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アジア諸国にも立ち遅れる日本企業のデジタル・マーケティング活用

プレジデントオンライン / 2020年5月29日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chainarong Prasertthai

日本企業は、データを活用したマーケティングの分野でかなり立ち遅れている。その水準はアジア太平洋地域や欧州よりも低い。BCGの森田章氏は「依然として従来型のマス・マーケティングや広告代理店への依存度が大きく、データ・ドリブン・マーケティングの組織能力を内製化しきれていない傾向がある」と警鐘を鳴らす——。

※本稿はボストン コンサルティング グループ編『BCGが読む経営の論点2020』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。

市場の成熟化、生活者のニーズの変化、デジタル技術の進歩や、利用可能なデータ量の増大等を背景に、データを活用しながら個々人の状態に合わせて働きかけるデータ・ドリブン・マーケティングの巧拙が、企業の競争力を大きく左右するようになっている。

BCGがグーグルと共同で行ったグローバル調査から、日本の企業が大きく立ち遅れていることや、マーケティング・プロセスの自動化、消費者接点の把握、機能横断的な連携について課題を感じていることが明らかになった。日本企業はデジタル・マーケティングの分野で現状の劣勢を跳ね返し、早急にキャッチアップできないと、新たなパラダイムにおいても競争力を失っていくことになりかねない。

■パラダイムシフトが起きる2つの要因

これからの企業競争において、「エコノミー・オブ・スケール(規模の経済)」から「エコノミー・オブ・ラーニング(継続学習能力の経済性)」へのパラダイムシフトが起こっている。

従来のマス・マーケティングは、巨額のマーケティング予算を投じ、規模にものを言わせて価格競争を展開できるプレイヤーが勝つ構造だった。これに対し、データ・ドリブン・マーケティングでは、単純に大規模な予算を持つプレイヤーがビッグデータを取得し、それを武器に優位に立つ、という構造になるとは限らない。単に多くのデータを保有するだけでは不十分であり、マーケティング目的に沿ってどうデータを活用するかという全体像を設計した上で、適切なデータを取得、分析、活用するほうがはるかに重要である。

したがって、データ・ドリブン・マーケティングでは、全体的な構造力や設計力を持ち、多様な接点から集めたデータを活用して学習サイクルを素早く回しながら個人やスモールマスに対して適切な価値を提供できるプレイヤーが優位に立てる。価値ベースで対価を得ることにより、最終的に安い価格に落ち着く世界とは全く異なる経済性に持ち込める可能性もある。

こうしたパラダイムシフトが起こっている背景として、大きく2つの要因が挙げられる。

「スモールマス」市場の登場——状況によってニーズは多様

第一に、生活者のライフスタイルや嗜好性が多様化し、マス市場が縮小していることだ。ライフスタイルや嗜好性が多様化すればするほど、より多様なオケージョン(場面・状況)が出現し、ニーズが多様化する。その結果、マス・マーケティングの市場は縮小し、代わりに多くの「スモールマス」市場が形成されていく。

従来のマス・マーケティングでは、例えば「20代女性」というように属性により特定のターゲットを定めて広告を打つやり方が主流だった。その際にはオケージョンが固定され、ターゲットが家でテレビを見ていることが前提となっていた。

しかし現実はというと、同じ20代女性でも時と場合によって、同じ製品やサービスであっても求めるものは異なる。例えば、お酒を飲むにしても、上司やクライアントの会食で気を使わなくてはならない席か、気のおけない仲間と盛り上がっている飲み会なのか。あるいは、家でのんびりと1人でくつろいでいるのか、女子会を開いて会話を楽しんでいるのか。状況によって、選ぶお酒の種類も、飲み方も変わってくる。

このようにオケージョンで切り出した「スモールマス」に焦点を当てて、適切なタイミングで、適切なメッセージを訴求すれば、ターゲット顧客の行動を変えられる可能性がある。データを活用して適切なパーソナライゼーションをすることにより、高い価値を生み出せる土壌が整いつつある。

データ経済圏の誕生——個々人の行動をどこまで捉えきれるか

第2の要因は、デジタルチャネルが多様化し、IoTの浸透により、データ量が加速度的に増加し、データ経済圏が構築されていることだ。

パーソナライゼレーションにおいて重要なのが、個人の行動データを取得し分析することだが、現在はスマートフォン、ウェアラブルデバイス、カメラ、センサーなど多様なデバイスが普及し、取得できるデータ量が加速度的に増えている。その中でより重要になってくるのが、豊富なデータを用いて、個々人の行動をどこまで捉えきれるかである。

スマートフォンなど特定のデジタル・デバイスの閲覧状況や、EC(電子商取引)での購入実態は分かるとしても、それだけでは断片的な行動データに過ぎない。自社のデータと他社が持つデータをつなぎ合わせた方が、その人のカスタマー・ジャーニー(顧客の行動プロセス記録)全体像に迫り、購買に至る心理変化や行動変化をより多面的に理解することが可能になる。このため、企業間での連携が加速し、「データ経済圏」の形成が進み始めている。

■データ・ドリブン・マーケティングの先進事例

データ・ドリブン・マーケティングは、データを用いて顧客理解を深め、提供する製品やサービスを継続的に向上させるためのマーケティング活動である。生活者がモノ・サービスに対して興味を持ち、購入し、使用を継続し、情報拡散するという一連のカスタマー・ジャーニーの中で、最適な情報を、最適なチャネル、最適なタイミングで利用可能にすることで、顧客生涯価値(LTV)の最大化を図ることが究極の目的である。

LTVの最大化につながるデータ・ドリブン・マーケティングとは、具体的にどのようなものだろうか。

あるエネルギー小売業では、顧客データ、購買データ、接客データなどを分析して、離反につながる特徴を特定している。たとえば、コールセンターに電話する回数が多く、もっとお得な料金プランはないかと聞いてくるような場合は、離反リスクが高まっている。顧客別にどのくらいの確率で離反するかを割り出すのだ。このような離反リスクがあればアラートメッセージが出てくる。そして、その顧客に訴求しやすい方法(メール送信やフォローの電話など)で引き留め策を講じることにより、離反率を低減させる仕組みを導入している。

また、ファッション業界のある企業は機械学習を用いて個人の嗜好、行動特性、購買履歴に基づいて、商品ごとの購入確率や将来のLTVの予測をし、それを基に、その人にどんな商品を提案するかというメッセージ、チャネル、タイミングを最適化し、パーソナライズを実現している。

商品を提案する際にも、個々のニーズに合致した特徴の商品や価格を示すだけでなく、訴求するときにテキスト主体がよいか、画像が多い方がよいか、使うチャネルはアプリかSNSなのか、広告メカニズムはバナー型が良いか、プッシュ型が良いか、タイミングは平日か週末かというように、細部まで分析した上で、適切な打ち手を選択している。

ファッションの場合は、さまざまなタイプの顧客がいる。そのタイプを踏まえて、今の瞬間にどの商品をどれくらいの確率で買いそうか、アルゴリズムを使って予測することで、企業側は限られた資源(予算、店員など)を最も効果の高いところに集中させることができる。

その際に重要なのが、トラッキングする仕組みをつくることだ。特に、社内で取れているデータだけで結果を見ていくやり方には限界がある。欠けている要素をどう補うかという視点も必要になる。たとえば、ある施策を打ったときに、コンバージョンしたかどうかだけでは不十分かもしれない。ソーシャル・リスニング・ツールを使って、どんな反応があり、ブランド好意度にどう影響し、さらに売り上げに影響があったかを分析することで、課題が見つかり、マーケティングの枠組みや方針、打ち手の修正ができるかもしれない。

■共同調査で明らかになった日本企業の立ち遅れ

BCGとグーグルが共同で、日本、欧州、アジア・パシフィック、南米の各地域で200社以上を対象に、デジタル・マーケティングの活用状況を調査した結果、残念ながら、日本企業はすでにデータ・ドリブン・マーケティングでかなり立ち遅れていることが明らかになった。

この調査では、「デジタル・マーケティング成熟度」を定量化し、次の4段階に分類した。

第1段階(Nascent)は、マーケティング・キャンペーン単位での取り組みが行われている。主に外部データを使用し、自社データはほとんど活用できていない。運用型広告もほとんど用いておらず、売り上げと結びつけた取り組みになっていない。

第2段階(Emerging)は、自社データや自動入札をある程度活用しているが、マーケティング活動はチャネルごとの最適化にとどまっている。

第3段階(Connected)は、オンライン・オフラインのデータの一部が統合され、売り上げや利益の最大化に向けたチャネル横断のマーケティング活動ができるようになっている。

第4段階(Multi-moment)は、あらゆる顧客接点を活用しながら、個々の顧客のLTVの向上を目指して、アジャイルなマーケティング活動ができている。

分析の結果、日本の調査対象企業(34社)のうち73%が第2段階、24%が第3段階となった。欧州(第2段階が50%、第3段階が44%)やアジア・パシフィック(それぞれ48%と42%)と比べて、かなり後れをとっていることがわかる。

さらに、日本企業が抱えている課題として、「複数の消費者接点にわたるデータの関連付けができていない」(91%)、「マーケティング・プロセスの自動化がなされていない」(67%)、「価値がどの消費者接点に由来するかを特定できていない」(78%)、「機能横断の連携が適切に行えずにいる」(61%)という回答が得られた。

ここから、依然として従来型のマス・マーケティングや広告代理店への依存度が大きく、データ・ドリブン・マーケティングの組織能力を内製化しきれていない傾向が読み取れる。

■次の主戦場はデータ経済圏

データ・ドリブン・マーケティングは基本的に、購買に近いデータを持つ部分から取り組みが始まる。このため、自前の小売店やECでの販売を通じて直接データを持てるか、小売りが全部データを持つ構造になっているかによっても、取り組み状況に大きな違いが生じる。

たとえば、先の調査結果の中で、日本は自動車分野の成熟度が低かったが、これは海外企業と比べて、データの持ち方が異なることが影響していると考えられる。日本では製販分離でそれぞれがデータを持っているが、海外は必ずしもそういう構造ではないため、データ活用のしやすさに違いがある。

BCGでは数々のブランドや企業を支援してきた経験をもとに、第1段階から第4段階に至る道筋を通じて、最大で売上高の20%程度の増加、マーケティング費用の30%程度の効率化が可能だと推計している。

ボストン コンサルティング グループ編『BCGが読む経営の論点2020』(日本経済新聞出版社)
ボストン コンサルティング グループ編『BCGが読む経営の論点2020』(日本経済新聞出版社)

ただし、成熟曲線は上昇するにつれて険しくなり、次のレベルへ移行する難易度が増すため、第4段階に達している企業はグローバルで見てもごくわずかだ。したがって、日本企業としては、まずは第2段階から第3段階に持っていき、そこで成功事例をいかにたくさん作れるかに焦点を当てて活動していく必要がある。

こうした中で次の主戦場は「データ経済圏」になるだろう。データ経済圏を活用してアクセスできるデータの幅を広げるには、まずは自社保有データの拡充を目指し、出来る限り消費者と直接つながる接点を持つことが重要になる。このため、最近、日本の消費財の大手企業が集まって、自分たちが直接販売できるチャネルをつくろうとする動きもある。また、セカンドパーティーのデータを流通させるプレイヤーも出てきているので、そうしたデータもうまく紐付けることで多面的な展開が可能になる。

日本企業はデータ・ドリブン・マーケティングの分野で早急にキャッチアップできないと、新たなパラダイムにおいても競争力を失っていく。逆の見方をすれば、どの企業にも一歩抜け出すチャンスがあるということだ。

そのために経営層はまず自社のビジネスを十分に理解し、どの部分を強化すればパフォーマンスが向上するかという「勘所」を押さえる必要がある。その上で、そこにどうテクノロジーを活用するかを考える必要がある。この順番を間違えてはいけない。

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森田 章(もりた・あきら)
BCGマネージング・ディレクター&パートナー
慶應義塾大学理工学部卒業、同大学大学院理工学研究科修了。IT関連企業の起業・経営、A.T.カーニーを経て現在に至る。共著書に、『BCGが読む経営の論点2020』(日本経済新聞出版社、2019年)、『BCGデジタル経営改革』(同、2018年)などがある。

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(BCGマネージング・ディレクター&パートナー 森田 章)

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