なぜ、マックの高卒バイトがマイクロソフト本社にヘッドハンティングされたか
プレジデントオンライン / 2020年5月4日 11時15分
――そう聞いて、どんな人生を思い浮かべるだろうか。彼のこれまでの歩みには、仕事への向き合い方やキャリアを考えるうえで、学ぶべきものがつまっている。
※IT系求人サイトPaysa調べ。年収比較は編集部推計。
■小さな頃から、パソコンに触るのが大好きだった
吉田大貴、29歳。1990年、大阪府豊中市生まれ。一人っ子。11歳まで関西を転々として過ごしたと話すが、関西弁はまったく感じない。
「両親の『世界で活躍する人になってほしい』という方針から、インターナショナルスクールに通っていました。なので、友達との普段の会話はずっと英語だったんです。両親とも英語も話せない、普通の日本人なんですけどね」
小さな頃から、パソコンに触るのが大好きだった。吉田さんが最初にパソコンに熱中したのは5歳のとき。折しもウィンドウズ95が発売され、日本のITの夜明けともいえる時代だった。「シャープ製のワープロ、書院にハマりました」。英語とパソコン。この2つの得意分野が、吉田さんのキャリアの両輪となる。
■地方で、高卒では正社員にもなれなかった
11歳でイギリスへ留学。寮生活を始めたのは、シドマスというロンドンから車で3時間ほど離れた、田舎町。そこで最初の「多様性」に触れたという。「イギリス人が8割で、残りはドイツ人や香港の学生。多国籍の学生たちが、2段ベッドで共同生活していました」
イギリスでは高校入学の時点で、どんな分野を専攻するか決める。吉田さんが選んだのは、応用数学、物理、化学、そして製品デザイン学だった。「パソコンに関わることが好きで、理系科目しか得意じゃなかったんです。勉強一筋で、がり勉でした」。大学もコンピュータ科学の名門インペリアル・カレッジ・ロンドンと、ロンドン大学に合格した。
こう見ると、18歳までのキャリアは華やかだ。「高卒、マクドナルドのバイト」に、なかなかつながらない。しかし2009年夏、吉田さんに試練が訪れる。母親が病で倒れ、帰国を余儀なくされるのだ。ビザが取得できず、実家の経済的な事情から、吉田さんは進学を諦めざるをえなくなる。
「奨学金制度をひたすら調べました。でも、イギリスの制度では僕は外国人として扱われてしまう。反対に、日本の学校の制度では僕は日本人として扱われて、イギリスの学歴が正当には考慮されなかったんです。日本の帰国子女枠にも当てはまったんですけど、日本語が不得手だったせいで、試験が受けられませんでした」
家計を支えるために、吉田さんは実家のあった兵庫・明石で、職探しを始める。時期悪く、帰国した09年はリーマンショックによる世界的な不景気の最中だった。そうして、「そこでしか働けなかった」家から歩いて通えるマクドナルドで、アルバイトを始める。時給は約800円。そこでのダイバーシティが、いまでは財産になったと吉田さんは語る。
「高校生、大学生、フリーター、主婦。マクドナルドでは価値観の違う人たちに受け入れてもらい、そこで『コミュニティ』の大切さを知りました」
ひたむきに働いた吉田さんは、7カ月後にスウィングマネジャー(バイトマネジャー)になっていた。傍ら、IT系の企業で働く夢を追い求め、就職活動も継続していた。
しかし、ただでさえ仕事の少ない不況下の地方都市で、高卒で日本語が不得手な吉田さんは、書類選考すら通過できない。ようやく10年夏、兵庫県内の、社員数120人ほどのマット販売会社で、情報システム部の派遣社員として働き始める。
「最初はヘルプデスクで、『電源が入らない』などの相談に応えていました」
IT能力に長けていた吉田さんは派遣社員ながら徐々に任される仕事が増えていき、3カ月後、正社員として働かないかと声がかかる。当時、19歳。
「働くうちだんだん、基幹システムの導入の仕事に関わるようになりました」。21歳のときには、タイとの共同プロジェクトのマネジャーに選ばれた。ただビジネスの知識がほとんどなく、簿記やチーム運営の方法も、とにかく“ググって”調べたという。会社の受発注や在庫管理、会計、人事など業務を横断して解決するERP(企業資源計画)の仕事に、吉田さんは魅力を感じていた。吉田さんは、徐々にほかの企業でもその経験を応用できるのではないかと考え始める。
しかし、「転職しようにも日系企業は都市銀行系をはじめ、ことごとく高卒という学歴で書類選考ではじかれました」。そんなとき、吉田さんのプロジェクトの成功を見ていた、得意先の取締役から誘いを受ける。
23歳で上京、上流SIerとして勤務し始める。日本でいえば大学新卒1年目の年齢だが、完全な即戦力だった。100人程度の社員数だったが、大手メーカーやその子会社へのシステムの導入、海外法人とのやりとりもリードしていた。
転職2年目で、「このままではERPだけの人材になってしまう」とさらなる転職を決意。就職先は2000人規模の日系SIer企業。そこでの上司との出会いが、吉田さんのキャリアを大きく変えた。
その上司は、マイクロソフト製品の豊富な知識を持つ、貢献度の高い個人を表彰する制度・マイクロソフトMVPの受賞者だった。そこで、勉強するコミュニティや、セミナーに登壇する文化を教わる。
「個人でググるだけではなくて、コミュニティで勉強するようになって、そこから、受け身ではなく自ら登壇したり、情報を発信するようになりました。すると相乗効果が起こって、情報への理解度が格段に上がりました」
吉田さんは自身のブログ「吉田の備忘録」で、海外の最先端の情報をグーグルで調べてまとめ、邦訳するなど、積極的な発信を始める。そこで出会ったのが、誰もがiPhoneやAndroidなどのアプリを作れるソフト「Power Apps」だった。魅力に引き込まれた吉田さんは、「会社での導入は難しくて」趣味でひとり、研究を始めた。
■いかにしてMS本社に入社したか
日系企業ゆえの「新しいことがなかなかできない」しがらみから、17年春、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングに転職。4カ月でシニアコンサルタントへとスピード出世を果たす。そして7カ月目、マイクロソフトのリクルーターから、LinkedInで引き抜きの声がかかる。
その誘いの言葉は、吉田さんにとってまさに渡りに船だった。
「ご存じでないと思いますが、PowerAppsという製品がありまして……その技術営業にご興味はないでしょうか?」
知っています! すぐに面接を受けさせてください! 即答だった。
「いつかは働きたい会社でした。もしロンドン大学に行けていたら、研修先はゴールドマン・サックスやグーグル、マイクロソフトだったんだよなと、悔しい気持ちを思い出すことも多かったので」
吉田さんは履歴書にPowerAppsへの情熱をしたため、シンガポールやアメリカ、日本など、合計4つの面談を受ける。当然コミュニケーションの多くは英語だ。マイクロソフトは学歴を考慮することもなく、実績を見る。吉田さんのためにあるかのような採用だった。収入も圧倒的に跳ね上がる。
そして18年の1月、27歳で「GlobalBlack Belt」という、PowerAppsに特化した技術営業として、米国マイクロソフトの本社に入社する。入社時はまだ、PowerAppsの知名度は高くなかった。
■諦めるということは基本的にしない
「セミナーを開催したり、相手方に出向いたり、とにかく知ってもらうことから始めました」。1年で開いたイベントは29回、名刺を交換した企業数は350社。1年で売り上げは10倍以上に拡大し、世界の利用者数は250万人を超えた。
吉田さんのこれまでの熱意を支えたのは、PowerAppsへの思い入れの深さだ。プログラミングの知識がなくても、どんな人でもアプリを作れるPowerAppsの特異性は、学歴や環境に苦しんだ吉田さんにはひときわ魅力的だった。
「例えばロンドン空港でボディチェックをやっていたセキュリティ担当の人が、PowerAppsを使って、空港の雑務を効率化するアプリを作り、彼はITスペシャリストになった。その人は中卒でした。そういうキャリアの人がこれから増えていきます」
最後に、29歳になる吉田さんに自分の強みはどこか、聞いてみた。
「継続力です。とにかく情熱を持ってやり続けること。諦めるということは基本的にしないですね」
いま、世界中で大問題になっているコロナウイルス。吉田さんも、20年5月に予定されていた渡米がウイルス終息まで延期になった。
「これから世界のシステムや働き方に変化が求められる。努力すれば活躍の舞台は広がっていて、社会にインパクトを残せる。それは僕自身でも証明できたと思うので、これからもっと大きなインパクトを残したいですね」
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マイクロソフトコーポレーション カスタマーアドバイザリーチーム シニアプログラムマネージャー
1990年、大阪府豊中市生まれ。イギリス・キングスカレッジトーントンスクール卒業。帰国後マクドナルドでアルバイトを開始。その後、地元工業団地で派遣社員として勤務した後、システム会社やEYアドバイザリー・アンド・コンサルティングなどを経て、2018年1月にマイクロソフトへ入社。20年からは米国本社ベースで勤務予定。
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(ライター 伊藤 達也 撮影=今村拓馬)
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