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日ハム栗山監督「連敗が続くのも自分らしさだ」

プレジデントオンライン / 2020年1月17日 9時15分

握手をする日本ハムの(右から)畑佳秀オーナー、栗山英樹監督、川村浩二球団社長=2019年10月2日、東京都品川区 - 写真=時事通信フォト

プロ野球・北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督は、監督就任から8年でチームをリーグ優勝2回、日本一1回に導いた。一方、2019年度は9連敗と8連敗を喫し、リーグ5位に沈んだ。勝っているとき、負けているとき、名将はなにを考えているのか――。

※本稿は、栗山英樹『栗山ノート』(光文社)の一部を再編集したものです。

■「監督としての責任を果たせているか」という自問自答

プロスポーツの監督という職業は、契約を結んだ瞬間からチームを離れるカウントダウンが始まる――そんなことが言われています。

日本のプロ野球の場合、監督のチームの離れかたは様々です。契約満了をもってユニフォームを脱ぐケースがあれば、契約を残して辞めることもある。シーズン途中で球団と話し合い、休養という形で別れを選ぶこともあります。

私はいま、自らが監督としての責任を果たせているのだろうかと、自問自答しています。

2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任してから、良いシーズンも難しいシーズンも経験してきました。最終的な結果は毎年違っても、最後にどうやって日本一になるのかを常に考えてきました。

16年以来の日本一を目ざす19年シーズンに、9連敗と8連敗を喫してしまいました。17年に6連敗と10連敗という不名誉な記録を作っていましたが、それ以来となる黒星の連鎖です。

連敗というトンネルに迷い込むと、チームに「今日も負けてしまうのでは」という空気が覆いかぶさっていきます。相手チームに先制されたり、逆転されたりすると、スタッフも選手たちもため息を呑み込めなくなってしまう。弱気な言葉を口にしなくても、チームの士気はなかなか高まりません。

■「『ど』がつくほど真剣に勝てると思っているのか?」

打たなければいけない、抑えなければいけない、守らなければいけない、という気持ちが先走って、選手たちの気持ちと身体を強張らせる。いつもなら有り得ないミスが起こり、それを挽回しようという力みが違うミスを引き起こす。対戦相手はこちらのミスを生かして、得点を重ねていく。

勝ちたいと思わない選手はいません。彼らはいつだって、ひたむきに勝利を目ざしている。それなのに連敗を喫してしまうのは、多くのケースにおいて一人ひとりの選手が抱く責任感が、線として結びつかなかったからと言うことができます。歯車が嚙み合わない、という表現も当てはまるかもしれません。そして何よりも、監督である私自身の能力が足りていないのです。

私自身は「明日こそは勝つ、必ず勝つ」と思ってスタジアムを去り、「今日こそは勝つ、絶対に勝つ」と思ってスタジアム入りします。試合後に選手とスタッフの笑顔を見たい、裏方さんの力添えに報いたい。そのために全力を尽くす、と自分を叱咤しながらユニフォームに着替えるのですが、不安が忍び寄ってくる自覚もありました。正直に告白すれば、塗炭の苦しみを味わっていました。

そんなときでした。野球の神様に問われている気がしたのです。

「真剣ではなく『ど』がつくほど真剣に、今日は勝てると思っているのか?」

「もちろんです」と私は心のなかで答えます。するとまた、野球の神様が聞いてくるのです。

「お前は本当に、本当に、勝てると思っているのか? 負けるかもしれないという恐れを、本当に抱いていないだろうな?」

■「ど真剣に生きる」は稲盛和夫さんの言葉だった

野球の神様はなぜ、私の気持ちを繰り返し確認するのだろう?

「ど真剣に生きる」――苦しい時にいつも救われた本のなかにあった稲盛和夫さんの言葉が、心に浮かんできました。日本を代表する名経営者に、ほんの少しだけでも近づけないだろうか。でも、いまの私にはあまりにも遠い。

ベッドに横になっても睡眠は浅く、朝起きても言い知れぬ倦怠感に襲われる。それでも自分を奮い立たせているのに……自己弁護の思いが頭をもたげたところで、自らの至らなさに気づかされました。

ファイターズが負けるということは、私よりも相手チームの監督のほうが、一心不乱に野球に取り組んでいるのだ。自分の甘さが結果に出ているのだ。これまでの努力では足りないのだから、もっともっと自分にムチを打って頑張らなければいけない。

内向きになりがちな思考から抜け出すことができたのは、ずっと書き続けてきたノートのおかげでした。

■ノートのおかげで苦しみと真正面から向き合うことができた

そのノートには、『四書五経』などの古典や経営者の著書から抜き出した言葉と、試合後の自分の気持ちが書かれています。

白いページに書き写したたくさんの言葉を読み返し、嚙み砕き、身体に染み込ませる作業によって、私は苦しみと真正面から向き合うことができました。19年シーズンに味わった苦しみにはきっと意味がある、と思える自分に目覚めたのです。先人たちの言葉が、教えが、生き様が、支えになっていると感じました。

スポーツでも仕事でも、人間関係の構築でも、何かを生み出す過程では苦しみや悩みが付きまといます。その種類には小さなもの、大きなもの、長いもの、短いものがあるでしょうが、誰しも何かしらの苦しみや悩みを抱えているものでしょう。

『易経』の教えに「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」というものがあります。「事態がどうしようもなく行き詰まったら、そこで必ず変化が起こり、新たな展開が始まる」といった意味です。

苦しみや悩みを乗り越えることでこそ、何かを生み出すことができる。昨日までとは違う自分、違う組織、違う友人関係が生まれてくるでしょう。

苦しみ、悩み、悲しみ、痛みといったものがあるから、次はいいことがやってくると思うこともできる。負の出来事から目を背けずに真正面から向かっていくことで、突破口を開いていきたいものです。

■一日の終わりには絶望の淵を彷徨っていた

『論語』に収められている孔子の有名な言葉に、「三十にして立つ、四十にして惑わず」というものがあります。「30歳にして学問の基礎ができて自立し、40歳にして迷うことがなくなった」という意味ですが、29歳までプロ選手として野球に打ち込んだ私は、セカンドキャリアをスタートした30歳の時点で学問の基礎がまったく出来上がっていませんでした。スポーツキャスターという肩書きで様々なジャンルの方々と出会い、会話を重ね、たくさんの教えや気づきをいただくなかで、社会人としての知識やスキルを身に着け、野球選手としての自分を見つめ直すことができました。

83年にドラフト外でヤクルトスワローズに入団した私は、プロ生活をスタートさせた翌84年からガムシャラな日々を過ごしていきます。チームメイトは天賦の才に恵まれた猛者ばかりです。高校時代に甲子園で活躍したわけでもなく、大学時代に東京六大学で名をあげたわけでもない私は、自分がどれほどちっぽけな存在なのかを強烈に思い知らされました。

一日が終わって日が暮れると、気持ちは墨で塗ったように真っ暗になります。明日の練習でチームメイトに力の差を見せつけられることが、いや、自分のレベルの低さを突き付けられるのが怖くて、絶望の淵を彷徨っていました。

2軍監督やコーチに温かく厳しい指導を受け、家族の励ましにも支えられて、入団1年目のシーズン終盤に1軍でプレーすることができました。2年目以降はメニエール病と闘いながら、1軍での試合出場を増やすことができました。

■若い選手たちを見て自らを省みる

9年間のプロ生活に後悔はありません。けれど、当時の自分を改めて振り返ると、「ど」が付くほど真剣に野球に取り組んでいたのかに疑問を抱くのです。もがきながら、足搔きながら、野球に取り組んでいたはずなのに、心の片隅に逃げ道を作っていたように思えるのです。

東京学芸大学で教員免許を取得した私は、両親から教員になることを勧められていました。他でもない自分自身も、教員という仕事に魅力を覚えていました。それが、「プロ野球選手を辞めるときが来たら、教員になればいい」という気持ちにつながっていたのかもしれません。

ファイターズの選手を見ながら、現役当時の自分を思い出すことがあります。一生懸命にやっているのだけれど、58歳になった私からするとあと少し、もう少し、熱が足りない。「野球ができるのは今日が最後だ、だからすべてを出し切ろう」というぐらいの気持ちでやっているのだろうか、と感じるのです。

10代や20代前半の選手には、成長できる時間があります。ただ、時間があるから練習を「それなり」に「こなせばいい」ということにはなりません。一日たりとも無駄にしない、自分を甘やかさない姿勢が、レベルアップにつながる。お世話になっている人への恩返しにもなる。

自分は本当にギリギリのところで頑張っているのか。もうこれ以上はできない、というぐらいに仕事に情熱を注いでいるのか――若い選手たちを見つめながら、私自身も絶えず自問自答をしています。

■能力不足で自分への怒りさえこみ上げた19年シーズン

この原稿を書いている時点で、19年のレギュラーシーズンは残り10試合と少しです(※編集部註:2019年度の成績はパ・リーグ5位だった)。9連敗と8連敗を喫した時点で、監督としての自分に疑問符を打ちました。

チーム、スタッフ、選手に迷惑をかけてしまうだけなら、辞めなければならない。しかし、私がこのチームでやるべきことがあるなら、続けていくことに意味がある。ふたつの正論の間で、揺れる自分がいます。

自分には本当に能力が足りない、と痛感します。自分の無力さが悔しくて、自分への怒りさえこみあげてきます。栗山英樹という監督の力量が不足しているばかりに、ファイターズの選手たちを手助けできていないのですから。一人ひとりの選手が存分に力を発揮できる環境を、用意できていないのです。

一方で、19年シーズンに味わってきた苦しみや痛みに、感謝する自分もいます。

『論語』に「学べば則ち固ならず」という一文が収められています。学び続けていないと頭が固くなってしまう。学ぶことによって視野が広がり、柔軟な発想が生まれ、たくさんの選択肢を持てる。そう私は解釈しています。

■一つひとつの試合を無駄にしないためにノートを開く

19年シーズンは本当に苦しかったのですが、精神的に追い込まれていたことは一度もありませんでした。

試合に勝てない=うまくいかないことは、これ以上ない学びの機会です。自分の至らなさや勉強不足を、客観的に突き付けられる。苦しければ苦しいほど、本当の自分が分かる。その時々で自分が何を考え、どんな行動をするのかが試される。成長するチャンスをもらっていると感謝するべきだ、スタッフや選手が喜んでくれる方法をつかむことができるのだ、と受け止めていったのです。

こんなことを言ったら怒られてしまいそうですが、どこか自分らしいとさえ感じていました。

能力がないのですから、苦しむのは当然です。いいことばかりあると、「本当にこれでいいのか」と、不安に苛まれます。

ひとつの勝利、ひとつの敗戦も無駄にしないために、自分なりに試合をレビューし、気持ちが落ち着いたところでノートを開いていきました。チームに迷惑をかけているのですから、何とかしなければいけないという一心でした。

何歳になっても、人は変われると思います。

私自身は40歳を過ぎても迷いを払拭できず、58歳になってもなお泰然自若とした心を持てずにいます。だからこそ、自分を磨くことを心掛けてきました。

■ノートを通して自分ができることを増やしていく

先人の言葉に励まされ、ノートに書き移すのも、中国の古書『礼記』にある「差うこと若し毫釐ならば、繆るに千里を以てす」の言葉に触れたからです。「小さな違いがやがて大きな違いになる」と信じて、薄い紙を一枚ずつ積み上げていくように、自分ができることを増やしていこうとしてきました。

ファイターズの監督として8年という日々を過ごしてきた過程で私は、自分ができることを増やす作業、自分の度量を大きくする作業は、人間としての責任だと感じるようになりました。それを自分磨きと定義しています。

なぜ自分磨きをするべきかと言えば、人はひとりでは生きられず、誰かのために役立つために生まれている。家族と、友人と、同僚と、手を取り合い、支え合って生きていく。誰かに喜んでもらうことが、人生における最上の嬉しさになっていくからです。

■誰かのために自分磨きを続けていく

大切な人の笑顔と「ありがとう」という感謝の言葉は、金銭欲を、支配欲を、自己顕示欲を、物欲などを、一瞬にして消し去るほどの魅力があります。

栗山英樹『栗山ノート』(光文社)

『論語』は「君子は人の美を成す」と教えていますが、大切な人が美しい心を育んでいくために、私たちは自分を磨いていくのだと思えてなりません。

誰かが喜ぶ顔を見れば、次にやるべきこと、やらなければいけないこと、やってはいけないことがはっきりする。自分をつねに高めておかなければ、との決意に芯が通ります。

スポーツや勉強に打ち込む学生でも、初々しい社会人でも、定年退職後の人生を歩んでいる人でも、誰かを喜ばせることはできるはずです。

プロスポーツの監督は、過程よりも結果で評価されます。シビアな競争社会と自覚していますので、私は2012年の就任から毎日を全力で駆け抜けてきました。監督生活がいつ終わっても後悔しないために、自分磨きを心掛けています。

できることなら、何でもいいと思います。目の前に落ちているゴミを拾うことだって、掛け値なしに素晴らしい行為です。社会的な地位も、名誉も、学歴も、何ひとつ介在しないささやかな行為こそが、私たちの社会を明るくするでしょう。笑顔を広めていくでしょう。

人生は捨てたものではありません。

私はいつもあなたの人生を本気で応援しています。

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栗山 英樹(くりやま・ひでき)
北海道日本ハムファイターズ監督
1961年、東京都生まれ。創価高校、東京学芸大学を経て、1984年にドラフト外で内野手としてヤクルトスワローズに入団。1年目で1軍デビューを果たす。俊足巧打の外野手で、1989年にはゴールデングラブ賞を獲得。引退後は解説者、スポーツジャーナリストを経て、2011年11月、北海道日本ハムファイターズの監督に就任。2019年5月、監督として球団歴代2位の通算527勝を達成。

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(北海道日本ハムファイターズ監督 栗山 英樹)

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