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なぜ一流投手ほどワガママで自己中心的なのか

プレジデントオンライン / 2019年12月19日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Matt_Brown

子供の頃に熱中したスポーツは、人格形成に大きな影響を与えているのではないか。集団競技か、個人競技か。ポジション、プレースタイル、ライバルの有無……。ノンフィクション作家の田崎健太氏は、そんな仮説を立て、「SID(スポーツ・アイデンティティ)」という概念を提唱している。この連載では田崎氏の豊富な取材経験から、SIDの存在を考察していく。第1回は「野球の投手」について――。

■成功する投手は「わがまま、自分中心、楽天的」

『球童 伊良部秀輝伝』(講談社)では、故・金田正一、やはり故人となった彼の弟である金田留広、八木沢荘八、オリオンズ時代の同僚である牛島和彦、小宮山悟、前田幸長、メジャーリーグ時代に同じ球団に所属した、吉井理人などの元投手に取材している。その後に上梓した『ドライチ』『ドラガイ』『ドラヨン』(いずれもカンゼン)では、大野豊を初めとした元投手に話を聞いた。

ある程度以上の結果を残した元投手は、みな適度に我が儘で、自分中心で、楽天的――ぼくの定義する投手のSIDを持っていた。もっとも分かりやすかったのは、もちろん金田正一である。彼は400勝という実績、そして球の速さに自信をもっていた。自分が一番であるということにこだわりがあった。そのプライドさえ立てておけば、ご機嫌だった。

その他、印象に残っているのは、ロッテオリオンズ、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツを渡り歩いた前田幸長である。前田は伊良部の懐に入った数少ない後輩だった。彼の話は、才能の多寡に加えて、プロで生き残る投手の資質を示唆していた。

オリオンズ時代、ゼネラルマネージャーの広岡、そして監督の江尻に伊良部が反抗していたときのことだ。ある夜、伊良部が先発した試合の後、前田と伊良部は夜の街に食事に出かけた。

■電信柱を殴り、止まっていた自転車を蹴飛ばす

食事中も伊良部は荒れ気味だったという。

「ぼくは次の日が先発だったのかな、だからあまり飲んでいないです。ラブ(伊良部)さんは結構飲んでいて、ヒートアップしてました。でもヒートアップしても、ぼくには害がないんで、気にしなかったですね」

帰り道、伊良部は広岡たちへの不満、あるいは打たれたことを思い出したのか、おもむろに電信柱を殴り、止まっていた自転車を蹴飛ばした。

「チャリンコを蹴飛ばした後、うずくまったんです。“大丈夫ですか?”って聞いたら“いかん、これは行ったぞ”“まじすか?”骨が折れていた」

ふっ、と前田は当時を思い出したか、含み笑いをした。

「夜は酒飲んでいるから多少の痛みだったみたいなんですけれど、朝起きたら親指が紫色になっていた。病院に行ったら骨折だと」

その口調からは、前田が1つ年上の先輩を、どこか突き放しながらも温かく見ている様が伝わってきた。伊良部にとって前田は可愛い弟分だったのだ。

■プロのピッチングコーチからは何も教わらない

前田は入団2年目から8勝を挙げている。スライダーとナックルボールという変化球を自分で試行錯誤しながら身につけたことが大きかったという。

「プロのコーチって、言い方悪いですけれど、あまり信用していなかったので。実際、ぼくの場合、プロのピッチングコーチから教わったことってないんです。(自分の躯については)俺の方が知っているはずだと。思っていたんです」

当時のピッチングコーチは誰だったんですか、と聞くとそして誰だったかな、いたのかなととぼけた。

前田は88年のドラフト1位で福岡第一高校からオリオンズに入っている。高卒のドラフト1位――ドライチは何かと注目される存在である。こいつは俺が育てたのだと言いたいコーチが近付いてきたはずだ。しかし、前田は記憶がないと笑った。

前田の悪戯っぽい顔が突然浮かんで来たのは、辻内崇伸に取材をしたときだった。

大阪桐蔭高校の辻内は2005年夏の甲子園で150キロ代のストレート、カーブ、フォークを駆使し、2回戦の茨城県代表の藤代を相手に19奪三振を挙げた。これは当時の1試合最多タイ大会記録である。180センチを超えるがっしりとした躯、そして貴重な左腕投手として注目を集め、この年のドラフト1位で読売ジャイアンツに入った。

しかし――。

2013年に引退するまで一軍登板はゼロだった。

辻内が躓いたのは、ジャイアンツに入って2年目、2007年2月のキャンプのときだった。前シーズンまで、2年連続Bクラスにジャイアンツは沈んでいた。監督だった原辰徳は、チームを鼓舞しなければならないと考えたのだろう、キャンプから精力的に動きまわっていた。

■「10球ぐらい、肘が痛いまま投げてしまった」

原は投球練習の行われているブルペンに顔を出した。ジャイアンツの指揮官には、観客を喜ばせることも必要だという考えが原の行動の根底にある。原は観客に素晴らしい球だと認めれば拍手をしてくれと頼んだ。そして、拍手の数が十分だと原が判断すれば投球練習終了になった。

原の言葉を聞いて、辻内は困ったことになったと思っていた。前年、辻内は2軍戦で13試合に登板している。2軍の選手を対象としたフレッシュオールスターに選ばれたが辞退している。肩に痛みが出ていたのだ。

野球を長く続けていると、どこかしらに軽い怪我は抱えているものだ。アマチュア時代は、若かったこともあるだろう、少し休むと痛みは収まった。ところが、プロになると休むことが出来なかった。

辻内はこう言う。

「痛くて投げないと怪我人にされてしまう。お金をもらっている以上、野球をしなきゃいけない」

その責任感が辻内を追い詰めることになった。ドラフト1位として期待されながら、1年目を2軍で過ごした後、1軍キャンプに帯同していた。ここで監督の原に力を見せつけなければと思っていた。しかし、肘に痛みがあった。

「肩を庇って投げていたら、肘に来たんです。10球ぐらい、肘が痛いまま投げていました」

辻内は「ああー」と大きな声を出した。

「叫びたいぐらいの痛み。それでも投げなあかんと思って投げたら、ボールが変なところに言ったんです」

投げ終わった後、声が出せないほど肘が痛んだ。この一球で辻内の野球人生は終わることになった。左肘の靱帯が切れたのだ。

■酒を飲む仲間とつるまず“孤”を貫けるか

手術を受けてリハビリをしたが、彼の伸びやかな直球は戻ることはなかった。

将来ある若い選手なのだ、痛みをきちんと伝えることはできなかったのか。

そう問うと「言えなかったです」と首を振った。

「プロ向きの性格」という、定義の曖昧な言葉が使われることがある。曖昧ではあるが、なんとなく理解できる言葉でもある。辻内は、150キロを超える速球を投げることのできる類い希な身体的能力を与えられながら、プロ向きの性格ではなかったと言えるかもしれない。

西武ライオンズの元投手、松沼博久はこんなことを言っていた。

「ピッチャーって、一匹狼が多いんですよ。ぼくはずっと単独行動だった。ピッチャーともつるまない。オト松ともあんまり出かけていない。平野謙が中日から西武に来てしばらくした頃、食事に誘われたの。それで行ったら辻(発彦)とかもいたの。あいつら野手だから毎日仕事している。それなのに結構どんちゃん騒ぎしているんです。こんなに夜更かししていいのかなと思った。ぼくらはローテーションで動くからね。野手は毎日試合をやって、遊ぶ。試合で活躍しないと遊ぶ資格はないって」

松沼は高校生まで野手を兼任、大学から投手に専念している。高校までは甲子園の出場経験さえない。ただ、彼は投手向きだった。そして大学から社会人を経て、西武ライオンズの黄金時代を支える投手となった。松沼は酒を飲んで盛り上がる野手たちを、醒めた目で見ていたことだろう。人から何と思われようが“孤”を貫くことも投手のSIDであるのだ。

■控えめで、優しいのは元々の性格か

辻内とは取材の後、トークショーでも一緒になる機会があった。彼は控えめで、優しい男だった。登壇前、「緊張しますね、どうしたらいいですか」と不安そうな目でぼくを見た。スポットライトに当たることを避けているようにも思えた。それはドライチとしての期待に応えられなかった経験から来るのか、元々の彼の性格なのかは不明である。少なくとも投手のSIDを掴むことが出来なかったとは言えるだろう。

もっとも、彼が投手以外ならば成功したかというとそれも疑問だ。高校時代にあれほどの速球を投げられる若者を、投手向きではないからと配置転換出来る人間はいなかっただろう。そして、彼に打者としてのSIDがあるかどうか――。

好打者のSIDもまた特殊であるからだ。(続く)

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田崎 健太(たざき・けんた)
ノンフィクション作家
1968年3月13日、京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)など。

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(ノンフィクション作家 田崎 健太)

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