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ハーバードと日本史「スーパーエリートがダボス会議で語ったこと」

プレジデントオンライン / 2020年5月3日 11時15分

グロービス経営大学院 学長 堀 義人氏

■英語版『武士道』が世界的ベストセラーに

2020年で50回目を迎えたダボス会議。主にテーマになったのは「環境問題」と「ステークホルダー資本主義」の2つでした。議論に参加して率直に感じたのは、「何をいまさら」という思いです。日本は昔から環境と社会の共生をやってきました。また、「三方良し」に象徴されるように、ステークホルダー全員の幸せを目指す経営もあたりまえ。株主価値の最大化を徹底する欧米の資本主義とは、もともと一線を画していました。

世界のビジネスエリートも、ようやくそのことに気づいたのでしょう。近年、世界では日本の存在感が増しています。たとえばダボス会議を主宰している、世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長は、「日本はG7の中で最も安定した民主主義国家」と評しました。僕もさまざまな場所で、「欧米各国で国民の分断が相次ぐ中、日本はなぜ安定しているのか」と質問を受けました。

日本が世界から注目を集めるのは、今回が初めてではありません。最初に世界が注目したのは、パリ万国博覧会のあった1900年前後です。日本が日清戦争、日露戦争に勝って、世界の人々はアジアの小さな国が軍事で列強と肩を並べたことに驚きました。東洋の神秘を解き明かそうと、当時は英語で書かれた新渡戸稲造『武士道』、岡倉天心『茶の本』、内村鑑三『代表的日本人』が世界でベストセラーになりました。

その次は80年代です。戦後、奇跡的な復活を果たした日本は、高度成長を経て経済で世界を席巻しました。ハーバード大教授のエズラ・ヴォーゲルは、その現象に関心を持って79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いた。僕がハーバードにMBA留学したのはその後ですが、ハーバード名物のケーススタディは、トヨタのカンバン方式やクオリティコントロールの方法など、日本の事例がズラリと取り上げられていました。

ピークは、89年の三菱地所によるロックフェラーセンター買収と、ソニーによるコロンビア映画の買収でしょう。この2つは、アメリカの魂といえる場所や会社。当時のアメリカ人は相当に衝撃を受けていました。

そして3回目がいまです。きっかけは東日本大震災でしょうか。未曾有の津波や原発事故が起きたにもかかわらず、被災地では自然に秩序ある形で避難生活が行われ、全国から応援の人たちが駆けつけました。事故や災害時だけではありません。日本では財布を落としても返ってくることが多いし、町をぶらぶら歩いていても人との触れ合いがある。外国人からすると、日本の人々はなぜ互いに優しく絆が強いのかと、新鮮に映るようです。

日本人にとっては、ごく自然な振る舞いです。しかし、世界的に分断が起きていること、即位の礼や東京オリンピック&パラリンピックなどの行事が続くことなどから、世界の人々があらためて日本人の行動に注目し始めました。ハーバード時代の友人たちも、2015年ごろまでは日本に来なかったのに、急にここ数年、「子どもたちに見せたい」と旅行に来るようになった。まさにいまが3回目の波です。

■日本が安定した根底に水戸学がある

日本が世界から注目を集めた理由は、1回目は軍事力、2回目は経済力でした。3回目のいまは、安定した社会です。では、日本の安定的な社会の源泉は何か。海外の人たちも知りたがっているこの問いに僕なりに答えるとすると、根底には水戸学があると考えています。

あまり知られていませんが、水戸学は明治維新の起承転結に深く関わっています。水戸学は、第2代水戸藩主・徳川光圀による『大日本史』編纂に端を発します。

光圀は日本の歴史を振り返り、日本の国体は天皇家によってもたらされるという考え方を明確にしました。これが、いわゆる尊王思想です。一方、江戸後期には、水戸藩の大津浜にイギリス人が上陸する事件が起きて、攘夷の機運が高まります。この2つを合わせて尊王攘夷論を説いたのが、水戸学の学者である会沢正志斎の『新論』でした。こうして尊王攘夷の思想が生まれたのが、明治維新の起です。

■水戸学の思想が各地に伝播していった

この『新論』をバイブルとして、水戸学の思想が各地に伝播していったのが、起承転結の承にあたります。吉田松陰は水戸に遊学したし、西郷隆盛は尊敬する人物として、薩摩藩主・島津斉彬のほかに、水戸学の支柱であった藤田東湖をあげています。

転は桜田門外の変です。大老井伊直弼が暗殺された、あの事件は1人の元薩摩藩士を除き、水戸藩の元藩士たちによって起こされました。そして結は、大政奉還です。江戸幕府最後の将軍として大政奉還を行った徳川慶喜は水戸徳川家の藩出身です。大名の息子は江戸で育てるのが通例ですが、副将軍を担う水戸藩主は唯一参勤交代が免除されており、父の第9代水戸藩主・徳川斉昭は慶喜を水戸で育てました。幼いころから尊王攘夷の水戸学を学んだ慶喜は、錦の御旗を相手に戦うことに抵抗があった。それが大政奉還につながったのです。

残念ながら、大政奉還の後、明治維新の歴史は薩長中心に書き換えられ、水戸学は傍流へと押しやられてしまいました。しかし、歴史をひもといていくと、水戸学なくして明治維新はなく、その後の安定のもとになった国体思想も育まれなかったことがわかるはずです。

日本に注目が集まっている今、この事実を日本人のみならず世界の人々にも知ってもらいたい。その思いをハーバード大学大学院で博士号を取った歴史学者、マイケル・ソントン氏に伝えたところ、水戸学の本を英語で執筆してもらえることになりました。彼は北海道を中心とする日本近代史の研究者ですが、水戸学の歴史を話したら、「それは面白い」と俄然、興味を示しました。それから自身で取材と研究を重ね、本は20年『Mito and the Making of Modern Japan』(日本語版タイトル『水戸と維新の物語』)として、発表される予定です。

日本が世界に注目された時代は、いつも日本に関する本がベストセラーになりました。3回目の今は、水戸学の本に関心が集まるかもしれない。茨城出身の僕としては、そうなることを期待してやみません。

世界から注目された日本の歴史

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堀 義人(ほり・よしと)
グロービス経営大学院 学長
1962年、茨城県出身。京都大学卒業、米ハーバード大学MBA取得。住友商事を経て92年、グロービス設立。日本版ダボス会議である「G1サミット」を主宰。

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(グロービス経営大学院 学長 堀 義人 文=村上 敬 撮影=的野弘路 写真=PIXTA)

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