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保育園通いはお母さんの幸福度を確実に上げる

プレジデントオンライン / 2019年9月25日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

※本稿は、山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■子どもを叩いてはいけない、たった一つの理由

保育園通いの効果を理解するためには、子どもだけでなく、お母さんの変化にも注目する必要があります。お母さんに注目するのは、やはり、子どもとの距離が最も近く、影響力が最も大きいと考えられるためです。

お母さんと子どもの関係を知るために、お母さんの子どもに対するしつけのしかたを見ていきます。子どもが3歳半時点で行われた調査では、子どもが悪いことをしたときにどのように対応するのか質問しています。具体的には、以下の五つの質問に対して、「よくする」「ときどきする」「まったくしない」のどれに当てはまるかで答えてもらいます。

1 言葉でいけない理由を説明する
2 理由を説明しないで「だめ」、「いけない」としかる
3 おしりをたたくなどの行為をする
4 子どものしたことを無視して悪いことに気づかせる
5 外に出す・押し入れに閉じ込める

これらの中で、最も望ましいと考えられているのは、1の「言葉でいけない理由を説明する」で、逆に最も望ましくないとされているのは、3の「おしりをたたくなどの行為をする」です。

なぜ体罰は良くないと考えられているのでしょうか。それは、親が体罰を行うことで、自分の葛藤や問題を暴力によって解決してよいという誤ったメッセージを伝えることになってしまうためだと考えられています。ある日本の研究では、幼児期に親に体罰を受けた子どもは、ほかの子どもに乱暴しがちで、問題行動を起こしやすくなる傾向があることを明らかにしています。

■実践するためには大変な根気がいるが……

「体罰は避けて、言葉できちんと説明すべきである」というしつけの原則は、ここで教えられなくても知っているよ、というお父さん、お母さんも多いことでしょう。しかし、これを実践するためには大変な根気がいるのもたしかです。

3歳ぐらいまでの子どもがわかるように言葉で説明すること自体大変ですし、親目線で見れば、何度説明しても子どもはちっとも行動を改めないように見えます。そもそも大人だって、一度言われたぐらいで行動を改められないのですから、子どもが特別悪いわけではないのですが、説明するほうのストレスが溜まるのもたしかです。時には感情を爆発させてしまうこともあるでしょう。もちろん私自身、そういう親の一人です。

あくまで個人的な経験に過ぎませんが、息子がかなり小さい間は、体罰とは忍耐をもって避けるべきものでしたが、幼稚園に通う頃になると、体罰は諦めざるを得ないものになりました。どんどん体が大きくなって、力もついてくると、子どもを力で押さえつけるなんて、早晩、私にはできなくなると悟ったのです。腕っぷしに自信がないという、なんだか後ろ向きな理由ですが、少しずつ言っていることが伝わっている実感がでてくると、子育てがぐっと楽しくなったのもたしかです。

また、思わぬ副作用として、息子を言葉で言い聞かせようとしているうちに、自己評価ながら、授業で学生に対する説明のしかたがうまくなったと思います。仕事をされているお父さん、お母さんも、子育てが仕事でのスキルアップにつながることもあるかもしれません。そう考えると、ほんの少しだけ気持ちが楽にならないでしょうか。

■母親のしつけの質は、学歴で大きな差がある

調査では、子育てについてのストレスも調べています。「子育てによる体の疲れが大きい」「自分の自由な時間が持てない」など全部で18項目について、当てはまるかどうかを回答してもらい、その回答を統計的に処理することで、子育てストレスの指標を作成しました。

また、子育てからくる主観的幸福度は、「家族の結びつきが深まった」「子どもとのふれあいが楽しい」など全8項目の質問について、当てはまるかどうかを回答してもらい、そこから統計的処理を経て、幸福度についての指標を作成しました。

図表1は、これらの指標を示したものです。子どもの発達指標同様、平均0、標準偏差が1になるように作成しています。しつけの質は、お母さんが4大卒以上である場合、0.23とプラスの大きな値になっています。お母さんが高校を卒業していない場合には、マイナス0.25とマイナスの大きな値です。両者の差は標準偏差でおよそ0.5、偏差値で言うなら5違うわけですから、お母さんのしつけの質には、その学歴によって大きな差があると言えます。

■学歴が高いほうが子育ての幸福度は高くなる

真ん中のグラフは子育てストレスです。お母さんが4大卒以上であれば0.04、高校を卒業していなければ0.07ですから、どちらも平均より強いストレスだと言えますが、数字自体は小さなものです。

一番下のグラフは、幸福度を示しています。お母さんが4大卒以上であれば0.13、高校を卒業していないならばマイナス0.18ということで、学歴が高いほうが幸福度も高くなっています。その差も、小さくはありません。

子どもの発達だけでなく、お母さんのしつけの質や幸福度も、学歴間で大きな違いがあることが明らかになりました。

■保育園通いの効果の正しい測り方

こうして作られた子どもの発達や、しつけの質、お母さんのストレスと幸福度といった指標が、保育園通いをすることで、どう変化するのかを測るのが研究の目的です。真っ先に思いつくやり方は、保育園に通っている子どもと、通っていない子どもとの比較ですが、実はこのやり方では、保育園通いの効果を正しく測ることができません。

なぜかというと、保育園に通う前の段階で、両者は、発達状態や家庭環境がさまざまに異なっている可能性があるためです。したがって、保育園に通っている子どものほうが、通っていない子どもより発達が進んでいたとしても、それが、もともとあった家庭環境の違いを反映したものなのか、保育園通いの効果なのか、区別がつかないのです。

実際、保育園を利用している家庭のお母さんの学歴は、保育園を利用していない家庭と比べると高めです。逆に、お父さんの学歴を見ると、保育園を利用していない家庭のほうが高い傾向があります。このように、保育園利用の有無に応じて家庭環境が異なる可能性が高いため、単純に保育園の利用の有無だけに基づいて子どもを比べても、保育園通いの効果はわかりません。

私たちは、保育園を利用する家庭と、利用していない家庭のさまざまな違いを統計学的に補正した上で、両者を比較することで、保育園利用の効果を測定しています。

■保育園通いで子どもはどう変わる?

では、保育園通いが子どもの発達に及ぼす影響を見てみましょう。

図表2では、保育園通いの効果を、母親の学歴別に表示しています。言語発達については、母親の学歴によらず、保育園通いによって0.6から0.7程度改善しています。これは偏差値換算で6から7ですから、大きな伸びです。

真ん中のグラフは多動性指標に対する効果を示しています。お母さんの学歴によらず、多動性が減少していますが、特に効果があったのは、お母さんが高校を卒業していない場合です。

一番下のグラフは攻撃性指標に対する効果です。お母さんが4大卒以上であれば、ほとんど効果はありませんが、お母さんが高校を卒業していないと、子どもの攻撃性がマイナス0.43と大きく減少しています。

保育園通いは、特定の家庭環境の子どもの多動性・攻撃性といった行動面を大きく改善させることが明らかになったのです。

■保育園通いは親も育てる

続いて、保育園通いがお母さんに及ぼす影響についても見てみましょう。図表3は、お母さんのしつけの質、ストレス、そして幸福度に対する保育園通いの影響を示しています。

一番上のグラフによると、4大卒のお母さんのしつけの質に対する影響はほぼありません。一方、高校を卒業していないお母さんを見ると、効果量は0.58と、大幅にしつけの質が改善されていることがわかります。

真ん中のグラフは、子育てストレスに対する影響です。ここでも4大卒のお母さんに対する影響はほとんどありません。一方、高校を卒業していないお母さんの子育てストレスを0.63も減らしています。

そして一番下のグラフが示しているのは、幸福度に対する影響です。4大卒のお母さんに対する影響はないものの、高校を卒業していないお母さんの幸福度を0.54とやはり大幅に改善しています。

働きやすさを除くと、お母さんに対する影響というのは、政策議論ではもちろん、学術研究においてもあまり注意が払われてきませんでしたが、私たちの分析では、お母さんに対しても非常に好ましい影響があることがわかりました。

■「子ども好き」でも24時間一緒はストレス

なぜ、特定の家庭環境の子どもの多動性・攻撃性が減少し、行動面で大きな改善が見られるのでしょうか。

まず考えられるのは、保育園で行っている教育の質が高いということです。保育士さんは訓練を受け、経験も積んだ専門家です。すでに見たとおり、高校を卒業していないお母さんの家庭では、しつけの質が低くなってしまう傾向があるため、保育園で過ごすことで子どもにとっての環境が大幅に改善されます。これが最終的には、子どもの行動面の改善につながったのでしょう。

もう一つ考えられるのは、お母さんのしつけの質の改善を通じた間接的な影響です。イクメンが増えたといっても、やはり子育てはお母さんの仕事とみなされがちです。子どもが保育園に通っていない場合、お母さんが四六時中子どもの世話をすることになりますが、いくら子ども好きでも24時間一緒にいると大きなストレスになりえます。もちろん、保育園を利用するということは、お母さんは外で働かなければならないのですが、それを考慮に入れても、子育てストレスが下がる可能性があります。

■体罰や虐待の抑止力になる

また、外で働くということは、当然、家庭としては収入が増えるということです。お金だけで家族が幸せになれるわけではありませんが、お金があることで避けられる面倒や悩みは少なくありません。そのため、保育園を利用することで、お母さんの金銭的な悩みとそこから生じるストレスが軽減されると考えられます。

山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)

こうした変化が、お母さんのストレス減少、幸福度アップとしてデータに表れているのではないでしょうか。

お母さんの精神面が安定すると、母子関係が良好になるので、子どもを叩いてしつけるといった好ましくない行動が避けられるようになります。子どもを叩いてはいけないと頭ではわかっていても、イライラしていると自分自身をうまくコントロールできなくなってしまうのは誰にでもあることです。

また、子どもが保育園に通うことで、保育士さんのような家族以外の人の目に触れるようになります。子どもの体を見たり、話をしたりすることで、保育士さんは子どもが叩かれていることを知りえます。子どもが叩かれていることがわかれば、保育士さんは親に適切な指導をしたり、児童相談所と連携したりすることもでき、体罰や虐待の抑止力になるということも考えられます。

■保育園は「家族の幸せ」に貢献している

お母さんのしつけの質の向上がデータに表れているのは、こうした経緯によるのではないでしょうか。

お母さんのしつけの質が良くなれば、子どもの精神状態が安定しますし、問題を暴力によって解決しようということもなくなります。その結果、子どもの多動性・攻撃性が減って、行動面が改善されたのではないかというのが、私の考えです。

ここで説明した、子どもの行動面が改善される仕組みは、データ分析の結果と整合的ですが、まだまだ明らかになっていない部分も多く、さらなる研究が必要です。

この研究一つをもって、日本の保育制度の評価を下せるわけではありませんが、保育園は、「家族の幸せ」に貢献しているかもしれないというのは、希望のある結果ではないでしょうか。

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山口 慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授
1999年慶應義塾大学商学部卒業。2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士(Ph.D)取得。カナダ・マクマスター大学助教授、准教授を経て、2017年より現職。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。

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(東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授 山口 慎太郎)

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