商売をたんなる決済にしない「ギブから始まる」事業戦略
プレジデントオンライン / 2020年4月8日 9時15分
※本稿は2020年2月28日に収録された「地域資本主義サロン」での対談をまとめたものです。
■マッキンゼーからカフェ経営者に転身
【柳澤】今回のゲストは影山さんです。『ゆっくり、いそげ』(大和書房)という本を書かれています。本のオビでは「JR中央線・乗降者数最下位の西国分寺駅―そこで全国1位のカフェをつくった人」と紹介されていますね。
【影山】ご紹介ありがとうございます。クルミドコーヒーの影山と申します。東京の国分寺市というところでカフェの経営をしています。クルミドコーヒーと胡桃堂喫茶店の2店舗で、もう11年半ぐらいになります。カフェを始める前はマッキンゼー・アンド・カンパニーというコンサルティングの会社にいたり、投資ファンドでベンチャーキャピタリストの仕事をしたりしていました。
【柳澤】日銭を稼ぐ仕事と普通の人が目にしないような大金を動かす仕事と、ある意味、両極を見てこられたわけですね。
【影山】そうですね。100円玉をじゃらじゃらいわせて入金するのと、銀行で0の数を数えながら1億円の振込とかをしていた時代と(笑)。カフェを経営していると、グローバル資本主義というものと、僕らが日々のなりわいとしてやっていることは随分性格が違うなっていうのを感じるんです。そのことを自分なりに反芻してたどり着いたキーワードが2つありました。1つは「ギブから始める」ということ、もう1つは「特定多数」です。
■「お客さんに喜んでもらうこと」から始めた
【柳澤】まず「ギブから始める」について聞かせてください。
【影山】はい。幸いなことにカフェを始めた当時は、まだその前の投資ファンドの仕事もやっていたので、毎月の売り上げに汲汲(きゅうきゅう)とすることもありませんでした。だから自分の生まれた国分寺をよりよい街にするとか、そこのお客さんに喜んでもらうにはどうしたらいいかをピュアに追求することができたんです。西国分寺にもドトールとかPRONTOとかスタバとかナショナルチェーンのカフェもあるのですが、そういったところの出店する動機とは違うところがありました。特に上場企業だったりすると売り上げを追求しなければならないわけですが、僕らは自分たちの利得ではなく誰かにギブするという発想から始めようと。そこの動機がそもそも違っていたんです。
【柳澤】街に貢献したいという考えは最初からあったんですか。
【影山】実は西国分寺っていう街が最初からめちゃくちゃ好きというわけではなかったんです。あんまり期待もしてなかった。でもやっぱりお店をやっていると日々お客さんと出会い、他のお店の方とも知り合っていくので、抽象的な街とか地域というよりも、「あの人とあそこで会った」とか「この人とあの出来事」とか「そのときの景色」といった具体的な記憶の集積としての街っていうのができて、そこへの愛着が育まれていったという感覚です。
■投資ファンドの「利益追求」とは真逆の発想
【柳澤】じゃあビジネスとしてというよりは、ピュアな思いで実験するという感じだったんですか?
【影山】実験というよりは、自分が自分にうそをつかずにやろうっていうことですね。
【柳澤】投資ファンドという利益追求の考え方と真逆にいってみようと?
【影山】そうですね。ベンチャーキャピタルの仕事では10年で合計40社に投資をしました。40社に投資したっていうことは、40人の経営者に会い、40通りの経営の仕方を見てきたということです。うまくいったところもありましたが、法的整理せざるをえなかったところもありました。そのなかで、こういうやり方はいいなとか、こういうやり方は嫌だなという両面を学ぶ機会が多くあったんですね。そのなかから、僕がやるんだったらこれかなっていうのを多分自分なりに考えていたということはあります。ギブするといっても「自己犠牲に基づいた利他主義」 ではなくて、お客さんがよろこんでくれることは結果としてお店の売上にも返ってくるということです。ギブは報われるんです。
■数千人から数万人の「特定多数」がターゲット
【柳澤】最初から理想のかたちでスタートできたわけですね。もう1つのキーワードの「特定多数」というのは?
【影山】不特定多数でもなく特定少数でもない人数の経済圏、ということです。具体的には数百万人レベルと数十人レベルのあいだの「数千人から数万人」の範囲の顔が見える関係性であれば、単純にコストパフォーマンスだけで測られないお店をつくれるのかなと思いました。
【柳澤】理想を追求しながら経済的にも成り立つということですね。今日お話しいただく地域通貨についても、その「ギブから始まる」と「特定多数」の枠組みで考えられていますよね。
【影山】はい。街の仲間も当然街の中でカフェをやっていたり、パン屋や八百屋をやっていたりする人もいますが、「ギブから始める」という発想を共有するきっかけになったのが地域通貨の「ぶんじ」です。
■使う前に「メッセージを書く」地域通貨
【柳澤】ああー、これですね。裏にメッセージが書けるようになっているという。
【影山】はい。ざっと使い方をご説明すると、最初に街の何かごみ拾い活動とか、お祭りのボランティアとか、僕らがやっているようなお店の手伝いとか、街のために汗をかいたり、貢献したりする仕事をしてくださった方に感謝の気持ちとしてぶんじを渡します。それを手に入れた人は、いろんな場面で使えます。例えばクルミドコーヒーに来て、コーヒーを飲んでケーキ食べて、お支払いのときに100円の代わりにこの100ぶんじが使えます。使うときには1つだけルールがあって、裏面にメッセージを書くんです。
【柳澤】何を書いてもいいんですか。
【影山】はい、何でもいいんです。そんなに深く考えたルールではなかったんですが、よかったなあと思っているのは、このメッセージを書くときに、みんなちょっと反芻するんですよね。「何書こうかな?」と。そしてコーヒーを飲んだ、ケーキを食べた、おいしかった、いい時間を過ごせた、というふうに、自分の経験を振り返るんです。そうすると、いま自分がお金を払おうとしている対象は、モノではなくて、人の仕事なんだということに思い至る。コーヒーにしろケーキにしろ、それをつくって出してくれた人がいるんだな、と一瞬立ち止まって想像する。そういう契機になっているんですね、何か書くということが。
【柳澤】なるほど。何でもいいと言われるとそういうふうになるんですね。
【影山】何を書こうかなと考える時間で、いま受け取ったものと向き合うんですよ。その結果、多くの場合は、感謝の言葉が書き込まれます。
■「受け手が贈り手を育てる」という発想
【柳澤】影山さんは受け取ったぶんじをどうやって使っているんですか?
【影山】お客さんから受け取ったぶんじは、僕らが農家さんから野菜で仕入れるときに使ったり、スタッフのお給料の一部として使ったりしています。農家さんはそれをまたボランティアの方に渡したりして通貨が地域を循環します。
【柳澤】なるほど。そのたびに感謝の言葉が書き込まれていくという。
【影山】そう、僕はよく「受け手が贈り手を育てる」という言い方をするのですが、喜んでくれる人がいるともっといいものをつくろうとか、どうやったらもっと喜んでもられるだろうとか、そういう発想になっていく。今日がまさにそうなんですが、たとえばオンラインサロンのための収録って、そこに人がいるのにスタッフばかりでリアクションがないですよね。
【柳澤】そうですね。何か変な緊張感があるんですよ。
【影山】この状況はこの贈り手の気持ちをどんどん萎えさせていくんです。
【柳澤】リアクションがないから緊張するんだ(笑)
■長く続いた秘訣は「街の仲間」とつくったこと
【影山】リアクションがあると、もっと送ろうという気になる。コーヒーおいしかった、ケーキおいしかった、いい時間を過ごせました、と言ってくださるいい受け手が街の中に増えていくと……。
【柳澤】全体的にサービスの質も上がるってことなんですね。
【影山】そうです。お店をやっていると、最初の頃はピュアな動機を持っていても、だんだんどこか惰性になってしまうことがあったり、いろんなステークホルダーも増えたりして、やっぱり売り上げを気にして毎月預金通帳ばかり見ている状況に陥ることもあるんですが、自分の目の前で喜んでくれる人がいると、たんに「売上を増やしたい」というだけでなく「もっとうまいラーメンをつくってやろう!」って気になると思うんです。
【柳澤】目指すものが売り上げという抽象的なものではなくて、より本質的になっていきますよね。この地域通貨はカフェをオープンしてからどれぐらいしてからつくったものなんですか。
【影山】お店ができて4年たった頃に街の仲間とつくりました。ある地域のお祭りをやるときに、何か面白いことを考えてみようと声をかけたら10人ぐらい企画メンバーが集まったんです。特定の誰かがすべて背負って始めたものではなかったのがここまで長く続いてきた秘訣の1つでしょうね。
■便利になるほど「ただの決済」に近づいてしまう
【柳澤】「ぶんじ」は受け取ったほうも出すほうも、特別な体験ですよね、ただお金を払うのではなく、よりリッチな体験。
【影山】交換の後味がよくなるってことですよね。
【柳澤】いわゆる地域通貨とはちょっと違う。
【影山】そうですね。いま地域通貨と言うとデジタル化されたり、より便利になっていく方向が一つはあると思うんです。
【柳澤】そうですね。僕らが手がけている地域通貨「まちのコイン」はアプリで使えるようになっています。
【影山】ただ、便利になっていけばいくほどお金のやり取りはただの決済になっていく。確かに決済ではあるのですが、僕はそこには人と人の仕事の交換があるというニュアンスというか、肌ざわりみたいなものを大事にできるといいなと思っていて。だからあえてこういうカードのようなアナログなかたちにこだわっているんです。後味がいいんですよ。
■通貨というより、メッセージカード
【柳澤】ただ、書いて渡せるシーンでしか使えないから、使いにくいこともあるんじゃないですか。
【影山】それはあると思います。でも地域通貨にメッセージ性と通貨性があると考えたとき、ぶんじはメッセージ性の強い地域通貨を意識していました。お店で使うというよりも、個人対個人の間で、本を貸してもらったお礼に渡すとか、自転車を借りたお礼に渡すとか、わざわざ菓子折りを持っていくほどでもないような場合に使われることが多かったんです。これは通貨というより完全にメッセージカードですね。一方お店で使うときは、ケーキとコーヒーで1300円というときに、一部をぶんじで払うとか、普通にお金と同じような使い方ができます。もちろん13枚使って払ってもいいんですが、13枚これをお財布に入れている人はあんまりいないというか(笑)。
【柳澤】大変ですね、13枚入れるとなると。13枚に全部メッセージを書くのも大変でしょう。
【影山】一応1枚だけ書けばいいっていうルールはあるんですよ。でも「100ぶんじ」はあまりお金として使われないということもあって、2020年2月から「500ぶんじ」という新しい単位をつくりました。
【柳澤】100ぶんじだとメッセージカードとして使う人が多かったということですね。
【影山】はい。500ぶんじができたことで、もうちょっと通貨的な使い方が広がりました。たとえば飲食店もこの500ぶんじだけで食べられるメニューを開発したりしています。そうすると例えば2、3時間農家さんの草取りをお手伝いをして、500ぶんじを手に入れ、それで一食食べられる。
■取引が「感謝の気持ち」として残っていく
【柳澤】お店がぶんじで農家の野菜を仕入れるという話がありましたけど、その他の出口ではどんなものがありますか?
【影山】いまはお店や法人単位では、使い手があまりよくない部分はあって、お店で使うというより個人に戻してくっていうのがコツだと思っています。月額給料のごく一部をぶんじで払うとか。うちは2000ぶんじを払っているスタッフが2人います。
【柳澤】それは面白いですね。
【影山】いまだったら、一部を2000円で受け取るよりも2000ぶんじで受け取ったほうが街で暮らすことが楽しくなるっていうぐらいの使い手はあると思います。
【柳澤】それは付加価値が加わっているということですよね? 使うことによって本当に人のつながりができたり、プレミアムな体験ができたりするという。それでファンが増えていっていることがあると思います。
【影山】ただ、これまで7年半やってきたんですが、数を増やすための取り組みはしてこなかったんです。興味のある人が一人一人っていう感じで加わり、いま500人ぐらいのグループになっています。この500人の気持ちの共通性は高いという気はしていますね。
【柳澤】総発行数はコントロールしていますか。
【影山】いままでのところ100ぶんじは1万7000枚発行していて、だから「170万」×100(ぶんじ)×「流通回数」が取引量ですね。面白いのは取引の履歴がメッセージとして残っているところです。具体的に誰と誰の何の取引か、はっきりはわからないけど、街のどこかでそういうやりとりがあり、誰かが誰かに感謝した気持ちが記録として残っていく。
■「そこはかとなく想像できる」履歴の良さ
【柳澤】ここにあるぶんじには7人ぐらい全然違う字でメッセージが書きこんでありますね。ブロックチェーンじゃないですけど、お金がどう動いていったか、過去の履歴が見られるというのは面白いですね。
【影山】地域の社会資本を測定するという文脈で言うと、いまはデジタルで誰と誰がいつ何をしたかまで特定することも技術的にはできるわけですが、何かそこはかとなく想像できるような履歴の残り方が僕らは好きで、あまり赤裸々にはっきり記名化するとそれはそれでつまらなくなってしまう気はしますね。
【柳澤】わかります。僕らも地域通貨をやっていて、思想的なところはよく似ています。デジタルだからいい部分もあるとは思っていますが、たとえば僕らはアプリでやっているからスマホを使える人しか使えないんですよ。
【影山】高齢者の方とかね。
【柳澤】紙で受け取るものとデジタルで受け取るものは明らかに違っていて、そこはそれぞれのよさがありますよね。でこのカードだから面白い体験になるっていうのはある。何か、すごくいい取り組みですよね。聞けば聞くほど。
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東京都国分寺市 クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープンさせた。同店は、2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。2017年に「胡桃堂喫茶店」を国分寺駅にオープン。本屋も併設した。国分寺市の地域通貨ぶんじプロジェクト発起人の一人。ミュージックセキュリティーズ株式会社の取締役等も務める。著書に『ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済』がある。
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面白法人カヤック代表取締役CEO
1998年、学生時代の友人と面白法人カヤックを設立。2014年12月東証マザーズ上場(鎌倉唯一の上場企業)。鎌倉に本社を置き、Webサービス、アプリ、ソーシャルゲームなどオリジナリティあるコンテンツを数多く発信する。著書『鎌倉資本主義』で、しなやかなつながりで幸せを実現する地域資本主義へのシフトを提案。近著に『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』。2017年に設立した子会社、株式会社カヤックLIVINGでは、まちづくりに関わる人や関心のある人が継続的に学び、共有し、ステップアップできる場としてオンラインサロン「地域資本主義サロン」を2019年12月にスタートした。
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(東京都国分寺市 クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主 影山 知明、面白法人カヤック代表取締役CEO 柳澤 大輔)
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