「もう全然あかん」観光崩壊に苦しむ京都企業がそれでも攻めるワケ

プレジデントオンライン / 2020年6月2日 11時15分

5月29日、まだまだ閑散としている清水寺周辺の産寧坂(撮影=村山祥栄)

■財政危機で休業要請協力金は「大阪・兵庫の5分の1」……

新型コロナウイルスの蔓延に伴うコロナ不況は、いよいよ厳しさを増してきた。

日本一の観光都市として名をはせる京都は、99%減となったインバウンド、全国的な国内移動自粛の要請により、他都市以上に壊滅的打撃を受けている。4月の生活保護申請件数は前年同月比で増加率が40%を超えるなど、大都市の中でもかなり高い水準にある。

こうした時にこそ頼りになる自治体だが、京都市は全国屈指の財政危機を抱え、行政支援もままならない。

現在、東京では8000億円を超える巨額の自治体の「貯金」が民間の支援に回っているが、京都市は一昨年貯金が底を尽きてニュースになったほどだ。その影響は如実に表れ、休業要請に対する協力金は近隣の大阪、兵庫では100万円、京都市を除く京都府下の自治体で40万円のところ、京都市だけは20万円と発表され、事業者を落胆させた。

さらに、4月に緊急的に観光事業者向けの支援金を用意したが、予算が小規模すぎて、一日で申請を締め切るというトンデモ状態が発生。その反省から、5月の補正予算では規模を拡大し10億円の枠を用意し、たった5営業日しか申請を受け付けないという思い切った手法を取ったが、事業者の補助金申請が殺到。なんと25億円分の申請が一気に押し寄せ、予算不足に陥るという事態に見舞われた(結局、後日追加予算が用意されたが)。

■ホテル、飲食店は閉店ラッシュ

大手ホテルは軒並み休業状態。営業している宿泊施設の稼働率も80%、90%減が当たり前。ファーストキャビンやWBFホテル&リゾーツの倒産に象徴されるように、京都市内のホテルや飲食店は今閉店ラッシュと言っていい。

緊急事態宣言が解除された最初の週末である5月23、24日の様子を見るかぎり、少しずつ客は戻り始めているが、全盛期の1~2割程度というのがいいところだろう。

そんな中、京都の事業者は今、何をして糊口をしのいでいるのだろうか。

■土産物屋、飲食店が「もう全然あかん」

観光産業といえばホテルが注目されがちだ。ホテルはビジネス需要なども多少あるが、観光客が来なくなって一番冷えあがっているのは、むしろ門前の土産物や飲食を取り扱う業種だ。ここがとりわけ厳しい。

清水寺門前にしても、嵐山渡月橋界隈にしても、地元の散歩客しかいないというとんでもない状況を抱え、休業、または営業店でも軒並み90%以上の売り上げ減少に悩まされている。

錦市場の土産物屋前に出された箸彫りの看板
写真=iStock.com/krblokhin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

銀閣寺門前や清水寺門前で土産物やシュークリーム、グリーンティーなどの飲食を扱う「京あみ」の松原公太郎代表は嘆く。

「もう全然あかん。給付金などでなんとか耐えているけど、国内観光客が戻るのが早くても秋以降なるわな。京都は夏あかんさかい。インバウンドに関してはもっと先。もはやインバウンドには頼れない。原点に立ち戻って、国内観光客を大切にして、とにかく耐えるしかあらへんわ」

■売り上げ9割減の逆風下で進める事業見直し

全国の観光地の門前に直営店舗150店を展開する、業界最大手の株式会社寺子屋もまた京都に本社を置く中堅企業だ。

昨年度の売り上げ約100億円というニッチな業界の雄も、「緊急事態宣言」のため全店休業に追い込まれ、今年4月の売り上げは9割減という苦境に立たされている。

しかし、そんな逆風の中でも、同社は攻めの姿勢を崩さない。3月早々に融資を取り付け、今秋オープン予定の4店舗の計画は継続中だ。

これを機に社内の改革にも着手している。これまで社内で商品の製造、企画、デザインなどを担っていたが、体制の見直しで協力企業のメーカーへの切り替えも検討中だ。

商品も、いかにも観光地グッズという商品ラインナップから、今回のような外的要因の影響を受けない、毎日家庭で使えるような、いわゆる日常使いが可能な商品に重点を置き、同社のブランドのひとつ、「杵つき金ゴマ」の食品やベーカリー、和洋菓子などの商品の強化を積極的に進める。

併せて、観光地の客足が途絶えても売り上げを確保するために通販部門も強化。昨年、京都嵐山と清水にオープンし、人気を博している「スヌーピーショコラ」のオンラインショップも期間限定でオープンさせた。スクラップアンドビルド型で事業を拡大してきた同社ならではの対応の早さだ。

■「逆張りの発想」で新しい販路を

こうした「攻めの姿勢」は、実は京都の街のあちこちで見かける。

新型コロナの影響で売り上げが激減している飲食店はテイクアウト商品を積極的に投入しているが、京都を中心に弁当製造販売を展開する穂久彩は、京都の中華料理の名店ハマムラ、人気洋食店浅井食堂とのコラボで「太秦(うずまさ)弁当村」なるテイクアウト専門店を5月22日、京都太秦にオープンさせた。

これまで、東映京都撮影所のキャスト向け弁当をはじめ、塾弁やイベント弁当を中心に手掛けてきた同社だが、新型コロナの影響で売り上げが激減。人気の飲食店とコラボすることで新しい販路を切り開こうとする。

ウーバーイーツなど宅配が勢力を伸ばす中、あえてテイクアウト専門の路面店出店という逆張りの発想で巻き返しを図る。

■伝統の西陣織と現代アートのコラボが、休業中の改装で大人気

年々マーケットが縮小する伝統産業も、負けてはいない。西陣織で法衣や寺社仏閣の装飾品を手掛ける加藤太織物では、コロナの影響で、寺社の法要等の行事が軒並み中止・延期となり、通常ならば発注される本業の織物需要が急激に落ち込んでいる。

そこで、本業の傍ら手掛けてきた和雑貨等を扱う「京の匠」という一般向け小売部門に、京都で人気の壁画絵師・木村英輝(キーヤン)氏の図画を金襴(きんらん)で織り上げるタペストリーという新商品を投入した。

虎や鯉などを独特のタッチで書きあげる木村英輝氏の図画は、京都では見たことのない市民がいないほど街のあちこちに描かれ、広く知れ渡っている。伝統的な紋様にこだわらず、現代アートと西陣織の融合が、この際に内装を見直そうというホテル、旅館を中心に好調に売れている。

■宿泊業界は賃貸に次々転用

宿泊業界では再編が始まっている。

京都で幅広く賃貸業を展開している不動産事業者は、3棟所有していた宿泊施設を早々にすべて一般賃貸物件に転用した。ここ数年、不動産事業者の宿泊事業参入が相次いだが、彼らはもともと供給過多になった際のリスクヘッジとして、賃貸物件に転用できる構造で建設したところが多かったのだ。そのためスムーズに転用を開始することができた。

同社が管理受託しているホテルも、続々と賃貸転用の申し出が続き、現在その作業に追われている。

「コロナ不況」という長いトンネルに突入し3カ月。厳しい環境の中で、生き残るために知恵を絞り、汗をかき、事業を見直し、業態を変え、たくましく生き残ろうとする姿が街のあちこちで芽吹き始めている。

■ものづくりの街・京都の変化対応力

京都の「もうひとつ顔」も負けていない。

観光や大学の陰に隠れてあまり目立つことはないが、「ものづくり都市・京都」という一面を持っている。実は、京都の一番の産業は、日本電産、京セラ、任天堂、村田製作所、島津製作所、オムロン、ローム、ワコール、堀場製作所などを抱える製造業なのだ。

そんな製造業のひとつ、樹脂加工や金属加工の町工場を経営する株式会社ベルクシーの本田欣也代表取締役の動きは早かった。これまで関西を中心とする大手企業の取引が中心だったが、コロナ不況により売り上げが大幅に落ち込むことを見越して、4月から社内で自分たちができることの検討を始めたのだ。

新型コロナウイルスの飛沫防止対策のための「オフィス向け食堂用 飛沫防止パーテーション(固定式)」の製造に取り掛かり、新たな販路開拓に乗り出したのもそんな試みのひとつだ。

スタンド式に加え、デスクやテーブルの形状によってカスタムオーダーができる魅力があり、とくに他社にない固定式のアジャスターが好評だ。1枚1万9200円のパーテーションは次々と売れ始め、ホームページを見た大手アミューズメントパークのレストランからは1000枚単位の発注を受けた。

本田社長は語る。

「ひとつの金額は小さいが、できることからやっていくしかない。黙ってこの状況を見守っていたら、われわれ中小は先がない。他社にも同様のモノは山ほどあるが少しの差別化を図り、なにより攻める姿勢を忘れないことが大事」

■「しゃあない」けど「なんとかしたる」

地元の経営者が顔を合わせると(最近は専ら電話だが)、一様に「ほんまさっぱりですわ。キツイわ」という会話から始まる。京都人はもともと独特の謙遜をする商習慣があり、「よう儲かってます」などとは口が裂けても言わない人々だが、今度ばかりは謙遜ではなく、実際に苦しいということがひしひしと伝わってくる。

のみを使って木材を削るようす
写真=iStock.com/AzmanJaka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanJaka

ただ、口では「しゃあない(仕方がない)」と言いつつも、彼らの目には「しゃあない」では済まさない力強ささと、「なんとかしたる」という、いい意味での「貪欲さ」と「諦めの悪さ」に満ちている。

苦境はチャンスとまでは言わないが、苦境こそ変化の好機を捉え、新たな胎動がそこかしこで起こっていることを強く感じる。

■栄枯盛衰を知り尽くした街だからこそ

古都・京都は、いくども逆境に直面し、そのたびに跳ね除け、変化し続けてきた。それゆえ、「栄枯盛衰」というが、かつての都が滅びてく中で埋没せず今日の地位を築いてきた。

政(まつりごと)の実権が江戸へ移ったとき然り、明治政府誕生の折然り、伝統産業の衰退然り、それでも、そのたびに変化を繰り返し、生き残ってきた。そのDNAは変わらない。

任天堂という、花札とトランプの製造会社は世界的ゲームメーカーへ変貌を遂げた。はかりメーカー最大手のイシダも、もともと天秤はかりを作っていた会社だ。島津製作所の創業者・島津源蔵は、家業の仏具製造から転身し今日の医療機器メーカーの礎を作り、GSユアサ経営統合前の旧GS(日本電池)は、そこからさらに独立した企業だ。

また京セラや村田製作所は、京都の伝統産業、清水焼の燃焼技術や成型技術を参考に事業を拡大したと言われている。温故知新を繰り返し、常に過去から学び、変化し生き残ってきた。

京都に、傳來工房という平安時代初期から続く名門企業がある。社名の由来は、弘法大師が大陸から鋳造技術を持ち帰ったことにあるという1200年企業だ。京都にはそんな企業がゴロゴロ存在している。

創業100年以上の老舗企業が日本一多い京都は、保守的で閉鎖的なところがある一方で、変化に敏感で、新しいもん好きでもある。だからこそ、多くの戦火や動乱の時代を乗り越え生き残ってきたのかもしれない。

では、この逆境をいかにして乗り越え、進化するか──。

■稲盛和夫氏の「希望の教え」

今、日本は苦境の真っただ中にあってもがき苦しんでいる。京都が生んだ経営の神様・稲盛和夫氏は、かつてこう言った。

「苦労や試練に遭ったときには、むしろ幸運と思いなさい。自分が幸運だったのは、苦労をせざるを得ないような状況に追い込まれたことだった」
「最悪の場合でさえも明るさを失わず、明日に希望を持つように努力することはできるのです」

そんな彼の言葉は、今のわれわれの心にずしんと響くのではないだろうか。

幾多の災害、ピンチを乗り越えてきたのが日本人ではなかったか。全国の人々と一緒に、この逆境を乗り越えていきたい。それがいち京都人である、筆者の思いである。

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村山 祥栄(むらやま・しょうえい)
前京都市議会議員
1978年、京都府に生まれる。15歳のとき、政治に命をかけず保身に走る政治家の姿に憤りを覚え、政治家を志す。衆議院議員秘書、リクルート(現リクルートホールディングス)勤務を経て、25歳の最年少で京都市議に初当選。唯一の無所属議員として、同和問題をはじめ京都のタブーに切り込む。変わらない市政を前に義憤に駆られ、市議を辞職。30歳で市長選へ挑戦するも惜敗。大学講師など浪人時代を経て、地域政党・京都党結党。党代表を経て、2020年に再び市長選へ挑むも敗れる。主な著書には『京都・同和「裏」行政』『地方を食いつぶす「税金フリーライダー」の正体』(以上、講談社+α新書)、『京都が観光で滅びる日』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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(前京都市議会議員 村山 祥栄)

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