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若年がん患者を取り巻く"経済格差"の実態

プレジデントオンライン / 2019年3月14日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TanyaJoy)

日本の生殖医療技術は世界有数だ。だが、若年がん患者の「子供を持ちたい」という希望には十分に応えられていない。経済的負担の重さから、精子や卵子の凍結を諦める患者がいるからだ。聖マリアンナ医科大学の鈴木直教授は「子供を持つ可能性を残すことは、患者の“希望”になる。国が助成する必要があるのではないか」と問う――。(後編、全2回)/聞き手・構成=小泉なつみ

■男性がん患者への認知度は低い

国立がん研究センターの統計によれば、年間約2万3000人の39歳以下が、新たにがんに罹患している。だが、がん治療によって妊孕(よう)性=子供を作る機能が喪失する可能性があることを知っている人はどれくらいいるだろう。少なくとも4カ月前、35歳で大腸がんと診断された筆者はこの事実をまったく知らなかったため、治療の合間に情報収集や対応に奔走することになった。

2012年に「日本がん・生殖医療学会」を立ち上げ、がん患者の生殖医療に関する問題にいち早く取り組んできたのが、聖マリアンナ医科大学の鈴木直教授だ。女性がん患者の妊孕性温存について聞いた前編に続き、後編となる本稿では、あまり知られていない男性がん患者の現状と、若年層のがん患者への支援について聞いた。

――妊孕性温存を希望する男性がん患者は、増えているのでしょうか。

精子凍結の相談にこられる男性患者の方もいますが、聖マリアンナ医科大学病院生殖医療センターに来る人は9割が女性で、まだまだ男性の認知度は低いと感じています。

卵子と違って精子は約2カ月周期で新しい精子に作りかえられます。それが一生続くため、女性のようなリミットはありません。ただ、一度でも抗がん剤を体内に入れてしまうと精子に傷がついてしまうため、やはり女性と同様に、がん治療前に妊孕性の温存をしておく必要があるのです。

■「冷凍保存した精子」を使うケースはまれ

基本的には精子の採取には手術も必要なく周期も関係ないため、最悪、抗がん剤をやる数分前に「ちょっとトイレで取ってきください」でも成り立ちます。逆を言えば、その一言を医師から伝えられなかったがために、手遅れになってしまうこともある。

ですから少しでも子供を考えている男性の方は、臆することなく主治医にその意思を伝えてください。最近では抗がん剤治療後でも初期の段階であれば温存可能という検証もあります。自己判断で諦めるのではなく、まずは相談してみてください。

心理士さんいわく、男性は女性に比べて「自分ならできる」「乗り越えられる」といった“自己効力感”が低い生き物なんだそうです。そこへがん治療によって射精障害や勃起障害になってしまうと、たとえ病気を克服できたとしても、その後の人生を諦めてしまう方が少なくない。

また妊孕性温存をした女性はなにがなんでもその卵を使おうとしますし、それを治療の励みにされる方が多いですが、精子の冷凍保存をした男性が実際にそれを使ったケースはまれで、自分に自信をもてないまま治療後の時間を過ごしている方が多いような気がします。

われわれとしても若年の男性がん患者さんがもっと恋愛や結婚、子作りに関して積極的になれるような支援ができないか、今動いているところです。

■ようやく若年層への支援が動き出した

――AYA世代(Adolescent and Young Adult/思春期・若年成人)への支援は多岐にわたることと思います。患者になると接することの多い「がん相談員」(※)の方も得意な分野や知識に偏りがあり、まだまだAYAがんに詳しい方が少ないように感じました。

※全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」のスタッフ。がん専門相談員としての研修を受け、がんの治療や療養生活についての質問に対応している

ひとつわれわれの大きな成果として昨年7月、がん診療連携拠点病院の指定要件に「AYA世代の対策」という文言が入りました。これによって、がん診療連携拠点病院を厚労省に推薦する立場である都道府県の自治体が今、AYAがん対策をはじめています。

どうやって生殖医療医とがん治療医の連携をはかるのか、就労・進学の支援をどうするのか、今ようやく動き出したところですので、がん相談員の方の体制を含め、環境が整うまでにはもう少し時間がかかるかもしれません。

■経済格差、地域格差、施設内格差という課題

妊孕性温存にはお金がかかります。男性の精子冷凍保存なら多くは数万円、女性の場合は、数十万円の費用がかかるので、経済的問題で妊孕性温存ができない患者さんもいます。こういった経済格差の問題に加え、大都市に比べるとどうしても地方はまだ教育体制が十分でない病院も多く、妊孕性温存に関するAYAがん対策には地域格差の問題もあります。

そして消化器や脳神経外科、整形外科といった若年患者の少ない科や腫瘍医の少ない診療科では、妊孕性温存についての情報がどうしても後回しにされがちで、施設内でも格差が出てしまう。まだまだ課題はたくさんあるんです。

とはいえ患者さん側も、「先生が妊孕性温存の話をしてくれなかったから知らない」「治療は医者にお任せでわからない」ではなく、自ら正しい知識・情報を得ることも必要です。国民全体が妊孕性のことなどを正しく理解することが、AYA世代のフォローには重要でしょう。

■凍結した精子や卵子は闘病の“希望”

聖マリアンナ医科大学の鈴木直教授(撮影=プレジデントオンライン編集部)

日本の生殖医療・不妊治療は世界でも有数の技術を持っています。その技術は、小児・AYAがん患者の妊孕性温存にも活かされるべきものです。国は、不妊治療に悩む人のために、素晴らしい助成金制度を作りました。それに加えて必要なのは、小児・AYAがん患者への妊孕性温存の助成ではないでしょうか。滋賀県や京都府など、自治体によってはすでに助成制度を整えてくれていますが、本来は国がフォローすべきことだと思います。

今もその予算を充ててもらえないか厚労省に訴えているところですが、ある職員から、「国税を使って凍結したがん患者の卵子や精子が将来的に使われなかったら、そのお金は誰が返すのか」と問われたことがあります。

妊孕性温存に踏み切ったがん患者がどれほど存在し、実際に凍結した卵子や精子を使って妊娠・出産した人がどれほどいるのか、まだデータが出ていないのでわかりません。もしかしたら、全然使われていないかもしれません。でも私は、その時がんと闘うために必要だったのなら、それでいいと思うんです。希望を持って闘ったという“希望”は、数字には表せませんから。

正しい知識と情報を適切なタイミングで知り、自分で納得できる決断をする――。若年がん患者さんのすべてが“セルフ・デシジョンメイキング(自己決定)”を成し遂げられるよう、社会全体でサポートしてほしいです。

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鈴木直(すずき・なお)
聖マリアンナ医科大学 産婦人科学 教授
1990年慶應義塾大学医学部卒業、慶應義塾大学医学部産婦人科入局。1993年慶應義塾大学大学院(医学研究科外科系専攻)入学(指導:野澤志朗教授)。1996年~1998年9月米国カリフォルニア州バーナム研究所留学。1997年慶應義塾大学大学院(医学研究科外科系専攻)博士課程修了。2000年慶應義塾大学助手(医学部産婦人科学)、同産婦人科診療医長を兼ねる。2005年聖マリアンナ医科大学講師。2009年聖マリアンナ医科大学准教授。2011年聖マリアンナ医科大学教授(婦人科部長)。2012年聖マリアンナ医科大学教授(産婦人科学講座代表)。

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(聖マリアンナ医科大学 産婦人科学 教授 鈴木 直 聞き手・構成=小泉なつみ 写真=iStock.com)

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