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パレスチナで密かに進む「ユダヤ人入植」の手口

プレジデントオンライン / 2019年12月18日 11時15分

エルサレム旧市街のイスラム教徒地区を歩くユダヤ人と、掲げられたイスラエル国旗。旧市街でもユダヤ人入植者が増えている=2017年5月 - 撮影=渡辺丘

■「将来の首都」東エルサレムで加速する“ユダヤ化”

イスラエルが揺れている。パレスチナへのユダヤ人入植に対する国際的な批判が高まり、これを進めるネタニヤフ首相は、汚職などで辞任圧力が強まっている。先日、米国政府がイスラエルのヨルダン川西岸地区におけるユダヤ人入植活動は、「国際法に違反しない」として事実上容認し、物議を醸したのも記憶に新しい。イスラエル政府は西岸の一部併合すら打ち出している。
一方、パレスチナ自治政府が将来の独立国家の首都とする東エルサレムでは、“ユダヤ化”が加速している。現地では驚くべきやり口でパレスチナ人の土地が入植者の手に渡っていた。その実態について、朝日新聞元エルサレム支局長・渡辺丘氏の著書『パレスチナを生きる』(朝日新聞出版)から一部を抜粋・再構成して紹介する。

■「ユダヤ人以外を追い出すのは神聖な使命だ」

イスラエルが1967年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸地区とガザ地区、東エルサレムなどの占領を始めて半世紀が過ぎた。17年6月、ラマダン(断食月)最初の金曜日。エルサレム旧市街のイスラム教徒地区は、聖地の礼拝に訪れた人々で埋め尽くされていた。

約30メートルごとにある詰め所では、小銃を持った10人ほどのイスラエル警官がにらみをきかせる。一帯はイスラム教徒のパレスチナ人が多く住むが、イスラエル国旗を掲げた建物がちらほらある。近年増えているユダヤ人の割り込み入植者の家だ。

熱心なユダヤ教徒のメナヘム・ボルマセルさん(30)一家は5年前から、ここで暮らす。「旧市街には昔から神殿があり、ユダヤ人が住んでいた。ユダヤ人以外を追い出すのは神聖な使命だ」と話す。武装した警備員が24時間態勢で入植者の家々を守る。イスラエル紙「ハアレツ」によると、イスラエル政府は1990年代から旧市街を含めた東エルサレムへの入植者の警備費用を支出し、その額は入植者1人あたり年間約90万円に上る。

■裁判で所有権を勝ち取り、入植者を増やす団体

エルサレム旧市街などで入植を推進するのが強硬派のユダヤ教団体「アテレト・コハニム」だ。幹部のアサフ・バルフィさん(41)によると、旧市街のイスラム教徒地区では約1000人のユダヤ人入植者が暮らす。

この団体は、イスラエルが建国された1948年よりも前に旧市街でユダヤ人が所有していたとされる物件を見つけ出し、居住者のパレスチナ人に売却を依頼。交渉がまとまらなければ、古い証拠書類をたてに裁判を起こして所有権を勝ち取る運動を進めている。こうしてユダヤ人の入植者を増やす計画で、「エルサレムの盾」と呼ばれている。バルフィさんは「300年かかっても、ユダヤ人が多数派になればいい。焦る必要はない」と言う。

■パレスチナ自治政府はユダヤ人への不動産売却を禁止

パレスチナ自治政府はパレスチナ人が不動産をユダヤ人に売ることを禁じている。いわばタブーであり、土地や家をユダヤ人に売ったと公言するパレスチナ人は皆無に近い。だが、旧市街にあるキリスト教徒の聖地・聖墳墓教会の鍵の管理人という要職にあるイスラム教徒のアディーブ・ジュデさん(54)は、ユダヤ人に渡ることを全く想定せずに、家を売ってしまった。

その家は旧市街にあるイスラム教の聖地アルアクサ・モスクから徒歩2分ほどの「一等地」にある。築数百年の石造りの3階建て。ジュデさんらパレスチナ人約70人で所有していた。1階に診療所が入っていたが、2、3階は空いており、誰も住んでいなかった。

ジュデさんによると、14年ごろから社会的な地位があるパレスチナ人との間で売却話を進めていた。16年に自治政府と関係が深いとされるパレスチナ人ビジネスマンから「家を売ってほしい」と頼まれた。自治政府の複数の高官から「信用できる人物」というお墨付きを得て、250万ドル(約2億7500万円)で売却したという。

■正体不明の会社に所有権が移っていた

18年10月4日未明、ジュデさんの携帯電話にその家の近所の人から緊急の連絡があった。多くのユダヤ人入植者が家の中に入って行ったという。家を売ったビジネスマンに慌てて電話をかけて事情を聴いても、何も答えようとしなかった。ジュデさんが土地の所有者の記録を調べると、16年12月にビジネスマンの会社名義から「DAHO HOLDINGLIMITED」という正体不明の会社に所有権が移転していたことがわかった。

この家はその後、入植推進団体アテレト・コハニムに買い取られた可能性が高いとみられている。ジュデさんは弁護士に相談したが、「売ってしまったものはどうしようもない」との回答だった。パレスチナ自治政府の行政権は旧市街を含む東エルサレムには届かない。自治政府側も「何もわからない」と言うだけで力になってくれなかったという。

ジュデさんは「ビジネスマンが入植者に売った疑いが強い」とみている。「入植者は我々の誰も家の中に入れようとしない。大金を得たが、先祖代々大切にしてきた家が『汚い手』に渡ってしまい、強いショックを受けている。心がかきむしられる思いだ」。カタールの衛星テレビ局アルジャジーラの報道によると、この家が建つ通りに並ぶパレスチナ人の家10軒のうち8軒が過去数年の間にユダヤ人入植者の手に渡ったとされる。

■進む入植、続く裁判闘争

旧市街の南側に広がる東エルサレム・シルワン地区。イスラム教の聖地アルアクサ・モスクから1キロも離れていないシルワン地区に、急峻な丘に家々がへばりつくように建つ一角がある。ここでも入植推進団体が00年代から「48年のイスラエル建国以前からユダヤ人が住んでいた」などとして、パレスチナ人の住民数百人に立ち退きを迫っていた。少数の世帯が売却に応じ、地元住民によると、その一角だけで入植者が30家族、100人以上住んでいるという。実際、その場所を訪れたところ、髪が見えないようにスカーフを頭に巻いた厳格なユダヤ教徒の女性が、防弾ベストを着用した警備員に守られながら通りを歩いていた。近年は入植推進団体と住民の間で土地の所有権をめぐって裁判が続いている。

シルワンには「ダビデの町」という名の遺跡があり、ユダヤ人にとってエルサレム発祥の地とされる。イスラエル政府が国立公園に指定し、多くの観光客を集める一方、周辺では90年代からユダヤ人の入植が進められてきた。

旧市街の北側に位置する東エルサレム・シェイクジャラ地区でも同様にユダヤ人の入植が進み、裁判闘争が続いている。パレスチナ人が住む家々の間に、イスラエル国旗を掲げた超正統派のユダヤ人らが住む家が点々と存在しているのだ。

■「仲介」を推進している団体の創設者を訪ねた

東エルサレムでパレスチナ人の住宅を買い取り、ユダヤ人に売る「仲介」を推進している団体が、2006年に発足した「Israel Land Fund」(イスラエル土地基金)だ。創設者で現在はエルサレム市議も務めるアリエ・キング氏をエルサレム市役所内の事務所に訪ねた。

自身も東エルサレムのオリーブ山に住むキング氏は、白紙にエルサレムの地図と、タマネギの絵を描くと、こう言った。「いいですか。タマネギにはいくつもの皮(層)がある。外側は苦く、内側は甘い。タマネギを加熱すると甘くなるけれど、(生のまま)包丁で切ると目から涙が出る。私たちは旧市街のユダヤ教聖地『神殿の丘』では礼拝できず、エルサレムを分断しようとする動きもあった。私たちがやっていることは、タマネギの皮(層)を重ねていくように、旧市街を含む東エルサレムの各地にユダヤ人を増やしていくことです」。

難解な例えだが、ユダヤ人が涙を流さなくてもすむように、時間をかけて「料理」し、じっくりと形を変えていくという意味だと、私は解釈した。

■「金銭目的で連絡してくるパレスチナ人も少なくない」

1967年に旧市街を含む東エルサレムを占領したイスラエルは、聖地の現状を変えないと約束した。このため、ユダヤ教徒は神殿の丘で礼拝ができず、丘の西側にある「嘆きの壁」で祈りを捧げる。だが、キング氏はこう語る。「ユダヤ人の心はいつも神殿の丘に向いている。世界のどこにいても、嘆きの壁にいても、私たちはいつも神殿の丘の方角を向いて祈っている。世界で唯一のユダヤ教の聖地だからです」

渡辺丘『パレスチナを生きる』(朝日新聞出版)

キング氏はグーグルマップで東エルサレムの地図を拡大してみせた。「旧市街、(キリストが昇天した場所と伝えられる)オリーブ山、(旧市街近くの)ダビデの町といったエリアが一つの層。(東エルサレムの)ベイトハニナは別の層、シェイクジャラなどがまた別の層だ。私たちの考えはそれぞれの層にユダヤ人を住まわせ、ユダヤ人の居住区を結びつけていくというものだ」。

この団体も東エルサレムがヨルダン統治下にあった1948~67年にユダヤ人の所有が失われたとする物件を見つけ出し、パレスチナ人所有者に売却を迫っている。キング氏によると、団体発足から13年間で数十人のパレスチナ人が物件を売却した。買い手の約8割は、米国を中心に海外に住む裕福なユダヤ人だという。「金銭目的で自分から私に連絡してくるパレスチナ人も少なくない」とキング氏は言う。

■「イスラエル国籍のアラブ系の人物」を間に挟む

ただ、先に述べたように、パレスチナ人がエルサレムの土地をユダヤ人に売却することは、パレスチナ自治政府が禁じている。「そんなことがあり得るのか」と尋ねた私に、キング氏はこんな説明をした。「私たちは彼らを守るために、中間の人物を挟ませる。その手法とは、自治政府による規制を気にしなくて良いイスラエル国籍のアラブ(パレスチナ)系の人物に物件を買わせ、彼がユダヤ人に転売するというものだ。このやり方なら、パレスチナ人は『ユダヤ人に売ったわけではない』と釈明ができる」

キング氏は360度の風景が見られるグーグルマップのストリートビューで、東エルサレムにあるUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)事務所の入り口付近や敷地内を映すと、語気を荒らげて「違法だ!」と10回も繰り返した。「イスラエルの法律では標識にヘブライ語の記載を義務づけているのに英語とアラビア語しかない。東エルサレムは誰のための場所でもあるが、イスラエルの法律に従わなければならない」

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渡辺 丘(わたなべ・たかし)
朝日新聞元エルサレム支局長
1979年千葉県出身。一橋大学卒。2003年朝日新聞入社。長野総局、厚木支局(米軍・自衛隊基地担当)、東京本社社会部(警視庁公安・警備部、防衛省担当)、国際報道部(外務省担当)を経て、15年1月から19年3月までエルサレム支局長。19年4月からアメリカ総局員(ワシントン)として米外交・安全保障を担当。12~13年、米国留学(ハーバード大学日米関係プログラム研究員)。共著に『非情世界 恐るべき情報戦争の裏側』(朝日新聞出版)。

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(朝日新聞元エルサレム支局長 渡辺 丘)

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