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「欲張るな、正直であれ…」経営の神様、稲盛和夫のフィロソフィー

プレジデントオンライン / 2020年4月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironosov

■心理状況まで客観的にメモする

私の心に深く刻まれている稲盛さんの言葉に「動機善なりや、私心なかりしか」があります。これは、稲盛さんが84年にKDDIの前身であるDDI(第二電電企画)を創業したときの言葉です。「動機善なりや」とは、大きな夢を描き、それを目指すとき、その動機が誰から見ても善きことなのかを徹底的に自問自答せよということであり、「私心なかりしか」とは、利己的な発想で仕事を進めていないかを常に点検せよということです。

私自身、新たな仕事に挑戦する際は、いつもこの言葉を肝に銘じています。そして、仕事を成功させる要諦を、これほど簡潔な言葉で表される稲盛さんという人物の偉大さを、あらためて感じています。

私は1991年に稲盛さんの秘書となり、約25年間にわたって、その傍らで仕事をしてきました。秘書になる以前、私の稲盛さんに対する印象は「天才肌で剛腕、そして剛毅果断の人」でした。しかし、ある出来事をきっかけに、その印象は大きく覆されました。

秘書になって数年ほど経ったある日、稲盛さんから「自宅に手帳がたくさん残っている。整理してもらえないか」と依頼を受けたのです。

それは、京セラを創業する以前、稲盛さんが勤めていた碍子メーカー・松風(しょうふう)工業時代から書いていた手帳でした。ポケットに入る程度の大きさで、見開きの左側が1週間のスケジュール帳で右側がメモ欄の所謂ビジネス手帳。それが全部で20冊ほどあったでしょうか。ページをめくると、漢字とカタカナが交じった几帳面な文字で、その時々に起こったことや、そのとき自分がどう感じたかなどが、まるで写真を撮るように克明に活写されていました。例えば「今日、お客さんと会ったときにこんなことに気づいた」「明日、誰と誰を呼んで、注意しよう」ということまで詳細に書いてあるのです。

私が目にした稲盛さんの手帳は、いわばビジネス版の研究実験ノートのようなものでした。

大学で理科系を専攻した友人に聞くと、優秀な研究者の研究実験ノートには、実験中に「何をやったか」「そうしたらどうなったか」「どのように、どのくらい変化したか」などが具体的に、客観的に記述され、思いどおりの結果が得られなかった場合には「失敗」で片づけるのではなく、どうしてそうなったかまで考察して書き留められているとのことでした。理系出身の研究者でもあった稲盛さんの手帳は、同じように、その日の出来事が正確に客観的に几帳面に記されていました。しかし、それだけでなく、心理描写ともいえる記述も多数あったのです。

つとめて客観的であるべき実験ノートでさえ、書いた人の個性や心の在り様が表れます。実験で同じデータが出ても、強気の研究者は素晴らしい結果だと判断し、慎重な研究者はまだ不十分だと判断するかもしれません。

経営者となった稲盛さんが相手にしたのは、実験器具ではなく、社員であり、お客様でした。社員との打ち合わせやお客様との交渉などを正しくメモするためには、相手の心を見抜き、その心理状況さえも正しく理解する必要があります。そうでなければ、経営判断を誤ってしまうからです。そのことが明確にわかるような手帳でした。

■私心があると、メモすらまともに書けない

そうできるようになるためには、まず、自分の心が澄み切っていなければなりません。エゴや邪(よこしま)な思いがあれば、物事を正しく見ることができないからです。稲盛さんは、そのためには自分はどうあるべきか、どのような想いを持つべきかをノートの端などにメモしていました。それが、稲盛さんの経営哲学の原型である「京セラフィロソフィ」へと昇華したのです。

稲盛さんは京セラフィロソフィについて、こう語っています。「根本にあるのは、『人間として何が正しいのか』ということ、つまり誰から見ても正しい考え方を貫いていくということです。そのような人間として最もベーシックな道徳、倫理をベースにしたものが京セラフィロソフィなのです」

その言葉どおり、「正直であれ」「欲張るな」「ウソを言うな」という、誰もが子供の頃に親や先生から教わった初歩的ともいえる道徳観、倫理観で構成されています。

しかし、現実のビジネスの場面では、多くの人間のエゴが渦巻いています。例えば、顧客との交渉について上司に報告書を書くような場面で、自分の評価を高めたいという私心が少しでもあると、正しい報告書は書けません。それではいくら一生懸命努力しても、その人自身はもちろん、会社にとってもよい結果は生まれません。エゴが現実を直視する目を曇らせているからです。

■自分の内面を見つめ直す時間を持つ

稲盛さんは「若い頃の自分は、表現力に欠けていた。それが非常に悩ましかった」と話していました。裕福な家庭ではなかったので、子供の頃は本を読むことができなかった。だから自分は語彙力が足りず、表現力が乏しかったのだと。そこで、経営者となり社員やお客様に話をする機会が増えるようになると、経営書だけではなく、哲学書や宗教書なども一生懸命読み、語彙力・表現力を高める努力をしたそうです。私自身も稲盛さんに「語彙力がないと、自分の思いを正確に表現できないぞ」と、よく戒められたものです。

私は、稲盛さんから「もっと本質的に考えなさい」ともよく注意を受けてきました。本質をつかむために、まず必要なことは、自分の内面を見つめ直す「内省の時間」を増やすことではないでしょうか。ITツールを積極的に活用することで生まれた時間を、心を静めて「なぜ自分はそのような判断をしたのか」と深く考えるために使ってほしいと思うのです。そうすることで物事の本質は少しずつわかってくるのではないでしょうか。

稲盛さんも、心を静め、瞑想するような時間をできるだけとるようにしていたと話していました。朝には前日の自らの行いに想いを巡らせ、反省する習慣もありました。

メモというのは、ある事象に遭遇して、心の中に生まれたイメージや想いを文書化する作業ともいえます。簡単に思えて、実に難しいことです。エゴが少しでも入ると、信用という最も重要な財産を失ってしまうかもしれません。ですから、稲盛さんがそうであったように、誰から見ても正しいメモが作れるように地道な努力を重ねることが重要だと思うのです。そのような習慣は、自分を高めていくうえで最高の宝物となるはずです。

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大田 嘉仁(おおた・よしひと)
MTG会長
1978年、京セラ入社。91年より京セラ創業者・稲盛和夫の秘書を務め、経営危機に陥った日本航空(JAL)再建時は会長補佐を務めた。著書に『JALの奇跡』。

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(MTG会長 大田 嘉仁 文=梅澤 聡 撮影=石橋素幸)

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