「売春せずに芸を売る」ストリッパーたちが生んだ"花電車"という文化
プレジデントオンライン / 2020年3月19日 15時15分
※本稿は、八木澤高明『花電車芸人 色街を彩った女たち』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■戦後まもなく産声上げたストリップ劇場
日本には、かつて全国の隅から隅までに300軒のストリップ劇場があったという。ところが、年々その数は減っており、今では20軒に満たない劇場しか残っていない。都心にあり、常に観光客を呼び込める劇場以外は、いつまで存続できるのだろうか。地方で営業する劇場の経営は、風前の灯火といっていいだろう。ストリップ興行の母体である劇場ですらそのような状態のため、ストリッパーの数も、当然ながら減っている。
ストリップ業界は、常に低空飛行を続けてきたわけではない。ストリップは戦後まもなく、新宿で産声を上げた。はじめはストリッパーは動かない、ポーズを取ったまま上半身のヌードを見せる額縁ショーだった。それでも、戦後の解放感に浸った、娯楽に飢えた男たちはストリップ劇場に長蛇の列をつくった。
■“花電車芸人”はいまや十指に満たない
そのうちにショーは過激化していき、性器を見せるようになる。それも当たり前のようになると、劇場の経営者やストリッパーたちは、次から次へと新たなショーを生み出していった。ステージ上でSMを披露したり、ポニーや犬と交わる獣姦ショーを催したり、果てはじゃんけんでストリッパーに勝った客とステージでセックスをしたりする、本番まな板ショーまで行われるようになった。ストリップ劇場は、女を買うことができる売春施設そのものといってよい状況になっていったのだ。
2000年代に入り、警察からそのような状況にストップがかかったこと、また女の裸がインターネットなどで手軽に見られるようになったことから、ストリップ劇場から客足が遠のくようになり、劇場は数を減らしていった。
ストリップ業界が浮き沈みする中、ずっと変わらない芸を披露し続けるストリッパーたちがいる。その芸は花電車といい、それを披露する芸人を花電車芸人という。
花電車とは、祭りなどで利用される客を乗せない電車を意味する。そこから派生して、遊廓で働いていた娼妓などが、本来の仕事であるセックスではなく女性器を使って芸をした(つまり「男を乗せない」)ことを、花電車芸と呼ぶようになった。
現在、日本で花電車芸を披露している者は、十指にも満たない。もしかしたら、ストリップ劇場が消える前に、彼女たちはいなくなってしまうかもしれない。花電車芸人は、極めて貴重な存在なのである。
その貴重な花電車芸人のひとりに、ファイヤーヨーコがいる。彼女はアソコから火を噴くことを得意としていた。
■海外で“道場破り”に挑戦する夢
ナニワミュージックでヨーコを初めて取材をしてから約2年が過ぎた頃のことだ。夢物語と思っていたものが動きはじめた。花電車芸を行っている海外のストリップ劇場を訪ねて、お互いの芸を披露しあうのだ。
これまでにもさまざまな雑誌や新聞、テレビなどにも企画を売り込んできたが、誰も首を縦に振る者はいなかったと、その話をした大阪のメキシコ料理店で彼女は言っていた。
企画自体は面白いが、海外に行ってみなければ、果たして道場破りが成功するかどうかもわからない。そもそも芸の性格上、どうしても性器を晒さなければならない。それは、日本だけでなく海外でも違法行為である。それゆえに、最悪の場合は逮捕される可能性もある。マスコミを覆っている事なかれ主義からしてみれば、ゴーサインなど出るはずがないのだ。
■冗談半分の話が第三者を動かした
その日、私とヨーコが道場破り話で盛り上がっている傍らには、日笠さんという実話誌の編集者がいた。このご時世に一風変わった男で、ストリップの取材をしたいと私がお願いした際も、「やりましょう」と背中を押すだけでなく、きちんと取材費の面倒まで見てくれていた。その彼からしてみても、さすがにヨーコの道場破りは理解の範囲を超えていたようだった。ぽかんとした表情でひとりコーラを飲みながら、「面白いですね。企画を出してみます」と言ってはくれたが、顔にはありありと困惑が滲み出ていた。
ところがある日、日笠さんから一本の電話がかかってきた。
「あの企画なんですけど、通りました」
一瞬、企画を振った本人が何のことだかわからなかった。何か企画を出していたかと考えてしまったほどだった。出版不況のご時世に、取材費を引っ張ってくるのは無理だと半ば諦めていたし、こんなことを言っては失礼だが、日笠さんがそれほど興味を持っているようにも思えなかったのだ。
「八木澤さんとヨーコさんの盛り上がりを見ていたら、少しでもお役に立ちたいなと思ったんですよ」
冗談半分の気持ちで話していたことが第三者を動かすこととなった。電話を切ると、手ぶらでは帰って来ることはできないという思いが込み上げてきて、身震いがした。
■やるなら「バンコク」がいいと考えた理由
私が同行したところで、立会人としてカメラを向けることぐらいしかやれることはない。強いてほかに挙げれば、普通の人よりは少しばかり海外の物騒な場所を歩いてきた経験があるため、一筋なわではいかない相手との交渉も、真似事であればできるだろう。マネージャーのような役割はできるのではないか。
海外で花電車芸の取材をするうえでやりやすい場所はどこか。ヨーコと私が一致したのは、タイの首都バンコクだった。花電車芸は、中国ではクラブなどの余興として行われているそうで、あまり開かれたものではない。それに比べ、バンコクでは海外からの観光客向けのバーなどで半ば公然と行われているという。とはいえ、バンコクへは幾度となく足を運んでいるものの、私は花電車芸を見たことがなかった。
私はすぐにバンコク在住の友人に連絡を取り、取材の下準備に入った。やると決まったものの、バンコクのストリップを演じているバーにコネクションがあるわけではなかったので、当てはまったくなかった。
■ゴーゴーバーで行われる“花電車”
バンコクでの花電車芸の披露は、ヨーコが毎年休みを取る2月の初旬に決まった。友人にバンコクのストリップ事情を調べてもらったところ、観光客向けの売春施設である何軒かのゴーゴーバーで花電車をやっているという。
果たして、それらのバーが取材を受けてくれるかどうか。私はとりあえず、ヨーコより先にバンコクへ向かって段取りをつけることにした。
ヨーコがバンコク入りする前日、バンコク在住の友人と実際に花電車芸が行われているバーへ足を運んだ。その店は、ベトナム戦争時代に米兵相手の売春からはじまった歓楽街、今では世界中から観光客が訪れるパッポンストリートにあった。
私は一抹の不安を抱えながら、大音響でロックが流れ、話も満足に聞き取ることができない通りを歩いた。店は、通りの中ほどの2階にあった。
■チップに手を合わせるストリッパーたち
店はちょうど開店したばかりだったが、店内にはちらほらと白人客の姿があった。円形のステージを囲むように席があり、ステージ上には、水着姿で浅黒い肌をし、小柄でずんぐりむっくりの体形をしたストリッパーがいた。年の頃は30代半ばから40代といったところだろうか。どんな芸を見せるのかと思ったら、性器から続けざまにピンポン玉を出した。
日本の劇場のように拍手がわき起こるわけでもなく、白人の客がビールを片手に興味なげに眺めていた。それでもストリッパーたちは、大音響のロックが掛かる店の中で芸を続けていた。ピンポン玉の次は、バナナの実を性器から出した。やはりその場の空気は変わらぬままだ。ストリッパーたちは、自分たちの持ち芸をただ淡々とこなしている。私が少しばかりのチップを渡すと、まるで仏像でも拝むように、ストリッパーは何かをつぶやきながら手を合わせた。
白けた店の中で、私はひとり感動していた。花電車芸は、どのような道筋をたどってここバンコクで演じられているのか。日本と同様、この国でも売春は大っぴらに行われているものの、花電車芸のルーツについて記された記録は、私の知る限り存在しない。あくまでも私の推論になってしまうが、バンコクでゴーゴーバーやソープランドを経営している者には、華僑が少なくない。風俗産業ばかりでなく、経済を牛耳っているのは華僑である。バンコクには巨大なチャイナタウンもあり、その影響力には強いものがある。花電車芸も、華僑がもたらしたものではないか。(続く)
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ノンフィクション作家
1972年、神奈川県横浜市生まれ。写真週刊誌「フライデー」専属カメラマンを経て、2004年よりフリーランス。01年から12年まで取材した『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』が第19回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。15年以上にわたり、日本各地の夜の街と女たち、世界の戦場で生きる娼婦たちを取材してきた。著書に『娼婦たちから見た日本 黄金町、渡鹿野島、沖縄、秋葉原、タイ、チリ』(角川文庫)、『ストリップの帝王』(KADOKAWA)などがある。
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(ノンフィクション作家 八木澤 高明)
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