別所哲也「人生の面白さは『!』と『?』の総量で決まる」
プレジデントオンライン / 2020年9月9日 15時15分
■なぜ、映画は2時間なのか
【三宅義和(イーオン社長)】別所さんは俳優として活躍される一方、1999年から日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」を自ら立ち上げられ、現在まで毎年開催されています。いまやアメリカのアカデミー賞公認映画祭となり、そしてアジア最大級になるまで規模を拡大されたわけですが、この映画祭を立ち上げられたきっかけと意図についてお聞かせください。
【別所哲也(俳優)】20代は俳優としてのキャリアを着実に積ませていただいていたわけですが、30代を迎えるタイミングで、映画デビューの地となったロサンゼルスを原点回帰の意味で訪れてみたのです。現地の人々と旧交を温めるなかでたまたま誘われたのが、ショートフィルムの上映会でした。せっかくの誘いなので観に行ったところ、本当に素晴らしい作品にたくさん出会い、自分のなかでの「映画観」が揺さぶられるほどの衝撃を受けたのです。
【三宅】そうでしたか。
【別所】というのも、それまでの僕には「ショートフィルムなんて、学生の作る実験映画だろう」という先入観があったのです。ところが、実際に観てみたら完成度が非常に高い。「たった5分や10分で、これだけ映画の宇宙を表現できるのか」という驚きがたくさんありました。それを機にいろいろな短編作品を観るようになって、いつしか「映画はなぜ2時間でなければいけないんだ」と思うようになったのです。
【三宅】そう言われてみると、そうですね。
【別所】調べてみると、ジョージ・ルーカス監督やスティーブン・スピルバーグ監督などの巨匠も最初の一歩はショートフィルムであることがわかりました。ですが、日本に帰ってショートフィルムの価値について業界関係者に話しても、誰も共感を示してくれないのです。「理解してくれないなら、自分が上映会を主催して、ファンを増やすしかない」と、まるでアメリカの開拓者精神の気持ちで始めたのがショートフィルムの映画祭です。
■熱量があれば、いくらでも動ける
【三宅】第1回が東京のラフォーレミュージアム原宿で開催されて、これが大成功をおさめました。このとき事務局としての活動は、別所さんが中心となってどんどんやっていかれたわけですね。
【別所】はい。最初は一人です。俳優としての経験はあっても、イベントの裏方の仕事、ましてや映画祭の主催についての知識などありません。本当に右も左もわからない状態からのスタートでした。すべては手探りで、企業に企画書を送ってスポンサーをお願いしたり、官公庁を回って「こんなことをやりたいので、ご支援いただけますか」と頭を下げて回る日々が続きました。
【三宅】企業や役所のご担当者も別所さんが現れて、さぞかし驚かれたかと思います(笑)。では、かなりのご苦労をされたわけですね。
【別所】そうですね。ただ、「人間というものは、自分の中で熱量があるものに関しては、いくらでも動けるものだな」とも思いました。たとえば、アジアのどこかの国で若くて可能性のある映像作家を見つけたら、必死になって連絡先を探し、深夜まで英文メールを書き、慣れない契約書づくりで四苦八苦したものですが、一度も「つらい」と思ったことはありません。
■アクターとは「行動する人」である
【三宅】その行動力は昔からですか?
【別所】アメリカで学びました。僕は20代のとき、アメリカの演劇学校でも学んでいて、そのとき得た最大の学びは「アクターとは演技者である前にact(行動)する人である」ということでした。
最初はピンとこなかったのですが、よくよく考えると、アクティビスト(活動家)とは、「理想のために行動する人」のことです。同じように、アクターも「行動を通して人前で何かを表現する人」のことであると合点がいきました。しかも、英語のactには「法令」という意味もあります。僕は法学部出身ですから、「act」というひとつの単語で、それまでバラバラに考えていた概念が一気につながった感覚がありました。
【三宅】一種の「悟り」に近いお話ですね。
【別所】そうかもしれません。それ以来、「人生とはどんな行動をするかにかかっている」と思うようになり、映画祭についても「俳優としてどれだけ忙しくても、自分が行動を起こし、日本、そしてアジアの映画業界に新しい風を吹き込む」と決意することができたのです。
■人生で大切なスキルは「問題設定能力」
【三宅】別所さんがかつて書かれた本のなかで、「演技も交渉も営業もすべては同じである。大切なのはオーディション精神である」と書いていらっしゃったことが印象的でした。
【別所】これは英語のコミュニケーションにも通じる話かと思いますが、何かに委ねて待つのではなく、「自ら動く」「自ら問いかける」といった姿勢が人生において大事だと思います。
【三宅】境遇を憂いて不満を言い続けたところで、行動をしないと何も変わらないですからね。
【別所】そうです。日本の教育現場では、どうしても「正解を導き出す能力」に重きが置かれがちですが、子供たちが小さなときから訓練すべきことは「問題設定能力」だと思います。
【三宅】本当にそう思います。
【別所】正解は、自分が解けないなら、答えを持っている人に聞けばいいのです。これからの時代であれば、AIに尋ねればいいのです。しかし、「現状を少しでも良くしたい」という思いを原動力にして、社会に対して、もしくは自分自身に対して、「本当にこれでいいのか?」という問いを立てることは、今を生きる人間にしかできません。
【三宅】別所さんも「日本でショートフィルムの映画祭を実現したい」という問題設定をされたわけですからね。そしてその熱量で周囲を徐々に巻き込んでいかれたと。そういえば、第1回目のレセプションパーティーにジョージ・ルーカス監督が見えられたそうですが、そのときもそのような熱量で口説かれたのですか。
【別所】はい。『スター・ウォーズ』の新作のプロモーションで来日されていたタイミングで、ホテルに押しかけてダメ元で出席を打診したところ、快諾していただけました。元々第1回目の上映作品に、ルーカス監督が大学時代に制作したショートフィルムをどうしても入れたいと思い、フィルムの貸し出しをお願いするためにルーカス・フィルムにコンタクトしたのですが、そのことを覚えていらしたのです。
【三宅】まさにactですね。
【別所】当たって砕けろ、とも言います(笑)。
■ショートフィルムは「シネマトラベル」の最高の手段
【三宅】私はショートフィルムを観たことがないのですが、どのような魅力があるのでしょうか。
【別所】僕はショートフィルムのことをよく「サプリメントムービー」とか「燃費の良い映画」と呼んでいます。たった5分の映画でも気づきがあったり、新しい価値観との出会いがあったり、非日常が体験できたり、もしくは自分と同じような価値観が国や文化を超えて存在することを知ることができます。
それにショートフィルムの世界は、北米、南米、アジア、ヨーロッパなど、さまざまな国の作品に触れられることも魅力です。「人間ってみんな一緒だな」とか「こんな問題を抱えている国もあるんだな」とか「笑いの要素は一緒なんだな」といったいろいろな出会いがあります。僕は映画を通じて世界を知ることを「シネマトラベル」と呼んでいますが、ショートフィルムはシネマトラベルの最高の手段です。
【三宅】時間効率がいいので、いろいろな刺激を受けられるわけですね。
【別所】はい。あとショートフィルムの世界は、世界中の若いクリエーターを中心とした新しい感性や新しい技術と出会える場所でもあります。いまならドローンやAR(拡張現実)など、新しい映像技術が生まれているわけですが、こういった新しいテクノロジーを用いた映像体験を真っ先にできるのも、ショートフィルムの面白さです。毎年、映画祭を開くことで、僕も映画人として新しい刺激を受け続けています。
■日本作品の「間合い」に世界が注目
【三宅】ちなみに日本のショートフィルムは世界からどのような評価を受けているのでしょうか。
【別所】日本の作品はそれぞれ個性的でありながら、世界の人から見ると、会話の中に「間の文化」や「あうんの呼吸」を反映した独特のリズムがあるとよく言われます。そのリズムを作っているのは役者の演技だけではなく、編集の影響が大きいのですが、そういった間合いに興味を持っていただくことが多いですね。
それから、やはりアニメーションは日本の宝です。アニメやマンガを生み出す文化から、どんなショートフィルムが作り出されるのか、世界中の人が注目しています。僕は今度の映画祭で、文化庁と共に「日本博」というプロジェクトを仕掛けるのですが、そこでは日本の古き良き昔話や民話を英語に替えて、さらに映画に変えて、世界に届けていきたいと思っています。
【三宅】それは面白そうな取り組みですね。
■映画祭の今年のテーマは「ボーダレス」
【三宅】今年は新型コロナの影響で開催が延期になったと聞きました。仕方なくとはいえ、前例がないですから準備も大変でしょう。
【別所】これまで毎年6月に開催してきたのですが、今年は9月16日~27日にかけて開催します。会場も用意しますが、並行してオンライン開催もしっかりやっていきます。たしかに準備は大変ですが、アカデミー賞も、ベルリンやカンヌ、ベネチアなどの国際映画祭も、みな新しい形を模索している最中ですからね。
【三宅】今年のテーマは?
【別所】ウィズコロナの時代だからこそ、テーマは「(ニュー)ボーダレス」としました。新しい枠組みのなかでどう映画を作っていくか。そして、新しいボーダレスの社会とはどういうものになっていくか、ということをメインテーマにします。
【三宅】これを機に私もショートフィルムの世界を体験してみます。
■コミュニケーションは相手を受け入れながら
【三宅】映画祭の主宰業務を含め、これまで世界中の方とお仕事をされてきたと思いますが、外国人とコミュニケーションをとるときに意識されていることはありますか?
【別所】とにかく相手をリスペクトすることです。相手の話にしっかり耳を傾け、事前に調べられることは調べる。そうやって相手のことをきちんと理解することが、まずはコミュニケーションの中心にくると思います。
同時に、「自分はこう思う」ということを相手にちゃんと伝えることも大事です。ただ、それをあまりに前面に押し出したがゆえに、相手を否定してしまってはいけません。相手を受け入れながらコミュニケーションをとる。まさにキャッチボールだなと思います。
■人生の面白さは「!」と「?」の総量で決まる
【三宅】最後に英語学習者、あるいはなにか目標に向かって頑張っている人々へのメッセージをお願いします。
【別所】僕は人生というものは、エクスクラメーションマーク(!)とクエスチョンマーク(?)が多いほど、断然に面白くなると思っています。前者は驚き、発見、刺激、感動などのことであり、後者は探求心、批判力、問題設定力などのことです。この両者を増やす一番の方法は目線を世界へ向けることであり、英語はその扉の鍵です
あと、目標に向かっている方にぜひお伝えしたいのは、僕の本の中でも引用したアフリカの格言です。
“If you want to go fast, go alone. If you want to go farther, go together.”
(早く行きたいならひとりで行け。遠くへ行きたいなら一緒に行け)
人生には、それが孤独な戦いに思えても、とにかく一人でやらないといけない時期がつきものです。しかし、常に一人で努力する必要もないのです。あなたが頑張っている姿に共感した仲間が集まってきたら、ぜひ一緒に力を合わせて夢を実現してください。
【三宅】ありがとうございました。
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イーオン社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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俳優
1965年、静岡県島田市出身。藤枝高校、慶應義塾大学法学部を卒業。1990年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。その後、映画・TV・舞台・ラジオなどで幅広く活躍。1999年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル』を主宰し、文化庁文化発信部門長官表彰を受賞。観光庁「VISIT JAPAN大使」、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバーに就任。内閣府「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選出。
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(イーオン社長 三宅 義和、俳優 別所 哲也 構成=郷 和貴)
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