30代後半「卵子凍結」はまだ間に合うか
プレジデントオンライン / 2019年9月13日 6時15分
■卵子凍結とはどんな技術なのか
卵子凍結とは、将来の体外受精を見据えて未受精卵を凍結する技術。もともとは、抗がん剤治療や放射線療法を受ける若年女性患者に対し、生殖細胞への影響を避けるために行われてきた医療です。
この技術が一般に認知され始めたのは、今から5〜6年前にさかのぼります。2013年、日本生殖医学会がガイドラインを正式決定。健康な未婚女性が将来の妊娠に備えて卵子凍結を行うことが認められました。
「妊娠率を左右するのは、卵子の質。卵子は年齢とともに老化するため、35歳を過ぎると妊娠率は下降線をたどります。卵子凍結は、この老化リスクに備えることができる画期的な技術だと話題になりました。30歳の時に卵子凍結をしておけば、40歳で体外受精をする場合にも、30歳相当の妊娠率が期待できるのです」と月花さん。
■卵子凍結の最大の弱点とは
多くのメディアで取り上げられ、一般的な選択肢として広まっていくと予想するむきも強かったといいます。
「ところが、予想に反して卵子凍結はあまり広がりをみせませんでした。不妊治療専門クリニックのなかでも、実施の中止を決めたところも少なくありません。その大きな理由は、まだ技術の精度が高いとは言いがたいこと。若いうちに卵子を凍結しておいたから安心、と言えるほどのものではないんです」。
卵子凍結の最大の弱点は、融解する時の壊れやすさ。なんと40〜70%が変性し、使えなくなってしまうといいます。
「受精卵の場合は、凍結してもほぼ壊れることはないんです。でも、卵子だけだと、約半数は融解時にダメになってしまう。これは、卵子が受精卵に比べて構造的に弱いためで、採卵時の年齢は関係ありません。20歳の時の凍結卵子でも、40歳の時の凍結卵子でも、融解する時の変性リスクは変わらないのです。それに採卵時の年齢に応じた妊娠率が掛け合わさります」
■10個凍結するのにかかる費用は……
そのため、卵子凍結をする際には、ある程度まとまった数を凍結しておく必要があります。月花先生は、10個以上の単位で保存しておくのが本来は望ましい、と語ります。
たくさんの卵をとるためには、何度か採卵が必要になることも。採卵に関する費用は施設によっても異なりますが、1回あたり20〜40万円ほどが一般的。
さらに、凍結保存の期間には、維持費もかかります。10個の卵子を保存する場合、維持費の目安は、1年間で約25万円。使うタイミングが延びれば、それだけ維持費もかかることになります。
「さらに融解時に生き残った卵子も、100%受精できるとは限りません。受精率はだいたい7割くらい。無事に着床したあとも、流産率は採卵した時の卵子の年齢相当です。10個凍結しても、赤ちゃんになるのは1〜2個、という計算になります」
■何歳までに凍結すべきか
月花さんが勤務する都内の不妊治療クリニックでは、原則的には卵子凍結ができるのは40歳まで、保存期間は45歳まで、と定めているといいます。
「法律で決められているものではなく、クリニックの治療方針によるものです。私は、妊娠率や流産率を考えるなら、35歳前後までに行うのが理想かな、と思っています。ただ、実際には38〜39歳くらいの方が多いですね。ほとんどは未婚の方です。パートナーはいるけれど妊娠はもう少し先にしたい、という希望がある方には、受精卵の状態で凍結することをおすすめしています」
ただ、未受精卵の凍結を行っている月花さんのクリニックでも、受精卵の凍結に比べると件数は非常に少ないといいます。
「多くは体外受精のために受精卵にまでしたあと、凍結します。未受精卵で凍結保存するのは、私が勤務する施設では全体の1〜2%にも満たないですね。さらに、保存した卵子を融解して体外受精を試みる方は、1年に1〜2人いらっしゃるかどうか。凍結卵を持っている方のうち、半分ほどの方は使うことがない、という印象です」
■なぜ凍結卵を“使わない”のか
凍結卵があっても、いざ妊活をするとなると、タイミング療法や人工授精からスタートする、あるいは新たに採卵をして体外受精をする人のほうが多いのだそう。
「凍結卵は、安心のため、と考えていらっしゃるのかもしれませんね。凍結卵を先に使ってしまうより、まずは現時点の卵子で妊活をしてみようと。最後の切り札として若い時に採卵した凍結卵がある、ということがひとつの安心となっているのかもしれません」
若いうちに卵子を凍結保存して眠らせ、妊娠できる状況がそろったときに使う。卵子の老化に対抗できるタイムスリップのような技術ですが、実際にはハードルもたくさんあるようです。
月花先生も「卵子凍結より、はやく妊活、不妊治療をスタートさせるほうが現実的」と指摘します。それでも、特徴をしっかり理解したうえでやると決めたなら、早めが吉! 気になる方は、専門クリニックに相談してみるのもいいでしょう。
(日本産科婦人科学会産婦人科専門医 月花 瑶子 文=浦上 藍子 写真=iStock.com)
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