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知の巨人・佐藤優が語る「百田尚樹の『日本国紀』を読む意義」とは

プレジデントオンライン / 2020年4月10日 15時15分

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏

大人になってから、再び日本史を学び直すことがビジネスパーソンの間でブームになっている。私たちが今、歴史を振り返る意義とは? 知の巨人・佐藤優が大いに語る。

■ビジネスパーソンが日本史を学ぶ意義とは

ビジネスパーソンの間で、日本史を学び直すことがブームになっていますが、それは必要に駆られたという自然の流れによるものです。

グローバルな現場で働く人が増えてきた今の時代、日本史の知識が必要不可欠になってくる。その理由は、相手から軽く見られないためです。海外から日本へやってくるビジネスパーソンは、日本の歴史や文化をある程度身につけています。自国の歴史を学ぶことは、自分自身を守り、信頼を得るためのツールになるのです。

逆の立場を考えてください。カウンターパートになったアメリカのビジネスパーソンが、南北戦争やリンカーンを知らない。キューバ危機やベトナム戦争について知らない人だったら、どうでしょう。「これほど基礎教養に欠ける人と仕事をして、大丈夫だろうか」と不安に駆られるはずです。

また、ビジネスパーソンにとって歴史は、単に学ぶだけでなく、現代を読み解くカギになる。現代は、それまでの価値観が壊れていく、時代の転換期です。その点、南北朝から応仁の乱あたりまでは、現代に類似している時代と言えるでしょう。

■何だ、こいつ、古臭いやつだ

1333年、千早城に籠もった楠木正成軍に対して、鎌倉幕府の大軍が攻めかかります。幕府軍の武士は城の前へ出ていって、「やぁやぁ我こそは」と名乗りを上げる。戦は天が見ている下での決闘だ、という発想に基づく伝統の作法です。対する西軍は「何だ、こいつ、古臭いやつだ」と、矢を射て殺してしまう。

それより約150年前の源平合戦の時代は、お互いに名乗り合っていたわけです。ところが、この時代になると西軍は合理主義に変わり、いきなり射かけたり、上から丸太や糞尿をぶっかけたりします。そういった異なる価値観や常識が混在していたのがこの時代です。両軍には、終身雇用制(人に仕事を付ける働き方)の鎌倉時代の御家人と、ジョブ型雇用(仕事に人を付ける働き方)である野武士も混在していました。

室町幕府・小泉政権に共通する「小さな政府」

現代との相似性でいえば、足利尊氏が開いた室町幕府は、小泉政権によく似ています。経済機能は民間に任せ、政府機能を極小にしました。つまり新自由主義だったのです。

グローバリゼーションの脅威にさらされていた点も、現代に通じます。当時の中国大陸には、巨大な明国が建国されました。高度な国防国家ですから、元国よりも怖い存在です。足利義満はその脅威にへりくだり、勘合貿易を始めました。日本と明国の関係は現在の日米関係に似ています。

明国と組むしかないと現実的に考えた義満などのほかに、「日本には日本の独自の発展モデルがある」と信じる北畠親房のような人物がいたことは、特筆すべきです。後醍醐天皇の側近で、戦う貴族だった北畠親房は、『神皇正統記』の著者として有名です。

人材の登用について同著では、「人を選ぶときには、まず品性、次に実績、3番目に身分で選べ」と言っている。秩序や権威に反発する「ばさら大名」が登場する流動的な時代ですから、身分によらない能力主義という新しい発想が出てきたのでしょう。「劣勢の南朝を立て直すためには、人事政策をきちんとやらなければいけない」という文脈の中での話ですが、業績があっても品性下劣な人間に誰もついていかないのは、現代においても同じです。

現代に似ているといえば、日清戦争前の国際情勢と、最近の日中関係もそうです。南シナ海の島々を埋め立て、軍事拠点化している中国の海洋戦略と朝鮮半島への勢力拡大の影響を、日本はじかに受けています。

現在の中国の軍事力は、まだアメリカを脅かすまでに至っていないので、米中の緊張は主として経済面です。軍事力の脅威を受けるのは日本。ではどう応じていくべきなのか。結論としては、日中の衝突を避けることが死活問題になると思います。中国の海洋戦略に、日本はもはや対抗すべきではありません。逆説的ですが、一帯一路構想に乗っかってしまえば、脅威は脅威でなくなるのです。2020年4月の習近平国家主席の訪日で、日中間の「第5の政治文書」を作ることが、非常に重要です。そこで国際分野における協調を謳えば、日中関係は安定化していくはずです。

■日本の国力はこの20年で著しく衰えてしまった

なぜなら、日本の国力はこの20年で著しく衰えてしまったからです。20年近く外交の現場にいた人間として、それは肌感覚でわかります。日清戦争当時は日本の国力が強かったけれど、清国はいつまでも自国のほうが上だと思い、開戦してしまった。日本は、あの当時の清国の状態に近いと思います。

清国では、イギリスにアヘン戦争で負けたくらいでは改革の必要がわからず、日清戦争に敗北して初めて、何とかしなければいけないという意識が共有されました。その結果として辛亥革命が起こり、清王朝が倒れて中華民国が生まれたわけです。

現在の日本も、いまだ20年前の感覚でいる。日本は今の国力を冷静に判断する必要があります。

明治以降、国民全体の教育の質と収入は右肩上がりになっていましたが、ここにきて初めて、右肩下がりになる時代を迎えています。ジョブ型雇用が増えていますが、1940年に総力戦体制が取られる前は、日本の仕事は基本的にジョブ型でした。終身雇用制は、あの頃にサラリーマンと呼ばれるようになった、ごく一部の総合職だけのものでした。彼らと一般の労働者の収入には、極めて大きな格差がありました。

田沼意次(1719~1788)
田沼意次(1719~1788)(牧之原市史料館所蔵=写真)

日本の歴史を通して学ぶと、わずかな上層部を除いてはジョブ型が中心で、格差も大きいのが常態である、という社会の姿が見えてきます。戦時体制から平成の中期くらいのおよそ60年が、むしろ例外的な時期。新しいイノベーションが起こって産業構造が変わり、失業者がたくさん出てくるであろう今後は、明治維新と文明開化の構造転換によって、武士が大量にリストラされた時代の再来です。

組織のマネジメントに関して人物の名前を挙げれば、柳沢吉保(1659~1714)や田沼意次(1719~1788)が重要でしょう。どちらも評判はよくない人物ですが、戦国の革命家の時代が終わり、確立された江戸幕府の体制と秩序をどう維持していったのかは、現代において着目すべき点です。柳沢吉保は、赤穂浪士を熱狂的に支持する民意に反して、徹底的に処断を下しました。浅野内匠頭に切腹を命じた幕府の仕置きを否定する彼らの行いは、秩序を維持するという観点から受け入れることができなかったからです。

乃木希典(1849~1912)
乃木希典(1849~1912)(AFLO=写真)

田沼意次は、経済を重視しました。緊縮財政をやめ、印旛沼を干拓するなどケインズのような政策をとりました。長く続いた体制の中では、大名や武士も国家官僚だったのです。

人心掌握術では、乃木希典。司馬遼太郎から徹底的に叩かれて凡将の扱いになりましたが、203高地でロシア軍の機関銃の前に1万5000人もの戦死者を出しながら、結果として勝った。それは自分の長男と次男を率先して前線に出し、戦死させたためでした。どれほど勇ましいことを言っても、言葉だけでは人はついてこない。行動で示せば、誰も文句は言いません。

■ビジネスパーソンにすすめる日本史勉強法

日本人の好きな歴史上の人物といえば、信長、秀吉、家康です。同じ戦国武将でも「長生きしたいから毛利元就が好き」とか、「倹約・風俗粛正に徹し、幕府の財政を再興しようとした水野忠邦のような改革者になりたい」と言う人は珍しい。司馬遼太郎の著作をはじめ、著名な小説の中には天下を取った人々の人心掌握術や逆境を乗り越える生き様が躍動的に描かれており、ビジネスパーソンの心を掴むのでしょう。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏

ただし、歴史小説や漫画を楽しむことはあっても、勉強に活用しようと思ってはいけません。専門分野であれば、なおさらです。

私は外務省でロシア研修生の指導官を務めていたことがあります。そのとき私は研修生に「司馬遼太郎の『坂の上の雲』でロシアを理解することはできない」と指導していました。たとえば、陸軍情報将校の明石元二郎がレーニンに面会したと語る場面があります。2人は「友人であったといっていい」と司馬は書いている。たしかに、明石が残した手記には面会の話が実際に書かれているのですが、それ以外の証拠がまったくない。常に明石の行動を監視していたロシアの秘密警察の記録を見ても、そんな記載はありません。こうした重要事項がフィクションであるからには、全体についてもそういった心積もりで臨む必要があります。

とはいえ、小説をはじめ教科書以外の作品を読む意義もあります。たとえば、百田尚樹さんの『日本国紀』を読めば、保守派やネット右翼の人たちが、どういう歴史観を持っているかを知ることができる。現実に一定の力を持つ人たちの歴史観を、読まずに批判するのはいけない。そういう人たちをマーケットにビジネスをする場合、当然読む必要がある。こういう読書を通じて、世の中にはさまざまな歴史観が存在することを理解するのです。

ビジネスパーソンが日本史を勉強するとき、どのくらいのレベルの知識が必要か。日本政府観光局が行っている通訳案内士の試験が、目安になります。通訳案内士は、海外から日本を訪れる観光客を案内するための国家資格です。試験はマークシート式で、過去問が公開されています。たとえば2019年度は、藤原定家が撰者の1人となった和歌集を、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集、新続古今和歌集の中から選択する問題などが出ています。

また、歴史につきものなのが、年号です。年号が頭に入っていないと、歴史の節目は理解できません。

▼佐藤優がすすめるビジネスパーソンのための
日本史勉強法
◎小説や漫画では勉強にならない
◎年号を覚えることは非常に重要
◎ワンテーマの新書だけでなく、通史こそ読むべき
◎世界史については近現代史で十分。古代まで遡る必要はない

■押さえるべき年号なんて200個くらい

なんとなく流れを覚えているだけでは、日清戦争と日露戦争の時系列が逆になったり、ロシア革命とソ連崩壊が逆転したりします。私が大学で教えた中には、第1次世界大戦と第2次世界大戦の時系列が逆転していた学生がいました。年号は決定的に重要です。ただし元号で覚える必要はなく、西暦だけで十分。さらに押さえるべき年号なんて200個くらいですから、大した量ではありません。

歴史の勉強で大切なのは、必ず通史を読むことです。新書はワンテーマなので読みやすいですが、断片的な知識はつくものの通史的な勉強にはなりません。歴史を楽しむための、小説の延長線上と捉えるべきです。

本格的に学ぶのであれば、大学で日本史を専攻する学生が読むレベルの本を読むことです。専門書であっても、著者の見解が極端に偏っていないものが望ましい。『岩波講座 日本通史』(全21巻、別巻4巻)や『岩波講座 日本歴史』(全26巻)がおすすめです。読み物として手に取りやすく、なおかつ詳しいのは、中公文庫の『日本の歴史』(全26巻+別巻)です。しかしどれも長すぎます。本気で取り組むと、1年半から2年はかかってしまう。

忙しいビジネスパーソンにとって、時間は有限です。まして日本史の専門家になるわけではないので、必要な範囲でミニマムな勉強をするという制約を設けておくべきです。

『新もういちど読む山川日本史』(山川出版社)は、高校の日本史教科書を一般向けに書き直した通史です。読みやすいですが、情報量は少ない。『いっきに学び直す日本史』(東洋経済新報社)は、私が企画・編集・解説を担当した本で、大学入試が一番難しかった頃の学習参考書を改訂したものです。「古代・中世・近世編」と「近代・現代編」の2冊に分かれています。内容が正確で、解説もていねいです。

世界史との関連も、わかりやすく書かれています。我々に必要な世界史は、近現代史です。アレクサンドロス大王やエピクロスについて詳しく知らなくても支障ありませんが、ルーズベルトやスターリンについて知らないのは問題です。通常のビジネスパーソンには、このボリュームで十分だと思います。膨大な量の勉強に挑戦して消化できないのが、一番よくないのです。『新もういちど読む山川日本史』がミニマムで、『いっきに学び直す日本史』がマキシマム。その幅は比較的狭いです。

日本史をきちんと勉強しておくと、自分の会社や他社の社史を読んだときも、すっと頭に入ります。どういう状況の下、業績が発展し、あるいは逆風が吹いたのか理解できるからです。

日清戦争から現在の日中関係を読み解く

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎 撮影=小倉和徳、村上庄吾 写真=時事通信フォト)

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