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異能の考古学者「丸山ゴンザレス」に学ぶべき点

プレジデントオンライン / 2019年10月21日 21時15分

「丸山ゴンザレス 地球のカオス展」の様子。丸山ゴンザレス氏の等身大パネルが出迎えてくれる。 - 撮影=井出 明

■なぜゴンザレスの担当回はあれほど面白かったのか

丸山ゴンザレスは異能の天才である。

その存在を世に知らしめたのはテレビ番組「クレイジージャーニー」(TBS系)だった。残念なことに番組は、ゴンザレスとは関係のない不祥事で突然終了してしまったが、この番組でゴンザレスは、ほぼ毎回、銃・売春・麻薬といった「都市の闇」を繰り返し報告していた。

「現地ルポ」を銘打った番組は数多くあるのに、なぜゴンザレスの担当回はあれほど面白いルポルタージュになったのか。筆者はその理由のひとつは、彼のバックグラウンドに「考古学」があるからだと考えている。

今回、彼は初めての展覧会「丸山ゴンザレス 地球のカオス展」(10月4日~10月22日)を東京・池袋のパルコミュージアムで開いた。そこには考古学者としての彼の素養が存分に発揮されている。この展覧会の解説を通じて、丸山ゴンザレスの魅力をお伝えしたい。

彼は、國學院大学大学院の修士課程で考古学を修めた後、出版社勤務を経て、フリーのジャーナリストとして独立している。このため「考古学者崩れジャーナリスト」と自称することもある。

読者諸氏は、考古学というと、映画『インディージョーンズ』のように、俗世を離れて研究に打ち込むというイメージを持っているかもしれない。しかし近年、考古学の役割は急速に拡大している。発掘調査によって新たにわかることがあれば、どんな時代であっても考古学の出番が来るといってもいいぐらいだ。

■確かなモノを発見することで「歴史論争」を回避する

一つ例を挙げてみよう。東村山市にある国立ハンセン病資料館では、証言や文献の他に、考古学的手法によって発掘されたハンセン病療養所にまつわるさまざまな資料が展示されている。日本のハンセン病療養所において、かつて患者に対する非人道的かつ差別的な待遇があったことは証言から確かであるが、物証があると後世への伝わり方が違ってくる。

このように現代の考古学の役割は、単に五千年前の遺跡を掘るだけではなく、茫漠とした情報を考古学と言う方法論によって確かなものにしていくことにも力点が置かれている。換言すれば、確かなモノを発見することで、模糊とした「歴史論争」を回避することができるのである。

■VTRへ意図的に「銃・売春・麻薬」のブツを入れる

「クレイジージャーニー」において、ゴンザレスの担当回が面白かったのも、彼が考古学の手法を使い、学問的に対象に接近したからだと考えられる。

彼は、銃密造でも麻薬売買でも、不確かなうわさ話をたくさん集めるのではなく、その存在を証明するためのブツ(物)を客観的に確認できるように、VTRへ意図的に残している。これによって視聴者は、「ヤラセ」では味わえない現代世界の緊張感を体験できるようになる。

これは、証言で実態に迫ろうとする社会学や、文献から事実を解き明かそうとする歴史学とは明らかに異なる手法であり、その学問的姿勢が視聴者の心に響いたのではないかと筆者は考えている。

写真提供=井出 明
ルーマニアの危険地帯「マンホールタウン」の入口を再現したコーナー。同じアングルで写真に収まる筆者。 - 写真提供=井出 明

■「見せ方」に工夫があり、「学芸員」としても超優秀

このような視点から今回の展示を見てみると、銃密造や麻薬売買のほかに、ルーマニアの「マンホール・チルドレン」と呼ばれる孤児たち、南アフリカの鉱山の違法操業、フィリピンのスラムにおける排泄物の劣悪な処理状況など、現代の「都市の闇」を丁寧に解き明かしている。

さらに今回は、展示内容の面白さだけでなく、展示の「見せ方」にもかなりの工夫が施されている。たとえば映像を扱ったところでは、1本の動画を数本に分割し、導線に合わせて映像を配置することで、鑑賞者が経路上でうまく分散されるようになっている。

■家族連れが多く来場する商業施設ならではの配慮も

公立施設の展覧会では、映像が流れる場所で客が滞留し、展示全体を楽しめなくなることがままある。今回の展示は、パルコ側との協働で作っていったそうだが、コンテンツの面白さを損なうことなく、客の負担を軽減するキュレーションは、さすが百貨店のミュージアムと感じた。

作品のレイティング(年齢制限)とゾーニング(空間規制)も非常にしっかりしていた。レイティングは「15歳未満の年少者の観覧には親又は保護者の同伴が必要です」と明示されていた。ゾーニングは会場内で特に刺激の強い映像は、暗幕の中に入らなければ見られないようになっていた。家族連れが多く来場する商業施設ならではの適切な配慮だったと思う。

学芸員の資格をもつジャーナリストはそれほど多くはないだろう。その能力を応用した今回の展示は、学芸員という資格が決して無駄なものではないことにも気づかせてくれる。

■「善悪」ではなく「違法か、合法か」という尺度で論じる

筆者はこれまで、さまざまなランクの教育機関で授業を行ってきた。その中で、もっとも大変だったのは、そもそも社会問題に無関心な層をどのように現実と向き合わせるかという点であった。

丸山ゴンザレス氏(右)と筆者。(写真提供=井出 明)

貧困や犯罪について説教めいた口調で論じても、学生は耳を傾けようとはしない。ところがゴンザレスのルポルタージュは若者を引きつけている。彼のコンテンツを導入として用いれば、本質的な問題の「入り口」を興味深く見せることができるだろう。教育者が日々悩んでいることについて、今回の展示は有益な示唆に富んでいる。

もう一点、今回の展示で心に響いたのは、「善悪で対象を論じない」という彼の姿勢であった。もちろん、銃密造も麻薬売買も悪いと言えば悪いわけなのだが、それを悪いと言ってみたところで厳然とした事実としてそれらは存在する。一方、彼は、「善悪」ではなく、「違法か、合法か」という尺度で論じている。

展覧会では、南アフリカの捨てられた鉱山での違法操業のリポートがあった。これは、失業者に仕事を与えることにはなるが、劣悪な環境下での搾取を伴うため、「いいか、悪いか」では評価しにくい。ただ、イリーガル(違法)であることは確かなので、彼はそれを前提に取材をすすめるという。

■「違法である」を始まりに、そこを抜け出す道筋を考える

社会問題を教える際、「善悪」を持ち出してしまうと、学生はシラケてしまったり、説教臭く感じてしまったりして、なかなかうまくいかない。そこで「法律論としては完全に違法だが、どうすれば違法ではなくなるか考えよう」という問いかけをすれば、主体的な思考の端緒になりうる。

つまり、「違法である」を始まりに、違法な状態を抜け出す道筋を考えていくと、具体的な社会改善や現実に合わない法の改正などが視野に入ってくる。

撮影=井出 明
展覧会の会場で取材の応じる丸山ゴンザレス氏。 - 撮影=井出 明

■それは確実に世界をよりマシな方向に変えていく

ゴンザレスの才能は、出版界やテレビ業界だけでなく、学術界でも認知されつつある。それは母校の國學院大学から「学術資料センター共同研究員」というポストを与えられていることからも推察される。

今回の展示は非常に啓発的であったが、彼にはぜひ、「現代資本主義社会の構造的問題点」や「都市文明が抱える誤謬(ごびゅう)」といった観点から、俯瞰的な評論をまとめてほしい。それは多くの学生に学術の魅力を伝えることにもなるだろう。

なお、今回の展示は、全国に巡回する計画があるそうだ。彼が発信する「都市の闇」には、善悪や説教を越えた次元で、貧困や搾取に対する意識を変える作用がある。それは確実に世界をよりマシな方向に変えていく。一見おちゃらけた素材の中に、平和構築の芽が存在していることに気づきたい。

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井出 明(いで・あきら)
観光学者
金沢大学国際基幹教育院准教授。近畿大学助教授、首都大学東京准教授、追手門学院大学教授などを経て現職。1968年長野県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。社会情報学とダークツーリズムの手法を用いて、東日本大震災後の観光の現状と復興に関する研究を行う。著書に『ダークツーリズム拡張 近代の再構築』(美術出版社)などがある。

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(観光学者 井出 明)

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