超人気AV女優「蒼井そら」が明らかにした反日中国人の意外な本音
プレジデントオンライン / 2020年4月10日 11時15分
※本稿は、宮崎紀秀『習近平vs.中国人』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■「蒼先生」と呼ばれた日本人AV女優
中国南部浙江省にある「横店影視城」は、京都の太秦のような映画村だ。
日本の植民地下の中国の町並みなどが再現されており、抗日戦争の映画やドラマの撮影拠点としてよく知られる。その上、豊島園のようなウォータースライダーを擁する巨大プールも隣接されており、家族連れで賑わう複合アミューズメントパークになっている。
2014年7月の蒸し暑いある日。芋の子を洗うような人だらけの大プールの中心に特別ステージが設置されていた。午後7時を回った頃、ステージの周りに集まった水着の客はおそらく数千人に達しただろう。日が陰り始めてもまだ高い気温と観客の熱気に包まれたステージの中央に、1人の日本人がいた。
AV女優、蒼井そら。3人組の中心で歌を歌っている。銀のウィッグを着け、その上にネズミにかじられる前のドラえもんの耳のような形の髪飾りが立っていた。
落下傘のように丸く広がったミニスカートに厚底靴。おとぎの国から飛び出してきたような装いだ。ピンクの衣装の上からでも分かる豊かなバストが、唯一彼女らしいと言えば彼女らしかった。
会場からは「蒼先生!」と掛け声がかかる。「蒼先生」とは中国での彼女の愛称だ。
■7月は中国人が「日本」に敏感になる
蒼井そらは、この日、中国人女性と韓国人男性の3人で組むユニット、「果宝醤(英語名JAM)」のリードボーカルとして登場し、アップテンポの歌とダンスを披露した。
観客の大部分は、ステージ目的ではなく、テーマパークに遊びに来ていた人だったはずである。だが、ほとんどの人が、蒼井そらの名と、彼女が日本人であると知っていた。
「前から知っていました。きょう本人を見たけど、とても綺麗」
「彼女はとても明るいから好きです」
こうした声は、男性のみならず、女性からも聞かれた。
日中戦争の口火を切った盧溝橋事件は7月7日に起きた。そのため、中国で7月は「日本」というワードに対して敏感な時期と言われる。しかしここに「反日」の影は全く無かった。
■「尖閣諸島は中国のモノ。蒼井そらは世界のモノ」
先に触れたように、2012年9月、日本政府が尖閣諸島の国有化を決めたことをきっかけに中国全土で反日デモの嵐が吹き荒れた。
デモ隊は、「日本は出て行け」「小日本(日本の蔑称)」と激しく罵る標語のプラカードを掲げ、シュプレヒコールを上げながら行進した。このデモで、若者たちの掲げるプラカードや壁の落書きに、不思議なフレーズが登場した。
「尖閣諸島は中国のモノ。蒼井そらは世界のモノ」
あれ、デモ隊、「日本製品はボイコット」って叫んでいなかったっけ? と突っ込みたくなるが、一方で、若い世代のユーモア感覚に感心した。何より、日本排斥を叫ぶ反日デモの最中にあっても、蒼井そらだけは中国にいて欲しい、と思われるほど、彼女は愛されているのだ。
■中国では裸になる仕事はしていない
蒼井そらの中国での事務所は、北京中心部から少し離れた芸術家が多く住むエリアにある。倉庫のような天井の高い建物で、開放感があった。
反日デモから2年が過ぎた2014年7月、彼女の活動を通じて見える中国人の日本に対する本音を描きたい、とお願いしたところ、快くインタビューに応じてくれた。
「よろしくお願いします」と、麦藁帽の載った頭をひょこっと下げた彼女の第一印象は、小柄。
プロフィールによれば1983年生まれ。2002年にAVデビュー。アイドル歌手のようなルックスと身体は小柄ながら豊満なバストが売り。本人は自著『ぶっちゃけ蒼井そら』(ベスト新書)で「妹系AV女優」として時代の需要に乗ったと分析している。
AVで一躍人気者になり、その後、バラエティやドラマなどに活動の幅を広げた。とはいえ、日本で数多いるAV女優の中で、何故、蒼井そらだけが、特別に中国での人気に火がついたのか? 中国では裸になる仕事はしていない。
■きっかけは中国版ツイッター「ウェイボー」
本人や関係者によれば、きっかけは中国版ツイッター「ウェイボー」を始めたためという。一部のファンは、2010年4月に起きた青海地震の際に、彼女がいち早く支援の募金を呼びかけたことで、人気に拍車がかかったと指摘する。
理由はともあれ、取材当時、彼女のウェイボーのフォロワーは1500万人以上。日本人タレントとしては、私の知る限り断トツのトップだし、中国の人気スターにも引けを取っていない。
中国人にとって、彼女の魅力はどこにあるのだろうか? 本人に直接、尋ねてみた。
「うーん、いひひひー」と、とても芸能人とは思えない笑い声を上げた後、「私も知りたいんですけど。何でしょうね?」と首をひねった。屈託がない。
――中国の反日感情を解くにはどうしたらいいと思いますか?
「日本人も中国人もお互いを知らない人が言っていると思う。日本に行ったことがない人、日本に友達がいない人が言っていると、すごく感じます。交流してみれば分かることもたくさんあるのではないかと思います」
彼女自身は、中国での活動で、日本人だからといって仕事をしにくいと感じたことは「一切ない」と話す。
――人気のある蒼井さんだからこそできることがあるのでは?
「あるんですかねー? よく周りから言われますけど。自分は中国語を覚え中国語で交流していくのを大切にしたいと思っています。まずはそこからだと」
■拙い中国語、気取らない身近さ……
本人の言葉通り、ウェイボーでの「つぶやき」は、彼女自身が中国語を駆使して投稿している。
「ニキビができたー」とふくれ面の自撮りや、「上海ガニ食べたー。食べ過ぎたー」とどアップのカニの写真。我々と何ら変わらない他愛のない日常生活が、拙い中国語のつぶやきから伝わる。気取らない身近さが彼女の魅力と言えそうだ。
「私が日本人ということで、少しでも日本に興味を持ってくれる人がいるならありがたいと思います。もっと興味を持って文化や、今の日本みたいなものを知って欲しいと思います。私、中国に来た時に自転車がいっぱいいると思っていたんです。それは小学校の教育だったんですけど。実際は、北京に関しては全然そんなことはなかったです。それと同じで、実際に見て感じたら違うんじゃないかな、と思います」
■なぜ、中国人に愛されているのか
中国最大の経済都市・上海には、世界中の資本と同様に日本企業も数多く進出している。繁華街で不意に日本語の会話が耳に飛び込んでくるということもまれではない。在留日本人は4万3000人以上。上海に住む中国人にとって、日本は比較的身近な存在である。
ちなみに中国に縁のない人はあまり意識していないかもしれないが、上海はロサンゼルス都市圏、バンコク、ニューヨーク都市圏に次いで世界で4番目に多くの日本人がいる外国の都市である(2017年10月1日時点)。
その上海に蒼井そらの熱烈なファンであるという方淵文さん(32歳)を訪ねた。
方さんは、坊主頭にヒゲを蓄え、半袖から伸びた太い両腕にはびっしりと刺青が入っている。パンク青年かと見紛うような風貌だが、深緑色のTシャツはよく見ればゲームのロゴが入ったユニクロ製。さりげなく滲む日本贔屓(びいき)が、ちょっと嬉しい。
両親と同居しているという古いマンションの一室にお邪魔した。「散らかっていますけど」と、頻りに照れる方さんは、見た目に似合わず気さくな人物だった。
方さんは、蒼井そらの魅力についてこう語る。
「彼女は表裏がない感じです。ちょっと天然ボケのような感じが、素直で可愛いです。彼女は中国文化が好きですし、(ウェイボーのつぶやきで)何を食べたいとか、麻辛湯(マーラータン)(=野菜や肉を辛いスープで煮た中国の庶民に人気の料理)が好きとか。他の芸能人と違い、とても身近で、庶民的な感じがします」
■反日感情の原因は、やはり教育にある
一部の中国人は反日感情を持っている。その原因について尋ねると、やはり「教育」という答えが返ってきた。
「中国の教育が大きな問題であるのは、世界中の誰もが知っています。幼い頃から、日本が中国を侵略したと教育されました。それは事実であり忘れてはいけませんが、それにずっとこだわって、小日本や日本鬼子などと日本を侮辱し続けています。テレビでは抗日ドラマばかりやっています。そんな環境では人々は無知になるし偏見を持ちます」
様々な情報に触れる機会の多い、都会育ちらしい考え方だ。冷静で開かれている。
しかし、いくら日本贔屓といっても方さんは生粋の中国人である。祖国が日本に侵略された歴史についてはどう思っているのか?
「歴史は無視できないし客観的に存在しているので、中国人として忘れてはいけません。しかし、1つの国家が大きくなるためには、ただ昔のことだけを追及して、他人の過ちを言い続けるべきではありません。本当に自分が強くなれば昔のことをそんなに気にしなくて良いはずです」
■靖国問題は「僕らはどうでもいい」
その翌日、方さんの友人たちが集まってくれる運びとなった。皆、蒼井そらや日本が大好きという。場所は当然の如く日本料理店。皆でよく利用するというお好み焼き店であった。
徐静さん(32歳)は日系企業の通訳をしている。日本語が達者だ。アニメ好きが高じて声優になりたいと思い立ち、仕事を辞めて日本に留学したというユニークな経歴を持つ男性だ。
辛叡傑さん(35歳)は、地下鉄職員。日本語はできないが、いつか日本に行くのが夢だ。
2013年12月26日、安倍総理が靖国神社を参拝した。中国外務省は、午後3時に開かれる定例記者会見を待たず、ホームページで報道官談話を発表し、「強い憤慨を表明する」と激しく非難した。
靖国神社にはA級戦犯が祀られていると指摘した上で「中国と他のアジアの戦争被害国の人民の感情を粗暴に踏みにじる」からだ。この「中国とアジアの人民の感情を傷つける」は、中国政府が歴史問題で日本を非難する際に使用する常套句である。
靖国参拝について、その「感情を踏みにじられた」はずの徐さんは、流暢な日本語でこう話す。
「一国の首相が堂々と参拝したら、僕らはどうでもいいのですけれど、上(=政府)のおエライさんたちは、『何とも思わない』とは言えないのですよ」
■「日本人と接触することができれば、考えが少し変わる」
思わず吹き出してしまった。「僕らはどうでもいいですけど」とは正直すぎる。辛さんも中国政府の歴史認識について、疑問を呈する。
「侵略の歴史は日本だけではなく中国にも責任があります。やられたのは遅れていたからです。遅れていた原因は当時、中国が鎖国をしていたからです」
彼らの考えは中国政府よりはるかに柔軟で、理性的である。
安倍総理の靖国神社参拝を受け、劉延東副首相はその日午後予定していた日中友好議員連盟訪中団との会談を急遽取りやめた。中国側の怒りを示す為である。
こうしたニュースは、国営メディアを通じてお茶の間に届く。それは中国政府が発するメッセージだ。国民はそれを敏感に汲み取り、反日を口にする。
そんな反日感情を抱く人たちについて、徐さんは次のように話す。
「多分、彼らは日本と接触した経験がなくて本当の日本人についてよく分かっていない。(国家)指導者たちの話だけを聞いて、間違ったイメージを持っていると思う。教育が原因で、日本人が友好的でないと考え、友人には不適切だと思っている。日本人と接触することができれば、考えが少し変わると思います」
■反日の「建前」と庶民の「本音」が共存している
蒼井そらが本格的に中国で活動するようになったのは2010年。反日デモの嵐が吹き荒れる2012年までの2年間で、彼女は十分に中国での知名度を上げた。
一部の人にとっては、アニメや家電と同じように、生活に深く入り込んだ「身近な日本」の1つとなった。
「尖閣諸島は中国のモノ。蒼井そらは世界のモノ」
若者たちから、自然に沸き起こったこのフレーズは、反日を落とし所とする「建前」と、それとは別の庶民の「本音」が共存している、中国社会そのものを巧みに表しているのだ。
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1970(昭和45)年東京都生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、日本テレビに入社。報道局社会部、外報部の記者を経て、2004年から2009年までNNN中国総局に勤務(2007年より中国総局長)。2010年に日本テレビを退社。2013年よりNNN中国総局特約記者。
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(宮崎 紀秀)
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