院でインターネットやデータベースの研究をしていました。
【田原】再会した後はどうした?
【柳澤】まだ何をやるかを決めていなくて、まず「面白法人」というコピーを決めました。その次に決めたのは給料。先輩のところに起業のあいさつにいったら、「友達同士で会社をつくると将来お金で揉める」とアドバイスをもらったので、サイコロで給料を決めることにしました。これはいまも続いていて、サイコロを振って6が出ると6%というように、出た目によって手当の額が変わります。いま給料をサイコロで決めている上場企業は、世界でも僕たちだけじゃないですかね。
【田原】そんなのむちゃくちゃじゃない。サイコロ振らなくても揉めないやり方はあるでしょう?
【柳澤】素直でしたから、先輩のアドバイスにしたがって何か考えようと頭をひねった結果です。でも、よかったですよ。誰を偉くして報酬を上げるのかという評価制度が、その会社の文化をつくる。サイコロ給を入れたことで、面白く働くことを重視するという文化になりましたから。
【田原】次は何を?
【柳澤】お金で揉めたくないから、次は職種を揃えました。お金で揉めるのは、「俺のほうがやってる」「いや、自分のほうが頑張った」という評価のズレが原因です。ただ、同じ職種同士、たとえばエンジニア同士なら誰に技術力があり、誰が給料を多くもらえばいいのかがお互いにわかります。営業も、営業マン同士ならだいたい評価が一致する。揉めるのは違う職種間で比べるから。シンプルに職種を揃えれば、みんな納得するだろうと考えました。
【田原】職種を絞るって、具体的にどうしたの?
【柳澤】全員クリエイターにしました。もう少し細かく言うと、デザイナーとプランナーとエンジニアだけ。いまもそれは変わらず、社員の9割はクリエイター。そうやって職種を揃えてからそれぞれが何をやってお金にするかを考えれば、自然と事業はうまくいくと考えました。
【田原】実際、最初は何をやってお金を稼いだのですか?
【柳澤】いろいろです。ホームページをつくったり、企画を考えたり、デザイン業務でチラシをつくったり。
【田原】そんな誰でもやっているような仕事じゃ面白くないじゃない。
【柳澤】それがそうでもないんですよ。面白法人は面白がることだから。会社をつくるだけで面白いんです。それに、みんながやっている仕事でも、人から面白いと言われるために、ほかの会社がつくれないものをつくるようになっていく。そうすると、よくある仕事も面白くなります。
【田原】ほかの会社がつくれないようなものってなんですか?
【柳澤】いま頼まれてつくっているのは約2割で、あとはゲームをつくったり、葬儀会社、結婚式、不動産など、いろいろとやっています。
【田原】カヤックの葬儀や結婚式は普通のものと違う?
【柳澤】葬儀は「鎌倉自宅葬儀社」といって、自宅での葬儀専門でやっています。結婚事業は、ウェディングプランナーとのマッチングサービス。結婚式を挙げたい人は普通、ブライダル情報誌などを読んで式場を選びますが、うちはまず場所ではなく人を選ぶ。質問に答えていくと、自分の趣味や希望に合ったプランナーが何人かマッチングされて、そこから話し合って「あの式場でやろう」「場合によっては原っぱでもいいよね」と決めていきます。このサービスはほかにやっているところがないので、いまけっこう伸びています。
【田原】そういう事業がいまいくつあるんですか?
【柳澤】あげるとキリがないですね。いま400人のクリエイターとグループ会社8社が、それぞれ特化していろんなものをつくっている状態です。
【田原】ところで、カヤックは鎌倉にある。どうしてですか?
【柳澤】起業するとき、「誰とやるか」と同じくらいこだわったのが「どこでやるか」。ただ、当時は鎌倉で起業した理由をうまく言語化できなかったですね。なんとなくいいなと。
【田原】いまは言語化できる?
【柳澤】はい。鎌倉は海と山、そして文化的な施設が歩いて行けるところにぜんぶある。住みたい町ランキングの上位につねに入っているし、一方で観光客が年間2000万人超も訪れる。そこに僕たちのようなベンチャー企業を受け入れる懐の広さもあってとても面白いですよ。
【田原】面白い?
【柳澤】鎌倉にいまうちのオフィスが10カ所くらいあります。田原さんに今日お越しいただいたのは、会議室専門の棟。みんなも会議したいときはそれぞれのオフィスからここまで歩いてきます。いわば町全体をオフィスに見立てるようなもので、それが楽しい。
【田原】町全体がオフィスねえ。
【柳澤】十数年前にグーグルとアップルの視察に行きました。すると、街からすごく離れたところに広大な敷地があって、オフィスから食堂、保育園、ジムなどすべての機能がそろっていました。まるでユートピアで、そのときは楽しそうに見えました。でも、社員だけしかいないから閉じているんです。よく考えてみたら、閉じた世界はつまらない。僕は町に溶け込んでいるほうが面白いし、こっちのほうに潮流があると思う。
【田原】柳澤さんは鎌倉にお住まい?
【柳澤】はい。住んでいるところと働いている場所が一緒で、自分が頑張れば自分の住んでいる町や働く会社がよくなる世界をつくりたいなと。
■グーグルとアップルに学んだオフィス計画
【田原】でもね、ビジネスするなら東京のほうが便利じゃないですか?
実際、地方で起業しても、大きくなると東京に行く会社は多い。
【柳澤】「何をするか」だけにこだわると東京に行くと思います。でも僕たちは「誰とやるか」「どこでやるか」を重視している。
【田原】東京はダメですか?
【柳澤】そんなことはない。東京が好きな人もいますから。それぞれの地域が好きな人がいるということです。
【田原】柳澤さんは東京が合わないんだ?
【柳澤】合わなくもないですよ。ただ、自分たちでつくれるサイズ感というものがある。「東京は俺がつくっている」といえるポジションで働くなら面白いですが、それはなかなか難しい。
【田原】なるほど、柳澤さんは東京に吸収されるのが嫌なんだね。つまり主体的でありたいんだ。
【柳澤】そのほうが面白がれるじゃないですか? 地域にコミットできたほうがきっと面白いです。
【田原】地域にコミットする活動の1つで、「カマコン」をつくったそうですね。これは何ですか?
【柳澤】鎌倉を面白くするための地域団体で、2013年に鎌倉に拠点を置く7社で立ち上げました。いま約40社になって、毎月の定例会には約200人が参加。毎回数人がプロジェクトを持ち込んでプレゼンをします。約3割はプロジェクトとして継続しています。
【田原】なんでそんなグループをつくったの?
【柳澤】カヤックで実験した“面白く働くための秘訣”を分解していったら、地域にも活かせそうだなと。実際、やってみたら活かせました。
【田原】面白くする秘訣って?
【柳澤】たとえばブレーンストーミングです。カヤックを20年やって、ブレストが面白がり体質になるトレーニングになるとわかった。それをカマコンでもやっています。
【田原】どういうこと?
【柳澤】うちの会社のブレストは「アイデアをとにかくたくさん出す」「人のアイデアに乗っかる」がルール。これを続けると左脳的な論理的脳の使い方ではなく、右脳的な脳の使い方が身について、面白がり体質になる。
【田原】ちょっとわからないな。
■人とのつながりで、地域仮想通貨がもらえる
【柳澤】逆に面白くないときって、深刻なときですよね。どうして深刻になるかというと未来に行き詰まるからですが、ブレストをやると未来が明るく見えてくるんです。それと、人の意見に乗っかって自分と相手の意見の境界線がなくなることも大きい。人の意見も自分のもののように感じるから、主体性が出てくるし、うまくいけば自分の手柄にもできる(笑)。
【田原】モチベーションが上がるんだ。
【柳澤】ちょっと違います。「やるぞー」というより、気にしなくなる感じ。モチベーションは無理に上げる必要がありません。人間の本能として、成長するとか売り上げを上げるのは楽しいこと。そこは自然にやろうとしますから、ドーピングのように無理に上げるのはよくないです。
【田原】柳澤さんは「鎌倉資本主義」を提唱している。これは何ですか。
【柳澤】「地域経済資本(財源や生産性)」「地域社会資本(人のつながり)」「地域環境資本(自然や文化)」という3つの地域資本をバランスよく増やすことが人の幸せにつながるという考え方です。
【田原】従来の資本主義はダメですか。
【柳澤】ダメではないし、楽しいですよ。ただ、金融資本主義のお金がお金を生む構造だと、富の格差が広がりすぎる。GDPを否定はしませんが、それだけを追い求めていると問題が起きます。いまの資本主義をアップデートして、経済合理性だけでなく、人とのつながりや豊かな環境を指標に加えたほうが幸せになれるんじゃないかと。
【田原】考え方はなんとなくわかります。幸せになるために、具体的に何をするのですか?
【柳澤】「まちの社員食堂」をつくりました。この食堂は面白い。いろんな会社や市役所が出し合ってつくった食堂で、会員企業で働く人は割引料金で食べられます。いま毎日60~70人が利用しています。
【田原】そんな食堂ができたら、町のレストランの敵にならないの?
【柳澤】ならないです。食事は地元の飲食店や料理人が1週間の週替わりで提供します。鎌倉は観光客相手の店が多くて地元の人にとって少々値段が高いのですが、まちの社員食堂に出せば店を知ってもらえる。いま40~50店が参加を表明してくれています。
【田原】ウィンウィンなんだ。でも、柳澤さんたちが面白いと思うものを店主たちが面白いと思うとは限らない。よく口説けましたね。
【柳澤】まずカマコンを長くやってきて、人と人のつながりがあったことが大きい。あと地元愛の強い店主の方が多いのも鎌倉ならではで、ほとんどのお店が2つ返事で受けてくれました。
【田原】そうですか。鎌倉は裕福な高齢者が多くて保守的なイメージ。柳澤さんが斬新なアイデアをぶつけると反発が起きるのかと思った。
【柳澤】町のみんなは、自分都合じゃなく町の都合を考えているのか、本当にこの地域に骨をうずめる覚悟があるのかというところをきちんと見ています。僕らはITで起業したので、20年前は多少のハレーションがありました。でも、僕らは鎌倉が好きで、そこに骨をうずめようという姿勢でやってきて、そこは伝わったんじゃないかと。
【田原】社員食堂のほかは?
【柳澤】鳩サブレーで有名な豊島屋さんと一緒に「まちの保育園 鎌倉」を開園したり、鎌倉で働く人を増やそうと、地元企業が共同で説明会をしたり、独身社員の合コンを行う「まちの人事部」も立ち上げました。「まちの」シリーズは、鎌倉の人たちのつながりを増やしたり、働く人を増やすという目的でやっています。
【田原】ひとつ聞きたい。人のつながりは「地域社会資本」ですね。お金は測りやすいけど、社会資本はどうやって測るんですか?
【柳澤】いま仮想通貨のアプリをつくって、従来の通貨と色分けすることを考えています。たとえば誰がつくっているのかわからない野菜をスーパーで買うのと、生産者の顔を見て「ありがとう」といって買うのが同じ値段だったとします。後者は人のつながりが増えていますが、従来の通貨ではその違いを出せない。だから、人のつながりを増やすときにしか使えない通貨を発行したらどうかなと。
【田原】具体的にどういうこと?
【柳澤】普通の通貨は持っているだけで利子がついて増えますが、僕らが考える通貨は、人のつながりを増やさないと増えなくて、何もしないで置いておくと減っていくイメージです。たとえば「まちの社員食堂」で人にビールをおごれば逆に増えたりすると面白い。
【田原】なるほど。
【柳澤】人とのつながりで増える通貨の流通量が増えていけば、格差がある程度縮まり、資本主義が健全化されるというのが僕たちの仮説です。人のつながりは面倒くさいところがあるので、それを促す場も必要。いま「まちの」シリーズの活動とリンクさせて設計しているところです。
【田原】もう1つの「地域環境資本」のほうはどうですか?
【柳澤】そっちはまだ手つかずです。そもそも自然や文化資産を会社がやることなのかどうかわからなくて。
【田原】これから会社をどうしますか。成長させる?
【柳澤】資本主義は否定していないので、会社を大きくする努力は今後も続けます。鎌倉にも物理的な限界があるので、人数がもっと増えたらもう一カ所、別の町に拠点を置いてコミットしていくかもしれません。
【田原】カヤックは自分で何かつくれるクリエイターばかり。大きくするといっても、独立する人が多くて大変じゃないですか?
【柳澤】独立は止めないですが、経営者としては難しい時代になりました。1人で食べていける時代だから、ビジョンが相当に良くないと会社に残る意味がない。「面白法人」というキーワードで20年やってきましたが、「鎌倉資本主義」が次のビジョンになって、みんなを惹きつけられたらいいなと思います。
■田原さんから柳澤さんへのメッセージ
対談前に資料を読みましたが、最初はカヤックが何をやっている会社なのか、よくわかりませんでした。話を聞いてみたら、それも納得です。「誰とやるか」「どこでやるか」を重視していて、「何をやるか」は二の次。とにかく面白いことをやろうとしているから、ジャンルも限定されていない。
人のつながりに注目した地域資本主義の考え方も面白い。いま地方は人口減で、各自治体は打つ手に困っている。カヤックのような会社が各地で活動すれば地方で働く人が増えて、日本全体も元気になる。期待しています!
田原総一朗の遺言:人のつながりを重視しろ!
(ジャーナリスト 田原 総一朗、面白法人カヤック代表取締役CEO 柳澤 大輔 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)
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