五輪3連覇の野村忠宏が1度だけ柔道から「逃げた」過去があった
プレジデントオンライン / 2020年3月15日 11時15分
■擦り切れる前に1度立ち止まる
アトランタ、シドニー、アテネと、出場した五輪ですべて「金」。当時、五輪3連覇は全競技を通じて、アジア人ではただ1人の偉業だった。アテネ後は右膝の前十字靭帯断裂など怪我に苦しんだが、それでも北京、ロンドン五輪への出場を目指して40歳まで現役を続けた。言わずと知れた不屈の柔道家である。
そんな野村忠宏さんが過去に1度だけ、柔道から「逃げた」。2連覇を成し遂げたシドニー五輪後のこと。柔道に向かうモチベーションがかつてなく落ち込んだ。
「柔道軽量級として初の2連覇という達成感と満足感がある一方で、3連覇に挑戦する勇気が持てませんでした。アテネがある4年後には30歳になっている。瞬発力とスピードが求められる軽量級において30歳で3連覇。それは柔道界の常識では考えられないものでした。中途半端な気持ちでは、とても目指せない」
最強のまま若くして引退するのもアスリートの美学の1つだ。もう十分、闘った。そんな言葉が胸をよぎりながら、口に出せないままシドニー後の8カ月間を休養にあてた。しかし答えは出ない。周囲からは進退を問われる。そんな状況から野村さんは逃げた。身も心も柔道から解放されるためサンフランシスコに留学。語学学校に通いながら、現地の子供たちに柔道を教えた。勝負の厳しさとは無縁の、楽しいばかりの柔道だった。
そんな穏やかな日々を過ごす中で気持ちに変化が。
■3連覇に挑戦できるのは僕だけ
「競技の世界から離れたことで、自分にとって柔道がどんなものだったのか、思い出しました。子供の頃は体がちっちゃくて弱かった。誰にも期待されず、誇れるものがなかった。でも大好きな柔道だけは頑張れたし、その努力が報われるたびに自信がついて、自分が好きになれた。それは逃げずに、諦めずに挑戦し続けたから得られたものです。そして、3連覇に挑戦できるのは僕だけ。それも今しかできない。そう考えたとき、やろうと決めました」
モチベーションが上がらなければ、擦り切れる前に1度立ち止まる。「僕にはそれがよかったんだと思います」と野村さんは述懐する。
「今は情報が溢れています。だからこそ自分が本当に必要としているものを知ることが大切です。それでいうとONとOFFの切り替えがうまい人は強いと思います。頑張るのは当たり前で、そのためには普段から自信を持って休めるだけの取り組みをしないと」
復帰を後悔したこともある。約2年に及ぶブランクからアテネを目指し復帰した野村さんを「勝てない」現実が待ち受けていた。すでに28歳。柔道家としてはベテランの域であり、肉体の衰えは顕著。「野村は終わった」の声がいやでも耳に届いた。
「自分の決断が間違いではなかったことを証明するには、結果を出すしかない。勝てない現状を受け入れて新しい自分をつくるしかない。それら全部が、モチベーションでした。モチベーションなんて、そのへんに転がっているんです。僕の場合は子供の頃、負けを知ってからの悔しさが一番のモチベーション。見とけよ、というね」
そして迎えたアテネ五輪は、初戦から準決勝まで一本勝ちを続ける圧勝だった。野村さんいわく、同じ金でも意味するところは3つすべて違う。アトランタは心技体の「体」で獲った金メダル。シドニーは「技」で獲った金。そしてアテネは「心」で獲った金だった。かつての「圧倒的に強くて生意気だった野村とは違う自分」がアテネにはいた。
「柔道家としての総合力でいえばシドニーの頃が一番だったと思います。でもシドニー後、選手として地に落ちてから這い上がった、信念を貫きやるべきことをやった、そんな自負が心を強くしてくれたと思います。アテネの畳に立ったときは不思議な感覚がありました。怪我も抱え、体には衰えが出ているはずなのに負ける気がしなかった。対戦相手全員が、僕を恐れているように見えましたから」
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柔道家・オリンピック金メダリスト
柔道でアトランタ、シドニー、アテネオリンピックで3連覇を達成。2015年、40歳で現役を引退した後は国内外で柔道の普及活動をするかたわら、キャスターやコメンテイターとしても活躍中。東京2020聖火リレー公式アンバサダー。
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(エディター/ライター 東 雄介 撮影=和田佳久 写真=時事通信フォト、Getty Images)
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