「新卒から47年間、同じ仕事で失敗ばかり」そんな最年長社員が仕事に飽きないワケ
プレジデントオンライン / 2020年5月4日 11時15分
■薬を世に送り出す“伴走者”としての社会人人生
「学校を出て47年。僕はね、1個の仕事しかやったことないんですよ。営業の数字の計算もできないし、工場でモノづくりをしたこともない。ただひたすら、薬の企画開発一筋。でも、全然飽きることはないんですよ」
穏やかな笑顔を見せながら山田哲正さん(70)は話す。背筋がスッと伸びた立ち姿が若々しい。ロート製薬先端技術研究室の室長だった2012年7月に定年延長し、契約社員になった。その後、再生医療研究企画部の立ち上げとともに部長に。18年6月に取締役に昇進した。
部門長として最年長となるが、担当するのは最先端、いわゆる新規事業である。「社内ではニックネームで呼び合う」という同社のルールに則って、20代の社員からも「てつさん」と親しまれる。
山田さんのキャリアは、1973年に名古屋大学農学部を卒業して入社した興和からはじまった。「バンテリン」「キューピーコーワ」シリーズなどのロングセラー商品の企画開発を担当した。
医薬品の開発は、機能性はもちろんのこと、新商品のコンセプトづくりから、製剤化、安定性や安全性の研究、臨床試験、製造と、通常の消費財より格段に多く複雑な工程を要する。山田さんはその一連のプロセスを設計し、各部門の調整役となる。いわば、薬を世に送り出す“伴走者”としての社会人人生を送ってきた。
「当時の製薬業界は、商品開発のノウハウも熟していなかったから、細かく指導してくれる先輩もいない。イチから自分で考えないといけなかったんですよ」
■徹底したリサーチを支えた担当者としてのプライド
これまでなかった商品を生み出すには、やるだけの価値がある、とたくさんの人を納得させ、味方につける必要がある。
「とにかく勉強は人一倍していましたね。担当者というからには、誰に何を聞かれても自分が一番詳しく答えられるレベルになっていないと説得力がないでしょう。病気のメカニズムや薬剤の特徴、他社品との差別化、市場規模の予測……いろんな視点で情報を集めるリサーチに時間と労力をかけていました」
リサーチといっても、今のようにインターネットはない時代だ。最新の知見を得るために、大学の図書館にこもって文献をめくって1日を過ごしたり、知り合いの専門医を頼って会いに行き、何時間も質問攻めにしたり。手と足を使った地道なリサーチを重ねることで、周りの信頼を得て、社内外のネットワークを構築していった。山田さんにとって、その原動力は担当者としてのプライドだった。
「ヒット商品に恵まれた僕はラッキーですよ」と謙遜するが、それだけの努力を惜しまなかったことが伺える。知らなかったことを知る喜びの先に、道はどんどん開かれていった。
■50歳から再びはじまった「ゼロから調べる日々」
50歳でロート製薬に移ると、山田さんが突き進む領域はさらに広がった。転職のきっかけは知人からの紹介による。「より開発という仕事の可能性を広げられる環境だと感じて」という動機だった。
山田さんがロート製薬に入社した2000年頃は、同社の事業展開が大きく転換したタイミングだ。
「目薬の開発をずっとやるつもりでいたら、いきなり『これからは化粧品を開発していく』と発表があり、驚きました。社内ではまったくの新規事業。かつ、業界としても新しい“機能性化粧品”という分野に打って出ると。化粧品のことなんて、よく知りません。またゼロから調べる日々がはじまりました」
今では「肌ラボ(ハダラボ)」「オバジ」などスキンケア商品の認知度も定着した同社だが、20年前のイメージは「目薬の会社」だった。現在の多角展開につながる重要なターニングポイントの時期に、山田さんはいたのだ。
教科書がない仕事であるほど燃えるタイプなのだろう。山田さんは、この時も「どうやったら、お客様に分かりやすく商品の機能性を訴求できるだろうか?」とシンプルに考えていった。
■仕事人生、目の前の課題に夢中で取り組んできただけ
開発企画部部長を経て、2006年に臨床企画部部長に。共同研究する医師の研究室で、肌のシワを拡大した写真を何百枚と並べて「数なのか、深さなのか。シワの改善をどう評価するのが分かりやすいか?」と議論を重ね、独自の指標を導き出した。化粧品の機能性がデータで示されるようになったのだ。同時期に、スイッチOTCの商品開発にも携わった。
「たしかに、気づけば『社内初』『業界初』の仕事に関わっていたパターンは多いかもしれないですね。でも、“初”の成果にこだわってきたわけじゃないんです。目の前に急いで解決しなきゃいけない課題があって、夢中で取り組んできただけ。気づけば最年長になっているなんて、自分でも驚きますよ。僕がいつまで働き続けるかよりも、次の世代へどうやって仕事をつないでいくか。完璧に引き継げなかったとしても、一緒にやりながらある程度のところでバトンタッチしたいと考えています」
現在は、再生医療研究企画部部長として、大阪本社や東京支社だけでなく、大学や病院などを飛び回る日々。同社が2011年から本格参入した幹細胞を用いた再生医療分野を牽引している。
■やってきた仕事の9割は失敗。大事なのは早めに手を打てるか
順風満帆に聞こえるキャリアだが、決してうまくいくことばかりではなかったという。
いわく、「やってきた仕事の9割は失敗」。
「薬の開発は未知の領域へのチャレンジの連続だから、最初に緻密な計画を立てても想定外のことがいっぱい出てくる。機能性を高めるために効果のある成分を配合したら副作用も強く出てしまったり、臨床試験で費用がたくさんかかってしまったのに許可が取れなかったり、何度も大失敗していますよ。当然、そのたびに会社からはきつく怒られます。かんたんには切り替えられないけど、考えても仕方がないから次の仕事をやるしかない」
しかし、山田さんが歩んだ“失敗の歴史”こそが、会社の未来をつくるための貴重な財産になっている。
「大事なのは、起こり得る失敗をいかに予測し、早めに手を打てるかどうか。僕は47年間同じ仕事をしているから、この領域では人の10倍くらいは失敗している。その経験した分だけ、ピッとアンテナが立つから、『そっちに行くと、まずいんじゃない?』『そのまま進むと、おそらくこういうことが起こるから備えておいたほうがいい』と助言することはできる。そういう指摘って、言いづらいものでしょう(笑)。今の自分に一番期待されている役割はそこじゃないかな」
まさに、歩くトラブルシューティング辞典。会社の発展と共に専門化・細分化が進んだ組織において、山田さんのように「開発プロセスの全体が分かる目利き」は貴重な存在だ。
情報を集めるだけなら新入社員でもできるインターネット時代においては、マネジャーに求められるのは「エラーの芽を早期に発見し、解決策を示すこと」だと山田さんは考えている。
■40年以上前から心に残る“忘れられない言葉”
働きはじめてから今までの仕事のハイライトは何だったか。そう聞くと、「パッと浮かばないんですよ」とカラリと笑う。
「あまり過去にはこだわらないし、基本的に“新しいもの”“知らないこと”に興味が向く。今関わっている再生医療の分野も、学ぶほどに未知のことだらけで楽しいですよ」
モチベーション高く、長く働き続けるコツは、内なる好奇心を刺激することなのだと伝わってくる。
では、好奇心を満たす仕事は、誰にでも降ってくるものだろうか。そんな問いの答えにもなりそうな、山田さんの流儀も教えてくれた。
「新人時代、一緒に昼食のカレーライスを食べていた先輩から突然言われたんですよ。『山田、このスプーンの特徴を5つ言ってみろ』と。要は、『どんなものにでも特徴は必ずある。その特徴を早く見抜ける眼を磨け』という教え。40年以上前にいただいたこの言葉は、今でも私の指針になっています」
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ライター・エディター
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」、新雑誌開発、「日経ヘルス」編集部を経て、2009年末に編集者兼ライターとして独立。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで、さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動する。ライターのネットワーク「プロシェア」、取材体験型ギフト「家族製本」主宰。
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(ライター・エディター 宮本 恵理子)
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