「質問の電話が200回」ホテルを疲弊させるGoToトラベルの本末転倒ぶり
プレジデントオンライン / 2020年8月2日 9時15分
■見切り発車で始まったらトラブルが続発
ずさんな制度設計により、旅行業界と利用者となる一般市民の両方から悲鳴が上がっている「Go To トラベル」キャンペーンが7月22日から開始された。ここへきて新型コロナウイルスの市中感染が広がる中、東京都民への適用や、都内での滞在が認められない「東京外し」といったスッキリしない出足となった一方、「4連休中はほぼ満室だった」と答えるホテルもあり、一定の効果があったことも伺える。
ただ、支援を受ける側である宿泊機関では、手続きの煩雑さと情報の錯綜(さくそう)などで足を引っ張られる事態が2週間近くも続いている。筆者が集めた関係者の声をもとに現状を分析したい。
Go To トラベルは、7月22日のキックオフ時点で、運営窓口となる事務局が立ち上がっておらず、見切り発車だった。その結果、利用者はとりあえず全額を支払い、チェックアウト時などに宿から交付される「宿泊証明書」を使って、後日、補助金分を請求することになった。しかも「東京外し」も起こり、手続きは非常に複雑だ。
案の定、キャンペーン開始から10日余りがたった現在、宿泊施設ではこんなトラブルが起きている。整理すると次のようになる。
■「本当に割引対象」? フロントでクレームも
・手続きスキームが複雑で難解すぎるため、予約時点で利用者が不安にさらされる
・感染対策に加えて登録申請、宿泊証明書作成などの手間が増え、スタッフの業務が増加
・割引対象か否かが不明瞭のため、チェックアウトの際トラブルに
・割引可否や手続きの問い合わせ、クレームが増えてフロントスタッフが疲弊
27日からは、旅行代理店経由でのキャンペーン対象予約の申し込みが始まったことで、フロントのスタッフが利用客に対するルールそのものの説明に追われる事態は徐々に軽減されると思われる。しかし、観光庁が公表する100件以上もある「よくある質問」に目を通したり、突然導入された「宿への直接予約に対する割引処理」に必要な新規サイト「ステイナビ」への加入に迫られたりと、宿の運営者らは日常業務とは違った新たな負担に追われる状況となっている。
■「足を引っ張る政策でしかない」
赤羽国交相は14日、キャンペーン参加の業者に宿泊客への検温などの感染対策を義務づけると明らかにした。
国交省によると、▽受け付けに仕切り板をつける、▽宿泊客全員に検温する、▽風呂や食堂などの共用施設では人数制限や時間制限をする、▽ビュッフェ形式の食事は個別提供するなどの感染防止策を義務づけ、国交省が確認して宿泊業者を認める。(朝日新聞デジタル、7月14日)
非常に短い文で書かれているが、これだけのことを宿泊機関がやろうとすると、スペースや人員的に困難だったり、行ったにしてもコスト増は避けられない。それでも、ほとんどの宿が「できる限りの感染対策をしている」と前向きな答えを述べている。
しかし、あるホテルオーナーは筆者にこんな窮状を訴えてきた。
「旅行会社などから『貴施設での感染対策を教えてほしい』という趣旨の調査の電話が鳴りやまない。たった数日間に200回以上そんな連絡を受けた」
感染対策は、一般顧客がホテル選びをする際に重要なポイントなので、そのホテルでは「必要と思われる情報は全てウェブサイトに毎日アップデートしている」というのだが、そうした努力は無視され、あらゆるところから直接電話がかかってくるのだという。
なぜ電話が200回などというとんでもない本数になったのか。かけてくる相手は地元の市町村や県の観光担当、保健担当、そして観光振興の外郭団体などで、中央官庁の担当からの電話もあった。これに加えて大学の研究室や、興味本位で聞いてくる企業からも質問が寄せられたという。
「同じ旅行会社なのに異なる部門、支店から同じ趣旨の電話がきた。ここまで手間がかかると、もはやGo To トラベルは支援策ではなく、足を引っ張る政策でしかない」と現状を憂う。
■利用者が熱を出しても泊めるしかない
コロナ感染対策については、これまで各業種向けの「ガイドライン」が示されているが、守るかどうかは任意で、それぞれの事業所の努力目標といった程度、つまり強制力が伴うものではない。ところが、今回のGo To トラベル開始に当たり、国交省は「義務」だと言うのだから驚きだ。
しかもその内容については、厚生労働省が示す「旅館業法」の内容と比べて齟齬(そご)がある。
岡山県にある下電ホテルの永山久徳社長は、「全員検温」について、一般店舗と違い、宿泊機関は高熱のある人の宿泊を断れないと指摘。旅館業法には「明らかに見た目で伝染病と分かる場合以外の宿泊拒否は違反」と示されているとした上で、「厚労省もコロナ発生後、出発地や体調を理由に、受け入れを拒否するのは許さないと改めて通達した」とし、国交省からの指示との違いに困惑する。
ただ、幸いなことに、今回取材した宿泊施設では、実際に「発熱した利用者がやってきて困った」という話は聞かれなかった。国民の間で感染対策が広がる中、さすがに熱があるのに泊まり歩こうといった不届き者はいない、ということなのだろうか。
■「対象外」を承知で東京からの利用者も
Go To トラベルでの「東京外し」。実際の利用客の入りはどうだったのか。
静岡県東部を拠点とする宿泊業界団体の関係者に、この連休の「成果」について尋ねてみると「予想より多かったという答えと、少なかったとの答えがほぼ半々」ということだった。なんとも判断に困る結果だったわけだが、むしろ意外だったのは、「東京都内からの利用もそれなりにあったが、お客さまもGo To トラベルの適応外と承知だったこともあり、トラブルはなかった」「(割引申請に必要な)宿泊証明書を用意して渡そうとしたが、『要らない』と言う顧客も結構いた」との回答だった。
つまり、政府からの支援金の有無で消費者の「旅行へのモチベーション」が左右するわけではないことがうかがえる。
そもそも伊豆エリアは首都圏からの集客が多く、宿泊機関における都内からの来客シェアは6割にも達する一方、「インバウンド客への依存度はそんなに高くない」という。
現地自治体の観光事業担当者に、「東京外し」による“コロナ感染のリスク減少への喜び”と“観光客減少に伴う悲しみ”のどちらが強いか、と尋ねたところ、「もちろん、“悲しみ”の方が大きい」と即答した。
一方、九州で古くから温泉地として知られる大分県の湯布院にある旅館関係者にGo To トラベル開始後の状況を聞いたところ、「日頃から、首都圏からの来客は多くないため、東京外しはあまり影響がない」としながらも、「先の水害で、この地域で有名な旅館経営者一家が濁流にのまれるという不幸なニュースが全国に流れた。湯布院の中心地はほぼ大丈夫なのに、由布市の被害と聞いて、キャンセルしてしまった人も多かった」と述べ、「水害からの復活という課題ものしかかり、廃業してしまう旅館さんが出るかもしれない」と下を向く。
■還付はいつから? 申請方法は?
Go To トラベルの運用をめぐっては、「東京外し」のほか、一時は「若者や高齢者の団体旅行は適用除外」という方針が俎上(そじょう)に載るなど、ルールを定めるべき国交省の迷走が著しい。
利用者側からみれば、自分が旅行した場合に割引対象になるかどうかが問題となるが、「旅行者向けGo To トラベル事業公式サイト」は7月27日にようやくオープンした。還付申請について、そのサイトで確認したところ、現状では次のようになっている。
・原則として旅行代金を支払った旅行業者等を通して行う。
・具体的な申請方法については、各旅行業者等に相談する。
・自身で宿泊施設に支払いを行った場合は、旅行者が直接、事務局へ給付金の還付申請を行う。
・還付申請先についての詳細は、申請受付開始までに公式サイトにて告知。
※「Go Toトラベル」サイトを参考に筆者まとめ
サイトによると、7月22日以降出発の旅行を申し込んだ利用者が実際の還付申請を行えるのは8月14日以降で、その宛先についても現状では案内を待つのみ、という状況だ。
■割引対象となる宿泊先リストが分かりにくい
一方、キャンペーンに参加している事業者の登録は本格的に進んでいる。すでに多くの宿泊機関が承認されており、宿泊先リストも公表されているが、掲載内容が施設の名前(商号)ではなく、オーナーや出資法人の名前で登録されている。
7月30日に入手した「Go To トラベル事業 宿泊事業者情報登録承認リスト」は28日付で1万756者(原文ママ)掲載されており、pdfで110ページに上る膨大なものだ。細かくみていくと、◯◯市、▲▲町といった自治体の名称そのものが登録されていたり(公営宿舎があると予想される)、民宿経営者とみられる個人名があった。
「大手のホテルだったらすぐ見つかるだろう」と思うと、そうでもないらしい。筆者が調べたところ、東京駅近くにある有名ホテルがホテル名ではなく、運営法人名で示されていた。
一般の利用者が「自分が泊まる予定のホテルが登録済みかどうか?」を見分けるのには難度が高い格好になってしまっている。
■キャンペーン対応で疲弊するという本末転倒ぶり
7月下旬段階では、東京都だけがキャンペーンの対象外となっているが、コロナの感染は広がる傾向にある。政府は現時点で、東京以外をキャンペーンの対象外にする考えはないとしているが、今後大阪や愛知など大都市圏で感染者が増え、Go To トラベルの対象外になったらどうなるのか。
対象外地域が拡大した際に、あおりを受けるのは業界関係者だけにとどまらないだろう。旅行を予定していた人がいよいよ出かけるという段階で、行き先あるいは自分が住む道府県が対象外になってしまい、支援金を削られる事態もありえる。
政府は「東京外し」でキャンセル料が必要となった人々への負担分の処理は、ひとまず「一定条件で政府が面倒を見る」といった格好で解決をみたが、今後こうした「被害者」の範囲が増えることも想定しておくべきだろう。
Go To トラベルの話題がマスコミで大きくあおられたことで、巷(ちまた)では「旅行をする」という行為そのものを否定する声も上がってきている。その上で、現場で顧客との最前線に立つ人々が「キャンペーンの対応で疲弊する」という本末転倒な状況が膨らみつつある。コロナの感染は都市部を中心に再燃する兆しはあるものの、旅行業界では「キャンペーンで大勢の人々が来てくれることを望む」というのが本音だろう。
迷走するGo To トラベル。早急に信頼性の高い仕組みの下で運営されるようになることを望みたい。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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