転職市場の主役が若者から中高年に変わった訳
プレジデントオンライン / 2019年12月4日 11時15分
■転職者数の増加の主因は「中高年層」にあり
わが国の転職者数は2010年に283万人だったが、2018年には329万人へと、2010年以降、一貫して増加を続けている。
転職者数が増えているのは、若年層の転職ではなく、40歳以上の中高年の転職が増えているからだ。転職者総数の増加に対する40歳以上の就業者の寄与率は実に9割に達しており、近年の転職者数増加の主因は「中高年ビジネスパーソンの転職」にあると言っても過言ではない。
ここでは、どのような中高年層が転職しているのか、その転職動機は何か、また、転職が成功しやすい就業者は、どのような自己学習を行っている可能性があるのかについて考察してみたい。
まず、国の統計データ(※1)を基に、中高年層に焦点を当てて近年の転職状況を概観してみる。
転職回数は「40代後半」が最も多く、45~49歳の転職者の過半数は、転職を4回以上繰り返している。「扶養家族のいる正社員の転職」は40代以降になると6割を超え、家族を抱えながらの転職という高いハードルを抱えていることがうかがえる。
(※1)「転職者実態調査」(厚生労働省、2006年および2015年)
■賃金の高低より自身の能力活用を優先
転職前と後での賃金変化については40代半ばに境があり、40代前半以前では転職後に賃金が増加した人が多いが、40代後半以降の場合はその逆の傾向にある。ただし、職業生活全体における満足度は40代後半以降の転職者でも、若年世代と遜色のない高い満足度を示しており、賃金に関する満足度に限っても、「満足」が「不満」を上回っている。では、中高年層にとって転職には、賃金低下のデメリットを上回るほどの、いかなるメリットがあるのだろうか。
転職先の会社を選んだ一番の理由として、40代以降の男性転職者は「技能や能力が活かせる点」を挙げている。また、転職後に前の就業経験が活かせているかどうかとの問いに対して、男性正社員の場合40代前半および50代以降では4割前後が「かなり活用されている」と回答しており、他の年代と比べて能力発揮に関する意識と満足度が高い。
中高年層の転職が増えている背景には、職業人生の長期化と労働力人口の高年齢化がある。近年、多くの企業において定年延長や定年後の再雇用期間の延伸が進む中、中高年層を有効な戦力として活用する会社側の必要性が高まっている。
しかし一方で、少子化により組織内における高年齢層のボリュームが増し、マネジメント層としてのポストはますます限られてきている。中高年層(45~64歳)の転職者数は現在(2018年)104万人だが、転職希望者数は271万人にも達しており、潜在的転職予備軍は2.6倍にも達する。職業人生の後半をもうひと頑張りしたいと思ったとき、社員側からすれば社内にもし活躍の場がなければ社外に目を向けてみよう、ということになるのだろう。
これまでわが国の労働市場は諸外国に比べて硬直的と言われてきたが、今後は中高年層が先導して転職を活発化させ、人材流動を加速させる可能性がある。近年の転職者数の推移が続くと仮定し、三菱総合研究所において将来の中高年層(45~64歳)の転職者数を予測すると、2030年には130万人近くにまで増加する推計結果となった。
■能力開発における3つの方法の違い
以上の分析でわかるように、中高年層の転職における重要なキーワードは、「技能や能力の活用」である。能力を発揮できるかどうかが、転職の判断やその成功の是非を左右している。言い換えれば、転職希望者にとっては、前職でどれだけ能力を高められるかが重要なのである。そこで、ビジネスパーソンが能力を高めるための取り組みについて概観してみよう。
社会人が企業に勤めながら、能力を高めるための方法としては大きく3つある。一つは、OJT(On-the-Job Training、職場内訓練)である。若手社員が職場の先輩や上司から実務を通じてスキル・能力・知識などを身につける教育訓練の方法で、日本の企業においては、この「OJT」が社員の能力開発・向上の中心的な手法となっている。
第二が、Off-JT(職場外での教育訓練)で、実務と切り離して行う教育訓練である。階層別研修、スキル研修、資格取得研修などがあり、業務上では体系的に学べない知識やスキルを獲得するために用いられ、OJTを補完する役割を果たしている。
最後が自己学習(一般には「自己啓発」と呼ばれているが、知識やスキルの獲得を含め広い意味合いとするため、ここでは「自己学習」とする。)である。社員自身が自らの意図で行うものであり、人材育成計画におけるプログラムメニューの対象外となっている場合が多い。明確な役割が期待されておらず、教育訓練手法としての企業による位置づけは低い。
■企業の自己学習支援は極めて手薄
しかし、転職を考えたとき、「自己学習」こそが、最も効果的な能力向上の手法であると筆者は考える。なぜなら、OJTは所属している企業特有のスキル等は身につけやすいが、他社で役立つスキルは必ずしも身につけられないこと、Off‐JTは表面的な知識やスキルは身につけられても、実践力を身につけるには十分でない場合が多いためである。
これらに対し、自己学習は当人が自身の強みとするコアの能力を自覚した上で、これに追加するのに適した能力を身につけることができる。10年前には書籍からの学び、資格取得講座の受講など、自己学習の手法は少なく学習効果は限定的であったが、近年はeラーニング、副業、サロン形式の勉強会など、バリエーションが広がってきており、複数の手法を組み合わせることで、知識やスキル、ノウハウなどを効率的に獲得しやすくなっている。
自己学習に対する就業者のニーズは極めて高い。既存調査(※2)によると、社員が能力開発に投入している総時間(平均で一人当たり年間47.9時間)の約6割を自己学習(自己啓発)に投じているとともに、社員の半数程度(49.8%)が研修や自己啓発の時間を増やしたいと回答している。
ところが、企業が社員の自己学習に対して行う支援は極めて手薄である。7割以上の企業が自己学習支援に対する支出を行っておらず、社員一人当たりの支出額は、年間平均3000円(2018年度)と少なく、かつ、過去4年間では低下基調(6000円→5000円→4000円→3000円)にある(※3)。これは自己学習の範囲を厳密に規定するのが難しい上、社員自身がその内容を選択することから、自己学習支援に対する企業のメリットが分かりにくいためと考えられる。
(※2)「教育訓練サービス市場の需要構造に関する調査研究」(独立行政法人労働政策研究・研修機構、2006年)
(※3)「平成30年度能力開発基本調査」(厚生労働省、2018年)
■能力を高める上でどんな自己学習が効果的か
ところで、中高年層はどのような自己学習を行っているのだろうか。三菱総合研究所の保有するデータ(※4)によると、40代以降の正社員が行っている自己学習は、書籍による学習の他、講演会への参加、オンライン講座、講師としての学習支援など多岐にわたっている。
今回、このデータを用いて順序ロジスティック回帰分析を行い、自己の能力向上につながる可能性の高い自己学習のメニューを抽出してみた。目的変数を「自己の能力の発揮満足度」、説明変数を自己学習のメニューにして分析してみると、40代では「講演会への参加を通して学習する」「有志や仲間による自主的な勉強会を行う」「早朝の時間を利用して学習する」「パソコンや携帯電話等で電子書籍を読む」、50代では「講演会への参加を通して学習する」「有志や仲間による自主的な勉強会を行う」、60代では「テレビやラジオの学習番組を通して学習する」が有意にプラスとなった。
中高年層と一口に言っても、年代によって効果的な自己学習の方法は異なる可能性があるということが分かる。なお、この結果は能力発揮満足度と相関の高い自己学習の方法を分析したにすぎず、因果関係を説明したことにはならない点に留意する必要がある。
能力発揮満足度と特に関係の深い自己学習の方法として、ここでは40代と50代に共通している「講演会参加」と「自主的な勉強会」に着目してみたい。「講演会参加」については、いつどのような講演会が開催されているのかを常時、チェックしておかなければならず、常に情報感度を高めてアンテナを張ることのできる情報収集力が必要となる。
(※4)三菱総合研究所の「生活者市場予測システム」。2011年から毎年6月に設問総数約2000問、20歳から69歳を対象として日本の縮図となるような3万人を対象に実施している生活者調査。
「自主的な勉強会」については、勉強会を企画し、講師を連れてくるといった実行力が必要となる。適切な講師を見つけて関係を築いたり、勉強会のメンバーを集めるためにはネットワーク構築力も不可欠である。このような自己学習活動には強い主体性が求められるため、ここに挙げた能力以前に、「自己の能力を高めたい」との強い意欲を持っていることが活動の前提といえる。
40代後半以降の就業者にとって、最大の転職動機は「自分の能力をより発揮できる場所に移りたい」という点である。この世代は転職前より転職後の方が、賃金が低下する傾向にあるものの、転職後の満足度は決して低くない。つまり能力発揮の満足度が高ければ、転職はおおむね成功したと言えるだろう。
■転職を成功させるために重要な3つの能力
このような観点を踏まえると、転職を成功させるために重要な能力とは「情報収集力」「実行力」「ネットワーク構築力」の3つであり、それ以前に不可欠なのは、「主体性を持って自己の能力を高めようとするマインド」と考える。
能力を高めることは何も転職につながるだけではなく、企業の中でもう一段、活躍していくためにも有効である。人生100年時代、就業期間はますます長くなっていく。ベストセラー『ライフ・シフト』の著者リンダ・グラットンは80歳まで働かないと、生計が成り立たなくなる可能性を示唆している。おそらく残念ながら、悠々自適の余生は今後は望みにくいだろう。今、私たち中高年ビジネスパーソンに求められているのは、自分自身に設定している「限界」を取り払うことではないだろうか。
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三菱総合研究所主席研究員
早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻、修士課程修了。1994年4月、三菱総合研究所入社。一級建築士。東京都市大学講師(非常勤)。プラチナ社会センターに所属し、少子高齢問題、雇用・労働問題、地方自治政策に関わる研究を行う。著書に『仕事が速い人は図で考える』(KADOKAWA)、『考えをまとめる・伝える図解の技術』(日本経済新聞出版社)、『図解 人口減少経済 早わかり』(中経出版)、などがある。
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(三菱総合研究所主席研究員 奥村 隆一)
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