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なぜトラック運転手はハンドルに足を上げて休憩するのか

プレジデントオンライン / 2020年3月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ANGHI

路上駐車をしているトラックの運転席では、多くのドライバーがハンドルに足を上げて休んでいる。元トラックドライバーのライター橋本愛喜氏は「時間調整も大きな仕事で、サボっているわけではない。行儀が悪くみえますが、不規則な休憩時間内に狭い車内で体を休めるには最適なのです」という――。

※本稿は、橋本愛喜『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■路上駐車で休憩せざるを得ないトラック運転手の事情

2006年、集荷や集配のための一時的な路上駐車であっても、即刻駐車違反となる「改正道路交通法」が施行され、各宅配業者は対応に追われた。

それでも朝の通勤ラッシュ時には、道路を塞ぐようにして停まっているトラックや、時には長い列を成し、ハンドルに足を上げて寝そべるドライバーたちの姿を目撃することがある。

こうしたトラックは、一般車からすれば邪魔でしかなく、「よりによってなんでこんなところでサボってるんだ」とイライラしたことがある人も少なくないはずだ。

しかし、彼らは決してサボっているわけではない。結論から言うと、彼らがしているのは「時間調整」。トラックドライバーにとって、現状「待つ」という作業も一つの大きな仕事となっているのだ。その事情を説明していこう。

■「延着」は事故の次に犯してはならない失態

トラックドライバーの仕事は「トラックの運転」だけではない。彼らには「荷物を安全・無傷・定時に届ける」という責務もあり、存在意義からすると、むしろ後者のほうこそ彼らの本職だといえる。

それゆえ、遅れて現場に到着する、いわゆる「延着」は、彼らがトラックドライバーとして仕事をするうえで「事故」の次に犯してはならない失態で、最も恥ずべき行為の一つだ。場合によっては「荷崩れ」と同じように、高額な損害賠償の対象にさえなる。

道路状況は天候や事故の有無などにも左右されるが、雪が降ろうが台風が来ようが彼らには関係ない。渋滞や交通規制をかいくぐり、時には仲間と情報共有しながら延着せぬように道路をひた走る。こうして到着した現場周辺で、約束の搬入時間まで「休憩」という名の時間調整を行うのだ。

■「早着」も同じくやってはいけないNG行為

一方、そんな「延着」の反義語として「早着」という言葉がある。意味もまたその逆で、「指定時間よりも早く現場に入る」ことなのだが、トラックの世界において、この早着も同じくやってはいけない行為であることは、世間にはあまり知られていない。

早着がNGだとされる理由は、「荷主の都合」であることがほとんどだ。

現場が1日の作業を円滑に行えるよう、トラックによる搬入は、「朝一番」に集中することが多いのだが、その際、道中が順調で現場に指定時間より早く到着しても、荷主が各トラックを受け入れる順番を細かく決めていたり、到着順にトラックを待たせたり、中には、前のトラックの作業が終わるまで、構内への進入を禁止するところすらある。

「荷主の都合」はそれだけではない。時に「1分単位」で搬入時間を指定してくる中、彼らは「近隣住民への配慮」などから、トラックに「現場近くでの待機」をも禁じる。

さらに、その細かい指定時間を守って現場に到着したとしても、構内作業が遅れれば、後に続くトラックの待機時間(=荷待ち)も長くなり、結果的に彼らはその間、完全に居場所を失うことになるのだ。

早く行っても入れてもらえず、近くでの待機も許されない。近隣住民への配慮はあってもトラックへの配慮がないこうした実情により、搬入先から離れた路上には、深夜に必死の思いで高速を走ってきた彼らの仮眠姿が溢れるのである。

■路駐が絶えないのは「改善基準」が一因

トラックドライバーの路駐が絶えないのは、ある「決まり」にも原因がある。それが「改善基準」だ。

この改善基準とは、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働大臣告示)の略で、他業種以上に不規則かつ長時間労働になりやすいトラック、バス、タクシーなどの運転業に携わる人のために、給与や全体の労働時間に対する一般的な労働基準を定める「労働基準法」とは別に、働き方や休み方、走り方などを細かく定めている規則だ。

業界の性質上、この改善基準にはいかんせん「特例」が多いのだが、ドライバーの基本的原則には、

①4時間走ったら30分休憩(通称「430」)
②運転できる時間は、2日平均で1日あたり9時間以内
③翌日の勤務まで休息時間を8時間取らねばならない
④拘束時間は原則1日13時間以内。最大16時間以内で、15時間を超えていいのは週に2回まで。1カ月の拘束時間は293時間以内

といったものがある。

本来はトラックドライバーを守るための規則ではあるのだが、この義務付けられた休憩によって、彼らはたとえ時間や駐車場所がなくとも、どこかで休憩を「取らねばならなく」なり、むしろ精神的疲労の原因になってしまっているのだ。

■トラック運転手にとって唯一の「町中のオアシス」

そんな中、トラックドライバーたちにとって、唯一「町中のオアシス」となるのが、「駐車場に大型トラック専用レーンを設置しているコンビニ」だ。都心にはほとんど存在しないが、駐車場のスペースが広く取れる郊外や、高速道路の入口付近などでは、目にすることがある。

誰の邪魔にもならず、トイレや温かい食事にまでありつけるのは、精神的にも肉体的にも疲労感が全く違う。数年前までは、多くのコンビニが「大型トラックお断り」だったことを考えると、こうした変化はドライバーにとっては大変ありがたい。

だが、トラックが路上で邪魔者扱いされないようになるまでには、まだまだその数は足りていない。いや、「足りていない」というよりは、クルマの通りが少なく車線も多い郊外よりも、交通量が多く、狭い道が入り組む都心や住宅街近くにこそ欲しい場所、といったほうが正しいのかもしれない。

しかし、そんな彼らの弊害になるのが、大型車専用レーンに駐車する乗用車の存在。徹夜明け、運よく見つけた「駐車できるコンビニ」で、同レーンに収まる一般車に気付いた時の落胆度合は、後ろに積んだどんな荷物よりも重い。

■路駐するトラックに遭遇するたび思うこと

スピードは出すな。途中休みも取れ。でも遅れるな。早く着いても近くで待つな。

もちろん、他車の迷惑になる行為は決して許されることではないが、述べてきたように、トラックの世界にはドライバーが無意識に起こしてしまうマナー違反や、マナー違反だと知っていてもどうすることもできない、こうした「日本社会全体の構図」が存在する。

改正道路交通法により、街にはコインパーキングが急増し、路上駐車する乗用車は劇的に減少した。が、そのコインパーキングのほとんどは、大型車仕様にはなっていない。

我々の生活を下支えするトラック。彼らを厳しく追及したり取り締まったりする前に、その存在を含めた環境を構築する必要があると、路駐するトラックに遭遇するたび思うのだ。

■なぜハンドルに足を上げて休憩するのか

他の一般ドライバーからしてみれば、「路駐のトラック」はただの邪魔でしかなく、その存在だけでも大きなストレスになるというのに、その車内のドライバーがハンドルに足を上げてふてぶてしく休んでいる姿まで目に入ってくれば、イライラはさらに募ることだろう。

長距離を走るほとんどの大型トラックの座席後部には、大人一人分の「ベッドスペース」がある。決して広いとは言えないものの、大柄な男性でも、横になって睡眠を取るには足りる空間だ。が、それでも彼らは、敢えてあのような足を上げた体勢で休憩を取ることがある。

その理由は、「不規則な休憩時間」にある。彼らが取れる休憩時間のタイミングや長さは、とにかく悪く、そして短い。

荷主の元で数時間かけて荷積みをし、搬入先に向けて夜の暗闇をひた走る。ようやく気分が乗ってきたところで、先にも紹介した「4時間連続走行で30分の休憩」を取るタイミングとなり、先を急ぎたい気持ちを抑えて駐車場所を探し、クルマを停める。

途中、事故渋滞や交通規制に巻き込まれれば、タイトな時間との戦いに気を揉み、搬入先付近に到着する頃には、睡魔も疲労も限界。が、それらを解消できるほどの休憩を取れないまま、搬入先での荷降ろしの時間がやってくるのだ。

■「足上げ」が目覚まし代わりになる

そんな状況の中、わずかな仮眠のために、後ろにあるベッドへ体を埋めるとどうなるかは、トラックドライバーでなくても想像に難くないだろう。「寝過ごす」のだ。疲れ切ったその体には、ベッドはあまりにも快適すぎるのである。

こうして短い休憩の際は、多くのドライバーが運転席で仮眠を取ることを選択するのだが、その狭く不安定な座席で、最も楽にいられるのが、例の「ハンドルに足を上げた体勢」なのだ。通称、「足上げ」。束の間、アクセルやクラッチから解放された足を、心臓よりも高い位置に置くことで、長時間の着席状態で生じた「浮腫み」を和らげる。

が、そんな体勢が「快適」であるわけがない。数十分もすれば襲ってくる足のしびれや腰の痛みが、皮肉にも彼らの「目覚まし代わり」になるのだ。

筆者もトラックを運転していた当時、足の浮腫みには大変悩まされていた。走り始めたらストレッチどころか、立ち上がることすらできなくなるため、手で押して確認するふくらはぎの「パンパン度」は、まさに「低反発マットレス」だった。

トラックに乗り始めてしばらく経ったある日のこと、あるサービスエリアで毎度仲良くしてくれていた例のトラックのおっちゃんたちに「足が浮腫む」とこぼしたところ、「こうすれば幾分楽になるぞ」と、わざわざ実演交えて教えてくれたのが、この「足上げ」だった。

一応女性である手前、彼らのように高々と上げることは憚られたが、両足をハンドルと窓の間に入れ込むだけでも、その違和感は大分和らいだ。

■「足上げ」を推奨する専門家も少なくない

見た目には決して褒められた格好ではないが、この「足上げ」をトラックドライバーに推奨する専門家も少なくない。というのも、トラックドライバーの労働習慣には、「エコノミークラス症候群」を引き起こす要素が非常に多いからだ。

エコノミークラス症候群とは、足や下半身の血流が悪くなり、できた血液の塊(血栓)が肺の血管に詰まる病気で、呼吸困難や胸痛などを引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。東日本大震災時、避難所での突然死や車中死が頻発したことで、国民に広く認知されるようになった病でもある。

トラックドライバーは、長時間狭い車内で過ごさねばならないだけでなく、クルマを停められる場所の少なさから、トイレの回数を減らそうと、水分の摂取を抑えたり、眠気防止のために足を温めすぎないようにするなどといった、独特の「長距離運転対策」を講じることがある。が、皮肉なことに、こうした行為は、エコノミークラス症候群を引き起こす大きな要因となる。

一方、そのエコノミークラス症候群の効果的な予防策の一つが「足を高くして寝ること」。つまり、ドライバーが楽な体勢として取る「足上げ」は、エコノミークラス症候群予防としても、理に適っているのだ。

しかし、見た目の問題や衛生的観点、さらには「食わせてもらっているハンドルに失礼だ」という企業理念などから、中にはこの「足上げ」を禁止する運送業者や荷主も存在する。が、ドライバーとて足上げなどせず、休憩時間くらい後ろのベッドで眠りたいというのが本音なのだ。

■原因はトラック運転手を取り巻く過酷な労働環境

「国の血液」と称される日本のトラックドライバーだが、こうして十分な休憩や睡眠時間、ひいては健康すら保障されない彼ら自身の体内では、ホンモノの血流に血栓ができる危機が迫っているという皮肉な現象が起きている。その根源にあるのは、彼らを取り巻く過酷な労働環境や荷主都合主義の風潮、時代に合わない商習慣やインフラなどだ。

橋本愛喜『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)
橋本愛喜『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)

さらに、これらの原因は昨今、悲惨な交通事故やドライバー不足などといった「物流の血栓」をも生み出し始め、彼らの労働環境をより一層悪化させている。

こうなればドライバーも、足だって上げたくなる。いや、彼らが上げたいのは、足ではなくもはや“両手”なのかもしれない。路上で見る彼らの足上げ姿は、過酷な労働環境の表れだ。

「足上げて寝とると、足でクラクション鳴らしちまって、びっくりして飛び起きるんだよな」と明るく笑い合う、あの頃のおっちゃんたちを思い出す。

フロントガラス越しの「足上げ姿」ひとつで、彼らが「サボっている」と単純に誤解されるには、あまりに悲しい背景がそこにはある。

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橋本 愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。

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(フリーライター 橋本 愛喜)

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