「世にも奇妙な計算方法」日本の農家がいくら頑張っても自給率が1%も上がらないワケ

プレジデントオンライン / 2020年1月22日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wdeon

日本の食料自給率は本当に低いのか。拓殖大学国際学部教授の竹下正哲氏は「日本の食料自給率は38%とされているが、これは日本独自の『カロリーベース』だ。諸外国の使う『生産額ベース』では66%で決して低くない。世界でこんな奇妙な計算方法を採用している国は一つもない」という――。

※本稿は、竹下正哲『日本を救う未来の農業』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■「食料自給率が低くて危ない」の大嘘

日本人は「農業問題」と聞けば、まっ先に「食料自給率」を思い浮かべるだろう。そのような教育を小学生の頃からされている。「日本は食料自給率が低くて危ないね」と授業の中で教えられる。農林水産省の発表によると、最新2017年の食料自給率は38%となっている。

38%とは、確かに大問題ではないだろうか。つまり62%の食料は、海外に頼っていることになる。そんな状況で、もし戦争が起きて、食料を輸入できなくなったら、国民の62%は飢え死にしてしまうのではないか、と恐ろしくなってしまう数値だ。

そう、38%という数値だけを見ると、「日本の食料は危ないんじゃないか」と不安になってしまうのは無理もない。だが、この38%とはいったいどうやって計算されているのか、しっかり吟味してみると、まったく違った意味が見えてくる。

現実を見てみよう。スーパーの野菜売り場に行って、野菜や果物を見てほしい。いったい何割が国産で、何割が外国産だろうか。本当に38%しか国産がないだろうか。確かに外国産のものもいくつかはある。

でも、決して多くはないはずだ。みなさんが夕飯の材料として買っている野菜も、ほとんどが国産のはずだ。実際、スーパーの野菜売り場の7~8割ぐらいは国産だと思われる。なのに、なぜ自給率は38%とあまりに低い値なのだろうか。

■「カロリーベース」という不思議な計算方法

その秘密は、自給率の計算方法にある。日本の食料自給率は、「カロリーベース」という不思議な計算方法がとられている。カロリーベース自給率というのは、日本が発明した計算方法で、世界でこんな奇妙な計算方法を採用している国は一つもない。

農林水産省によると、FAO(国連食糧農業機関)、スイス、ノルウェー、韓国、台湾がカロリーベース食料自給率を公表しているとしているが、それらの計算方法は、日本のものとは異なっている。またそもそも「食料自給率」という概念に、これほどこだわっているのも、日本だけである。

では、日本式カロリーベース自給率とはいったい何かというと、野菜とかお肉とか牛乳とか、食べ物すべてを熱量(カロリー)に置きかえて、その全体カロリーのうち何割が国産かを示したものだ。このカロリー自給率を用いると、日本の自給率はとたんに低くなる。そのからくりは、大きく二つある。

一つは、すべてをカロリーに置きかえて計算しているということ。それがどういうことかというと、野菜や果物は、自給率にほとんど関係しなくなることを意味している。なぜなら、野菜や果物はカロリーが低いからだ。野菜が増えようが減ろうが、カロリーに換算してしまえば、微々たる増減でしかない。

■和牛農家ががんばるほど、日本の自給率は下がる

農家ががんばってたくさんの野菜を生産すれば、日本の自給率は上がるように思える。でも、それは間違いで、38%の数値は1%もあがらない。ホウレンソウなんて、100gで18kcalぐらいしかない。つまり、カロリーで計算している限り、いくら国産野菜を増やそうが、そんなことはほとんどまったく数値に反映されてこないのだ。

では、何がカロリーベース自給率で効いてくるかというと、当然カロリーの大きなものということになり、それは肉とか油とか小麦とか砂糖とかいうものになる。そうなると、日本は油、小麦、砂糖の7~9割を輸入しているので、当然自給率ががくんと落ちることになる。

さらには、二つ目のからくりがある。実は日本のカロリーベース自給率では、和牛は日本産にカウントされていない。和牛とは名前の通り日本で育てられた牛のことだが、実は外国産として計算されている。その理由がわかるだろうか。

それは、牛が食べている餌が、アメリカ産のトウモロコシだからだ。食べている餌が外国産なら、その肉も外国産という計算になってしまっている。つまり、和牛農家ががんばればがんばるほど、日本の自給率は下がるという仕組みだ。

しかも、肉だけじゃない。牛乳も卵もすべてそうなのだ。みなさんは、外国産の牛乳を飲んだことなんてあるだろうか。あるいは外国産の卵を買ったことがあるだろうか。おそらく一度もないだろう。しかし、日本の自給率を計算してみると、驚いたことに牛乳の74%、卵の88%が外国産ということになっている。

我々が毎日食している牛乳と卵は、ほぼ外国産らしいのだ。その理由は、先ほどと同じように、餌が外国産のためだ。こんな餌にまでさかのぼって自給率を計算している国なんて、世界中探しても、他にどこにもない。

■食料自給率50%すら夢のまた夢

こういった不思議なからくりがあるおかげで、日本の食料自給率は38%と低い値になっている。実は、このカロリーベースという奇妙な計算方法をとっている限り、食料自給率が上がることは決してない。

もし日本の耕作放棄地や休耕田をフルに活用して、最大限に農業生産を高めたとしても、50%に届くことはないだろう。70%や80%になることは、絶対にない。そういう計算方法になっているのだ。では、なぜ日本はわざわざ牛や豚の餌にまでさかのぼって計算しようとするのだろうか。それは、もちろん食糧安全保障のためだろう。

つまり、外国産の餌を食べている牛や豚は、いくら日本で育てられていようとも、もし戦争とかが起きて、それらの餌を輸入できなくなってしまえば、すぐに死ぬことになる。そんな頼りない存在を、自給率の中で「国産」として扱うことはできない。そういう理論だろう。

確かにその考え方にも一理ある。しかし、そんなことを言い出したら、きりがない。もし餌にまでさかのぼろうとするのなら、実はコメにしても、野菜にしても、あらゆる農産物を「国産」から除外しなくてはならなくなる。

というのも、コメも野菜も種をまけば勝手に育つ、というものではない。当然肥料が必要になる。農薬も必要になる。では、肥料や農薬とはどこから手に入れているのだろうか。

■アメリカ人は「年間2000リットルの石油を飲む」

それを知りたければ、肥料や農薬とはいったい何からできているのか、原材料を知ることが大切になる。ほとんどの人は知らないと思うが、化学肥料や化学農薬の原料は、実は原油と天然ガスだ。つまりプラスチックと同じように、肥料も農薬も実は石油からつくられている。

言い換えると、我々は石油から米や野菜を作っている。ある研究者の試算によると、アメリカ人は一人あたり、年間2000リットルの石油を飲んでいる計算になるという。作物とは、今や土によって育つのではなく、石油によって育てられているのだ。

肥料や農薬だけではない。トラクターの燃料、ビニールハウスの暖房、作物の輸送、農業のあらゆる場面で石油が必要になっている。となると、その石油はどこから手に入れているのだろうか。当然海外からの輸入だ。もし戦争とかになって、海外からの輸入がストップするという事態になれば、肥料も農薬も手に入らなくなる。日本でコメや野菜を作ることがほぼ無理になる。

作れるのは、昔ながらの堆肥や漁肥で作れる分だけだ。そうなると、1億人を養うのはとても無理だ。この狭い国土で、堆肥だけで養える人口は、おそらく江戸時代ぐらいの人口が限界だろう。

■自給率よりも「多角的なチャンネル」が重要

多くの人は、食糧自給率を高めておけば、戦争などで輸入がストップしても、なんとか国産の食料だけで生き延びることができる、と信じている。しかし、このグローバル化の時代にあっては、それは正しくはない。輸入がストップしてしまえば、コメや野菜もすべて作れなくなってしまう。自給率がいくら高くても、そんなことは関係なく、日本はたいへんな食糧危機に陥ってしまうのだ。

食料安全保障という視点に立つならば、「いかに食糧自給率を高めるべきか(つまり国産の割合をいかに高めるか)」を追求するよりも、「そもそも輸入がストップしないようにするには、どうしたらよいか」を考える方が理にかなっているだろう。

つまり、戦争などが起きて、A国からの輸入がストップしてしまったときには、すぐさまB国から輸入できるように、普段から諸外国との連携を密にし、多角的なチャンネルを構築しておくことが望ましい。

グローバル化した現代にあっては、一国だけで食料のすべてをまかなおうという発想は現実的ではない。そのため、もはや先進諸国は「食糧自給率」という数値にそれほどこだわってはいない。国連(FAO)もそんな数値は発表していない。もちろん穀物自給率や食料バランスシートぐらいは、発表している。

■餌までさかのぼった計算は無意味

でも、日本のように総合的な食料自給率をわざわざ作成し、それを前面に押し出して、毎年政府発表している国など他にない。ましてや餌にまでさかのぼって計算している国などあるはずがない。意味がないとわかっているからだ。

日本のカロリーベース自給率の矛盾点をもう一つ指摘するなら、さきほど、日本の農地をフル活用しても、自給率50%を超えるのは無理だ、と述べた。だが、実は1つだけ方法がある。それは、日本人の食生活を第二次世界大戦と同じレベルにまで落とすことだ。

つまり、肉も魚も食べるのをやめて、油も砂糖も牛乳も卵も使わない。パンやお菓子やケーキやまんじゅうなどの贅沢品は一切食べない。ジュースも飲まない。お酒も飲まない。食べるものといえば、芋とコメだけ。飲むのは水だけ。そういう生活をするならば、自然と自給率の数値は上がる。90%越えも夢ではない。でも、それがはたしてみんなが目指している「食料自給率が向上した姿」だろうか。

■生産額ベースでは「自給率66%」

こうして順を追って検討してみると、いったい食料自給率とはそもそも何なのだろう、と考え込まざるを得なくなるだろう。いったいこの数値にどれほどの意味があるのだろうか。とくにカロリーベースという不思議な計算方法をとる意味がまったくわからなくなってくる。

そういう批判もあって、農林水産省は数年前から、「カロリーベース自給率」と並んで、「生産額ベース自給率」も公表するようになった。生産額ベースとは、食料のすべてを金額に換算して、そのうちの何割が国産かを示したものだ。その生産額ベース自給率で見てみると、日本は2017年で66%となっている。カロリーベース自給率の38%と比べると、かなり大きい。

生産額ベースで見るならば、おおよそ7割は国産ということになり、「なんだ、とくに問題ないではないか」という印象になることだろう。実際、イギリスの生産額ベース自給率は58%と日本よりもずっと小さい。ドイツが70%、農業大国フランスでさえも83%、アメリカは92%と、それらの先進国と比べてみても、日本の66%は決して遜色ない。そう、実際のところ日本の自給率は、みんなが信じ込まされているほど、悪くはないのだ。

では、なぜ農林水産省は、カロリーベース自給率にこだわるのだろうか。なぜ世界のどこも使わない不思議な計算方法を発明して、その数値にこだわっているのだろうか。そこには、もちろん明確な理由がある。

■カロリーベース食料自給率を発明した理由

なぜ日本はカロリーベース自給率という奇妙な計算方法を発明したのだろうか。その理由で一番大きなものは、海外へのアピールだったと考えられる。というのも、カロリーベース食料自給率の計算方法が発明されたのは1987年。国際的には、ガット・ウルグアイラウンド(GATT Uruguay Round)がその前年の1986年から始まっている。

竹下正哲『日本を救う未来の農業』(ちくま新書)

その国際交渉の中で、日本は世界中から責め立てられていた。「農作物に対する関税を撤廃しなさい」と。でも、日本は断固としてそうしたくはなかった。「コメを一粒たりとも日本に入れるな」というのが、当時の日本のスローガンだった。

そこで発明されたのが、カロリーベース自給率だ。目的は、日本の農業がいかに弱いかを世界にアピールすること。「世界のみなさん、見てください。日本の自給率はこんなに低いんです。これで関税をなくして開国したら、日本の農業は滅びてしまいます。それだけは勘弁してください」と言うためだ。

そうやって日本は、自分たちの農業がいかに弱いかを海外に訴えることで、かたくなに関税を維持しようとしてきた。それは、日本人の目から見ると普通に思えるかもしれないが、国際社会から見ると、たいへん身勝手な行動と映ってしまっている。

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竹下 正哲(たけした・まさのり)
拓殖大学国際学部教授
北海道大学農学部、北海道大学大学院農学研究科で学ぶ。博士(農学)。大学院在学中に小説で第15回太宰治賞受賞。民間シンクタンク、環境防災NPO、日本福祉大学などを経て、拓殖大学国際学部へ。日本唯一の「文系の農業」として知られる国際学部農業コースの立ち上げに尽力し、栽培の実践を重視した指導を行っている。かつて青年海外協力隊でアフリカに行ったことをきっかけに、世界中のフィールドを回り、海外の農業現場に精通している。2015年に初めてイスラエルを訪問し、衝撃を受けた。主なフィールドはイスラエルとネパール。

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(拓殖大学国際学部教授 竹下 正哲)

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