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"事実上の注文生産"トラック造りの舞台裏

プレジデントオンライン / 2019年3月6日 9時15分

日野自動車古河工場(撮影=石橋素幸)

トラックの造り方は乗用車とは大きく異なる。走行距離がはるかに長く、用途もさまざまだからだ。事実上の「注文生産」でありながら、基本部分は1500万円程度。なぜこの金額で造れるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、国内では最多の生産台数を誇る日野自動車古河工場を訪れた――。

■トラックという「車」の稼働率はとても高い

日野自動車は普通トラック(大中型トラック)の国内トップシェアを誇るメーカーだ。トヨタ自動車が株式の過半を保有しており、現在は同グループの一社となっている。バスも造っており、2004年からはいすゞとの合弁会社ジェイ・バスで生産している。

売上高は約1兆8300億円(18年3月期)、全世界に3万人の従業員を抱える巨大企業だ。17年9月から本格稼働した古河工場の他、小型トラックを造る羽村工場、エンジンを造る群馬の新田工場、そして縮小しつつある日野工場の4つを持つ。メインの古河工場の年間生産台数は約5万台(18年1~12月)。国内のトラック工場では最多である。

日本で生産している乗用車の生産台数は約830万台であるのに比べ、トラックは約130万台だ。このなかには輸出分も含まれている。トラックは乗用車に比べると、ぐっと生産台数は少ない。

ただし、トラックという車の稼働率はとても高い。個人が保有する乗用車は平均すると、4%しか動いていないと言われている。あとの時間は駐車場にいるわけだ。

一方、業務用トラックはドライバーが交代して運転するから、昼夜を問わずほぼ稼働している。1カ月の走行距離は平均すると、約1万km。15年の稼働期間で100万kmは走るという。

■アジアと米国で伸びるトラック需要

「トラックは“働くクルマ”なんです。そして、乗用車とは造り方も違います」

教えてくれたのは古河工場の阿曽雅弘工場長。

「乗用車と違い、トラックメーカーが造るのは運転席部分(キャビン)と荷台(シャーシ)までです。残りの部分は架装メーカーの担当です。バンボディにしたり、幌や冷蔵、冷凍室をつけたり、また消防車にもなる。私たちトラックメーカーの仕事はキャブ付きシャーシという基本部分を造ることです」(阿曽)

そうして、できた基本部分(大型トラックの場合)の価格は大雑把に見積もって、だいたい1500万円だという。むろん、これに架装した装備価格が載る。

海外製の超高級乗用車の場合、1500万円どころか数千万円する車がある。それを考えると、トラックという商品は決して高いものではないと思える。

「トラックの需要は国内よりも海外、特にアジアと米国で伸びています。現在は90か国以上で販売しており、いくつかの市場でトップブランドになっています。」(同)

■乗用車がプレタポルテなら、トラックはオートクチュール

日野自動車古河工場の阿曽雅弘工場長(撮影=石橋素幸)

海外需要の高まりに合わせて、客からのニーズはますます多様になっている。

日本の運輸業者のようなトラックの使い方ではなく、鉱山で大量の資源を運ぶといったニーズもあるからだ。そうすると、フレームの強度をさらに高めなくてはならない。また、海外と日本ではトラックに対する法規制が異なる。日本では、安全のために運転席の足元から外が見えるウインドウの装備が義務付けられているが、海外ではそういった法規がない国もある。そうすると、日本で販売しているトラックとは違う形にするために、違う部品を揃えて組み立てなくてはならない。

「トラックの車型は増えています。乗用車は数十車型ですが、トラックは約3800車型にもなっています。トラックはお客さまのニーズに合わせて注文生産しているのが実態に近いです」(同)

乗用車の生産がプレタポルテだとしたら、トラックの生産はオートクチュールだ。ただし、一つひとつのトラックを手造りしていたら、1500万円前後で売ることはとてもできない。そこで日野自動車ではトヨタに学んだ「トヨタ生産方式」をベースに工場を運用し、カイゼンを重ねるとともに、日野ならではのものづくり改革を行っている。

■「空調完備」の稀な工場

古河工場は、本社のある日野工場が手狭になったこともあり、茨城県古河市に造られた。敷地面積は約85万平方メートル。東京ディズニーランドが51万平方メートルだから、その1.6倍はある。

まず12年にKD(ノックダウン)工場が操業を始めた。15年にはアクスル(タイヤとタイヤをつなぐ車軸)工場、16年にフレーム(トラックの土台)工場と車両組立工場ができる。17年にはキャブ(運転席部分)工場が稼働し、フル生産ができるようになった。

現在、造っているのは大型トラックの「日野プロフィア」、中型トラックの「日野レンジャー」。2トンサイズの「日野デュトロ(通称、ヒノノニトン)」は小型トラックなので、羽村工場で造っている。

古河は都心から電車、車で約1時間。工場はJR古河駅からは車で30分の距離にある。工場のまわりは畑と住宅地。のどかな田園地帯である。一方、建屋とその内部はピカピカの新築だ。

「工場建屋内はすべて空調完備です」

阿曽さんは言った。

「ふーん、そうなの。それがどうかしたの」と思う人が大半だろうが、自動車工場の建屋は超巨大体育館の内部と同じだ。天井が高いから、全館に冷暖房の設備を入れると費用がかかる。だから、どこの自動車工場でも全館に空調を入れることはなかった。

夏は暑く、冬は寒いのが当たり前で、空調設備を入れるとしたら作業者に風を当てるスポット空調くらいだった。古河工場では人のいる空間のみを温度調節する効率的な手法を採用している。このように空調が行き届いているところは実に稀なのである。

■2つの「ものづくり改革」を実施

フレームにさまざまな部品を取り付ける(撮影=石橋素幸)

さて、トラック製造はキャブとフレームの2つの工程から始まる。

キャブ工程ではプレスした部品を溶接、塗装し、そのなかに座席を据え、ハンドルなどを組み付ける。

フレームとはトラックの背骨にあたる、はしご状の鉄材だ。ここにアクスル、エンジンなどをはじめ、さまざまな部品を取り付けて、最後にキャブを載せる。

日野自動車の従来の工場ではラインを大型と中型、トラクターヘッド(牽引車)の3つに分けて生産していた。だが、古河工場では1本の汎用ラインを設けて、大型、中型、トラクターヘッドの3種を混流生産にしたのである。ものづくり改革のひとつだ。

ラインを1本にして、混流生産にしたため、リードタイム(生産に関わる時間)が3割、少なくなり、また生産するためのスペースも3割減った。

「もうひとつのものづくり改革がモジュール化です」(同)

モジュールとはいくつかの部品をまとめてひとつの単位にしたもの。モジュール化した部品を組み合わせることで、多様なニーズに対応した生産が短時間でできるようになった。

「モジュール化のおかげで国内、海外へ部品を輸出するための供給リードタイムを7割も減らすことができました」(同)

■F1レースのピット作業のような素早さ

海外のトラック需要が増え続けているから、基幹部品だけを国内の古河工場で造り、その他の部品は海外工場で製造する。そうして海外工場で組み立てれば、ローカライズしたトラックがこれまでよりも短い時間で顧客に届けることができる。

また、ライン作業の時間を短くするために、「外段取り」を増やしている。たとえばラインを流れるフレームに電気系統をつかさどるハーネスを取り付けるとしよう。以前の工場ではライン上でハーネスを合体させて取り付けていた。それを今ではラインの外ハーネスをつなげておいて、ライン上のフレームに一気に取り付ける。

見ていると、作業員の動きはまるでF1レースのピット作業のようだ。素早く、あっという間に仕上げてしまう。

また、溶接作業などにはロボットを活用し、組み立て作業にはAGV(無人搬送車)とリフターが活躍する。AGVは作業者に伴走し、その上には部品がセットされている。作業者は自分が歩くことなく、部品を手に取って、取り付けることができる。リフターは重い部品を取り付ける時の補助用具。この2つがあることで、人間がやる作業は相当楽になる。

■「ライン」はカイゼンし続けるもの

現場で働いている作業者たちの様子を見ると、車体が大きいだけあって、乗用車よりも巨大な部品が多い。バンパーなどは特に大きくなっているから、そういうものは2人がかりで取り付け、リフターが補助をする。

「よっこらしょ」と力を籠めて行う作業は従来に比べると少なくなっている。

作業者にとって工夫の余地があるように見えたのは工場内の保管棚から部品をピックアップしてAGVにセットする作業だ。トラックは乗用車よりも部品の種類が多い。膨大な数の保管棚から部品をピックアップするには時間がかかり、また歩行距離も長くなってしまう。

この点をどうやってカイゼンしていくかはこれからの課題だろう。

わたしがそう言ったところ、阿曽は大きくうなずいた。

「生産ラインは日々、カイゼンして変えています。ラインは変わり続けるものです。ラインが完成することはありません」(敬称略)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉 撮影=石橋素幸)

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