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これはすごい!いきなり作ったマスクにトヨタの本気が見えた

プレジデントオンライン / 2020年5月2日 9時15分

トヨタ自動車が医療現場に提供するフェイスシールド。月産4万個レベルで生産し、さらなる生産拡大を予定している。また、グループ会社においても同様にフェイスシールドの生産に着手している。 - 写真提供=トヨタ自動

■「他人の責任追及」をしているヒマはない

「日本人は危機が来ると、現状をどう改善するかより先に自らの責任回避と他人の責任追及を始める」

これは『日本人とインド人』著者、グルチャラン・ダスの言葉だ。彼は作家でありながらP&GインディアのCEOを務めたビジネスマンで、同国に進出しているスズキ会長、鈴木修も認める人物である。

ダスが指摘した日本人の行動は新型コロナウイルスが蔓延している現在でも変わっていない。それぞれがそれぞれの立場で他人の責任を追及している。

「政治家が悪い。無能だ。2割の歳費削減は甘い」「マスクや消毒薬が店頭にない。ふざけるな」「トイレットペーパーを買い占めるやつは死刑だ」「国会議員が危機のさなかに風俗パブだと! 許せん、●●タマ引っこ抜いてやれ」「番組司会アナウンサーのくせにコロナに感染しやがって、不届き者め」「補償が少ない。スピードが遅い」「若いやつは出歩かないで、うちで自粛してろ」「学校が休みだからといってゲームばかりするな、バカタレ」……。

新聞、テレビ、インターネットに載るニュースのほとんどは他人の責任追及だ。自分のことはさておいて、他人の不埒さを見過ごすわけにはいかんというのが、今の民意だろう。そんな殺伐とした世の中なのに、自分のことよりも、戦いの最前線に立つ医療従事者、そして、コロナ危機の影響を受けている弱者を助けようと行動を起こしている人たちがいる。

それが疲弊している医療現場を注視し、支援しようとしている人たちだ。

それくらい、今の医療現場は過酷だ。なんといっても指定感染症の新型コロナウイルスに対する診療報酬は安い。感染者や感染リスクのある患者を外来で診療しても1件3000円の上乗せにしかならない。安倍晋三首相が4月17日に「診療報酬を倍増」と明言したけれど、すぐに実行するのは難しいのではないか。

医師、看護師はたとえば新型コロナ患者・疑い患者から検体を採取する際には、サージカルマスク、ゴーグルまたはフェイスシールド、ガウン、手袋を着用する。むろん個々の装備には経費がかかる。また、家族がいる医師、看護師は感染させる恐れがあるから、自宅に戻らず、自費で病院近くのビジネスホテルに泊まる人も多い。医療従事者はぎりぎりの状態で働いているわけだ。旅行、飲食業界をはじめとするさまざまな業界が困窮しているけれど、もっとも支援しなくてはいけないのはやはり医療現場ではないか。

■本業を生かし、本業を越えて、広がる支援の輪

行動を起こしたのは次の人たちだ。

まずは自動車会社各社である。トヨタグループのデンソー、トヨタ紡織はマスクを生産し、市場から購入しないでいいように自給自足体制に入った。また、トヨタ本体はフェイスシールドを作ることにした。トヨタ、ホンダは患者搬送の車両を提供し、感染しないような改造もしている。ユニクロは日本だけでなく、医療機関に1000万枚のマスクを寄付した。

写真提供=トヨタ自動

消毒薬の支援もある。資生堂、サントリーは消毒薬、消毒用アルコールを医療機関向けに生産。富山県の若鶴酒造は消毒薬と同程度のアルコール度数の製品を生産し、医療機関などに優先供給。また、売り上げの一部を新型コロナウイルスの感染拡大防止にむけた取り組みに寄付する。

他に、中古車売買のガリバーは医療従事者をはじめ、外出自粛中でも移動を必要とする人たち1万人を対象に自動車を無償提供。ジャニーズ事務所はマスク50万枚、医療用ガウン3万3000枚を寄付。

企業・団体、個人による支援の対象は、医療現場に留まらない。

ユニバーサルミュージックはコロナで仕事ができない音楽業界の関係者への支援を決定し、社会不安を和らげるためにアーティストに活動してもらうことにした。俳優でタレントの坂上忍は「ボク、タダ働きをすることに決めました」として、「緊急事態宣言が発令されてから解除されるまでの間、収入をなにかしらの形で寄付をすることに決めた」とブログに書いた。

以上のほか、多岐にわたる支援の一部を表にまとめた(※図表1は2020年4月27日時点)。

新型コロナには負けない! 日々広がる支援の輪

■作れるものは何でも作る

自動車業界の団体、日本自動車工業会会長で、トヨタの社長、豊田章男は緊急事態宣言のかなり前から、何かできることはないかと模索していた。彼は記者会見で「モノ作りで貢献する」と語っている。

「終戦時の話ですが、戦争で人も減り、工場も失ったトヨタは、それでも、なんとか生き延びていくために、作れるものは、なんでも作ったそうです。鍋やフライパンを作り、さらには、工場周辺の荒地を開墾して芋や麦まで作っていました。

スバルでも、農機具や乳母車、ミシン、バリカン等、あらゆる生活品を作っていたとも聞きました。とにかく今はやるべきこと、自分にできることは何でもやっていく」

これに関してトヨタ広報は次のように補足した。

「社長の豊田はコロナ危機に際してふたつのことを決めています。ひとつは喫緊の問題である医療の現場を支援すること。最前線で戦っている人たちのためにできることをやりたい。もうひとつは震災でもそうでしたけれど、危機のときに必要なのは事業をやり続けることだ、と。自動車産業は波及効果が大きい産業です。働く人も多い、部品会社も多い、その周りのサービス産業の人たちも大勢います。みんなの生活を守るためには事業を継続する。そして、工場が動く音、日常の音がみんなを元気にすると言っています。危機のとき、日本に貢献するために当社は国内に生産拠点を残してきました。ですから、マスク、フェイスシールドといったものなら作ることはできます」

わたしはトヨタグループが作ったマスクを試着してみた。肌ざわりは多少ゴワゴワしていたが、繊維層は3層だ。着け心地よりも機能性を重んじたそれである。聞けば車のフィルター素材を利用したとのこと。

実はトヨタには人工呼吸器についても「なんとかできないか」という声が寄せられていたという。しかし、同社は直接の製造ではなく、製造現場のカイゼンという側面からの支援に決めた。それは次のような理由からだ。

「人工呼吸器は人の命に直結する医療器具です。自動車も人命に関わる製品ですので、命に関わるモノづくりが、どれだけ難しいかを我々は理解しています。簡単なことではありません。まずは、医療機器を作っている方々のところに行き、その生産をひとつでも増やせるような、生産工程の改善など、我々のノウハウが活かせるサポートを始めてまいります」(豊田章男)

加えて、病室用ベッドの部品などの製作も始まっている。

■東日本大震災への支援を振り返る

自動車業界は日本の基幹産業だ。前述のように波及効果は大きい。それはコロナ危機以前に行った東日本大震災への支援と結果を見ればわかる。

彼らは2011年から9年間、息の長い支援を行い、東北地方に重点投資をした。その結果、当時は500億円だった東北地方の自動車の出荷額は現在、16倍の8000億円に増えている。また、東北に立地する部品メーカーなどサプライヤー企業の数は約100社から170社となった。さらに、人口が流出することが多い地方であるのに、就業人口を3000人、増やすことができた。

トヨタはこんな発表をしている。

「コロナ危機のなか、新型コロナウイルス感染症で闘病中の方、日夜奮闘されている医療従事者・政府・自治体関係者の皆様に対して、何か貢献できないかとの思いから、トヨタグループが力を合わせて取り組む支援活動の総称を『ココロハコブプロジェクト』といたしました」

プロジェクトの名称は東日本大震災の時と同じだ。同じ名称にしたのは、いちばん弱い立場の人たちのために、息の長い支援をすると腹をくくったからであり、支援の後の復興も視野に入れているということだろう。

■高倉健が椅子をすすめた“最前線の人”

今、思い出してみると、「いちばん弱い人たちのために」が身についていたのが高倉健さんだった。わたしは亡くなった志村けんさんも出演した映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケ現場で、ある光景を見た。

高倉さんは初めての映画出演になる志村さんを気遣い、前夜、志村さんの留守番電話にメッセージを吹き込んだ。出演シーンでは、じっと演技を見つめていた。ロケの終了後には用意してあった大きな花束を手渡して「お疲れさま、写真を撮りましょう」と肩を並べた。それくらい、志村さんのことを考えていた。

だが、高倉健が見つめていたのは志村さんではなかった。共演していたスターでもなければ監督でもなかった。彼の視線の先にいたのは……。

彼は撮影中、絶対に椅子に座らない。撮影が長引いて、深夜になっても座らない。自分も座らないし、他人にも椅子をすすめない。ところが、厳寒のロケ地で、彼はある3人のことが気になった。自らパイプ椅子を広げて、「お疲れでしょう。あなた方は座って休んでいてください」と言ったのである。

相手はエキストラの女性2人と志村さんの息子役の小学生だった。

子役を椅子に座らせてから、話しかけた。

「撮影、長引いて悪かったな。もうすぐ終わるぞ。そしたらおじさんが寿司をおごってやる。それともステーキがいいか? 両方でもいいんだぞ」

コロナの時代にわたしたちがやることとは最前線に立つ人、いちばん弱い立場にいる人をできる限り応援、支援することだ。ここに挙げた人たちのように、弱い立場にいる人たちを見つめる。そして、危機が落ち着いたらフルスロットルで働く。

人は他人のために行動を起こすとき、もっとも力が出る。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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