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お金と出世を欲しがる人が「自分は無神論者だ」と言うのはおかしい

プレジデントオンライン / 2020年5月1日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wwing

日本人の多くは無神論者とされているが、お金や学歴といった「宗教的なもの」への信仰は根強い。日々の暮らしに潜む宗教について、ジャーナリストの池上彰氏と作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が対談した——。

※本稿は、池上彰、佐藤優『宗教の現在地 資本主義、暴力、生命、国家』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■「お金」という存在とこれからどう向き合っていくか

【池上】今回は、「資本主義と宗教」についての議論を進めていきましょう。

【佐藤】今、マルクス経済学というと、「何? そんな古びたものを」と感じる人が多いでしょうが、私も池上さんも一応はマルクスの『資本論』に影響を受けた世代です。なおかつ、そこに書かれている資本についての理屈──お金の使い方についての理屈──は、それなりに説得力があると私は思っています。

お金というのは、人間と人間の関係から生まれてくる。つまり何かを交換するときに物々交換では間に合わなくなったので、いったんお金に換えてからモノとモノを交換するようになった。しかし、モノがいつもお金に換わるわけではない。ところがお金があれば、いつもそれはモノに換わる。ここから、お金に力が生まれてしまう。さらにそのお金はお金自身をどんどん増やしていき、資本という形での運用が可能になる、といった理屈です。

『資本論』には、うんと乱暴にいうと、そのようなことが書かれているわけです。革命のための論理を備えた本という側面も、確かに少しはありますが、どちらかといえば、『資本論』は資本主義がどのように機能しているのかについて書かれた本なのです。

【池上】そもそも、人間生活においては、私たちはモノを交換しなければ生きていけません。いわゆる分業をしなければ、とても一人ひとりの生産性を維持できない。そして生産されたもの、あるいはサービスを交換することによって、実際に社会が発展した。そこでの仲介物として貨幣が生まれてきた、ということですね。

■日本人の多くは無神論者ではない

貨幣がどんどん広まるうちに、貨幣があれば何でもできるということになってくる。するといつしか「貨幣が欲しい」「お金さえあれば何とかなる」といって、貨幣を崇めたてるようになり、それこそお金自体がまるで神のようになって人びとを動かしていく。資本主義経済にはそういう恐ろしさというか、発展の過程で「お金という神さま」を生み出す構造があるのだ、という話です。

【佐藤】その通りです。

日本社会では、特定の宗教を信じていない、あるいは自分は無神論者だ、無宗教だと積極的にいう人も多いと思います。ところが、もし誰も見ていない場所で、落ちている一万円札を見つけたとしたらどうするでしょうか? これを拾ってそのままポケットに入れるとしたら、それはカネに力があると認めていることになるわけです。一万円札を一枚刷るのには、23~24円ほどしか掛かっていないはずです。冷静に考えれば、24円で一万円分の商品やサービスが買えるのはおかしいわけですが、その価値を信じているからこそ、黙って自分のものにするという行為が成り立ってしまう。

これはつまり、みな実は拝金教という宗教を信じている、ということになります。

ただ、私自身はあまり札の価値を信じていません。というのは、1991年1月にモスクワで、ある日突然、高額紙幣である50ルーブル、100ルーブルの流通が禁止されるという事態を目の当たりにしているからです。カネというのは、ある日を境に本当に価値がなくなることを実感したのです。

■出世・学歴信仰も「宗教的なもの」だ

【佐藤】拝金教だけではないですね。ほかにもわれわれの多くが信じている宗教として、例えば出世教があります。どうでしたか? 池上さんが昔勤めていた会社では、出世好きの人はいましたか?

【池上】いましたよ。最初はみんな、ジャーナリズムの仕事をしたいと言って会社に入ってきたであろうに、組織の中にいるとだんだん変化してきて……。「あれ? この人はどっちを向いて仕事をしているのだろう?」と感じる人はいました。

【佐藤】私が知るどの新聞社でも、若い頃に「生涯一記者でいたい」といっていた人でも、政治部長や国際部長への出世話が出たとき、断った人は一人も見たことがありません。

私は外務省という会社にいましたが、ここなどは、もし課長を全員集めて「来月から給料を一割下げるが局長になりたい奴はいるか」と尋ねたら、全員手を挙げるでしょう。

【池上】なるほど(笑)。

【佐藤】つまりこれも宗教ですよ。

まだあります。お受験教や学歴教です。合理的に見て、志望大学のことだけを考えれば、大変な試験を受けていわゆる難関附属小学校や中学校、あるいは極端に偏差値の高い高校に入ってから一流私立大学に進むより、公立高校を出てその私立大学を受験するほうが、はるかに楽です。それでも、大変な競争になっても難関校の枠の中に入りたい、入ったら何かが違うと感じる人が大勢いるわけです。そうした競争がGDPを押し上げている側面は、あるにはあるわけですが。

このような意味では、われわれの周辺にはあちらこちらに「宗教的なもの」が転がっています。ただし転がっているけれども、「宗教的なもの」だとは感じないようになっている、それこそが問題だと思います。

■「特攻隊は決して美化できるようなものではない」と語る生存者

【池上】私たちはそもそも、いわゆる超越的な存在があって、それこそが神だ、世界の摂理だと考えているところがあります。あるいはまた、輪廻転生という教えや、自然界のそこここにさまざまな神が宿っているという考えが宗教だと思っているところがあります。

ところが、例えばお金のために殺人を犯し、その結果人生を破滅させることもあることを考えるなら、お金にだって何か超越性がある、ということもできるわけです。たかがお金のために自分の身を捧げるということは、非常に不合理であるにもかかわらず、それを行なってしまう点において、いわゆる宗教で身を誤ることと似ている部分があるのではないか。そういうことですね。

【佐藤】気づいていない「宗教的なもの」には、「国家主義教」というのもあります。国家が宗教の機能を果たしている、ということです。

1945年の8月15日までの約10カ月、日本では多くの若者が、特攻隊でアメリカの艦船に突っ込んでいきました。この行為などは、やはり国家という宗教に殉じる行為だったといえるでしょう。

【池上】そうですよね。今、特攻隊の生き残りの人たちがどんどん声を上げています。そして「特攻隊は決して美化できるようなものではない」とおっしゃるのです。戦争を美化するような動きに対して、「いや、美化するのではなく本当の戦争を知ってほしい」と、彼らのうちの、多くの人が思うようになったのではないでしょうか。国家が孕む宗教性について考えるためにも、今こそ、このような方たちの話を聞く必要があると思います。

■「神社は宗教にあらず」という言葉に潜む危うさ

【佐藤】森友学園問題というものがありました。森友学園の元園長・籠池さんに対して「幼稚園児に教育勅語を読ませるのはおかしい」云々(うんぬん)という批判がありました。

池上彰、佐藤優『宗教の現在地 資本主義、暴力、生命、国家』(角川新書)
池上彰、佐藤優『宗教の現在地 資本主義、暴力、生命、国家』(角川新書)

私はそのことよりも、もっと根源的な問題があると思っています。大意を述べると、神道教育の趣旨は「神道は宗教ではない」という教育を行うことだ、と彼はいっていました。私はここに強く引っ掛かると同時に、怖いな、と思ったのです。それは、この発言に対する批判がどこからも出なかったからです。

戦前は、伊勢神宮にしても、氷川神社や日枝神社にしても、「神社は宗教にあらず」といっていました。神社は宗教ではなく、日本国民(当時は臣民)の慣習だ、と。慣習だから、誰もがみな神社に行き二礼二拍手一礼をしないといけない、神社が出す神札は取らないといけない、といわれた時代でした。

つまり、国家が宗教を国民に押しつけるときは、必ず慣習という形で現れてきます。「宗教ではない」という形で、特定の宗教が国教になって現れてくるのです。だから、ことさら「宗教ではない」ということは、かえって宗教的意味合いが大きいことを逆説的に示してしまう。さらに、その言葉への批判がないというのは、かえって国教的な性格を補強してしまうという意味で、怖いのです。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。報道記者、キャスターとして活躍。「週刊こどもニュース」のお父さん役で大人気に。2005年に退職。名城大学教授、東京工業大学特命教授などを務める。『おとなの教養』『はじめてのサイエンス』『見通す力』『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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(ジャーナリスト 池上 彰、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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