ビリー・ジョエルの曲が心を掴む「本当の理由」
プレジデントオンライン / 2019年10月11日 6時15分
※本稿は、フレッド・シュルアーズ著、斎藤栄一郎訳・構成『イノセントマン ビリージョエル100時間インタヴューズ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■稼いでいるはずなのに、カネに困っていた
70年代から80年代にかけて数々のヒット曲を生み出し、世界的な人気を誇っていたビリー・ジョエル。音楽では抜群の才能を発揮したものの、カネやビジネスに関してはズブの素人だった。おまけにお人好しで、人を疑わない性格のために、何度も痛い目に遭っている。
すでに何曲もヒットを送り出し、世界的に不動の地位を確立していたビリーは、文字どおりアメリカンドリームを体現したといってもいい状態だったが、1988年にCBS社長のウォルター・イェットニーコフと会食した際、ビリーが口にした悩みにウォルターは衝撃を受けたという。
「ビリーはニューヨークにあるアパートを400万ドル(現在のレートで4億円強)ほどで(ミュージシャンの)スティングに売却しようとしていました。代わりに郊外にある家を手に入れたいと言っていました。(彼にしてみれば)それほど高額ではなくて1000万ドル(10億円)くらいだったと思います。『スティングにアパートを買ってもらえないと、こっちの家の契約が結べない』と言うので、『おいおい、スティングからカネが入ってこないと、新しい家が買えないというのか? だいたい、君には5000万ドル(50億円)くらいの現金があるはずだ。いったいどうしたんだ。何かおかしいぞ。会計監査を入れて調べたほうがいい。君がカネに困っているはずがないんだ』と言ったんですよ。でも彼はのらりくらりとしていて、(当時の金庫番・マネジャーの)フランクを信用しているとの一点張りでね…」
■ビリー「僕は人を信用しやすいんです」
のちにビリーはそのフランクに騙されていたことを知り、愕然とする。
「僕は人を信用しやすいんです。疑うことよりも信頼を取ってしまうんです。そういう性格なんですよ。でもこの歳になってようやく世の中を斜に構えて見るようになりました」
このときビリー、40歳。
なるほど、名曲『素顔のままで』では
僕が君を信じているように
と切々と問いかけている。自分が信じれば、相手も信じてくれるはず。そう考えるのがビリーなのだ。
だが、それゆえに、彼の人生を見ると、あきれるほど騙され続けている。76年に妻のエリザベスがマネジャーに就任し、公私ともにビリーの手綱を握るようになる。ビジネス交渉に長けていたエリザベスは大手レコード会社を相手に好条件を見事に引き出してビリーの活躍を支えるなど、実に頼もしい存在だった。エリザベスにマネジャーを任せてから実現した最大の収穫を挙げるとすれば、コロムビア・レコードの新たなトップ、ウォルター・イェットニーコフとのパイプを作ったことだろう。
■強権を振るう妻も「僕にとっては普通の女」
だが、ビリーの躍進と歩調を合わせるように強権を振るうようになって、ビリーに疎まれるようになったことは前回の記事のとおりだ。やがて2人の関係がギクシャクし始める。ビリーはロックスターのように振る舞うことはどうしてもできなかったが、逆にエリザベスはそういう生活が肌に合っていたようだ。
周囲がエリザベスを批判する陰口をきくようになっても、ビリーはエリザベスを信じたい気持ちが残っていた。
『シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン』で
君に見せたいものしか見せようとしない
と批判的に書いてはいるが、それでも
と擁護している。ここでいう「君」とはスタッフなど周囲の人々で、「僕」がビリーを指していると本人が説明している。つまり、周りには悪女に見せても、僕にはごく普通の女と擁護しているのだ。
■離婚後は「元妻の実弟」を金庫番に
ところがそんなビリーの気持ちとは裏腹に、エリザベスとの関係は悪化するばかり。名声と信用とカネの分け前はきっちりもらう権利があると主張するエリザベスの考えを実感する場面もあった。現に、彼女は何かあったら財産を半々に分け合うために、あらゆる機会を見逃さなかった。ビリーが締結する契約の条件に始まり、彼自身の社会保障内容に至るまで、いざというときの分け前が変わってくるからだ。
そのうえ、エリザベスがビリーのマネジメントの手数料まで取り始め、資産の半分を自分のものにしたばかりか、売り上げのかなりの部分も持っていく状態になってようやくビリーも腹を決め、70年代末、ついにエリザベスとの離婚に踏み切る。ビリーはマネジャー兼金庫番をエリザベスの実弟フランクに任せる。
「エリザベスと別れた後で義理の弟を金庫番に雇ったのは不思議だとよく言われました。でも彼は僕のことを気遣って、実姉に反対する立場を取ってくれたんです。後から思えば馬鹿な判断だったんですが」
■カジノ、競馬、投資に使い込まれたカネ
82年にビリーは大きなバイク事故を起こし、入院する。ある日、エリザベスが弁護士とともに病室に訪れ、書類を差し出してサインしてくれという。ビリーによれば、すべてをエリザベスに譲渡し、彼女の管理下に置くことを求める内容だった。
「『ふざけるな、今、僕は入院しているんだ。うわべだけ悲しそうな表情を浮かべておきながら、僕から徹底的に搾り取るような契約書を持ってきているじゃないか。弁護士と連れ立ってくれば、僕がすべての権利を明け渡すとでも思っているのか』って言ってやったんです。僕だって底抜けの馬鹿じゃない。僕が知識の面で彼女にはかないっこないから、僕が全部の権利を明け渡すとでも思ったんでしょうね。こんな仕打ち、入院している患者にしませんよ、普通は。あいた口がふさがらなかったですね」
エリザベスには愛想を尽かしたが、その弟フランクには恩義を感じていた。ところが、そのフランクはエリザベス以上にとんでもない輩だった。ビリーのカネでカジノや競馬にのめり込んでいて、サラブレッド数頭のオーナーにもなっていたのだが、ビリーは使い込みに気づけなかった。しかも、ビリーに節税策として石油やガス、不動産への投資を持ちかけ、裏で儲けていたのもフランクだ。
■フランクのことを盲目的に信じ込んでいた
「僕に何がわかります?『彼はビジネスマンだからこういうことに詳しいのだろう』と思うしかないですよ」とビリー。
だが、早くからフランクの胡散臭さに気づいていた1人が、当時の妻クリスティだ。
「ビリーは他人を悪く見ることが大嫌いで、自分が相手を大切に扱えば、相手も自分を大切に扱ってくれるはずと考えるタイプなんです。だからフランクが本当に誠実な人間かどうかなんて調べる気もなかったんだと思います。この男が自分を傷つけるようなことをするわけがないと盲目的に信じ込んでいたんです。でも、私たちが普通の飛行機で移動しているのに、フランクはいつもプライベートジェットだったり。競走馬で儲けが出たらフランクが独り占め。馬が故障したら費用はビリー持ち。ビリーに『あの男は信用できない。とてもあなたのためを思って動いているとは思えない』って言ったんです。そうしたらビリーは、『おいおい、君よりずっと長い付き合いがあるんだよ。彼の悪口を言うなよ』と」
84年、突如、税務当局から550万ドル(約5億5000万円)の追徴金通知が送られてきた。税金の問題は任せておけというフランクの言葉を信じ込んでいたビリーには寝耳に水。税務当局とのトラブルに加え、フランクが設定していた節税策が税逃れの疑いで捜査対象になり、事態は余計にややこしくなった。
ようやく目が覚めたビリーは、自ら実態の調査に乗り出し、胡散臭い会社や投資の失敗、詐欺などが次々に明るみに出て、フランクにはめられていたことが判明する。
■顧問弁護士までグルになっていた
86年発表のアルバム『ザ・ブリッジ』に、フランクへの怒りをぶつけた『ゲッティング・クローサー』(Getting Closer)という曲がある。
「あの歌詞をフランクが見たら相当ビクビクしたはずですよ。何しろその後に待ち受けていた訴訟を予告した歌でしたからね。『まだ何ひとつ手をつけてないけれど、すぐそっちに行くからな』っていう内容でね」
僕は無実だ
詐欺師どもとその手先たち
奴らにカモにされたんだ
どこぞの“センセイ”たちにボラれたものは
言い尽くせない
契約だから守ったけれど
夢はあきらめなかった
実際、翌89年、3000万ドルを着服していた疑いでフランクを提訴した。3000万ドルの賠償に加え、懲罰的損害賠償として6000万ドルも請求した。つまり円換算で100億円以上の途方もない額だ。歌手が元マネジャーに賠償を求めた訴訟としては最高額だった。
フランクが食いつぶした財産をまた一から作っていかなければならないと悟り、ビリーの怒りは頂点に達した。つまりは毎月毎月ツアーをこなすのだから、まもなく4歳の誕生日を迎えようとしていた愛娘のアレクサと離れ離れになるわけだ。フランクのずさんなマネジメントの件だけでもうんざりなのに、味方のはずの顧問弁護士まで告訴せざるを得ない状況に陥っていた。
法律事務所もフランクの不正に目をつぶっていたからだ。それもそのはずで、顧問契約(1981年の顧問契約料は75万ドル以上)を継続してもらう見返りとして、フランクの経営する企業にリベートを渡していたのだ。フランクがビリーの資金30万ドルをCBS幹部にこっそり貸し付けた際にも、法律事務所は見て見ぬふりをしていた。
■怒り、苦痛、混乱を形にしたアルバム
プライベートとビジネスの両面での人間関係に関するゴタゴタを象徴するのが、アルバム『ストーム・フロント』だ。
「当時の生活には怒りやフラストレーション、苦痛、混乱が立ち込めていて、これを形にしたアルバムだと思います」
ビリーが『ストーム・フロント』を完成させた当時、どの曲がヒットするのか見当もつかなかったという。ビリーにとって、金銭面と裁判の件で頭がいっぱいで、チャートどころではなかった。だが、蓋を開けてみれば、『ストーム・フロント』は、ビリーが音楽のセールス面で盤石の地位を築いたことを示す新たな証左だった。1989年9月から1991年1月までの間に同アルバムからシングルカットされた7曲すべてが、順位はさまざまだが『ビルボード』のチャートに入っている。また、アルバム自体もチャートに入り、一時はミリ・ヴァニリを首位から引き摺り下ろすほどの勢いを見せた。
■公私ともに人間関係への期待が打ち砕かれた
1990年3月、偽融資の返済名目でフランクが200万ドルを懐に入れていた件で、フランクに弁済を求める判決を州裁判所が下した。
ところがフランクが破産を申し立てたことからビリーに支払われた額はわずか10分の1程度にとどまった。金銭面の損失を懸命に取り返すだけでなく、人間関係の裏切り、傷ついた友情、冷めかけた結婚生活という心のしこり、それでもまだ子育てに関われるのではないかという期待が交錯する一方、一刻も早くツアーをこなさなければならず、これから逃げるわけにもいかない。さまざまなインタビューや証言、裁判書類に見られるビリーの言葉を丹念に見ていくと、2度の結婚、仕事上のほぼすべての人間関係で次々に期待が打ち砕かれていったことがわかる。
続いてアルバム『リヴァー・オブ・ドリームス』をリリースする。
「途中までは、自分がどのくらいうんざりしているのかもわかりませんでした。その後、自分が書いてきた曲が怒り、苦悩、嘲り、皮肉、失望、幻滅だったとわかったんです。曲のつながりに注目してほしいんです。最初の曲は“肥溜め”みたいなもの。ナンセンスのかたまりです」とビリー。子供のころ、父親は感情の起伏のままに周囲を振り回していたのだが、その感情をそのまま表現したような曲だ。
■「ああいう声を再び出せるか自信がない」
「2曲めは徹底的な嘲り、完全な裏切り、傷心の歌です。曲の終わりに絶叫が入っているんですが、心が解放されて出たもので、ああいう声を再び出せるかどうか自信がありません」
この『グレート・ウォール・オブ・チャイナ』(The Great Wall of China)は、仮タイトルが『Frankie My Dear I Don’t Give A Damn(フランキーさんよ、屁とも思っちゃいないぜ)』で、それまで表向きは封印してきた怒りをぶちまけている。
王の手下も王の馬もみんな
昔みたいにアンタを手なづけることはできない
万里の長城まで行けたかもしれない
でももう過去の人
15年ほど後、サウサンプトンの日本料理店にオートバイで向かった。すると駐車場でフランクに出くわす。ビリーによれば、フランクはかなり困惑している様子だったという。
「たぶん僕が殴りかかってくるんじゃないかと思ったんでしょうね。それで『よう、フランク』って声をかけたんです」
フランクはおそるおそる「やあ」と返答した。ビリーが近況を尋ね、2人は握手した。
「僕にとっては、もう過去の話でね。『グレート・ウォール・オブ・チャイナ』の歌詞みたいな心境でしたよ」
■美しい光に包まれているのは「人を信じる」から
たくさん抱えているということは
それだけチャンスがあった証拠
正直に生きなきゃ未来はないよ
僕を殴りでもしたら君を恨むかもしれないけれど
ビリーの人間的なおもしろみを象徴するエピソードだ。3番目の妻、ケイティはこんなふうに説明している。
「あんなに寛容で情熱的な人間がほかにいますか。マネジャーに何百万ドルと横領されても、そのことを根に持ち続けることもなく、久々にその男に出くわしたら『こんにちは』と声をかけたくらいですよ。普通だったら、唾を吐きかけてやりたいでしょう? 彼は人の悪口を言いません。そういう人生観なんですよ。純粋な心の持ち主で、人を信じるんです。そこにつけこまれると、ああいう不幸なことになるんです。でも、だからこそ、彼が美しい光に包まれているんです」
(了)
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音楽専門誌『ローリングストーン』のライターとして、フリートウッドマック、ブルース・スプリングスティーン、ジャック・ニコルソン、シェリル・クロウ、マシュー・マコノヒー、トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズ、クリス・ロックなど、さまざまなミュージシャン、俳優の評伝を手がけている。ほかにも『プレミア』、『エンターテインメント・ウィークリー』、『メンズ・ジャーナル』、『GQ』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などにも寄稿多数。
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(ライター フレッド・シュルアーズ)
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