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ほぼすべての金持ちがいなくなったニューヨークに私がとどまり続ける理由

プレジデントオンライン / 2020年5月7日 18時15分

イアン・ブレマー氏の自身の動画サイトより。ニューヨーク市から積極的に情報発信を続けている - 写真=YouTubeより

世界の政治、経済、文化の中心であるアメリカ・ニューヨーク市。新型コロナウイルスの感染拡大で、この街に住む著名な富裕層は、大半がほかの都市や州に避難したといわれている。そのなかで、唯一、同市にとどまり続けて、情報発信を続けている人物がいる。政治リスク分析を専門とする米コンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長で政治学者のイアン・ブレマー氏だ。なぜ今もニューヨーク市を離れないのか。米東部時間4月22日(日本時間23日)にリモートでインタビューを行った。

■「多くのお金持ちが市民と同じ経験を共有していない」

——4月16日に配信された動画によると、あなたの友人がことごとく別荘に避難する中、「なぜ、今もニューヨーク市にいるのか」と、多くの人から聞かれるそうですね。

米国同時多発テロのときも、ニューヨークにいた。ここは私の街だ。大半の人々がニューヨークに残っているのに、どこかに避難するなどという考えは、しっくりこない。とりわけ、私のように経営者で公共の場に出るような人間の場合はそうだ。

同時テロでは、すべてのニューヨーカーがともに恐怖を味わったが、今回の危機では、多くのお金持ちが市民と同じ経験を共有していない。それが気がかりだ。富裕層の友人はロックダウンから1~2週間で、(マンハッタンの東にある高級避暑地)ハンプトンズやニューヨーク州北部、フロリダなどに避難した。ほぼ誰もニューヨーク市に残っていない。

私もマサチューセッツ州南方の島に家を持っており、その点では、ものすごく恵まれていると思う。飛行機で難なく行ける。このリモートインタビューをビーチから行うこともできた。でも、そんなことをする気にはなれない。いい気分がしないのだ。何かおかしい、と感じてしまう。

■毎夜7時、街角に響き渡る医療従事者への拍手や感謝の声援

私は経済的に恵まれた家庭の出身ではなく、マサチューセッツ州ボストン郊外の低所得層向け公営住宅で育った。私が育った街、チェルシーは、州内で感染率が最も高いコミュニティーだ。とても貧しく、移民が多い。

イアン・ブレマー氏と愛犬のムース
 
イアン・ブレマー氏と愛犬のムース(撮影=Ian Bremmer) -  

住民は(生活に必要不可欠な仕事に従事しているため)ロックダウン後も毎日、出勤して多くの人と接し、大家族で住んでいる。ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)をしようにも、できないのだ。

翻ってニューヨーク市では、非常に多くの人が仕事を失っている。心配だ。私たちは、彼らがどのように日々の生活を乗り切っているのかを肌で感じる必要がある。毎夜7時、街角に響き渡る医療従事者への拍手や感謝の声援を、この耳で聴かなければならない。マンハッタンの自宅から1ブロックの所に病院があり、移動式死体安置所に遺体が連日、運び込まれる。こうしたことを、身をもって経験すべきなのだ。

——動画で何を訴えようとしているのですか。

まず、今、世界で起こっていることを、みんなにより良く理解してもらいたいという気持ちが一番だ。動画を通して怒りを表したり、政治色の強いメッセージを発したり、片側や特定の国の立場にフォーカスしたりすることなく、情報を発信している。危機の震源地ニューヨーク市で何週間もすべてを目の当たりにしてきたからこそ、それが可能だと感じている。

■テレワークは安上がりで効率性も高いが、失うものも大きい

また、私たちは一つなのだということを世界の人々に感じてもらいたいという気持ちもある。私は、人の出身国など気にしたことはない。ユーラシア・グループはグローバル企業であり、私自身、仕事で世界中を旅している。国が違っても、人命の大切さは同じだ。

——あなたは、文字どおりジェットセッターとして、世界中を飛び回っていました。でも、感染拡大後はテレワークに専念しています。危機収束後も、出張や対面ミーティングをテレワークで代替させる予定はありますか。

テレワークは安上がりで効率性も高いが、失うものも大きい。ビデオや電話による会話は、まず目的ありきで行うため、自発性に欠ける。つまり、ランダムに人に会ったり、多くの時間を人と過ごしたりといったことが難しいからだ。仕事は数多くこなせるが、思いがけないことや出会いに遭遇できない。テレワークは創造性や豊かさの点で、旅行や移動で人と出会ったり話したりすることにはかなわない。

世界を理解する唯一の方法は、その場所に赴き、現地の人と時間を共にすることだ。この何週間、私がやってきたように、テレワークでも世界中の人々と一日中、話すことは可能だ。しかし、世界の国々がどうなっているのかを深く知ることはできない。

■「米中冷戦」の可能性が大幅に高まっている

——あなたは、米国のリーダーシップが不在の主導国なき世界を「Gゼロ」と呼んでいます。そして、コロナ禍は「『Gゼロ時代』初の地政学的危機」だと分析しています。この「100年に一度のパンデミック」をどう位置づけますか。

これは「Gゼロ時代」になって初めての地政学的危機だが、不幸にも、ことのほか大きな危機が起こってしまった。まさにグローバルなパンデミックであり、経済的メルトダウン(崩壊)も世界規模だ。

それにもかかわらず、医療面でも経済面でも、グローバルなリーダーシップや協調が見られない。その結果、より多くの人々が命を落とし、経済や地政学への打撃も拡大してしまった。今後、世界を取り巻く地政学的環境は、今よりはるかに危険なものになるだろう。米中冷戦の可能性が大幅に高まるなど、いくつもの難題が待ち受けている。

イアン・ブレマー氏(今回の取材写真ではありません)
撮影=Richard Jopson
イアン・ブレマー氏(今回の取材写真ではありません) - 撮影=Richard Jopson

■経済が本格的に回り始めるのはいつになるのか

——あなたは動画の中で、ワクチンができないと人々が安心して遊びに行けないため、米国経済の回復には時間がかかると話しています。「力強い『V字回復』などという見方は楽観的すぎる」と。トランプ大統領は4月16日、経済活動再開に向けた3段階の指針を発表しました。反ロックダウン派のデモも増えています。

ニューヨーク州のロックダウンは5月15日までとされているが、例えば6月1日に延びるのかなど、はっきりしたことはわからない(注:クオモ知事は5月4日、同州の中で感染者が少ない地域から経済活動の再開を検討すると発表)。仮に再開したとしても、まだ第1段階にすぎない(注:第1段階はソーシャルディスタンシングの続行推奨、10人以上の集会や不要不急の移動を回避、企業のテレワーク続行推奨、段階的な出社の可能性、不要不急の出張を最小化など)

最も大切なことは、第1段階開始の時期ではない。経済が本格的に回り始めるのはいつになるのか、という点だ。それは、まだ先の話だろう。感染者の接触経路追跡や医療用マスク「N95」の供給、抗体検査などが十分に実施されなければ、人々は安心して飛行に乗ったり、子供を通学させたり、レストランや映画に行ったりできない。大きなスタジアムやナイトクラブとなれば、なおさらだ。

■ワクチンが開発されない限り、経済は正常に機能しない

こうしたことすべてが、景気回復の重要な要素になる。あと1~2カ月で人々が職場に戻ったり、店舗が再開したりしても、経済が一気に回復し始めるわけではない。V字回復は期待薄だ。状況が後退する可能性もある。ワクチンが開発され、世界規模での普及が可能にならない限り、経済の多くの部分は正常に機能しないだろう。

経済活動再開の時期については、人命救助との間でバランスを取るべきだ。最初の数週間は、イタリアのような医療システムのひっ迫を回避するために人命救助を最優先する必要があった。だが、(病床数や人工呼吸器の増量などで)医療現場のキャパシティーが大幅に増えた今となっては、経済と人命のトレードオフ(バランスを取ること)について、よりクリアに考える必要がある。

ロックダウンを続けるコストや失業者の数。そして、彼らが、家族も含め生活していけるだけの補償を与えられるのか。また、経済活動再開によって、新たな感染者がどのくらい増えるのか。政治指導者は、こうした点について積極的に討論すべきだ。もはや、新規感染を防ぐことだけに専心している段階ではない。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、米(欧)識者への取材多数。元『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』など、経済系媒体を中心に取材・執筆。『フォーブスジャパン』『週刊東洋経済』『経済界』に連載中。マンハッタン在住。

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)

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