日本の皇室とは全く違う"不動産王"イギリス王室の稼ぐ力
プレジデントオンライン / 2020年4月13日 9時15分
※本稿は、亀甲博行『ヘンリー王子とメーガン妃 英国王室 家族の真実』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■バッキンガム宮殿の改修費は約553億円
イギリス王室が所有しているのは、ウィンザー城やバッキンガム宮殿だけではない。女王が毎年夏に滞在するスコットランドのバルモラル城やチャールズ皇太子夫妻が住むクラレンス・ハウス、ウィリアム王子夫妻が住むケンジントン宮殿など、様々な宮殿を所有している。
しかし不動産を持つのは維持費を支払い続けるのと同義である。たとえばマンションや一戸建てでも、10年もたてば外壁の塗り替えや屋根の補修、風呂場のリフォーム、家電製品の買い替えなど、数十万円単位でカネが吹き飛んでいく。築100年を超える大規模な宮殿なら、なおさらのことである。
イギリス王室は2016年、バッキンガム宮殿の老朽化した電気の配線や、暖房用の配管、水道管などの改修計画を発表した。宮殿だけにその規模は桁違いだ。電気の配線が延べ160キロメートル、暖房用の配管は32キロメートル、水道管も16キロメートルである。さらに、宮殿内にはいたるところに貴重な絵画などの芸術作品が飾ってあり、その数は約1万点にのぼる。改修工事のためには、こうした収蔵品を移動・保管する必要があり、専門の業者に頼まねばならない。
計上された改修費は合計で3億6900万ポンド(約553億5000万円)にのぼった。計画では、改修工事を終えるまでに10年もかかるという。
■王室にかかるコストは「毎年スカイツリーが1本建つ」値段
建物だけではない。公務やロイヤルウェディングなどでロイヤルファミリーが着るドレスは、一流デザイナーが特別にデザインしたものだ。移動はロールス・ロイスやレンジローバーなどの超高級車だし、昼食会や晩餐会では豪華な料理が出される。まさに「王室は金食い虫」と言っても過言ではない。はたしていくらかかっているのだろうか。
イギリスの調査会社「ブランドファイナンス」が興味深い調査をおこなっている。同社によると、2017年の1年間に王室にかかったコストは2億9260万ポンド(約438億9000万円)だった。これは東京スカイツリーの建設費とほぼ同じである(総工費は約650億円)。毎年1本ずつスカイツリーを作り続けられる計算になる。
内訳を見てみよう。もっともコストがかかったのは、意外なことに警備である。その額は1億600万ポンド(約159億円)で全体の約4割を占めた。
エリザベス女王が私たちのロンドン支局の隣にあるIMO(国際海事機関)本部を訪れたことがある。支局を抜け出し様子を見に行くと、道路は20分ほど前から完全に封鎖され、多数の警察車両や私服・制服の警察官が道路沿いに配置されていた。女王の車列の前後も警察車両とオートバイが固めており、最高レベルの警備態勢が敷かれていた。
その分だけ費用もかさむことになる。警察官の超過勤務や休日を返上する場合の手当、増員した場合の費用など、すべて税金から支出される。
■皿洗いの仕事は年収300万円で休暇もつく
女王だけではない。他の主要なロイヤルファミリーでも同様だ。たとえばヘンリー王子とメーガン妃のロイヤルウェディングでは、ヘンリー王子が元軍人、メーガン妃が黒人系、ということで警備は通常よりも強化された。結婚式にかかった3200万ポンド(約48億円)のうち、9割は警備費用だった。
警備以外の費用で目立つのは、宮殿などの修繕・維持費で2260万ポンド(約33億9000万円)だ。これに続くのが438人いる王室職員の人件費で2140万ポンド(約32億1000万円)が計上されていた。
実は王室の職員の採用は一般にも門戸が開かれている。求人広告は王室のホームページに掲載されていて、イギリス人もしくはイギリス国内で就労可能なビザがあれば、誰でも応募ができる。2018年8月にチェックしたところ、ハウスキーパーのアシスタントやチケット販売のアシスタントなど、10件の募集が出ていた。
たとえばキッチン・ポーター(皿洗いのような仕事で、食事の準備と配膳を手伝う)の場合、週5日のフルタイムで年収は2万ポンド(約300万円)となっている。食事つきで有給休暇も年に33日間ある。職場はバッキンガム宮殿だが、女王に同行して出張するケースもあるという。興味のある方は応募してみてはいかがだろうか。
■王室は日本の大手企業並みに稼いでいる
ではこうした支出はどうやってまかなっているのだろうか。イギリス王室は収入についても公開している。2018年6月に公開された、最新の年次決算書を紐解いてみよう。
王室は様々な“ビジネス”を自前でおこなっており、2017年度の収入は3億2940万ポンド(約494億1000万円)だった。日本企業で言えば小田急電鉄や田辺三菱製薬の経常利益に匹敵する。かつてアメリカの経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、イギリス王室について「高齢の女性CEOが経営する非上場の株式会社」と表現したことがあるが、さもありなんである。
王室はこの収入をいったん国に納めたうえで、その25%を「王室助成金」という形で国から受け取っている。わかりやすく言うと、自分の稼ぎのうち4分の3が国のものとなり、残る4分の1が「手取り」となっている。2018年は7610万ポンド(約114億1500万円)の王室助成金を受け取っていた。王室助成金は自分で稼いだお金ではあるものの、国から受け取る形をとっているため「納税者のお金」と表現される。
「王室株式会社」の中核事業、それは不動産業だ。
■ショッピング街や商業ビル建設、風力発電事業まで
ロンドン有数のショッピング街、リージェント・ストリート。オックスフォードサーカスとピカデリーサーカスを結ぶ長さ1キロほどのこの通りには、バーバリーやラルフローレンのような有名ブランドや、木材を使った外観が特徴的な有名デパートのリバティなどがずらりと並ぶ。日本でいうと、さしずめ東京の銀座だ。
この一帯の土地は、実はイギリス王室が所有している。テナント料は1軒あたり数千万円とも言われ、王室に莫大な利益をもたらしている。
リージェント・ストリート以外にも王室は不動産を所有している。ロンドン中心部のウェストエンドでは大規模な商業ビルを開発。また地方にも広大な土地・建物があり、ショッピングセンターや工場用地、倉庫などから賃料を得ている。
土地だけではない。王室は、イギリス沿岸の大陸棚の所有権も持っている。ここに注目した王室は、大陸棚での洋上風力発電計画を推進し、開発者である発電事業者からリース料を受け取るというビジネスモデルを展開している。イギリス沿岸の洋上風力発電は500万世帯の電力をまかなうことが可能で、すでに世界の洋上風力発電の3分の1を占めるまでに成長している。2020年にはイギリスの全電力需要の10%を供給する計画だ。
王室はこうした不動産などの管理・運営を直接は行なっておらず、クラウン・エステートという独立した法人が担当している。同法人は事業計画を立てて利益を追求しており、投資に対するリターンは12%。業界のベンチマークである8%を大きく上回る、超優良法人なのだ。
■皇太子はオーガニック食品を立ち上げて成功
不動産などによる収入は国庫に納める必要があるが、女王らの個人的な収入は私的な財産となる。たとえばチャールズ皇太子は、まるで起業家のように新たな事業を立ち上げている。ロンドンの高級スーパー、ウェイトローズの店内に並ぶ「ダッチー・オリジナル」という食品ブランドだ。
野菜からソーセージ、ビールに至るまで約300種類もの商品を取り揃えている。ニンジンは1キロで1.54ポンド(約230円)、牛乳は1リットルで1.02ポンド(約150円)、豚肉のソーセージは400グラムで3.79ポンド(約570円)、ビールは500ミリリットルで2.09ポンド(約310円)。ビールはゴールデンエールやIPAなど何種類かあり、私のお気に入りだ。
最初に「ダッチー・オリジナル」ブランドのビスケットを売り出したのは25年前のことだった。今ではイギリスですっかり定着している。このブランドは「オーガニック」を売りにしている。王室の持つクリーンなイメージは、「オーガニック」と親和性が高い。誰の発案かわからないが、よく考えられたビジネスだと思う。
■「パラダイス文書」には女王の名前もあったが…
エリザベス女王は株への投資もおこなっている。優良株を中心に選んでおり、時価総額は約1億1000万ポンド(約165億円)と見られている。
ただし女王の投資を巡ってはこんな事実も明らかになっている。2017年、英領バミューダ諸島などタックスヘイブン(租税回避地)の法人の取引についての記録が流出した。いわゆるパラダイス文書である。
実はこのなかに、エリザベス女王の名前も登場していた。女王の個人資産からランカスター公領を通じ、約1000万ポンド(約15億円)がオフショア投資に支出されていたのだ。オフショア投資とは、金融等における税率が著しく低い国や地域に投資すること。たとえばイギリスで投資するより税金を安くできるメリットがある。
オフショア投資をすること自体は違法行為ではない。また、女王個人が投資方針に関わっていなかったということもあり、責任が問われる事態とはならなかった。とはいえ、意外なところで女王の財テクぶりが注目された一件であった。
■王室はイギリスにとって「金の卵を産む鶏」
以上、数字を並べてきたが、ここで整理してみたい。
王室にかかる年間のコストは2億9260万ポンド(約438億9000万円)だ。このうち約8000万ポンドは女王や皇太子の私的な収入で賄っているが、残りは税金や王室助成金など「納税者のお金」から支出されている。
これに対し、経済効果は17億6770万ポンド(約2651億5500万円)、コストのなんと6倍である。イギリス経済全体にとってみれば、王室は金食い虫どころか、金の卵を産む鶏なのだ。
この年間コストは、イギリス国民1人あたり4.5ポンド(約675円)となる。年間675円の負担で王室を維持できているわけで、私の周りのイギリス人にも聞いてみたが、おおむね理解を得られているように感じた。
一方、女王は国民の支持を得るための努力も続けている。
女王がバッキンガム宮殿に客人を招いた際の写真が話題になったことがある。室内の暖炉には暖かそうに燃える火、ではなく電気ストーブが置かれていた。しかも数千円の極めて庶民的な電気ストーブである。光熱費を無駄遣いしない女王、として好意的に報じられた。
女王の倹約ぶりはイギリス国民にはおなじみで、古新聞は細かく切り、馬の寝床にする。トイレのタンクには節水器具を設置し、バルモラル城で壁を補修する際にはヴィクトリア女王が購入した壁紙がいまだに使われている。
■世論を敏感に感じ取り、身を削って国民の支持を得ている
王室への税金投入に対する国民の目線は、年々厳しさを増している。こうした世論の変化を敏感に感じ取り、対応していくことは王室を守っていくうえで最も重要なことだ。国民の理解を得るためには、浮世離れした贅沢はどんどん見直さないといけない。女王は倹約ぶりをアピールするだけでなく、王室ヨットのブリタニア号を手放すなど、率先して所有する資産の見直しを進めている。
女王といえば王冠など目も覚めるような無数の宝石を所有しているイメージがあるが、実はこうした宝石類も女王個人の手を離れている。ロイヤル・コレクション・トラストという独立した団体が管理をするようになり、女王の資産にはカウントされなくなった。
2018年5月の「サンデー・タイムズ」紙によると、女王の資産は3億7000万ポンド(約555億円)。宝石類などのロイヤル・コレクションが資産に含まれなくなったことにより、30年前の52億ポンド(約7800億円)から実に93%も減少した。3億7000万ポンドという現在の資産額は、イギリスの資産家ランキングでいうと356位(2018年5月現在)に過ぎない。
ダイアナ元妃の離婚・事故死で大きく損なわれた国民の支持と理解を、エリザベス女王は自らの身を削り続けることで取り戻してきたのだ。
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日本テレビ放送網・前ロンドン支局長
1974年生まれ、東京大学文学部卒。1997年に日本テレビ放送網入社。報道局で記者、デスク、プロデューサー、ディレクターなどを務め、2016年6月、ロンドン支局長に就任し、メイ首相の単独インタビューを実現。2019年6月に帰国し、現在は編成局編成部所属。
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(日本テレビ放送網・前ロンドン支局長 亀甲 博行)
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