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香港デモに油を注ぐ「習近平」vs「上海閥」の暗闘

プレジデントオンライン / 2019年9月26日 19時15分

林鄭行政長官や李公安局長の顔を描いたプラカードを掲げて、逃亡犯条例改正案に抗議するデモ隊(香港、2019年6月9日) - 写真=AFP/時事通信フォト

収まる気配を見せない香港の抗議デモ。その裏にはなにがあるのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「暴力的な独裁政権と非力な民主抵抗勢力という構図は間違いだ。背景には中国国内の権力争いが影響している」と指摘する――。(第1回、全4回)

■怒れる香港の若者たち

2019年6月から本格化した逃亡犯条例改正案にまつわる一連の香港の騒動が今、大きな岐路に立っている。

9月4日、香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏は「逃亡犯条例改正案の撤廃」を発表したが、抗議運動を主導する一部の人々は、まだまだ引かない構えを維持している。一連の抗議運動では、香港警察が地元マフィア集団による民主化運動支持者の襲撃を黙認し、一方ではデモ隊の中で「勇武派」と呼ばれる暴力的なグループが街を破壊し、さらなる騒擾(そうじょう)を引き起こしている。

こうした混乱から、やがて中国人民武装警察隊や人民解放軍が鎮圧に乗り出すのではという懸念も広がっているが、香港の若者たちの爆発的な怒りの背景には、彼らが抱くいくつかの強い鬱憤(うっぷん)がある。その一つが、異常な不動産価格と住宅不足である。

どれだけ高学歴を得て毎日懸命に働いても、一般的な若者が香港で広めのマンションに住むことなどほぼ不可能だ。もともと香港の面積が小さいということもあるが、一方で政府の土地管理政策がいびつであり(香港で住宅地として開発されているのは全面積の24%にすぎない)、加えてほんの一握りの大富豪たちが、時に腐敗した香港政府の役人とつるんで限られた土地の多くを所有し、それらを離さないことが原因だ。ある調査によると、香港で自宅を保有している市民は全体の半数しかいないという(フォーブス、2015年4月3日)。

■条例改正案の何が問題なのか

そんな若者にとってのもう一つの不安材料が、大陸からの圧力によって急速に中国化し、自由を失っていく香港社会の現状であろう。

香港では近年、地元メディア関係者が次々と襲われる事件も起きている。2014年1月には香港の主要紙『明報』の男性編集長が突如解任され、親中派の人物が後任として編集長ポストに就いたが、この翌月には元編集長が白昼に2人組の男に刃物で襲われて重傷を負うという事件が発生した。

また、さらにその翌月には『香港晨報』の幹部2人が鉄パイプを持った4人組に襲撃された。被害者らはいずれも、大陸の政策に批判的な人々であった。そのほかにも、習政権に批判的な書籍を扱う書店の関係者5人が相次いで失踪し、中国側に拘束される事件など、香港の言論の自由を標的とした攻撃は後を絶たない。

これらの事件の背後には中国政府の本音があると感じた香港市民は多いが、そこに降りかかってきたのが、共産党政権からの要請があれば、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能とする今回の逃亡犯条例改正案であった。

この法案を提出したのは、大陸寄りとみられている香港公安局の李家超(ジョン・リー)局長であるが、こんなことがまかり通れば、香港人がこれまで享受してきた自由や権利が大きく奪われてしまい、中国政府が約束した一国二制度が崩れ去るのは時間の問題になる。

このことが、すでに香港の現状や将来に大きな不満や不安を抱いていた若者の怒りを爆発させたのだろう。そして、彼らがそんな不満や不安を共有していたからこそ、カリスマ性を持つリーダーが不在であっても、多くのデモ隊が各地でさまざまな抗議活動を延々と継続し得たと考えられる。

そんな彼らのデモが時にさらに激しい抗議活動にまで発展したのは、本来なら香港市民を守るはずの警察が、逆にデモ隊に対してかなり苛烈(かれつ)な実力行使をしたことに対する強い失望と怒りが広く共有されたからでもある。事実、香港警察に対する怒りは相当に激しいようだ。

■香港市民の怒りを利用する上海閥

無論、この条例改正案を入れられて困るのは、何も香港の一般市民だけではない。改正案には「外国人」も含まれるため、米英政府や欧州連合も懸念を示した。

一方で、こんな香港市民の激しい抗議活動を利用して、北京の習近平政権に対抗しようと考える「抵抗勢力」もある。それが、習近平政権と激しい闘争を繰り返してきた、江沢民元国家主席が率いる一派「上海閥」である。ここに今回の混乱の根深さがある(詳細は拙稿「トランプと金正恩はなぜ奇妙に仲がいいか」を参照)。

中国本土との犯罪人引き渡し協定がない香港は長年、習近平政権の標的となった上海閥に近い多くの富豪たちが逃げ込む「安全地帯」と化していた。習政権からすれば、逃亡犯条例改正案の成立は、こんな香港にたむろする「上海閥の下手人たち」を一網打尽にし、その経済基盤を一気に破壊することにもつながる。

そんな習政権に対し、上海閥が徹底抗戦するのもまた当然の流れであろう。事実、2014年の雨傘運動の時点で、江沢民一派が背後で運動を支援しているといううわさはあったし、今回の一連の抗議デモにも江沢民系の組織が関与しているのではとする指摘もある(台灣英文新聞2019年7月9日 "Former China leader Jiang Zemin and supporters in Chairman Xi's sights")。

つまり、怒れる香港市民は、中国の一党独裁を嫌い、自分たちの自由と民主主義の維持を望んで立ち上がったわけだが、上海閥は自らの生き残りのためにそれを利用している、というわけだ。

■有力者が相次いで失脚、失踪

そんな上海閥は近年、習政権による「反腐敗運動」という名の猛烈な粛清を受けて、急速にその勢力を衰えさせている。

例えば、2007年にわずか44歳で人民解放軍の少将に昇格した東部戦区の楊暉参謀長は、長らく軍の中にあって江沢民氏に忠誠を誓う親衛隊のような立場を維持し、習近平政権への抵抗勢力を形成していたと言われているが、2018年8月になって突如として失脚した。

その翌月には、かつて上海閥の重鎮であった周永康氏(無期懲役刑で服役中)の人脈につながる国際刑事警察機構(ICPO)の孟宏偉総裁が、一時帰国していた中国国内で突然失踪。翌月には中国当局による取り調べを受けていることが明らかになり、2019年3月には共産党の党籍を剥奪され、刑事訴追されることが決まった。

■ホテルの一室から姿を消した大富豪

狙われているのは官僚たちだけではない。上海閥と親しい富豪もまた、次々に災難に遭っている。

2014年、香港に本社を置く中国の政府系コングロマリット「華潤集団」の宋林董事長が、突然巨額の汚職容疑で失脚した。宋林氏は上海閥人脈に連なっており、習近平氏ににらまれてのことであった。

また2017年1月には、中国の若き大富豪・蕭建華氏が、滞在していた香港のフォーシーズンズホテルの一室から姿を消すという事件が発生した。上海閥人脈のマネーロンダリング(資金洗浄)を担当していたと考えられる同氏を拉致したのは、中国政府の情報部員らであったようだが、今日に至るまでその消息は明らかになっていない。

今回の逃亡犯条例の改正案は、こんな水面下での激しい戦いが続く中で、突如浮上してきたのである。

このようにして見ると、今回の香港における混乱の背後にあるのが、「暴力的な習近平独裁政権」対「非力な民主抵抗勢力」という単純なストーリーだけではないことだけは理解しておいた方がよさそうだ。(続く)

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)

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