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海外のスタートアップに「好かれる会社」と「嫌われる会社」の違い

プレジデントオンライン / 2020年5月7日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NicolasMcComber

日本企業による海外のスタートアップ視察が、現地で敬遠されることがある。事前の情報収集が足りず、何をしたいのかが明確ではないことが原因だ。どうすればいいのか。イスラエルに詳しい、一橋大学名誉教授の石倉洋子氏らが解説する——。

※本稿は、石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■「とりあえず行く」では成果は上がらない

情報が氾濫する現代では、闇雲(やみくも)に情報を集めるアプローチは以前より低コストでできるが、リターンは極めて低い。にもかかわらず「イスラエルでいろいろ起こっているようだから、とにかく情報を集めてこい」という会社の指示を受けて、イスラエルでテクノロジーを探そうとする担当者は多いようだ。

行き先がイスラエルの場合に限ったことではないが、日本からの視察団の中には、まったく事前の準備をせず「とりあえず行けば何とかなるのでは」という発想で訪問する企業も多い。現地のスタートアップ関係者からは、「日本企業と会っても、まったく質問が出ないし、イスラエルのスタートアップに何を求めているか、説明できないことも多い」という声が聞かれた。しかしそれでは、具体的な案件にはつながらず、受け入れる側にしてみれば単なる「時間の無駄」になってしまう。

■日本企業は「宿題」をしてこない

イスラエルにどんな資産や技術があるのか、そして、その中に、自社が抱える課題の解決につながりそうなものがあるか、自社が将来強化したい分野に関連しそうなものがあるか調べておく。こうした「宿題」をやってから臨まないと、自社のニーズにマッチした、信頼できるスタートアップと「出会う」ことはできない。前もって情報を集め、あたりをつけて(仮説を持って)行くべきだろう。

先進的な電子政府システムで注目を集めるエストニアも、そうした物見遊山のような視察団が大挙して訪れたため、日本企業の訪問が敬遠され始めていると聞く。

イスラエル経済産業省でイスラエル投資推進局長を務めるジヴァ・イゲール氏も、「最近の、日本企業のイスラエルのスタートアップに対する高い関心は、イスラエルにとって、うれしいニュースだ。しかし、イスラエルでは毎年1000社以上のスタートアップが生まれており、手掛ける分野や得意とするテクノロジーも多岐にわたる。協業を成功させ、イノベーションを取り込むためには、日本側がもう少し自らのニーズを明確化し、何を求めているのかを表してくれるとよい」と話す。

■良い出会いのためには、事前準備が必須

2016年ごろからイスラエルのスタートアップに関わっている、アビームコンサルティングの坂口直樹氏は「『よくわからないが、とりあえず行ってみる』というのは時間のムダ。我々は、イスラエルのスタートアップと組みたい日本企業とは、1カ月くらいをかけて、コラボレーションを通じてどんな提供価値を求め、どんな顧客セグメントを狙いたいのかを整理する。ある程度仮説を立てた上で現地に行けば、8~9割は良いコラボレーション相手の候補が見つかって次のステップに進める」と話す。

イスラエルのスタートアップと日本企業の連携支援事業を行っているミリオンステップスの取締役兼COO井口優太氏も、「我々は、単なる視察ツアーはやらない。必ず事前にコンサルティングを行い、『自社が今、何に力を入れているのか。どんなイスラエルのスタートアップに会いたいのか。何を求めているのか』などを具体的に説明できるようにしてもらう。イスラエルのスタートアップの時間を無駄にするようなことがあれば、我々のブランドにも傷がついてしまうので」と言う。

■国は外国企業との協業をサポート

ビジョンを明確に描くことができ、具体的にイスラエルスタートアップと何を目的に組みたいかがはっきりしているのならば、自社が持つ具体的な製品や技術を紹介し、グローバルな販売網や特定分野の生産技術などの自社の強みをアピールして、イスラエルのスタートアップに対して広く協働を求めるというやり方も可能だ。

イスラエル・イノベーション庁では、こうした外国企業とのコラボレーションをサポートしており、同庁のホームページには、外国企業によるイスラエルのスタートアップに向けた提案募集の告知が掲載されている。

また、現地でイスラエルのスタートアップと、新事業のアイデアを開発するイベント「ハッカソン」を実施するなどして成果を上げている例もある。

村田製作所は、センサー通信モジュールの活用をテーマにハッカソンを実施し、そこで優勝したThe Elegant Monkeysと実証実験を経て協業、出資を行った。現在は、両者で開発したAIソリューションの事業化に向けて準備を進めている。

■粘り強く、熱意がある「チャンピオン」はいるか

このような、イスラエルスタートアップと日本企業の商習慣や文化の違いによるハードルを超えるためのカギは、いわゆる「チャンピオン」の存在だ。

プロジェクトの成功を信じ、ねばり強く、強い熱意を持って推進しようとするチャンピオンが、双方——特に日本側——にいるかどうかが成否をわけるのだ。

チャンピオンの必要性は、イスラエルのスタートアップと日本企業の連携に関与した経験のあるイスラエル、日本双方の人たちから繰り返し指摘された。

特に日本の大企業とイスラエルのスタートアップという組み合わせを、成果に結びつけるためのチャンピオンには、どのような資質が必要だろうか。

まだ確立されていない、市場可能性も不確定な新しい技術を見極めるのは、そもそも非常に難しい。テキストを読んだり、セミナーに行ったりすれば、ある程度の知識や情報を得られるかもしれないが、技術のスタートアップの盛衰は激しいので、常に世界の状況を見極める目を養うことが必要だろう。

■ビジネスとテクノロジーの両方に強い人がいい

アメリカやイスラエルでは、数多くのスタートアップがイノベーションを生んでいるが、それは、生まれるスタートアップの数が多い、つまり分母が大きいからであって、決して「スタートアップ=イノベーティブ」というわけではない。

スタートアップとは、そもそも不確定要素から成り立っているものなので、たくさんのスタートアップを実際に見て、自分なりの基準を身につけたり、自分自身で起業した経験を持つことが求められるのだ。「わからないものは判断できない」、と決めてかからず、何とか見極めるヒントを手に入れようと努力しなくてはならない。

アビームコンサルティングの坂口氏も「いいスタートアップを見つけるのは非常に大変で、目利きが難しい」と語る。前述の通り、イスラエルのスタートアップ業界ではネットワークがモノを言うので、現地にネットワークを持ち、日本企業との縁を取り持った経験のあるインキュベーターやコンサルタントの力を上手に利用するのも一つの手だろう。

スピード感を持って交渉を進めるためには、ビジネスとテクノロジーの両方を理解することが求められる。と言っても、そもそもテクノロジーの知識を持ち、英語で交渉ができる人材が日本には少ないので、ビジネスがわかる人とテクノロジーがわかる人をチームにして、チャンピオンの役割を担ってもらうのもよいだろう。

■「何としても成功させる」現場の熱意が問われる

チャンピオンには決定権を持たせないと、スピード感を持った対応はできない。質問をするだけ、話を聞くだけで、打ち合わせの場で判断や意思決定ができない「子どもの使い」のような担当者では、スタートアップ側も日本企業の「本気度」を疑うだろう。結局、交渉プロセス全体が遅延してそっぽを向かれてしまったり、意思決定の速い欧米企業に先を越されてしまう。

ここで力を持つのは、「このコラボレーションを何としても成功させる」という強い意志と「熱意」(パッション)だ。

ミリオンステップスの井口氏は、同社が関わった事例のうち、協業がうまくいっているケースの共通点について、「すべてのケースがユニークなので、なかなか“これ”という共通点を挙げるのは難しいが、実務レベルで熱意を持った人がカギになるのではないか」と語っているし、エイニオの寺田彼日氏も「交渉には時間も手間もかかるので、上から言われて嫌々やっているようだと続かない。やはり現場の担当者の熱意は必要最低限の条件だろう」と述べている。

先方との交渉だけでなく、自社内で必要な情報やリソースを集め、手続きを踏んでいくには、「なぜこの提携が自社に必要なのか」をさまざまな関係者に、根気よく説明する必要がある。

仕事を成し遂げるのに必要な人材の条件として、「ウィル」(意志)と「スキル」の2つが挙げられることが多いが、技術の知識、契約に関する経験などのスキルだけではなく、最後は「何としてもプロジェクトを実現する」、というウィルが決め手になる。

■なぜ「日本企業は遅い」のかを丁寧に伝える

イスラエルのスタートアップと日本企業が交渉を始めると、まず問題になるのがスピード感だ。

こうした交渉では、その場で回答できることはすぐに回答し、その場で回答できないことについては「いつまでに」「誰が」「どんな作業をして」回答するかを明らかにしておくことが基本だ。さらに、会合のあと、自社に戻って何をやったか、どこまで進んだかという進捗を丁寧に知らせることが不可欠になる。言葉や商習慣が異なる企業同士であれば、こうしたやりとりは特に大切だ。

それなのに、日本企業がスタートアップを訪問しても、その後連絡をしないままにしていることは多いようだ。

イスラエルのスタートアップは規模が小さく、「非常にフラットで、ヒエラルキーを嫌う」(戦略経営コンサルタントの小川政信氏)。一方、日本の大企業の多くは事業の範囲が広く、階層が多く、情報を集めるにも、組織内で結論を出すのにもより多くの人を巻き込まねばならず時間がかかる。イスラエルスタートアップから見ると、日本企業は欧米の大企業と比べてもすべてのプロセスが遅いと感じられるようだ。

ミリオンステップス取締役兼COOの井口氏は「日本企業は、自分たちが思っている以上に、先方からは『遅い』と思われている」と強調する。「決裁や膨大な書類作成など、イスラエルスタートアップにはなかなか理解できないプロセスがたくさんある。我々が間に入る場合は、なぜ時間がかかっているのか、現在どうなっているのかなどを、イスラエル側に丁寧に説明する。すると、相手も理解してくれることが多い」と語っている。

もちろん、できるだけ現場に権限を与え、プロセスのスピードアップを図ることは必要だが、それに加えて、「なぜ」保留するのか、社内の意思決定でどのようなプロセスが必要で、今、どのような段階にあるのか、今後の見通しはどうなのかなどを、丁寧に相手に伝える必要があるだろう。

■「自社より格下」と思ってはいけない

日本企業は、交渉相手を値踏みして、相手企業と自社の上下関係を判断しようとする傾向がある。規模や知名度、歴史や伝統などが判断の基準として使われることが多い。イスラエルのスタートアップに対しても、同じように値踏みをしているのではないだろうか。イスラエルのスタートアップは、もちろん規模が小さく実績もない。日本の大企業から見ると、「単なる小さな会社」、すなわち、自社より格下と認識することがあるのではないか。

石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)
石倉洋子、ナアマ・ルベンチック、トメル・シュスマン『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版)

しかし、イスラエルのスタートアップは、規模や実績に関係なく、相手企業とは対等な立場で交渉する。

戦略経営コンサルタントの小川政信氏は、「イスラエル人は、過去の実績を現在の信用関係の“てこ”に利用しようとしない。つまり、過去に成功した人が過去の栄光だけで相手より上の立場に立つのではなく、あくまでも、現在その人の持つビジョンやアイデアの価値が重視される」と語っている。

アビームコンサルティングの坂口氏も、「イスラエルのスタートアップは、グローバル企業とのコラボレーションに慣れている。『相手が大企業だから会う』ということは決してなく、自社にマッチするかしないかをしっかり見て判断している」と説明する。

交渉プロセスにおける日本企業のスピード感のなさの背景には、「我々は名のある大企業なのだから、多少返事をするのが遅くなっても、相手は待っていてくれるだろう」と高をくくっているところがあるのではないか。つまり規模やこれまでの歴史、市場での地位などから、相手を下に見ているところがあるように思われる。

ところが、魅力的な技術を持つイスラエルのスタートアップと組みたい外国企業はほかにもたくさんあり、競争にさらされているのは日本企業の方だ。このままでは、日本企業よりも、スピード感を持って意思決定を行うことのできる企業に先を越されてしまうだろう。

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石倉 洋子(いしくら・ようこ)
一橋大学名誉教授
バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院経営学博士(DBA)修了。1985年からマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルティングに従事した後、1992年青山学院大学国際政治経済学部教授、2000年一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、11年慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。資生堂、積水化学社外取締役、世界経済フォーラムのNetwork of Expertsのメンバー。「グローバル・アジェンダ・ゼミナール」「SINCA-Sharing Innovative & Creative Action」など、世界の課題を英語で議論する「場」の実験を継続中。専門は、経営戦略、競争力、グローバル人材。

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ナアマ・ルベンチック コンサルタント
1992年イスラエル生まれ。高校を卒業後、3年間イスラエル国防軍のトップ情報収集部門の「8200部隊」という部署で勤務。国防軍では、情報収集コースのインストラクターに選ばれる。退役後テルアビブ大学で経済及び東アジア研究を行い、2016年に卒業。在学中、コンサルティング会社のGTM戦略部門でマーケターと戦略アソシエイトとして働いた。16年~18年の間在イスラエル日本大使館に勤め、18年に文科省の奨学金で京都大学大学院経済学研究科に留学。19年からイスラエルに戻りフリーのコンサルタントとして活躍する。

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トメル・シュスマン タルピオット・プログラム元チーフインストラクター兼副司令官
テルアビブ大学物理学修士。2012年度タルピオット・プログラム最優秀士官賞受賞。イスラエル国防軍シニア・リサーチャー兼プロジェクト・マネージャーを経て、18年7月までタルピオット・プログラムチーフインストラクター兼副司令官としてプログラムを統括。現在ヘルスケア分析関連スタートアップ企業を設立中。

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(一橋大学名誉教授 石倉 洋子、コンサルタント ナアマ・ルベンチック、タルピオット・プログラム元チーフインストラクター兼副司令官 トメル・シュスマン)

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