「出世だけが人生じゃない」ローソン最年長SVが現場仕事にこだわるワケ
プレジデントオンライン / 2020年8月27日 9時15分
※取材は、2020年6月25日に実施。所属や肩書は当時のものです。なお五十風さんは8月10日に定年退職し、現在はローソンに継続再雇用されています。
■年2回表彰された「結果を出すベテラン」
「一つの会社に勤め続ける良さは、愛着が育つことです。この会社と一緒に働く仲間のために頑張ってきた。そう思える仕事人生に、私は恵まれました」
いかにも真面目で誠実な人柄が伝わってくる五十嵐忠雄さん(59歳)は、全国コンビニチェーンのローソンの“最年長社員”だ。1983年に入社して以来、ローソン一筋。そのキャリアのほとんどを、店舗の経営指導を行うスーパーバイザー(SV)として、活気ある店舗づくりを支えてきた。一時はSVをまとめる主任やトレーナーとしても活躍したが、8年前から現場に戻り、今に至る。
経験が長いだけじゃない。エリア内で最も売上数値改善を達成したSVに贈られる「優秀SV賞」を、2017年度に2回達成。“結果を出すベテラン”として一目置かれる存在なのだ。
■店舗スタッフと一緒にクリスマスケーキを売る
SVは1人で複数の店舗を担当し、日替わりで各店舗を巡回して個店に応じた店舗経営のアドバイスを実施したり、会社としての営業方針を伝えたりするのが主な仕事。時にはクルー(パート・アルバイトを含む店舗スタッフ)に接客の指導や新たに導入するサービスの説明を行うこともある。店舗ごとの売り上げを管理し、テコ入れが必要な店舗には個別に対策をとる。
2020年6月現在、五十嵐さんは大阪市東成区の7店舗を担当しており、これまで担当した店舗もすべて近畿エリア。「おそらく延べ100店くらいは担当してきた」と言うから、街角のあちこちに馴染みの顔があるに違いない。
SVという仕事の醍醐味は、「個店の目標・課題を店舗とともに発見し、納得したうえで取り組み、結果を出していくこと」。そのために丁寧に説明を尽くすだけでなく、“自ら一緒に動く”ことも心掛けてきた。
「五十嵐さんは最年長のベテランなのに、フットワークがとても軽い」と証言するのは、その仕事ぶりを間近で見てきた大阪南支店支店長の進藤龍太郎さん。「クルーさんと一緒に店舗周辺にクリスマスケーキ等のビラを配り、予約販売数を伸ばすなど、店舗スタッフと同じ目線になって働く。そんな姿を見せられたら、若手も刺激されますよ」(進藤さん)。
店舗巡回の時には、まず店頭のゴミ箱や傘立てが整頓されているかをチェックして、元気よく挨拶を。棚の入れ替えなどの作業には、一緒になって手足を動かし、普段から関係性づくりを大切にしてきた。
■「変化球も投げられる」仕事の仕方を学んだ
コミュニケーションを大事にする。そんな仕事姿勢が、五十嵐さんに深く根付いたきっかけがあった。
店舗勤務、アシスタントSVを経てSVになり5年ほど経った頃、五十嵐さんは上司から「お前は直球しか投げない。たまには変化球も投げられるように工夫しろ」と助言されたことがあった。しかし、何をどう直したらいいのか、分からずに悩んでいた。
そんな時、担当している店舗オーナーの1人に、販売施策に関わる提案をしてもなかなか首を縦に振ってくれないという問題が発生。何度訪ねて話しても納得してもらえず、とうとう「もうお前の顔は見たくない」と突き返されてしまうほどに。打開策を見いだせないまま、担当を替わるという結果になってしまった。
引き継ぎの挨拶のために向かった最後の訪問日、若き五十嵐さんは思い切って訪ねてみた。
「どうして私の提案を聞いてもらえなかったんでしょうか」
すると、オーナーは教えてくれた。「五十嵐君は会えばすぐに仕事の話ばかりで面白くないんだよ。もうちょっとくだけた話もしてほしかった」。
上司の言葉が脳裏に浮かんだ。その意味を痛感した五十嵐さんは、“伝え方”に強く意識を向けるようになったという。
「例えば、『おにぎり商品を夕方に充填して、売上増につなげてほしい』との提案を伝えるだけではなく、『先週末に子どもたちと公園で遊んだ後、夕食前の腹ごしらえでおにぎりを買おうと店に寄ったら売り切れでね。子どもたちもガッカリしたんですよ』と消費者目線で伝えてみる。それだけで、相手は受け入れやすくなります。鋭く曲がる変化球は無理でも、緩やかなナチュラルカーブぐらいはできるようにとがんばりました(笑)」
■「今逃げたら終わりだ」と思った
なぜその施策が必要なのか。理由まで納得してもらって初めて相手を味方にできる。理解してもらうために、「人と人とのコミュニケーション」を日頃から大切にする。今やそんな流儀が染み付いた五十嵐さんには、担当を離れて10年以上が過ぎても、年賀状を送りあったり、電話で近況を伝えあったりといった関係が続く相手が何人もいるという。
「あの時、自分を拒絶したオーナーさんに、勇気を出して聞いてみてよかったと思います。率直に理由を教えていただけたこともありがたかった。何で聞けたか? きっと、『今逃げたら終わりだ』と思ったんでしょうね。あの時に学べたことをずっと課題として心がけ、自分自身の成長につなげられました」
■昇進試験は不合格、5年かけて気持ちを切り替えた
もともとローソンに入社した理由は、「成長するマーケットの中で一緒に自分も成長していける職場だと感じられたから」。
学生時代に大手ショッピングセンター「ジャスコ」でアルバイトを経験して流通に関わる仕事に興味を持った。当時はまだ新興産業で街中に少なかった「コンビニ」に可能性を見いだして飛び込んだのが37年前。
それから今に至るまでにコンビニ業界は飛躍的に発展し、マルチコピー機、宅配便、コーヒー提供、イートインコーナーなど多機能化が急速に進んだ。その都度、店舗と足並みを揃えて丁寧にコミュニケーションする姿勢が問われてきた。
長いキャリアの中では挫折も踊り場も経験したのだと振り返る。
入社当時には出世を夢見ていた。入社15年目を迎えた頃に昇進試験にも挑戦するも2度の不合格。力不足を感じると共に、時に強い口調で引っ張らなければならないマネジメントの立場は向いていないのではないかと次第に思うようになった。5年ほどかけて気持ちを切り替え、「現場の店舗指導の道を究めていこう」と方向を定め直した。
「現場を離れてトレーナーの役職に就いたときは、正直、モチベーションが下がりかけた時期もありました。けれど、その時々の立場の中で自分なりの目標をみつけたら、達成感を抱けます。それが、長く働き続けるコツだと思います」
■好きな言葉は「生涯一捕手」
好きな言葉は「生涯一捕手」。高校球児だった五十嵐さんが尊敬する故・野村克也氏の言葉だ。
「スーパーバイザーの仕事も、野球のポジションで例えるならば捕手のようなものかもしれないですね。決して前には出ない。しかし、店舗というグラウンドで、選手の守備位置を考え、全体の士気を高める“守備の要”。そんな役割をこれからも果たしていけるとうれしいです」
37年勤めた会社を、この7月で卒業した。定年後はローソンに再就職する。「やっぱりね、この会社に愛着がありますから」。
「ストレートしか投げられない」と悩んでいた五十嵐さんは、“生涯一捕手”として胸を張れる今を生きている。
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ライター・エディター
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」、新雑誌開発、「日経ヘルス」編集部を経て、2009年末に編集者兼ライターとして独立。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで、さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動する。ライターのネットワーク「プロシェア」、取材体験型ギフト「家族製本」主宰。
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(ライター・エディター 宮本 恵理子)
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